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#085 狩場の異変

 トリファドの振り下ろされた腕に捕まり、身動きが取れずに鋭い乱立する牙に囲まれた口に運び込まれようとしてもがいている…

 もうだめだと観念して目を瞑った時に急に体の拘束が軽くなる。チャンスと思い体を捻ると腕から落下した。

 

 ドシン!っと体を打った場所は、下草ではなく板張りの床だった。

 どうやら、夢をみていたようだ。低いベッドを見ると、姉貴の片足が俺の寝ていた方にニューっと伸びている。

 足で押さえつけられ、最後に蹴飛ばされたみたいだ。

 とりあえず、出ている足を布団に戻してやる。


 また蹴飛ばされる可能性が高いので、少し早いような気がするけど、服を着るとリビングへと梯子を下りた。


 「相変わらず寝相が悪いようじゃな。下まで落ちた音が聞えたぞ。」

 「おはよう…」

 「おはよう。早く顔を洗って来い。我の準備は出来ておる。早速出かけるぞ。」

 

 アルトさんがそう言って俺を急かせるけど、何処に行くのだろうか?

 顔をジャブジャブ洗いながら考えても、思いつかない。ギルドの依頼は嬢ちゃんず達でこなしているから、俺の出番は無いはずだ。

 それに、テーブルにいたのはアルトさんだけ。俺とアルトさんで依頼をこなすのか?

 なんか、とんでもなく無茶な依頼を持ってきているような気がするぞ。


 びくびくしながら家の扉を開けると。

 「戻ったか。さぁ、黒リックを獲りに行くぞ!」

 そう言って席を立った。そして籠を持つと俺の傍を通って庭に出る。


 ようやく、納得したぞ。要するにカヌーに乗ってトローリングをしたいんだ。

 ミーアちゃんとサーシャちゃんは乗せてあげたけど、アルトさんはまだだからという事なんだろうけど…アルトさん大人げないですよ。

 

 早速、林の岸辺においてあるカヌーを湖面に浮かべて、アルトさんの待っている庭の擁壁にパドルを操作して近づける。擁壁の壁を片手でしっかり掴むとアルトさんの手を取って乗り込ませた。

 「アルトさん。カヌーの中では絶対にたたないで下さいね。」

 湖面をパドルで漕ぎながら注意すると、アルトさんは小さく頷いた。カヌーの前に座ると、あっちこっちを眺めている。


 「庭や丘の上から眺める湖もよい眺めじゃが、湖面から見る景色も好いのう。アクトラスの峰々が鏡のように湖面に映っておる。まるで空を飛んでいるようじゃ。」


 中々印象が良いようだ。水面の色が変わったところで、トローリングの仕掛けを下ろして、岸よりを進んでいく。


 「船には何度か乗ったことがあるが、このような小さな船は初めてじゃ。水面に直ぐ手が届くのは少し不安じゃったが、このように低い視線で水面を眺められるのは格別じゃのう…。」

 

 姫様だからね。万が一を想定して船には乗せないんじゃないかな。今までに乗った船だって、姫様のごり押しで乗ったに違いないだろう。

 

 そんなことを考えていると、遠くに小さな島が見えた。2km程先にポツンとうかんでるけど、あんな所に島は無かったはずだ。

 アルトさんも気が付いたみたいだ。

 「タトルーン…何故、このような岸近くにおるのじゃ…。」

 小さく呟いたが、俺にははっきりと聞えた。

 タトルーンとはリッシーのカラメル人の呼名だ。村人は動く島とか竜神様なんて言っている。もっとも、リッシーと呼ぶのは俺達だけだけど…。

 なぜ、アルトさんはタトルーンを知っているのだろう。ちょっと気になるなんて考えていると、バタバタと釣竿が暴れ始めた。


 「掛かったのか?」

 「間違いない、大物だと思う。アルトさん、急いで竿を握って少しづつ紐を手繰ってくれ。」

 「分かった。」

 アルトさんに竿を任せて、反対側の仕掛けをいそいで回収する。

 回収が済むと、アルトさんの様子を見る。

 中々手強い相手らしい。竿先は水面に突き刺さっているし、アルトさんが手繰った紐も、時折勢いよく水中に引き込まれる。

 「ルアーの針はまず外れないから、引きが弱まる時に少しづつ紐を手繰り寄せるんだ。」

 俺の指示にアルトさんは頷いた。顔を真っ赤にしながら魚の引きに耐えている。

 手伝ってはあげたいけれど、網に誘導するまでが釣師の仕事である。

 ここは、ゆっくりアルトさんと魚の一騎打ちを観戦することに決めた。


 アルトさんと魚の戦いを見ていると、何となくヘミングウエイの小説を思い出す。あの獲物はカジキだったんだけど、アルトさんの獲物はまだ見ることは出来ない。

 それでも、かなり近づいて来たようで、今手繰っているのは紐では無く、釣り糸だ。釣り糸の長さは10m程度だからかなり寄ってはきている。

 

