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#088 サルには頭が2つある

 夏の日中を避けるため、まだ太陽が顔を出さない早朝に家を出た。

 ミーアちゃんが1人で走って行きセリウスさんを迎えに行く。俺達がセリウスさんの家に着く頃には、もう家の前でミーアちゃんとセリウスさんが待っていた。


 「頑張ってにゃ。」

 ミケランさんが双子の入った籠の傍に立って俺達を見送ってくれる。

 片手を上げて見送りに応えると西の門に向かった。

 門番に門を開けてもらい早速山への小道を歩き出す。

 ミーアちゃんが後ろを振り返りながら手を振っている。振り返ると閉まりはじめる門の向こうでミケランさんが手を振っていた。


 緩やかな坂道を上っていくと、森の手前の休憩所で一休みだ。

 水筒の水を一口飲む程度の休憩だが、体力の維持には欠く事が出来ない。

 そして、出発前にジュリーさんが【アクセラ】の魔法で全員の体機能を上昇させる。

 

 隊列は嬢ちゃんずが先行して俺とセリウスさんが殿を勤める。

 猫族の勘の良さを最大限に生かして魔物や獣の気配を察知するのが目的だ。俺達の狙いはサルのみ。無駄な戦いを途中でする訳にはいかない。


 森の小道を進んでいると突然ミーアちゃんが歩みを止めて片手を水平に上げた。

 全員がその場で肩肘をついて姿勢を低くする中、アルトさんがミーアちゃんに近づく。

 ミーアちゃんから海賊望遠鏡を受け取ると、指差した先を観察している。

 直ぐに、望遠鏡を下して、ミーアちゃんの肩を叩くと2人とも姿勢を低くして俺達の方にやって来た。


 「パックンだ…。食事中らしいので邪魔せずに迂回するぞ。」

 俺達は嬢ちゃんずを先頭に、右側に大きく迂回して先を急ぐ。

 姉貴が図鑑を見せてくれた。

 パックンとはカエルの一種らしい。ガマガエルの姿のよく似ているけど、大きさは俺の肩位まである。ムチのように伸びる舌で獲物を捕らえて、消化しながら食べるらしい。

 魔物ではなく獣の一種と分類されているけど、どちらかと言うと両生類だと俺は思う。


 森を抜けると荒地が広がる。

 視界が広がるけれども安心はできない。ミーアちゃんとセリウスさんが前後に、俺とアルトさんが左右に展開して周囲を監視しながら荒地を上って行く。

 

 たまにミーアちゃんが停止を告げ、俺達は脅威を確認して迂回もしくは通り過ぎるのを待つ。

 結構、疲れる行軍だ。先頭のミーアちゃんの気疲れも相当なものだろう。途中の休憩でセリウスさんが先頭を交替する。

 

 昼近くになってもまだ尾根に到達していないのだが、比較的見晴らしが利く場所を探して昼食を取ることにした。

 遠くに村がぼんやりと見える。魔物達がいなければちょっとしたピクニックなのだが、休憩を取る間でも周囲の監視は怠る事ができない。

 昼食と言っても、焚火を焚かずに黒パンサンドを水筒の水で流し込むだけなんだけれど、長めの休憩は歩き通しの体には何よりのご馳走だ。


 「だいぶ上ったよね。此処まで来るとリオン湖がひょうたん形だって分るわ。」

 「そうだね。…ところで、サーシャちゃんとジュリーさんは大丈夫かな? あまりこんな所を歩く事は無かったと思うんだけど…。」

 「【アクセラ】が結構利いているみたい。身体機能2割上昇でしょ。…それより、ミーアちゃんの方が心配だわ。セリウスさんに替わって貰っても後ろの監視は続いてる訳だし…。」

 だよな。少なくとも休憩している間はゆっくり休んで貰いたい。

 早速、近くの岩に上ると周りの見張りを始める。岩の下に皆は集まっているし、下手には少し離れてセリウスさんが見張ってる。

 見張りの退屈凌ぎに銀のケースからタバコを1本抜き取って、周りを見渡しながら一服を始めた。

 携帯灰皿を取り出して、たまに灰を落とす。状況が状況だけに吸殻なんて落としておいたらどんなことになるか分かったものじゃないからね。

 

