#097 そしてクオークさんは帰っていった
今日は、雲ひとつ無く晴れている。
リオン湖を渡る風は涼しく、もう少ししたら軽い上着が欲しくなると思う。
村人は段々畑の取り入れに忙しい日々を送っているのだろうが、俺達もそろそろ取り入れを邪魔する獣達を退治する依頼で忙しくなるだろう。
でも、今日はクオークさんとゆっくり話すことにする。
外のテーブルは昨日の宴会がウソのように片付いている。
もっとも、テーブルクロスは無く、厚い天板がむき出しだ。
テーブルに3人で座ると、クオークさんが話しを始めた。
「明日は王都です。この間の宿題ですが、答えは風でしょう。」
さすが、学がある。
「そうです。薪が燃える時間を短くすれば、発熱量は高くなります。結果的に土が熔けることになります。」
「そうすると、4段ある窯の2段目と3段目に製品を入れるのは何故なんですか。1段目はともかく4段目にも製品を入れた方が、沢山の陶器を作れると思うのですが。」
「1段目は熱を作り、4段目は熱を安定させるために使います。」
「2段目と3段目に小さな穴が開いていましたが…。」
「熱の状態を一定に保つために、あの小穴から噴出す炎の高さを一定に保つように薪の量と、1段目の窯に吹き込む風を調節します。」
「なるほど…。では、もし私が王都で窯を作ったらどうしますか?」
「互いの試行錯誤を持ち寄ればもっと良い物が作れるでしょう。でも、窯焚きの頻度は多くしない方がいいですよ。大量の薪を消費しますから、山が荒れてしまいます。」
村や、町に登り窯を1基作る位で山が荒れることは無い。
問題は、同一箇所に多くの登り窯が作られた時だ。その燃料となる薪の調達で、たちまち山は
荒れ、住民の生活が出来なくなってしまうだろう。
「父に戴いた別荘に作ってみるつもりです。あの大きさのものは無理でしょうが、アキトさんと同じように毎年2回程度なら、裏山から薪取りしても問題ないでしょう。…それで、お願いですが、次の窯焚きを見学させて頂けないでしょうか?」
「構いませんよ。でも、次は真冬の厳冬期に行なう計画なのですが…。」
「是非とも、参ります。」
クオークさんはどちらかと言うと文系なんだと思う。内政はクオークさんが行い、外政と軍をアン姫が行なう事を考えれば、この国を結構平和に発展させる事が出来るんじゃないかな。
「ところで、ダリオンさんの宿題は何とかなったんですか?」
「あの弓とクロスボーの話ですね。私も興味深く聞いていました。…結論としてはダリオンさんは正しく応えられたようです。アルト姉さんが満足げに聞いていました。でも、それでもクロスボーは必要だと説いたのがアンでした。攻めるには無用の品だが守るのは良い品だということですが、アルト姉さんは、それに応えませんでした。」
確かに、城の銃眼でクロスボーを持てば数十m以内に近づく敵を倒す事は出来る。
城の外であっても待伏せ攻撃には最適だろう。
だが、そんな兵種を作って維持する事のメリットは少ないと思う。今回の近衛兵に弓兵が混じっていたが、あの程度の技量があれば十分に対応可能だ。
「もし、王国が戦乱に巻き込まれたなら、アン姫の言う事はもっともだと思います。でも今は平和と言っても良いでしょう。あえて新たな部隊を創設する事は国庫の負担でしょう。それでもアン姫が主張するのであれば、クロスボーを使いこなすハンターを王国に増やせばいいと思いますよ。イザという時には彼らを集めて部隊を直ぐに作ることができます。」
「あのような武器をハンターが使いこなせるでしょうか?」
「暖炉の上に、前の村でミーアちゃんに作ってあげたクロスボーがあります。赤3つ位の時から使っていました。黒3つ位までなら使い続けられるでしょう。でも、弓と違い、一人で依頼をこなすには心もとない武器です。チームを作るなら、クロスボー2つに盾となる戦士が2人は欲しいですね。」
クオークさんは俺の話を聞きながら熱心にメモを取っている。
メモを読み返しながら疑問点を俺達に確認してくる。
「陶器もそうですが、製鉄についても高い温度が必要です。高い温度を得る方法で知っている事を教えていただけませんか。」
「この村でも、鉄の剣や鍋が手に入ります。ですから製鉄の技術はあると思っていたのですが、何か問題でも?」
「鉄は砂鉄と木炭で造ります。…しかし、木炭の製造は大掛かりな森林伐採を行なうために入手量にどうしても限度があるのです。」
そうだった。製鉄に木炭を使用するなら、木炭製造に使用する木材の使用量は、登り窯の比ではない。日本でも、タタラ製鉄を一箇所で続けて山が荒廃した例は多々あるということを聞いたことがある。
