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#087 魔物とサルの関係

 朝靄の中にゆっくりと消えていくカヌーを庭先から手を振って姉貴と眺めている。

 「大丈夫だよね。」

 「大丈夫だと思うよ。アルトさんもいることだし…。」

 姉貴は俺に向き直ると確認するように聞いてきたけど、俺だって少し不安なところはあるから言葉尻が明確にならない。

 2人で靄に隠れたカヌーの方向をしばらく眺めていたが、出かけてしまった以上後は待つだけになる。

 ちょっと重い足取りで家に入る事にした。


 魔物の出現が頻発することから、俺達は少しの間依頼を受けずに様子を見ることにしたのだが、嬢ちゃんずの我慢は1週間が限度だった。

 アルトさんの「カヌーを借りるぞ!」の一言で、今朝早く3人がカヌーに乗り込んでトローリングに出かけてしまった。

 転覆したら危ないって止めたんだけれども、「立たなければ良いのであろう。問題ない。」と宣言されてしまった。

 そして今朝。俺達が起きてロフトを下りると、其処にはすっかり身支度を整えた嬢ちゃんずがテーブルに着いていた。

 後はアルトさんの指示でカヌーを準備し、先ほど出航したのだが、釣れなくてもいいから、無事に帰って欲しいものだ。


 残った3人で朝食を取っている時にも、姉貴がジュリーさんに不安を訴えている。

 「姫様の事ですから大丈夫だと思いますよ。」

 そんな当たり障りのない返事をジュリーさんが言うもんだから、姉貴は余計に不安になったようだ。

 「ご馳走さま。」って言うと、急いでロフトに上り、双眼鏡を掴むと急いで家の外に飛び出した。

 その慌てた様子があまりにも可笑しかったので、思わずジュリーさんと顔を見合わせて笑い出してしまった。

 いくら双眼鏡でも朝靄が晴れない限り見えないと思うんだけどね。


 ジュリーさん相手に、お茶を飲みながらチェスをしていると、扉を叩く音がする。

 急いで開けてみると、セリウスさんがミケランさんと双子を伴って遊びに来たみたいだ。


 「邪魔をするぞ。…ところで、ミズキは屋根の上で何をしているんだ?」

 双子の片方を抱いてテーブルに着いたセリウスさんが俺に聞いた。

 どうやら屋根で嬢ちゃんずの帰りを見ているらしい。

 「アルトさん達がカヌーで釣りに行ったのでその帰りを見ているらしいです。朝早く出かけましたからそろそろ帰ってくるとは思うんですが…。」

 

 「ちょっと、見てきます。」と言って外に出る。

 屋根を見ると、天辺のグシに腰掛けて姉貴がリオン湖を見ている。もう朝靄は消えたようだ。

 

 「どう、見える?」

 「見えるよ。もう直ぐ帰ってくるわ。」

 そう言うと屋根から下りはじめた。

 「セリウスさん達が来てるよ。」

 そう言うと今度は急いで家に飛んで行った。

 どうにも忙しい姉貴だが、嬢ちゃんずが帰ってくると双子を抱っこ出来ないので今の内に、と考えたらしい。

 湖を見ると、遠くからカヌーが帰ってくるのが見える。手を振っているのがサーシャちゃんだと分る位の距離だ。

 しばらく待って、嬢ちゃんずを庭に下ろすまで此処で見ていることにした。


 「大量じゃ。今度からは我らが漁をするぞ。」

 戻ってきたアルトさんの第一声である。

 ヒョイっとミーアちゃんがカヌーを降りると、ちょっと躊躇しながらサーシャちゃんが降りる。アルトさんから獲物の籠を受け取り、俺がカヌーに乗り込むのを待って、アルトさんが降りた。


 「セリウスさん達が来てるよ。」

 「ふむ…何か判ったのかも知れん。先に行くぞ。」

 俺は何時もの林の岸にカヌーを運び上げると、獲物の籠をミーアちゃんの指定する井戸の傍に持っていった。

 どうやら、サーシャちゃんと腸を取る作業をするみたいだ。

 桶に獲物を移すと、5匹もいる。大きさは50cm位だけど、料理するには手ごろな大きさだ。


 「あとは任せて。」って言うミーアちゃんの言葉に甘えて、家に入る事にした。

 テーブルに着くと、早速ジュリーさんが冷たくなったお茶を交換してくれる。


 「戻ったか…。少し気になる話を聞いたのでやって来た。」

 セリウスさんの話では、宿の酒場で魔物ハンターと思われるパーティから、知らない言葉を聴いたらしい。


 「…確か「サルをまだ見かけない…」という内容だった。『サル』とは何だ?俺が王宮にいる時も、ハンターになってからも聞いた事がない名称だ。」


 『サル』ってあの猿かな?…いや、ステーキがロブスターな世界だから、『サル』=『猿』とは限らないぞ。


 「しばらくすると、そのパーティに接触する別のパーティがいた。その時の話題も「サルを探している…」だったのだ。昨日、ギルド長に聞いてみた。「サルとは何だ。」とな。そしてギルド長の答えは、「聞いた事はある。何かは知らん。」との事だ。ただ、ギルド長が言うには、魔物と何らかの関係があるらしい。」