 長い休憩を取った後、先頭をセリウスさんにした隊列を進める。殿はミーアちゃんに替わって俺が勤める。もっとも、俺の直ぐ前にミーアちゃんはいるけど、気疲れの度合いは少なくなるだろう。


 尾根に着くと今度は尾根伝いに東に進む。尾根はアクトラス山脈の主峰のように急峻なものではなく丘にしては高いかなと思うような頂だ。更に北にも山がそびえ立ち、段々と頂きが急峻に変わる様子が見て取れる。


 進んでは止まり、また進んでは今度は迂回する。そんな事を繰り返しながらグライトの谷の入口を下に見る位置まで進んできた。


 日が傾いてきたので急いで野宿場所を探す。

 荒地が続く場所なので適当な隠れ家は中々見つからなかったが、低い岩と藪が組み合わさった小さな広場を見つけることができた。数人は中に入れそうだ。

 早速中に皆を押込めると周辺を素早く見回る。

 ついでに接近検知用の地雷を仕掛けておく。反対側では姉貴が同じように地雷を仕掛けているはずだ。

 半周して藪の中に入っていく。俺の後から姉貴もガサガサと藪を揺らして入ってきた。

 そして最後にセリウスさんが乾いた薪を抱えて藪をくぐってきた。

 早速、皆の真中に小さな焚火を焚く。そして獣達の注意を逸らすために光球を藪から10m程先にジュリーさんが投げ入れた。さらにもう1個近くに転がしておく。

 こうしておけば藪の中の焚火を怪しむよりも周辺の光球を獣や魔物は怪しむだろう。


 鍋に水を入れて沸騰させ、乾燥野菜と乾燥肉を適当に入れる。塩と少量の胡椒で味付けを行なえば簡単なスープが出来る。その間に黒パンを炙り、お茶用のポットを火に掛けておく。


 「だいぶ歩いてきたが、ここはどの辺じゃ。」

 「グライトの谷の入口の山側だ。ここから後1日でサルがいるだろうと想定される区域に着く。」

 「後1日か…。長いな。」

 「今夜はゆっくり休むがいい。明日は敵地の中だ。火を焚くわけにもゆかぬ。」

 

 そんな訳で少し早いけど姉貴とサーシャちゃんが最初に火の番に着く。

 俺達はポンチョやマントに包まって雑魚寝をはじめた。


 ユサユサと体が揺すられる。

 パチっと目を開けるとミーアちゃんがそこにいた。

 俺が起きた事を確認すると、急いでアルトさんを揺さぶり始めた。

 空は少し白み始めている。最後の番は俺とアルトさんだ。


 交替すると早速スティックコーヒーを取出しシェラカップに入れてお湯を注ぐ。

 コーヒーの香りが漂いその匂いにしばし感動しているとアルトさんがこっちを見ている。

 

 「飲んでみます?」

 アルトさんが小さく頷くのを見て、彼女の持つカップに俺のカップから半分を注いだ。

 しばし俺が注いだカップから立ち上る匂いを堪能しているようであったがおもむろにゴクリとコーヒーを飲む。

 