「早急に植林を行なってはどうでしょうか。1本木を切ったら、苗木を1本植えればいいのです。20年位で次の薪が手に入るでしょう。」
「植林は父が進めています。それでも、伐採の勢いが激しく王都周辺の山では、木炭製造が困難になってきています。」
「…話はちょっと横道にそれますけど、王国は他の国々と商品の売り買いを行なっていますよね。その商人に探して欲しいものがあるのです。…もし見つけられたら先程までのクオークさんの悩みは無くなりますよ。」
「それは、なんでしょうか?」
「アキト、…石炭だね。」
「姉が言った石炭です。地面の下にある燃える石です。特徴としては、色は黒、割ると光沢を持った面が現れます。そして、焚火に入れると燃え上がります。中々火が点きませんけどね。」
「そんな石を商人が知っていると…。」
「えぇ…。知らない場合は別の方法で探しますが、一応確認していただけませんか。」
「分かりました。ただ、利用の仕方についてはその時に教えて頂きます。…ところで、お二方の知識は私より遥か上だと思っていますが、その知識は何処で得た物なのですか?」
あらためて、そう問われても一言で言えるようなものではない。
「学校という教育組織で得た物です。」
俺の、思いをよそに姉貴が簡潔に応えてしまった。
「私達は7歳から15歳までを、国家が学問を義務付けています。国語、数学、科学、地理等色んな事を学ばねばなりません。その外にも、勉学の合間に私やアキトのように武術を習う者もおります。」
「国家が行なうのですか?」
「はい。人を作ることは、国を作ることに同じという思想ですね。」
そんなところに、アン姫がお茶のトレーを持ってやってくる。
俺達にお茶を配ると、クオークさんの隣に腰掛けた。
「どんなお話をしていたのですか?」
「あぁ…。アキトさんの国では学問を国が義務付けているそうだ。理想的な社会に思えてきたよ。」
「クオークはホントに勉強が好きね。…私は、アルト様から、非常に興味深い話を聞いてきたわ。…ミズキ様。私からもお願いです。アルト様の出した条件に貴族の称号と領地をお与えします。王軍の参謀になっていただけませんか?」
今度は、称号と領地か…。そんなに姉貴の作戦って凄いのかな?
確かに結果は出してるが、指揮で動く方は大変だったぞ。
「申し訳ありませんが、お断りします。戦乱の世であればまだしも、今は平和です。…それに、私が王軍を指揮したりしたら、数年後には戦争が始まりますよ。」
やっぱりやるつもりなのか?
『世界征服は女の子夢よ!』なんて言ってたからな。
「世界の統一ですか…。出来るのですか?」
「その立場に立てば、出来ない事はありません。…お望みですか?」
「いや…。しかし…。…やはり無理でしょうね。この世界には小さな王国が群れています。確かに統一は理想的ですが、民を戦乱に巻き込むことは避けるべきでしょう。それに、現在の国家間に問題もありますが概ね平和です。」
「でも、クオーク。ミズキ様は千年に一度の大軍師よ。アルト様の話を聞いて是非にと思っているのですが…。」
「僕も、昨日セリウスから聞いたよ。彼はこう言った。『アキト達の強さは、ミズキの作戦能力の高さにある。それは戦う前に考えられる限りの準備を行なうこと。たとえその準備が無駄に終わってもだ。その準備によって、相手がどのように動こうとも対処できる。正に、戦う前に戦いは終わっているのだ。』とね。セリウスはアキト達と何度か一緒に行動して、その結論にたどり着いたようだよ。」
「僕も驚いた。セリウスはダリオンとともに近衛の一隊を率いた事もある男だ。その武勇は王宮で今でも高いんだ。その彼に、戦う前に戦いが終わっていると言わしめる…どんな戦いだったかを詳しく聞いてみたよ。」
「そして、少し分かったことがある。チェスと一緒なんだ。読みの深さが彼らの強さの秘密だと思うよ。でも強いことは確かだ。ダリオンを下したんだからね。」
「先を読むという訓練において、この世界にチェス以外のものはまだないと思うよ。僕も、それなりに強いと思っていたんだけど、あっさりとミズキに負けてしまった。その原因は、僕より数段先を読んでいるせいだと思っている。…だから、将来はこの国にもミズキに負けない軍師が生まれる可能性はあると僕は思うんだ。」
ひょっとして、第1回チェス大会って人材発掘のため? もし、そうなら、トリスタンさんの方が軍略の天才だと俺は思うぞ。
どうもこの国の王様ってあまり王宮から出ないみたいだ。実行政はトリスタンさんがしているようだけど、王様って何をしてるんだろう?
