#090 魔物の脅威は去ったけれど
サルを退治してから10日も経つと、村の周辺には魔物がいなくなったようだ。
まだ、山奥の谷や森には潜んでいるかもしれないけれど、近くの依頼をこなすのに支障はない。
そんな訳で、嬢ちゃんずはルクセム君を誘って近場の依頼をこなすべく朝早く出かけて行った。
そして、ジュリーさんはサルの魔術師が持っていた杖を、王宮に届けるために出張中…。
なんでも、杖の上に付いている魔石が通常のものではないとか、杖に刻まれた文様が気になる。なんて言っていたけれども、王宮にはそれが何であるか判るものがあるのだろうか。
俺も気にはなる。
少なくとも杖に書かれていた文字はアルファベットだし、杖の文様は遺伝子配列のパターンとしか考えようがない。
今までこの世界は、前の世界と根本的に異なる世界だと思っていたけど、意外と前の世界と関わりのある世界なのかもしれない。
そして、家に残っているのは姉貴と俺の2人だ。
最後のスティックコーヒーをシェラカップ2つに分けて少し薄めのコーヒーを2人で飲む。
姉貴はM36をさっきから取出してしげしげと眺めている。
「どうしたの?」
「うん…。ちょっとね。やはり威力不足なんだなって思ってたのよ。」
「38スペシャルは元々対人用だからね。それに5発でしょ、そのシリンダーは。」
「そうなのよ。ダブルだから操作性はいいんだけどね。」
そういいながらコーヒーを飲んでいたが、やおら拳銃をしまうとトントンとロフトの梯子を上っていった。
なにやら、ザックを漁るガサガサという音がしたかと思うと、ロフトを下りてきてテーブルに着いた。
「これにするわ。…同じダブルで威力は段違いだし。…アキトにもこれを預けるね。」
そう言って取出したのは、6インチのパイソン? そして、俺の前にはショットガンしかもこれって軍用だよな。形がかなり変わっているけど…。
「M590よ。装弾数は5発。これが弾丸ポーチ、中身は5発だけど1晩で回復するから、こっちのポーチに予備弾を補給しておくのよ。後これはバヨネットだけど、刀身は少し長めで幅も広いわ。バレルは20インチでヘビー仕様だから結構使えると思うよ。」
確かに、Kar98よりはハンター向きだろう。
でも、これだけ武器があると選択に悩むような気がするぞ。
そして、最後に姉貴が俺にくれたのは、ツアイスの小型双眼鏡と銀のジッポーだった。
「もう、100円ライターのガスは無くなるんじゃないの。それに、アキトのオモチャはミーアちゃんの物になってるしね。」
俺としては、これだけでよかったような気がする。
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「ところで、姉さんは気が付いたと思うけど、サルの持っていた杖の文字はDNAと書いてあったよ。それもアルファベットでね。」
「そうね。…山神様は私の願いで私達をこの世界に連れてきてくれた。でも、それはアキトと慎ましく暮すためよ。だとすれば前の世界に関わるようなものは無いはずなんだけど…、現実には違っていた。」
「慎ましくも無いような気がするよ。何か毎日が冒険って感じだもの。…それで、このごろ少し思ってるんだ。ひょっとして、あの神様は、慎ましく暮したいならそんな世界に自分達で作れって此処に俺達を送り込んだんじゃないかなんてね。」
「そうかもね。少しは自分達で何とかしろって事かしら。全てお任せではちょっとね。それに自分達だけが慎ましくというのも、この頃少し違うかなって思うの。皆で慎ましくがいいよね。それを私達に考えさせる為に、この世界を山神様は選んだと思うわ。」
ということは、積極的にこの世界に介入にてもよい事になる。
俺達の介入によって、生態系、社会、国家が極端に変貌することは無いとは思うが、バタフライ効果なんて言葉もあるくらいだから、ある程度自重しておくことに越した事はないだろう。
「私にも1つ疑問があるのよ。…これを見て。」
姉貴がバックから取出したのは、ボロボロになった本だった。
