#009 逃げ回るキノコ
村から東への道は、荷馬車が通れる程の道だ。
道の両側は広い畑だ。キャベツみたいな丸まった野菜が育っている。
まだ、黒い土が見えているところは、これから植えるか、もう種をまいたかというところだろう。
お百姓さんが何人か畑に出ているのが見える。明るい農村って感じのところだ。
しばらく歩いていくと、十字路に出た。
「農家の荷馬車が畑に行くための道にゃ。私達は真っ直ぐ行くにゃ」
ミケランさんが説明してくれたけど、結構立派な道に見える。
意外と農道って、街道よりも村の人達には重要なのかも知れない。
「東の森は、泉の森とも言われてるにゃ。もう直ぐ、ほら!……この小川は森の北のほうにある泉から流れてくるにゃ」
「そうなんですか。きれいな小川ですね」
いつの間にか姉貴はミーアちゃんのもう片方の手を繋いで、3人並んで歩いている。
ミーアちゃんの頭の上で2人で会話してる。ちょっと、ミーアちゃんが歩きにくそうに見えるのは気のせいだろうか。
道の両側の畑がなくなると道幅は急に細くなった。小道って感じだ。
荒地を開墾しているお百姓さんがいるけど、道から離れているので挨拶は無しだ。
荒地が草原になると、ようやく東の森が見えてきたぞ。
森は南北に大きく広がっている。所々森が盛り上げっているように見えることから、起伏も結構あるみたいだ。
小道が森に入る手前に、10m四方程度の広場があった。
火を焚いた跡があり、少し大きめの石が5個、焚火跡を取り囲んでいる。
「ここで、お昼にするにゃ!」
ミケランさんの一言で、昼食の準備だ。
姉貴は装備を外すと、丸めたポンチョを解いて中から紙包みを取出した。
「アキト。お茶をお願いね!」
俺もポンチョからポットと食器を取出し、固形燃料でお湯を沸かし始めた。
ミケランさんは森に入って行き、棒を2本持って帰ってきた。一体何に使うんだ?
皆が揃ったので、姉貴は紙包みから黒パンを取出して1個づつ配り始める。俺も、お茶をシェラカップに半分づつ入れて皆に配った。
「美味しいにゃ。このお茶も珍しいけど、皆で食べると美味しいにゃ」
ミケランさんは黒パンをモゴモゴ齧りながらお茶を飲んでいる。
「ところで、アリットって森の奥深い所にあるんですか?」
「そうでもないにゃ。……この時間だと、森の広場で日光浴してると思うにゃ」
ん、日光浴してる?……茸ってどちらかと言うと強い光は嫌うはずじゃ。 いや、それよりもこの時間って、……どういう事?
「採るのは大変なんですか?」
姉貴も疑問を持ったようだ。でも、少し観点がずれてるような気がするけどね。
「のろまな人には一生無理にゃ。私達、猫族には簡単にゃ。ミーアちゃんも大丈夫にゃ。……アキトは素早いかにゃ?」
「判断基準が判りませんが、ガトルは倒せましたよ。」
「なら大丈夫にゃ。」
2人の会話を聞いてたら余計判らなくなったぞ。何で茸を採るのに素早い必要があるんだ?
「あのう……、特別な採り方をしないといけないんですか?」
2人の会話に入り込んだ俺に、ミケランさんは振り向いた。
「特別って訳ではないにゃ。…取ったこと無いのかにゃ?」
「ありません。アリットって茸も今日初めて聞きました」
「教えるにゃ。先ず、アリットを取り囲むにゃ。そして一斉に襲うにゃ。アリットは吃驚して逃げるから、追い掛け回しながら棒で叩くにゃ」
「アリットって動けるんですか?」
姉貴が吃驚して質問した。
「素早いにゃ。でも、私達猫族の動きはもっと素早いにゃ」
さすが異世界、とんでもない茸がいたもんだ。でも、なんだか想像すると楽しくなる。
姉貴が草原で「待てー!」って言いながら棒を振り回して茸を追いかけてる姿を想像して思わず「プッ……」っと噴出した。
チラッと姉貴を見ると、俺を見て片手を口に当てて笑っているようだ。うむ~、同じ事を思い浮かべたのだろうか。
「そろそろ出発にゃ」
ミケランさんの合図で、俺達は装備を元に戻して腰を上げる。
森に入るなり、ミケランさんは腰に差した片手剣で藪を切り始めた。
「アリットを棒で叩くのは意外と加減が難しいにゃ。棒の先に粗朶をこんな風に縛り付けて、これで叩くにゃ」
実演してくれるのはいいんだけど……。ミケランさん、それではまるで箒です。
それでも俺は見よう見まねで、姉貴と俺とミーアちゃんの箒を作り上げた。
箒を持って森を行く俺達を他人が見たら何と思うだろう?
