#095 今夜は宴会
ゆっくりとパドルを漕いで嬢ちゃんずとアン姫達が見守る中、カヌーを庭の擁壁に着ける。
姉貴が籠を持上げると、アルトさんとミーアちゃんが擁塀傍に来て引張り上げてくれた。
すかさずサーシャちゃんも一緒になって籠を覗いている。
どうやら、自分達の時と釣果を比較してるみたいだ。これは自分が一番釣りが上手だという釣師特有の心理が働いたためだろう。
そして、ふんふんと頷いてるところを見ると、どうやら自分の方が上だと嬢ちゃんずの結論が出たらしい。
姉貴を擁壁越しに庭に降ろして、カヌーを林の岸辺に移動する。
俺が庭に戻ってきたときには黒リックの処理が全て終わっていた。籠に3匹を取り分けて、通りへの小道を警備する近衛兵に姉貴がお裾分けをしている。
若い兵隊がしきりに恐縮しているようだけど、俺達だけでは食べきれない。
家に入ろうとする嬢ちゃんず達に狩の結果を聞いてみた。
「大猟じゃ。ラッピナ13匹は記録に残る数字じゃと思うぞ。」
アルトさんが俺に振り返ると得意げに話してくれた。
「真昼にラッピナを狩るという事がよく分りました。偵察と指示、そして連携…どれも兵の訓練に活用できます。」
アン姫は、嬢ちゃんずのラッピナ狩を兵隊訓練に応用しようと考えてるみたいだけど…どうかな。あんな変な踊りみたいなボディ・ランゲージで情報伝達をするのは、嬢ちゃんずがやると微笑ましく見てられるけど、ゴツイ兵隊がやったら士気が下がりそうな気がするぞ。
マッチョな兵隊が木に登って、いろんなポーズをする姿を想像したら思わず吹きだしてしまった。
ポンっと姉貴に肩を叩かれる。
「何笑ってるの?」
不思議そうに俺を見る姉貴に理由を話したら、話の途中から姉貴の顔が緩んできた。
「アルトさん達がやってるから、微笑ましく見えるけど、大人ではねぇ…。」
と姉貴は言ってるけど、最初にそれをやったのは姉貴だぞ。
家に入ってみると、嬢ちゃんず+アン姫は暖炉前でスゴロクの真最中だった。
クオークさんはチェス派だけどアン姫は違うらしい。どちらかと言うと体育系?の人らしく、午後のお茶を飲みながら優雅に夫婦でチェスは望めないようだ。両極端な2人だけど大丈夫なんだろうか。ちょっと心配にもなるが、人を好きになる理由なんて人様々だし、クオークさんが姉貴やミーアちゃんを狙わない限り俺は無関心でいよう。
テーブルに着くと、姉貴がお茶を入れてくれる。嬢ちゃんず達にもトレーに乗せて持っていってあげたようだ。
俺の前に姉貴が座ったのを待って、今夜の話を聞いてみた。
「昨日、今夜に宴会をするような話をしてたみたいだけど…。どうなったの?」
「ちゃんと準備してるよ。来るのは、セリウスさん夫婦でしょ。後は、ジュリーさんの妹さんだけど、キャサリンさんが料理を手伝ってくれる事になってるわ。」
どうやら、小規模の宴会のようだ。でもそれでもこの家に入れないから、庭を会場にしてやるんだろう。
「アキトはバーベキューを準備してね。キャサリンさんが野菜を持ってくるし、ダリオンさんが獲物を処理して持ってきてくれることになってるから。」
すると、料理はラッピナシチューとバーベキューそれに黒パンということになる。
それだけでも村では大変なご馳走だけど、王都から来た連中だからな…。もう少し増やした方がいいかも知れない。
黒リックは近衛兵にお裾分けして残り2匹だから、皆で食べるには少し少ないようだ。スープにしようとしたらしいが、ラッピナシチューがあるから、たぶんスープは作らないだろう。
すると、焼き魚になるんだが、猫系の人がこれだけで満足するとは思えない。
「少し、庭で釣りをしてくるよ。沢山釣れれば宴会の料理が増えるからね。」
そんなわけで、姉貴に餌のハムを切り分けてもらい。庭の擁壁際に椅子を準備すると、早速仕掛けを投入する。