「サルの袋に入っていたの。どの頁でもいいから開けて見なさい。」
言われるままに本の真中へんを開くと…
そこには何かの解説文が書かれていた。
「…〇〇を△△に入れて100CCの★★を加え、60℃の湯につけた後まんべんなく撹拌すること。この時、発生するガスは有毒なので換気には十分注意…」
これって、日本語じゃないか。漢字、平仮名、カタカナ、その上単位記号等全て俺には読むことが出来るぞ…。
「この本の事はジュリーさんに話したんだけど、『蛮族の文字を読むことが出来る者はおりません。』って言われたわ。」
「姉貴が読めることは言わなかったの?」
「言ってないよ。まるで汚いものを見るような目でこの本を見るんだもの。」
「じゃあ、それでいいと思うよ。…でも、この本の内容は一度全部見ておく必要はあると思うね。」
「そう思って少しづつ書き写しているわ。そして、この本なんだけど、どうやら医薬品の製造というか、化学薬品の製造に関わる解説書みたいよ。」
「となると、生活に役立つものもあるってこと?」
「効果は不明だけど…試してみるのもいいかもね。」
蛮族は、医者を魔術師という分類に入れるらしい。確かに病人を治すのは医学の知識がなければ魔法で直したと思うに違いない。
でも、焚火を囲んでいた魔術師に高度な文化は感じられなかった。
何もすることがない冬にでも、皆で少しこの疑問を考えてみるのもいいかもしれない。
コーヒーを全て飲み干して席を立つ。とりあえず姉貴に貰ったものをロフトに上げておく。
そして、散歩しながら明日の依頼を探しにギルドに出かけることにした。
姉貴と連立って通りに出ると、左に曲がってギルドへと歩く。
夏でも結構長い袖とスカート姿の女性には姉貴のタンクトップとホットパンツが珍しいらしい。道行く村人が振り返って姉貴を見ている。
「私って美人だからだよね。」って姉貴は言っているけど、それはちょっと違うと思う。
ギルドの扉を開けてシャロンさんに片手を上げて挨拶すると、シャロンさんも片手を上げて応えてくれる。
早速、依頼掲示板で獲物を探すが…あれ?…あまり依頼が無いぞ。
10枚程度の依頼書と姉貴が睨めっこを始めたので、俺はシャロンさんのいるカウンターで待つことにした。
「何か、依頼書がグンと減りましたね。」
「そうなんです。今朝はそれでも15枚程度あったんですが、ハンターの方が次々とやってきて依頼を受けていきました。段々とハンターの数も減ってきてますし、魔物ハンターの方々は1組を除いて引き払いました。…でもその1組は此処しばらくギルドに来ていないのです。」
「ひょっとして、男3人組みかな?」
「そうですが、何か知ってますか?」
俺は、アクトラス山脈の奥地でザナドウに襲われた3人組みがいることを話した。
「そうですか…。たぶんこの戻らないハンター達だと思います。規定では1週間に一度、所属するギルドに生存報告をする事になっているのですが、今の話をギルド長にしてみます。アキトさん達もちゃんと生存報告をしてくださいね。」
「何の話をしてるのかな?」
振り返ると姉貴が笑顔でこっちを見てるけど、目が笑っていないぞ。
意外と嫉妬深いところがあるから気をつけないと。
「帰ってこないハンターの話だよ。山でザナドウに襲われてたハンターの話をしてたんだ。」
「あぁ、あのハンター達ね。気の毒なことだけど、私達ではどうしようもないと思うよ。」
意外と冷淡な応えだけど、自分の行動は自分の責任だ。
あれほど深い山に入る以上、十分な備えをしていない方が問題なのだ。
心情的には介入してやりたかったが、介入するには遠すぎた。
「ところで、いいもの見つかった?」
「うん!…これお願いします。」
そう言うと、依頼書をシャロンさんに渡した。シャロンさんがドン!と確認済の印鑑を押すと姉貴に返してくれる。
「さぁ、帰って準備するわよ。」
俺の手を握るとサッサと扉に向かう。片手を背中越しに上げてシャロンさんに挨拶すると姉貴に連れられて通りを歩いて行く。
昼近いせいか、通りを歩く人が少なくなっている。そして、結構な暑さだ。