 其処まで言うとジュリーさんの顔を見た。

 「サルを見たものは魔物専門のハンターでも少ないと思いますよ。私も見た事は有りませんが、エルフの里に言伝えがあります。「魔物は魔気によって生まれる。サルは魔気を操る。1人のサルは一日に1匹の魔物を生む事が出来る…。」と聞いた事があります。」


 「魔物は魔気によって生まれるのではないのか?」

 「魔気を獣が取り込み続けて魔獣になります。言伝えから、サルが効率的に獣等に魔気を取り込ませる事が出来ると考えられます。」

 「では、サルを見つけて退治すれば魔物はこれ以上増えないのだな。」

 「たぶん。そしてサルは魔族です。サルには3つの種類がいると言われています。戦士、魔術師、そして、細工師です。戦士は大柄で砂の鎧を纏っています。魔術師は小柄で毛皮を纏い、細工師の容姿は言い伝えにありません。」


 「どんな容姿なのだ。大柄な奴や小柄な奴は何処にでもいるぞ。」

 「容姿は人に近く全身が体毛で覆われています。足は短く、手は長く木々を簡単に飛び移る事ができるそうです。」


 「ひょっとして、鼻は潰れて、口が突き出し、小さな牙はあるけど尾は無い。って続くんじゃないですか…。」


 ジュリーさんは驚いて俺を見た。

 「そうです。見たことがあるんですか?」


 どうやら納得した。『サル』は類人猿に近い。俺が知っている猿よりも高等な生物だ。戦士はゴリラで魔術師はチンパンジーに近いのかも知れない。


 「かなりその姿に近い獣を私達は知ってはいますが…高度な知性は持っていませんでした。言語を使う事はありませんでしたから、魔術なんて不可能です。」

 姉貴が俺に代わって説明する。


 「だが、俺達は見た事が無い。お前達がそれに似た姿を知っているだけでもたいしたものだと思うぞ。…俺は奴等に先駆けてサルを探して退冶しようと思っているのだ。」

 そう言ったセリウスさんを俺達は一斉に見つめた。


 「我を忘れて貰っては困るぞ。我は唯一この中でサルを見たことがある。…そして倒しはしたがこの有様じゃ。もし、セリウスが行くなら我も行くとしよう。この恨みは何匹のサルを殺しても忘れる事が出来ぬ。」

 キリキリと歯をかみ締めてアルトさんが言った。

 

 確かアルトさんは魔物を斬った時に呪いに掛けられたと言っていた。

 瞬殺出来なくて、少しの間魔物が生きていたという事だと思う。でも、そうすると魔法、呪いを掛ける事が出来る魔術師は比較的容易に倒す事が可能だということか?

 しかし、戦士とは…砂の鎧も気になる。


 「ジュリーさん。砂の鎧ってどんな鎧なんですか?」

 「砂の鎧とは戦士の装甲の事です。実際に鎧を着ているわけではないのですが…言伝えにはこうあります。戦士は体に松脂を塗る。そして砂の上を転げ回る。松脂が乾くと、また体に松脂を塗る。そして砂の上を転げる。これを数度繰り返すと、その身は砂で出来た鎧を纏う事になる。砂の鎧に刃は効かぬ、槍や矢も効かぬ、そして火と水の魔法も効かぬ。と言われています。」

 

 なんかコンポジットアーマーって感じだよな。凄くシンプルだけど。

 姉貴のクロスボーも俺のマグナムも効かないだろう。砂の層により打撃力が分散すると思う。


「でも、体の全てを砂の鎧に包むことは出来ませんよね。」

いくら体毛の上に松脂を塗ったとしても全身を包むことは出来ない。そんな事をしたら体温の上昇で体が参ってしまうはずだ。


「手足と頭は鎧を纏っていないと聞きました。最も頭は獣の頭蓋骨で作った兜を被っているそうです。」

「ならば、遠方よりクロスボーで倒す事は容易い事じゃ。」

 