「それは、そうですが…。」
アン姫はちょっと残念そうだ。
一瞬、俺の脳裏にフランス革命の絵画が浮ぶ。民衆の前に立つ自由の女神…。
争いが起こったら、きっとアン姫もあんな感じで王軍を率いて戦うんだろうな。
「でも、防衛戦なら、力をお貸ししますよ。」
「そうね。そんな時はハンターの扱いってどうなるのですか?」
「傭兵ですね。臨時の雇い兵となります。…他国の軍と戦った事はここ100年はありません。唯一、魔物襲来が防衛戦と言えなくもないですが、これは、十数年の間隔を開けて何度か発生しています。最近の戦いは、アルト姉さんをあの姿に変えたカレイム村ですか…。」
「実は…。」
姉貴は、この村に最近起こった一連の魔物騒ぎを話し始めた。
あれが、アルトさんの危惧した魔物襲来の前触れだったとすると、今回は未然に防ぐ事が出来た事になる。
「そうですか…。でも、魔物襲来と少し違うかも知れません。アルト姉さんの言うように、前兆と思えるものもありますが、魔物は一気に大量に現れます。」
「では、まだ危機は去っていないと…。」
「僕は、そう思います。油断は禁物ですよ。」
魔物襲来とはサルが誘発するものではないのか?
もし、違うならば…そのトリガーはいったい何なんだろう。それが、分かれば魔物襲来によってもたらされる災厄を防ぐ事が出来るのに…。
「分かりました。準備だけはしておきます。…それと、約束ですよ。今度訪れた時に…。」
「写本ですね。もちろんですとも。」
そんな話をしている時、ふと疑問に思ったことを聞いてみた。
「失礼な話で申し訳ありませんけど、クオークさんとアン姫様は結婚したのですか?」
「はい。アンの守護神殿である火の神殿で今月始めに結婚式を挙げました。」
「王族の結婚式ですから、当然アルトさんやサーシャちゃんが参加するものと思っていましたので、まだ結婚なされていないものと…。」
「この国では、結婚式は当人と神の3者で行なうのです。神は神官が代行してくれますけどね。」
「結婚はしましたが、披露宴はまだです。各国の参加準備もありますし、この村で行なわれる狩猟期の後になるでしょう。」
そうか。トリスタンさんは、サーシャちゃんを1年預かってくれ。と言っていたのが狩猟期だもんな。
「その時は、アルト姉さんとサーシャは王宮に帰えることになるでしょう。」
ちょっと寂しい気がするな。今年の冬から、また3人で暮らすことになりそうだ。
「私から、お願いがあります。次の狩猟期は、チームに私を加えて頂けませんか?」
「えぇ、いいですよ。待っています。」
そんな約束をした次の朝に、クオークさん達は帰っていった。
「少し変わってるが良い王に成れるだろう。」って見送るアルトさんは言ってるけど、俺にはクオークさんが十分まともに見えるぞ。
どうやら、アルトさんには、おとなしい人物に見えるらしい。でも、登り窯をすぐ作ろうとするなど意外と活発なところもある。興味のあるものにはまっしぐらという感じだ。
お嫁さんを貰う歳になっても、その心は少年のまま。そんな感じのサーシャちゃんのお兄さんだった。