昼も過ぎた頃合だから、多くは望めないかも知れないけどね。
それでも、日が傾くまでには10匹以上の黒リックを釣り上げる事ができた。形は流石にトローリングで釣るよりも小さかったけど、串焼きはこの大きさの方がいい。
嬢ちゃんずに獲物を預けると、早速外に飛び出して行った。
その間に暖炉に火を熾しておく。適当に薪を放り込んでおけば、スゴロクをしながらミーアちゃんが焼き上げてくれるだろう。皆に出すときは再度炙りなおせばいい…。
そんな事をしていると、扉が開きジュリーさん達の一行が帰ってきた。
セリウスさん達とは通りで別れたみたいだ。
3人の顔を見て、早速姉貴が「ご苦労様。」って言いながらお茶を出している。
「アンをアルト姉さんにお任せして申し訳ない。」
暖炉までクオークさんは足を運ぶと、スゴロクに熱中しているアルトさんに言った。
「こちらも楽しませてもらった。それでよい。」
盤面から目を離さずに、そう言ってるけど…親しき仲にも礼儀あり。って言う言葉はこの世界に無いのだろうか。
クオークさんは、そんなアルトさん達に軽く頭を下げると、俺の隣に腰掛けた。
「見せてもらいましたよ。陶器を見て、材料が粘土であることまでは分りました。でも表面が融けていることが理解できなかったのです。この国でも粘土を焼く技術はありますが、表面を熔かすまでには至っていません。ですから、水を入れても吸込んでしまうのです。」
素焼きの製品は確かにこの世界にあった。氷の上でチラ釣りをした時に持ち込んだコンロは素焼きだった。
でも、そこで発展が止まってしまったようだ。高温を作る技術は鉄の精製であるのだが、両者の技術が融合しなかったらしい。
高温を得るには燃焼温度を高める事に他ならない。燃料の薪の燃焼速度を上げるには、酸素供給量を増やす事で得られるはずだ。だから、製鉄にはフイゴで大量の空気を炉に供給する。
炉が小さければそれでも良いのであろうが、陶器窯となると、発想の転換を要求される。
登り窯は煙突効果により燃焼自体が風を発生させて大量の空気を窯に供給する。
自然な形でこの世界に登り窯が出現するのはかなり先のことになるだろう。
「あの窯で焼くと、何故粘土の表面を熔かすことが出来るかは、クオークさんが考えてください。」
「ははは…。それを今から聞こうとしたのですが、宿題ですか。考えてみましょう。でも、後で正解を教えてくださいよ。」
その後の会話は、山村の生活の話だった。
ずっと王都から出ることなく過ごしていたことから、今回のちょっとした旅行であっても、彼の興味は尽きないらしい。
見るもの、聞くものが珍しいのだ。さぞかしセリウスさんは質問攻めに遭ったことだろう。
「アン達にも途中で会いましたよ。大きな岩を背にして昼食を取りました。野外で食べるという事はそれだけでもワクワクしますね。」
深窓の令嬢とは聞いたことがあるけど、深窓のご令息だったわけだ。
元気一杯の嫁さんを貰うんだから、これからは少しづつ外にでる機会が増えそうな気がする。
急に動きまわって、熱でも出さなきゃいいんだけど。って少し将来のクオークさんが心配になってきた。
トントンと扉が叩かれる。
姉貴が立ち上がって扉を開けるとセリウスさん夫婦と双子の赤ちゃんだ。早速セリウスさんから姉貴が1人を受取って頬ずりしてる。
「だいぶ日が傾いてきたぞ。そろそろ用意を始める頃だろうと思い来てみたのだが…。」
「確か外で食べよう。って言ってましたから、そうですね。始めましょうか。」
「私も参加して宜しいでしょうか?」
クオークさんも参戦してくれるみたいだ。
こういうものは人数が多いほど楽しい。是非参加して欲しい。とお願いした。