 ジュリーさんの言葉にアルトさんが応じる。

 戦士が近づく前に倒す事は出来そうだ。でも、1つ問題がある。魔法の有効距離だ。


「ジュリーさんは魔道師ですよね。この中で一番魔法には詳しいと思うんですが、魔法や呪いってどの程度の距離まで届くんですか?」

「その魔道師が持つ力によって前後しますが、おおよそ300~400Dという所でしょうか。でも、それは届くというだけで威力は落ちますし、命中率も悪くなります。…通常の魔道師ならば200Dを1つの目安とするでしょう。呪いも一種の魔法と考えて良いと思います。」


 すると、200D、約60m以内に入らなければいいわけだ。

 嬢ちゃんずのクロスボーの射程が約50m前後でギリギリだけど、姉貴のものは100mを狙える。そしてkar98なら俺でも200mは可能だ。

 俺と姉貴とで魔術師を狙い、嬢ちゃんずとセリウスさんが戦士を狙うのならば勝ち目はある。だが、それは相手が此方に気が付いていないことが前提となる。


 「遠距離射撃…これに掛けるしかなさそうですね。」

 姉貴も同じ結論に達したようだ。

 「倒せるならばそれでよい。」

 アルトさんが小さく呟いた。

 「俺の出番が無いが…そうか姫様達の護衛をやればいいのか。」

 

 「はい。アルトさん達のクロスボーで戦士を。私とアキトの銃で魔術師を倒します。…ジュリーさん。クロスボーのボルトが頭部に命中した場合、それを阻害する魔法はあるのでしょうか?」

 「ボルトは矢の一種ですよね。魔法攻撃を軽減する魔法は聞いたことはありますが、衝撃力を緩和する魔法は聞いた事がありません。」


 「問題は何処にいるかじゃな?」

 「はい。魔物ハンターも何らかの事情でサルを探していますがまだ場所を確定していません。それと、これを見てください。」

 

 姉貴はテーブルに地図を広げる。

 地図には魔物の目撃箇所と討伐箇所を〇と×で描きこんでいる。


 「村から最初の休息場所以遠に万遍なく出現しているように見えますが、この場所には何故か目撃例が無いんです。」

 姉貴は地図の一角を指差した。

 その場所は、グライトの谷間の入口から更に東に向かった場所である。

 

 「砦に近いからではないか?いくら魔物でも正規兵と正面戦を挑むのは無謀と判断したのだろう。」

 「でも、峠を越える街道には目撃例が数箇所あります。それは此処よりも遥かに峠の関所に近い場所ですよ。」

 「では、この場所に魔物が出ないのは何か理由があると言うのじゃな。」

 「はい。何か理由があるはずです。もしくはまだここで魔物が作られていないだけなのか…。」

 「面白い。アクトラス山脈を闇雲に探すことになると思っていたのだが、ハンター達からの聞き取りはそれなりに実を結んだことになるようじゃ。」

 

 皆の顔が何となく輝いている。

 魔物の異常な増え方の原因がつかめるかも知れない事と、その対処が自分達で達成できそうだと分かってきたからだ。

 早速、準備を整え、明日早朝に出発することで意見は一致した。

 今回はミケランさんは同行できない。リスクを考え双子と共に村に残る。

 ジュリーさんは、サーシャさんの護衛という事で戦士との戦いに加わってくれるそうだ。


 「こんな所か、それでは明日の朝にセリウスを訪ねる。…そうだ、今朝の漁は中々の獲物であった。セリウスよ我等3人の成果じゃ。帰りの土産に持って行くがよい。」

 そんなわけで、嬢ちゃんずの獲物は2匹がセリウスさんの家に、そして3匹がその夜の魚スープになった。

 やはり、自分達で釣った魚は美味しいらしい。サーシャちゃんもミーアちゃんの真似をして骨をしゃぶってる位にね。

 そして、俺達は明日からのサル退冶の準備を入念に行なう。

 グライトの谷間の入口を峰の方から迂回して進むためには目的地までに2日はかかるだろう。往復と戦闘を考慮すると5日間は要する。更に1日程度の携帯食料も必要だ。

 姉貴とジュリーさんで食料を準備し、嬢ちゃんずはボルトを準備する。俺は3個の大型水筒に水を入れて袋に詰めた。さらに全員の携帯用水筒を準備する。これは明日の朝、水を入れて各自が持つものだ。

 俺と姉貴は迷彩パンツとシャツを基本に野宿用にポンチョを用意する。嬢ちゃんずとジュリーさんは革のパンツに綿のシャツそれに革のベストだが、野宿用に革のマントを用意している。

 最後にジュリーさんが全員に爆裂球を2個づつ配った。もっとも俺だって何個か持ってるし、サーシャちゃんは常に2個は持ってると思う。爆裂球はイザとなればボルトに付けて飛ばすことも出来るし、地雷にも使える。多いにこしたことはないだろう。

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