 「…甘みと苦味が絶妙じゃ。何と言う飲み物かは知らぬが、頭がすっきりする。」

 「コーヒーという飲み物です。俺の国では眠気覚ましによく飲まれていますけどね。」


 そんな会話をしながら辺りをうかがう。サルがいる場所から距離もあり標高も此方の方が高いからなのか敵が接近する気配すらない。

 そして少しづつ辺りが明るくなる。

 朝食は昨夜の残りのスープを少しとビスケットのような硬い黒パンだ。

 食後のお茶もこの朝食だと必要だろう。焚火の残り火をかきたてて早速鍋とポットを暖める事にした。


 ギョエーっと変な声で鳴く鳥もここにはいない。

 それでも、すっかり明るくなると皆が起き出してきた。

 早速、朝食を食べて装備を整える。

 もう1つ尾根を横切るとサルを見つける可能性が高くなる。剣やボルト、銃の位置を直して何時でも戦闘が開始できるように装備を整える。


 先頭を歩くのはミーアちゃんだ。30分程度で俺と交替する。殿のセリウスさんも同じように姉貴と交替しながら歩いて行く。

 魔物や獣の気配に立止まり、迂回しながらゆっくりと進んでいく。


 最初の休憩を取ろうとした時だった。

 ミーアちゃんが突然立止まって腰を下ろす。

 俺達も姿勢を低くしてミーアちゃんの合図を待つ。

 海賊望遠鏡で少し下の方を覗いているようだ。

 何があるのだろうと、ミーアちゃんの覗いている方向をニコンスコープで覗いて見る。


 そこには、魔物と戦っているハンターがいた。3人の屈強なハンターが見たことも無い魔物と戦っている。

 姉貴の双眼鏡を借りて覗いていたジュリーさんが望遠鏡を下ろす。


 「ザナドウだわ。陸に住む蛸よ。魔物でも獣でもない生き物よ。…そして数匹で狩りをする。ザナドウの皮膚は弾力に富んでいるから、なまくらな剣では斬る事もできない。そして、4本の長い足で獲物を絡めとるのよ。」

 

 ここからは距離がありすぎて介入する事も出来ない。

 3人のハンターの技量に期待するだけだったが、突然戦闘に終わりが訪れた。

 ハンターの背後に2匹のザナドウが現れて、たちまち吸盤のついた足にからみつかれたかと思うとザナドウの体の下に持ち込まれた。

 そして、ザナドウがその場に腰を下ろす。

 たぶん、1トン近い体重はあるのだろう。ハンターの体は潰されてしまった。

 そして、彼らの食事が始まる…。


 俺達は音を立てないようにゆっくりとその場を離れた。

 しばらく進んでようやく一息入れることにした。

 周囲を素早く見回し、異常がない事を確認するとドカっと腰を下ろす。

 水筒の水を飲むと、思わず溜息がでる。


 ザナドウとは陸蛸だとジュリーさんは言っていた。しかし、これまでザナドウを見たことは無い。そして何よりザナドウは魔物ではない。

 ここアクトラス山脈には更に不思議な生物が住んでいるのだろうか。


 「ジュリーさん。さっきのザナドウって初めて見ましたけど、今まで聞いた事もありませんよ。極めて凶暴な肉食生物ですからギルドの依頼ぐらいあるような気がするんですが?」

 「ザナドウはアクトラス山脈では滅多に見ない生物よ。だから遭遇率は極めて小さいの。そして、もし見かけたとしても戦おうとするハンターはいないわ。それは、危険性が高いだけで利用価値のあるものをもっていないからなの。…さっきのハンターはあえて戦った。理由があるとは思うのだけど、死んでしまっては解らないわ。」


 「陸蛸は見た目は魔物だ…。大方、魔物と思って戦った…というのが真実に近いと我は思うぞ。」

 「でも、ここは村から1日とちょっとです。狩猟期にはこの辺までハンターが来ていると思うのですが、ザナドウの話はありませんでした。おかしくはありませんか?」


 「…魔物に追われて、山から下りてきた。そんなことになるのかな…。」

 姉貴が推察を言う。


 「そうなると、この先は魔物の巣窟になりますよ。少なくとも後半日は進む必要がありますから、周囲の警戒を十分にしながら進まねばなりません。」


 姉貴がビスケットみたいに焼いた黒パンを配る。水筒の水と一緒に食べながら少し休むと、今度は先頭をセリウスさんとミーアちゃんの2人に任せる。10m程距離を取り、アルトさんとジュリーさんに挟まれてサーシャちゃんが歩く。最後尾は3m程距離を開けて俺と姉貴が後方を警戒しながら歩き始めた。

 

 出発前にジュリーさんの掛けてくれた【アクセラ】で全員の身体機能が上昇している。僅かな物音、変化も見逃す事はないだろう。


 そして、何度か魔物の気配を感じながらも深い森に入る前に大木を見つけることが出来た。10人で両手を廻しても幹を取り囲めるかどうかというような大木で、雷に打たれたのか幹が途中で折れている。そして幹の根元には2m程の穴が開き、幹の中は空洞だった。


