#089 サルは死すとも謎は残る
夜が深まると、サル達の焚火の勢いが増してきた。
山麓の奥深くの森には村周辺では出会うこともない獣達がいる。そして魔物達もいるのだ。
何らかの方法で魔物を退ける手段があるのかも知れないけれど、獣は防ぐ事は出来ないのだろう。
でも、あれだけ盛大に焚火をしてたらかえって目立つのではないかと思うのだが…。
そんなサル達を、大木の上部から観察していると、段々と集団の全容が判ってきた。
魔術師のサルは2匹、そして戦士は5匹だ。
魔術師は焚火の傍を離れることはないが、戦士は2匹づつ交替で焚火の周辺を大きな棍棒を持って巡回している。
巡回と言っても、焚火の20m位の周りを廻っているだけだが、それは焚火の明かりがそれ以上届かないからなのかもしれない。
肩の上の小さな頭は、たまに動くことがあるので飾りではなさそうだ。
そして、どうやら会話しているようにも見える時があるが、その時にも頭と体の連携は、ちぐはぐな動作になっている。
肩の上の頭はひょっとしたら寄生体なのかもしれない。
貫頭衣の腰付近に袋が下がっており、彼らの荷物は他にはない。道具を使うといっても高度な武器を作るまでには達していないようだが、ジュリーさんの話では魔法を使うといっていた。
俺だって、いまだに魔法の作動原理は理解していないけれど、使う事はできる。サル達も、誰かに教えられた魔法をただ伝えているのかもしれない。
でも、そうなると不自然な話になる。
ジュリーさんは、サルの使う呪いは魔法ではないかと言っていたが、それなら何故、サルには伝わっていて、ジュリーさん達には伝わらなかったのだろう。
発生起源が同じならば同じような魔法が伝わっていいと思う…。
この世界の魔法には3つの種類があるようだ。
カラメルの術、俺達が使える魔法、そしてサルの使える呪いだ。
この件が片付いたら、もう少し考えてみよう。
突然、戦士が貫頭衣を脱ぎ捨てると、大きな椀を腰の袋から取り出して焚火の傍の鍋に入れて料理を掬い取った。
そして、腹に挟んだお面みたいな物を取去ると、腹から突き出した頭の口に手掴みで料理を詰め込んでいる。
この食事で、砂の鎧の全容を見ることが出来た。
砂の鎧は、背面は小さな頭の首付近から腰まで、前面は胸の下までである。両肩の装甲も肩の上部だけであった。
そして、何か金属以外のもので作ったお面で腹の頭を保護しているようだ。
早速下に下りると、ミーアちゃんに見張りを交替してもらい、小さな焚火を囲んでいる皆に報告する。
「すると、砂の鎧は腹には無いのじゃな。」
「でも、お面を被ってますよ。材質は分りませんが、金属ではありません。」
「しかし、サルの頭は何のためについているのだ。今の話だと、其処にある意味がない。」
「十分意味はありますよ。セリウスさんだって、一撃で相手を倒したければ頭や首を狙いますよね。でもその頭が見せ掛けで致命傷にならないなら、相手は反撃できます。」
「我がこの呪いを受けた時は、正にミズキが今言った通りの事が起こったのじゃ。首を刎ねた後に呪いを受けた…。」
アルトさんが当時を思い出したのか唇をかみ締めて呟いた。
そうなると狙いは腹の頭となるのだが、本当にそれでいいのだろうか…。肩の上の頭も一通りの器官が揃っている。何らかの働きがありそうな気もする。
「でも、戦士が5匹は厄介よね。…アキト。魔術師は貴方が殺りなさい。私達は戦士を引きつけてサルの注意を此方に向けるわ。だいたいこんな作戦になるわ…。」
その作戦とは、俺が左手に迂回してサルから150m程の所に待機。セリウスさん達は右に迂回してサルから200m程の所に待機。姉貴はさらに30m程前進して待機する。
待機の完了は俺と姉貴のLEDライトで合図ということだが、よく俺が持ってることを知っていたものだ。
俺の合図で姉貴がグレネードを発射。そして、姉貴はサルに後を見せてセリウスさん達に方向に退避する。
サル達の注意が姉貴に向いた所を俺が魔術師を狙撃して2匹を倒す。