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早速、セリウスさんがバーベキュー炉の火皿で焚火を始める。
「随分と高い位置で焚火をするんですね。明かりはジュリーに光球を作ってもらえばいいと思うんですが…。」
「これは、調理用だ。調理はこの火が消えた後から始まる。」
「此方の木の箱は?」
「それは、煙で調理する道具だそうだ。俺も一度食べた事があるが、美味かった。そして酒に合う。」
「それは是非一度頂きたいものですね。」
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バーベキュー炉の傍で、セリウスさんとクオークさんが何やら話しているようだ。
俺は、消し炭を木桶に用意して彼らの傍に運んでいく。
そして、3人で、会場の準備を始める。
テーブルと人数分の椅子。これだけ準備しておけば、後は女性達がやってくれるだろう。
カチン!っと鍔鳴りの音がする。
通りから入ってきたのは、大きなリスティンを担いだダリオンさんだった。
隊長への敬礼として、林の小道を警備していた近衛兵が帯剣を鳴らしたのだろう。
衛兵に何事かを告げると、衛兵達は姉貴の渡した籠を持って足早に引き揚げていった。
ドッカドッカっと音を立てるように庭の石畳を歩いてくる。
「アキト。昨日は済まなかったな。これは礼だ。皆で食べてくれ。」
そう言って俺の前に150kgは超えているような立派なリスティンがドスン!っと置かれた。
此処に置かれても…俺には動かす事も出来ないぞ。
「ありがとうございます。こちらも、申し訳ありませんでした。」
「あのことか?…もう良い。挑んだのは俺のほうだ。それに見ろ。」
ダリオンさんが自分の耳を指差す。
そこには、虹色真珠が光っていた。
確か、昨日も其処にはあったのだが、色合いが濃くなっている。
「昨日と輝きが違いますね。何か色が濃く、そして輝いてますけど…。」
「そうだ。『良い試合じゃった。』と、長老殿が俺に言ったのは覚えているのだが、長老殿が去った後で、マハーラが教えてくれた。長老が真珠のレベルを上げてくれたらしい。」
この真珠って、レベルがあるのか?…そういえば、マチルダさんが、俺の真珠より色の薄い虹色真珠を見たことがあるって言っていた。
「それも、アキトのお蔭だと俺は思っている。だから、これはお礼だ。」
「ダリオン来ていたのか。」
セリウスさんがバーベキュー炉から何時の間にかやってきた。
「土産を持ってきたが、何処で焼く?」
「まぁ、急ぐな。林から数本枝を持って来てくれ。リスティンを捌かねばならん。」
そう言うとセリウスさんはリスティンを担いで行った…。
両方ともとんでもない力持ちだ。俺には真似等できん。
最後にやってきたのは大きな籠を背負ったキャサリンさんだ。
「はい。頼まれてた野菜とちょっとしたお土産ですよ。」
そう言って、俺の前に籠を下ろしたのだが、何やら野菜が動いてるぞ。
もぞもぞと動く野菜に少し俺は後に下がる。ひょっとして、野菜と間違えてカルネルが入っているなんてこと無いよな…。
俺の警戒してる姿に、キャサリンさんは、あぁ!って声をあげながら手を打った。
「下の方にステーキが入ってるんです。丸太で叩いて気絶させたんですけど…。気が付いたみたいですね。」
ミーアちゃんを呼んで籠を持って来て貰い、野菜の籠を庭にぶちまける。
野菜とステーキをサッサと分けて、ステーキはセリウスさんに、そして野菜はキャサリンさんに家の中に運んで貰った。
バーベキュー炉では、何時の間にかクオークさんがトングを持って、セリウスさん達が切り分けた肉を焼き始めてる。
「これは、面白い造りですね。私にも楽に肉を焼くことができます。」
初めて料理をしたんだろうなぁ。面白そうに肉を焼いているクオークさんに「これも、お願い!」ってステーキを渡す。