嬢ちゃんず達は大丈夫なんだろうかと少し心配になってきた。麦藁帽子はちゃんと被っていたんだけどね。
そして、家についた俺達はテーブルに依頼書と図鑑を広げてどうやってこの依頼を果たすかを考えることになった。
姉貴が苦いコーヒーを入れてくれる。
シェラカップのコーヒーをグイって飲んでも、いい考えは浮ばない。
だいたい姉貴は、何だってこんな依頼を引き受けたのか疑問に思う。
依頼書には畑のダームを退冶してほしいとある。報酬は150L。意外と高額だが、問題は数だ。4匹のダームとあるのだ。
嬢ちゃんずが小型のダームを倒した時には10本以上のボルトを打ち込んだとアルトさんが話していた。
極めてしぶとい生命力を持っているようだ。
そして、口にある牙からは血液毒…。動きはそれ程素早くはないが、30D位に近づくと粘る糸を吐き出して獲物を絡み取るらしい。
討伐証は、頭にある魔石となっている。
「遠距離からの攻撃で倒してから、魔石を取るしかないか。」
「アルトさん達も確かその方法だったよね。でも、図鑑には通常は土の中にいるって書いてあるよ。」
「そこが問題よね…。」
しかし、これは参った。姉貴になんでこんなものを狩る事にしたのか聞いてみたら、依頼切れスレスレだという事で選んできたみたいだ。依頼対象のダームについてはミーアちゃんでも倒せたし…って事らしい。
だけど、嬢ちゃんずにはアルトさんがついてるから、ミーアちゃんで判断するのは間違ってると思うぞ。
「受けちゃった以上は俺達でやるとしても、アルトさん達が戻ったら相談してみよう。いい方法があるかもしれないし…。」
そんな訳でダーム退冶の話は嬢ちゃんずの帰宅を待つことにした。
姉貴の作った昼食は黒パンサンドだけど、たまには変わった物も食べてみたい。
食後は姉貴が何やら皮細工を始めた。
それを見ながら俺は、『く』の字に曲がった枝をクラフト斧で削っていく。
横幅は9cm、厚さは1.5cmそして全長は60cmだ。上部は丸めて、下部はフラットに…。
こうする事でこれが回転すると揚力が生まれるのだ。
作っているのは、ブーメランだ。れっきとした狩猟用の武器だぞ。この武器の最大の特徴は当たらなければ戻ってくることだ。
まぁ、当たったからって、刃はないから威力的には低いんだけど、何かの役には立つと思う…。
最後はヤスリで表面を仕上げて、皮で更に表面を滑らかにする。
雑貨屋で購入した顔料を溶いて表面に模様を描く。乾いたら、防水塗料を塗れば完成だ。
夕方近くにリオン湖に向かってブーメランを投げる。
シュンシュン…と特徴的な音を立てて30m程飛んだ所で俺の手元に戻ってくる。
「なんじゃ、それは?」
後で驚いた声がした。
振り返ると、アルトさんが俺の手に持っているブーメランをジッと見ている。
「ブーメランという武器ですよ。蝙蝠という空を飛ぶ動物を取るための道具らしいんですが、最大の特徴は投げると手元に戻ってくるんです。」
「聞いた事のない武器じゃが、その特徴は面白い。我にも使えるかのう。」
「元の姿なら使えると思いますよ。」
俺がそういったとたん、一瞬にして元の姿に戻った。その左手には、クナイが握られている。
「どう、投げるのじゃ?」
「え~と、長いほうをこう握って、こんな感じで手首のスナップを利かせて投げるんですが…」
ふん、ふん、と聞いていたアルトさんが突然体を捻ると全身をバネにしてブーメランを投げた。
ふゅん、ふゅん…とブーメランは回転しながら40m程先を曲がって戻ってくる。
そして、シュタっと右手で戻ってきたブーメランを受止めたが、投げた位置から片足も動いていない。
俺より、ブーメランに慣れてる様な気がする。そして、これは不味いと思った。なぜなら…
「面白い武器じゃな。これは預かっておく。」
そう言うと、前の嬢ちゃんずの姿に戻り、ブーメランを背中に担いで家に入ってしまった。
とられた…。グルカに続いて2度目だ。
でも、使う場所がないから飽きたら返してくれるかもしれない。
そんなことを考えながら俺も家に入っていく。