 早速明るい内に薪を拾い、幹の中に入って焚火を焚く。幹の前には例のごとく地雷を仕掛けて、幹の穴には周囲の粗朶を刈って蓋をする。中からレスキューシートで更におおっているから小さな焚火なら明かりが漏れる事もない。


 夕食の支度をしている内にミーアちゃんは内側から幹を上って折れた場所まで上ると周囲の偵察をしている。ついでにロープを下ろして貰ったから交替で偵察も出来そうだ。


 「ミズキの疑った区域は此処を含む一帯だ。目撃例が無かったのは目撃したハンターが殺られたせいだろう。この辺りは他にも増して魔物が多いようだ。」

 「幸いにも絶好の隠れ家を見つけることが出来た。ここを拠点に明日から周辺を探ろうと思う。よいな?」

 セリウスさんの言葉に俺達は異議はない。


 姉貴達が夕食を作っていると、上から木切れが降ってきた。

 見上げると、ミーアちゃんが手招きしている。姉貴の双眼鏡を借りると、ロープを手に幹を上っていった。


「あそこににゃにかいるよ。」

ミーアちゃんが幹の割目から覗いていた場所を交替してもらって双眼鏡で覗き込む。


いた!…確かにサルだ。距離は500m位だろうか、それでも双眼鏡をつかえばその姿をはっきりと捉えることが出来る。


 そこには焚火が焚かれていた。焚火には大鍋が据えられており、その鍋を2匹のチンパンジーが覗いている。そして周囲には数匹のゴリラがいてしきりに辺りを警戒している。

 

 この大木があったおかげで彼らに直接鉢合わせする事がなかったのが幸いだ。

 しばし彼らを観察する。


 チンパンジーは粗末な革の貫頭衣を着ており手にはジュリーさんと同じような杖を持っている。魔術師というわけだ。

 ゴリラはやはり革の貫頭衣を着ているが窮屈そうに見える。そしてその手には大きな棍棒を持っていた。

 貫頭衣の隙間からチラッと板のようなものが見えたがあれが砂の鎧であろうか。


 そんな事を思いながらしばらく見ていると、ふと違和感にとらわれる。

 最初、その違和感が何か判らなかったが、突然その原因が判明した。

 かれらの頭と体の比率が合わないのだ。

 余りにも頭が小さすぎる。

 

 あんな頭で火を使う知恵があるのだろうか…。そして魔法まで使えるというのだろうか…。

 余りにも奇妙だし、知性の発達が脳の容積と比例すると考えればありえないことだ。

 

 その理由は少し観察を続けている内に判明した。

 椀に鍋から料理を取り分けている。

 そして、その椀を食べたのは…貫頭衣に隠れたもう1つの顔であった。

 彼らの肩に乗っている頭は飾りかもしくは予備なのだ。


 スルスルとロープを下りて焚火の一角に腰を下ろすと、皆に目撃した内容を話す。

 

 「すると、サルには頭が2つあるというのか?」

 「はい。食事を取ったのは腹にある頭でした。そこが本当の頭で、俺達が頭と思っている場所にあるのは飾りか、頭が潰された場合の予備ではないでしょうか。」


 「単純に頭を狙撃すればいいと思ってたんだけど…そうもいかないというわけね。」

 「しかも、戦士が数人とは大事じゃ。戦士の力は途轍もないぞ。その上、砂の鎧を纏っているのじゃ。」

 

 「でも、体だけで手足は砂の鎧はありませんでした。そこに付け入る隙があるように思えます。」

 「戦士もお腹に頭があったの?」

 「戦士は確認していない。魔術師だけだ。」

 姉貴の問いに俺は答えた。

 

 「だとすれば、もう少し観察しましょう。幸いにも此方にまだ気が付いていないようだし…。」

 

 そこで、俺達は交代で500m程はなれた場所で野宿しているサルの観察を交替ですることにした。

 

 

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