あの子の部屋で
「ここだっけ?」
「うん、ここだよ」
ショックから立ち直った様子の水萌が明るく答えた。
昔と変わっていなかったからすぐに分かった。閑静な住宅街の中の一軒家。それが彼女の家だ。
「じゃあ、また学校で。お大事に」
水萌を自宅まで送るというミッションをクリアしたぼくは、別れを告げ、帰宅の途に
「待って、陽火くん!」
……着けなかった。
家の玄関から顔だけちょこんと出した水萌に呼び止められる。
「どうかした?」
「あっ、あのさ……家、よっていかない?」
「いいのか?」
送るだけのつもりだったのに、なんか悪いなあ。
「うん、お茶くらいしか出せないけど」
「そうか? じゃあ、お言葉に甘えて」
「うん、ぜんぜん甘えてくれていいんだよっ!」
いや、そんなに思い切り甘えるつもりはないのだけれど……。
「おじゃまします」
「ただいまー」
しかし、家の中には声に反応するものはいなかった。
……そうか、ご両親は共働きって言ってたもんな。水萌はなんとなく一人っ子っぽいし、静かなのはそのせいか。
「じゃあ、ここで待ってて。てきとーに座ってていいよっ。でも、あんまり机とかはいじらないでねっ」
「あ、うん」
てっきりリビングにでも通されるものだと思っていたのだが、案内されたのは薄いピンクの壁紙に家具が水色で統一された部屋だった。
(ここって、水萌の自室だよな)
クマのぬいぐるみや、どうぶつのイラストが載ったカレンダーがいかにも女の子っぽい。
なんか、水萌と同じお日さまみたいな良い匂いがするし。
「………………」
こんなに簡単に男子を部屋に呼んでもいいものなのだろうか?
二人きりで。
……いや、なにもしないけどさ。
ふと、今朝保健室に行く前に水萌が言ったことを思い出す。
『するなら放課後にしない?』
この言葉が臨視に読まされた小説と相まって……。
いやいやいや、ぼくも臨視に毒され過ぎだ。そんなことがあるはずない。うん。
……ない、よな。
大体、水萌に手を出したらペドフィリアの謗りは免れない。見た目、完全に小学生だし。
ぼうっと立っていると、水萌が戻ってきた。
「おまたせー、はい」
部屋の中央にあるローテーブルにお茶が置かれる。
「いただきます」
四月も末ともなると日差しを浴びると少し暑い。おんぶして歩いたのでなおのことだ。そこに冷たいお茶はありがたい。
「うん、おいしいよ。ありがと」
「そう? よかった」
水萌は嬉しそうに微笑んだ。見ているものまで笑顔にさせる、そんな笑顔だ。
「そうだ、ケータイの番号交換しようよっ」
水萌がスマートフォンを取り出して見せる。
ぼくは時代の波に乗り遅れたガラケーだから羨ましい。
「じゃあ、赤外線で送るね」
「うん、ぼくのはこの番号に送るよ」
送信。水萌のスマートフォンの画面にぼくの連絡先が表示される。
「やった、陽火くんのアドレスだ! メールしてもいいよねっ!」
「もちろん、いいよ」
女子はメール好きって聞くし。水萌もそうなのだろう。
「って、あれ? メール来た。誰からだ……」
登場人物の名前がわからないから振り仮名をつけて欲しい、とのご指摘をいただいたので、いったんココに書いておきます。
明坂陽火
明坂初火
不知火かなみ
日向水萌
生島臨視 と読みます。
次回、登場する保健室の先生は
月見里木舞先生です。