籠を覗いて「うえっ!」って言ってるけど、放っておこう。
家に入ると、嬢ちゃんず達が暖炉で黒リックの串焼きを遠火でじっくりと焼き上げている。それをゴクリと喉を鳴らしながら見ているのはミケランさんだ。
双子は?首を廻すと、姉貴とキャサリンさんが1人づつ抱いている。
そして、ラッピナシチューの味見をしているのはジュリーさん姉妹だ。
ジュリーさんに任せておけば、シチューは安心だ。
「ジュリーさん。お忙しいところ、お尋ねしたいんですが…。」
「えぇいいですよ。何でしょう?」
「魔道師の持つ杖って、俺も真似して作ってみたんですが、このまま使えますか?」
そう言って、暖炉の脇から俺が作った杖を持ってきてジュリーさんに見せた。
「これは…。この魔石の輝きは…。アキトさん。正直にお答えください。この文様は何処の魔道書から模擬したものですか?」
ジュリーさんが、普段の優しい顔から、厳しい顔に何時の間にか変わっていた。
「魔石の下の握りの部分ですか。それは、私の世界の宗教の教えです。上の文字が『色即是空』、下の文字が『空即是色』。意味は、存在することは存在しない事。存在しないことは存在すること。という逆説で示された真理なのですが…。」
「そうですか。魔法ブースト効果をこの彫刻がもたらしています。この黄色の魔石は一割り増し程度の魔力増加をもたらしますが、この彫刻により杖全体で3割増し程の値になります。王都の細工師でもここまでの効果を与えられる者はいないでしょう。」
「では、魔道師の杖としてつかっても何ら問題ないと…。」
「ありません。ミズキ様がつかわれるのですか?」
「いいえ。これはキャサリンさんにあげようと思ってつくったものです。キャサリンさんて、杖しか持ってないでしょ。だから、敵が懐に飛び込んできたら…。」
俺は、杖を握って少し捻り、仕込んだ刀身を抜き出す。
「刀身は1Dもありませんが、短剣よりは長いです。」
「はい。」ってキャサリンさんに杖を渡す。
「えぇ……いいんですか?このような高価な品を戴いてしまって…。」
「いいですよ。その代わりと言っては何ですが、ルクセムくんの採取系依頼を手伝ってあげて欲しいんです。アルトさん達が頑張って鍛えてますけど、アルトさん達と武器レベルが違いすぎるので、討伐系は彼に荷が重すぎると思いますので…。」
それ位なら、とキャサリンさんは納得したようだ。彼女もルクセムくんの事は気にしていたらしい。
それを、ジッと見ていた2人がいたようだ。
「アキトさん。厚かましいお願いですが、それと同じような杖を私達にも作って頂けないでしょうか。もちろん魔石は私達が準備いたします。」
やはり、こうなったか。
「いいですよ。でも、時間が掛かるかもしれません。それと、杖の長さと仕込む刀身は準備して頂きますよ。」
「それはもちろん準備します。」
「お話は終わったの?じゃぁ、庭で宴会の支度をしましょう。丁度、黒リックも焼けたみたいだし。ミーアちゃんとサーシャちゃんは箱からテーブルクロスを用意してね。アルトさんは、お皿に黒リックをお願い。アキトはカップを用意して。お酒はセリウスさんが家の外に置いてくれてるわ。」
早速姉貴の指示で、俺達は宴会の準備を始める。
だいぶ日が傾き、薄暗くなり始めている。素早く、ジュリーさんが2つの光球をテーブルの上に放って辺りを照らし出す。
俺はミーアちゃん達が広げたクロスの上に人数分のカップを並べると大皿、小皿を用意する。
直ぐに、大皿には炉で焼いた肉がトングで載せられ、小皿には黒リックの串焼きが乗せられた。
食材は十分にある。
炭の上の網に載せて少し待てば、美味しい料理となって目の前に現れるのだ。
俺達はテーブルに着くと、ダリオンさんの乾杯の音頭で、宴を開始した。