姉貴を追うであろう戦士にジュリーさんが【メルダム】で攻撃し、戦士の貫頭衣と仮面を剥がす。
腹の頭が露出した所をクロスボーで撃ち抜く。
戦士が5体いるから、クロスボーは1台づつ撃っていく。4丁のクロスボーで連続して撃つわけだ。
その間もジュリーさんが【メル】と【メルト】で戦士を牽制する。それでも、近づいてくる戦士はセリウスさんが迎え撃つ。
「腹を狙うのだな。…確かに腹を狙うハンターは少ない。腹は一撃で相手を倒す事が難しいからな。」
セリウスさんが頷きながら姉貴に応えた。
そして、戦士が更に近づくようなら、姉貴とアルトさんがクロスボーを捨てて剣で応戦する。 当然、俺も戦士の狙撃に参加する。
「アキト…。魔術師の死を確認してから此方に参加してね。もし、絶命していない状態で戦士退治に参加したらどんなことが起こるか想像出来ないわ。」
それはそうだ。俺だって呪いなんてものにやられたくはない。
「ジュリーさん。サルの急所が判りますか?」
「生憎、言伝えにはありませんが…でも、岩に体を潰されたサルは動かないが、頭を潰されたサルは逃げるときいたことがあります。」
やはり、腹が急所になるということか…。
そんな事を考えながら眠りに着く。次に俺が監視に着くのは朝になってからだ。
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双眼鏡の先でサル達がまだ寝入っている。
焚火もあれほど燃えていたのが今は薄く煙を上げている位に燃え尽きていた。
夜更けにはあれほど警戒していたのがウソのように静まりかえっている。
幹の下では、煙を上げないように注意しながら朝食を準備しているようだ。
朝食と言っても、黒パンにハムそしてお茶ぐらいしかないのだが、それでもこの場ではご馳走と言えるだろう。
ミーアちゃんの知らせを受けて、早速下に下りていく。
「サル達は寝てた?」
「不思議なくらいね。昨夜はあれほど焚火を焚いてたのに…。」
「此方にとっては都合がいい。朝食が済んだら直ぐに準備を始めるぞ。」
セリウスさんはそう言って、頬張っていた黒パンをお茶で流し込んだ。
俺はゆっくりとお茶を飲みながらタバコを吸う。
Kar98を手に取りボルトを操作して装弾されていることを確認する。
帽子を被り直して、腕までめくっていた袖を下ろす。全て迷彩色だから、俺を見つけるのはかなり難しいだろう。
「先に行きます。」
皆に短く言うと、入口を塞いでいた粗朶をめくって素早く外に出る。
姿勢を低くしてゆっくりと遠巻きに左側よりサルに接近していく。
数歩進んでは止まり、サルを見る。そして更に数歩…。
サルまでの距離を150m程にして、俺は藪の中に潜んだ。うまい具合に倒れたばかりの倒木が前にある。
早速、kar98を肩から下ろすと、ニコンスコープでサルを見る。
T字型の照準に、大きくサルの腹部が映る。これなら初弾を叩き込むことは容易だろう。
素早くスコープを動かしサル達の動きを観察するが、どのサル達もまだ寝入っているようだ。
姉貴達の様子を首を動かして見る。
やはり俺と同じようにゆっくりと移動している。そして、サル達から250m程の所にセリウスさん達が立止まり、姉貴だけが更に前進する。
セリウスさんは山の斜面が少しキツイ場所に陣を張るみたいだ。嬢ちゃんずが早速クロスボーを引き絞っているのが見える。
姉貴がセリウスさん達から数十m程前進して、クロスボーを操作し始めた。
俺はバッグからLEDライトを取出すと、姉貴が此方を見るのを待つ…。
そして、姉貴が此方を見た。
早速LEDライトを点滅させる。此方を見ていた姉貴が片手を上げた。
俺の準備完了を理解したようだ。
そして、後のセリウスさん達に合図をおくっているのが見える。
銃に取付けられたニコン越しに標的のサルを見る。
サルの腹部に狙いを付ける。
ドオオォン!っと、サル達の焚火が爆発する。
タアァン!っと俺は飛び起きたサルの腹部を狙撃した。