俺のやる気はどんどん落ちてきているが、こんな事で大丈夫なのだろうか?
鬱蒼と茂る森の中は大分暗い。それでも、ミケランさんはどんどんと先を歩いて行く。
森に変な動物はいないのだろうかと少し心配になるが、確か、黒1つ……俺達よりも遥か上のハンターだ。それなりの注意はしているのだろう。
突然、ミケランさんの足が止まった。
「この先にゃ。……ここから右に折れるけど、音を立てないように注意するにゃ」
小声で俺達に注意するミケランさんに、小さく頷いて了承する。
そろりそろりと小道を離れて森の中を進むと、先の方が少し明るくなる。
さらに進むと、木々が何故か生えていない小さな広場が見えてきた。
そしてよく見ると……、エリンギみたいな茸が集団で日光浴をしている。大きさも少し大きめのエリンギだ。……しかし、ホントにあれが動くのか?
「いいかにゃ。私が奥。アキトが右。ミズキが左でミーアちゃんはここにゃ。私が飛び出したら、一斉に襲うにゃ」
小さな声でそう言うと、吃驚するような速さで森の中を移動して行った。
流石、猫族というだけのことはある。あれだけ早く動いても物音1つしない。
俺達もミーアちゃんをこの場に残して移動を開始する。
俺達は人間なのでゆっくりと進んで行く。
右に回りこんで木立の間から広場を見ると、まだ気付かれてはいないようだ。
向かい側の木立から箒の先がチラチラ覗く。姉貴も位置に着いたみたいだ。後は、ミケランさんの合図を待つのみ……。
突然、右手の藪の中から、「ミャー!」って箒を振りかざしたミケランさんが飛び出した。
アリット達は驚いてこっちに逃げてくる。ピョンピョンっと跳ねるような動きはかなり素早い。
俺達も木立や藪から箒を振りかざしてアリットに向かう。
俺に驚いて急に方向を変えようとしたところを箒でピシャリ!……これで、1匹?いや1個かな?
更に追いかけて逃げ惑うアリットを箒で叩く。
これって、採取?なのかなって素朴な疑問はあるんだけど……。今は、ただ追いかけて叩くのみに専念する。
広場に逃げ回るアリットがいなくなったところで終了だ。戦果を確認すると、10個以上はあるようだ。
1個づつミケランさんが確認してミーアちゃんの背負った籠に入れている。
「これは、ダメにゃ。……こっちは大丈夫にゃ」
どんな判断基準で選別してるか気になって、ミケランさんの傍に歩いて行く。
「アキト、大至急穴を掘るにゃ」
仕事を仰せつかってしまった。
「はい!」って姉貴がレスキューバックから折畳みスコップを取出す。
受け取って、とりあえず穴を掘り始めた。
レスキューバックもザックと同じような機能があるらしい。でないと、これだけであのバックは一杯になるはずだ。
直径50cm、深さ1m程の穴を掘ると、ミーアちゃんがさっき取り除いたアリットを運んでくる。姉貴も両手に持ってきた。
「早く埋めるにゃ!」
少し焦った感じのミケランさんに従って、手早く穴に廃棄アリットを放り込む。
続いて土を被せて、トントンと足で踏み固めた。
「急いで此処から離れるにゃ!」
ミーアちゃんを抱えると、凄い勢いで広場を走りぬけて行く。
俺達も訳が解らなかったが、ミケランさんが走って行った方向に急ぐことにした。
いったい何処まで走ったのか解らないほどだ。
辛うじて、まだ元に戻らない雑木の倒された跡を手がかりに、俺達は走っている。
「あそこにいるみたい!」
姉貴が前方を指差した。なんか2人でやってるみたいだ。
ようやく2人の所まで行くと、そこは小さな小川が流れていた。
籠の底に水辺の大きな葉っぱを敷いて、その上にさっき仕留めたアリットを水で洗って入れていた。
「随分丁寧にするんですね。やはり、商品だからですか?」
姉貴が、ようやく水洗いが済んでほっとした表情のミケランさんに聞くと、
「違うにゃ。アリットはクルキュルの大好物にゃ。アリットに少しでも傷があると嗅ぎ付けて来るにゃ」
籠に入れたアリットの上にも何枚かの大きな葉っぱを乗せながらミケランさんが説明してくれた。
え!……それって、食物連鎖みたいな話かな? だとすると、あんなにすばしこいアリットが好物のクルキュルって何だ?
「使えるアリットは7個にゃ。あとの3個は、明日の朝少し下の砂地で仕留めるにゃ」
元気よく立ち上がると、ガッツポーズでミケランさんが宣言した。
そうと決まれば、早速野宿の準備。どれ、薪でも取りに行こう!