サルは血飛沫を上げて後に仰け反る。
タアァン!っともう1匹の魔術師の腹部にも銃弾を打ち込む。
戦士達は姉貴の後を追って斜面を駆け上る。
ドオオォン!!と【メルダム】が戦士達の中で炸裂する。
炎が一瞬にして戦士達を包み、炎が収まると戦士達の貫頭衣は千切れ飛んでいた。
そして、戦士達の腹部にある仮面に次々とボルトが突き刺さる。
俺はkar98を肩に担ぐと、走りながらM29を腰から取出した。
魔術師のところに走りよると、素早く腹と頭にマグナム弾を撃つ。
ドォン!、ドォン!…と2撃づつ与えて銃のシリンダーをスイングさせて弾丸を装填する。
そして、セリウスさん達を見ると、3匹の戦士とセリウスさん達が死闘を繰り広げている。
アルトさんは本来の姿に戻り、必死に戦士の棍棒をかいくぐりながらグルカを振るっている。
セリウスさんも2本の片手剣を自在に操り戦士に打撃を与えている。
姉貴は、小刀を逆手に持って戦士の周りを飛び回っていた。
M29を腰に戻すと、肩からkar98を外して素早くボルトを操作する。
ニコンスコープで慎重に戦士の肩を狙う…。
タアァン!っと乾いた音が森に響くと戦士の肩から血が噴出す。そして、その手に持つ棍棒が落ちる。
すかさず、セリウスさんの両手に持つ片手剣が戦士の腹と頭を同時に斬り裂いた。
タアァン!と次弾を戦士に発射する。そして戦士の仮面から血が噴出した。
アルトさんが走りよってグルカを戦士の腹に叩き込むと、次に肩の上の頭をグルカで両断した。
姉貴はサササーと戦士から距離を取ると、M36を取出し素早く腹にダン、ダン、ダン…と全弾を打ち込む。
前かがみ倒れこむ戦士に素早くセリウスさんが駆け寄り腹を思い切り蹴飛ばす。
仰向けに仰け反る戦士の腹にグルカが叩き込まれ、その首は姉貴が刈取った。
ニコンスコープから目を離し、銃の安全装置をSに戻すと肩に掛ける。
再度、魔術師を見るが動く形跡はない。
だが、念のためだ。2匹を焚火の上に乗せると、彼らが集めていた薪をその上に載せて、100円ライターで焚火に火を点ける。
体が燃えてしまえば、心配は無いはずだ。
「燃やしたのか?」
「あぁ、此処まですれば呪いの心配はないはずだ。」
セリウスさんが何時の間にか俺の隣に立っていた。
俺は銀のケースからタバコを抜取って一服する。緊張が続いた頭の疲れがスーッと煙とともに出て行くようだ。
セリウスさんも俺を見て、片手剣のケースに沿わせているパイプを取出して一服を始めた。
その時、焚火の炎の中から魔術師の上半身が起き上がる。
俺達が何も出来ずに驚いていると、バシュ!っとボルトが魔術師の腹に突き立った。
「油断するな。相手はサルじゃ。灰になるまでは油断できぬぞ。」
アルトさんが嬢ちゃんずの姿でクロスボーを手に立っていた。
「ジュリー達も戦士を焼いておる。ミーアとサーシャが護衛じゃ。」
まだ終わってはいないようだ。
急いで周りの立木を切り倒して魔術師の上に積み重ねた。
それでも、昼を過ぎる頃には一段落。
魔術師は灰になり、戦士は全身を八つ裂きにされて【メル】でウエルダン状態だ。
そして、俺達の戦利品は…2本の杖と魔術師の持っていた袋が一つ。もう1つは魔術師と共に灰になったようだ。
夜を過ごした立木の穴に戻ると、昨夜よりは大きな焚火を焚く。
入口を粗朶で閉ざしておけば安全だ。
今夜はここで過ごして早朝に此処を発つ。
いくらサルを倒しても、魔物と獣の数は多いのだ。
魔術師が持っていた杖はジュリーさんに預かってもらうことにした。
杖のレベルとしては低級だそうだが、杖に刻まれた文字は意味が不明との事…。
だが、俺にはその文字の一部が読めた。
『DNA』そして特徴的な二重螺旋構造の文様…それは遺伝子に関係しているのではないかと思う。
だが何故、俺達の世界の文字がこの世界にあるのだ?
そして、魔物であるサルが何故その文字を刻んだ杖を持っているのだ?
あの神はこの世界で慎ましく生きよと言っていたが、どうやらそんな事はまだまだ先になりそうだ。