 アルトさんの顔はタグの女王を前にしたように真剣そのものだ。これを戦いと認識しているようにも思える。確かにこれは戦いなのだ。手を抜く事は出来ない。

 ルアーの2m程前に付けた錘が見えた。水面を覗くと黒い大きな影が見える。

 急いで網を手に取るとゆっくりと水中に沈める。


 「アルトさん。網を沈めたから、網の中に魚を誘導してくれないかな。」

 アルトさんからの返事は無い。しかし、ゆっくりと黒い影が網に近づいてくる。

 そして魚の頭が網に入り、その姿の半分以上が入ったとき、一気に俺は網を引き上げカヌーに魚を投げ入れた。


 ペタンっとアルトさんがカヌーに腰を落とす。

 「サーシャとミーアが大物が釣れるとは言っていたが、大物との格闘がこれ程疲れるとは思っても見なかったぞ。」

 「俺の国では獲物との格闘に一晩掛かった何ていう話はざらにありますよ。それでも、その体でこれだけの魚を釣り上げるのは賞賛に値しますね。」

 「そうか…。」

 

 何か、誇らしげだけど、獲物は確かに大きい。80cmは越えているだろう。黒リックとも少し違うようだし…なんていう魚なのかは分からない。

 

 何時の間にかリッシーも姿を消している。

 朝風も少し出てきたようだ。俺はカヌーを返して、家路を急ぐ。

 途中で釣り上げた獲物は、何時もの黒リックだ。形は50cm程度だが、料理するにはこの位がいいと思う。

 黒リックを2匹釣り上げたところで仕掛けを畳み、ひたすらパドルを漕いでいく。

 

 

 どうやら、皆が俺達の帰りを待っていたみたいだ。

 近づくにつれ手を振っている。アルトさんがそれに応えて手を振る。


 庭を取巻く擁壁に付くと、片手でしっかり擁壁を掴み、カヌーを固定してアルトさんを下ろす。続いて獲物の籠を下ろすと皆が一斉に籠を取り囲んだ。

 うわー!っていう歓声が聞える中、俺は林の岸辺に向かう。


 「見事な銀化リックですね。黒リックは銀化するとは知っていましたが、見るのは初めてです。」

 俺がやってきたのを見てジュリーさんが教えてくれた。

 そういえばマスが銀化するのは聞いた事があるぞ、友人が銀化を釣ったって自慢してたことを思い出した。中々銀化するまでは育たないと言っていた。


 サーシャちゃんとミーアちゃんを前にアルトさんが大物との戦いの様子を身振りを交えて説明してる。身じろぎもしないで2人が聞いている所を見ると、また連れて行くことになりそうだ。

 

 「大きいね~。切り身にして焼いたら美味しそうだね。」

 姉貴が籠を覗きこんでいる。

 「今朝は、リッシーに出会ったよ。遠くに見えただけだけどね。」

 「村でも見た人は少ないみたいだよ。でも、昔からいるみたいで龍神伝説になってるんだね。」

 「そして、アルトさんはそれを見て、タトルーンと言ったんだ。アルトさんは、あれがカラメル人の乗り物だと知ってるみたいだね。」

 「アルトさんは王族だから、この世界の歴史を知っていると思うわ。ジュリーさんも知ってるみたいね。グレイさんがカラメルの試練は建国に由来するような話をしていたから、王国にはその辺の歴史がある程度伝わっている可能性があるわ。でも、私達に詳しい話をしない所をみると…。」


 ここでも、王家の秘密になるわけだ。

 まぁ、秘密の無い王国等あろうはずがなく、それが建国に関われば相当な秘密となる。

 以外と黒歴史として一般には封印なんてよくある話だ。

 これ以上、詮索しないようにしよう。何かあれば、アルトさんが話してくれるだろう。

              ・

              ・

 嬢ちゃんずは早速小さな黒リックを籠に入れると、3人で出掛けて行った。

 たぶん、行き先はセリウスさんの家とルクセムくんの家だろう。 

 そして俺はジュリーさんの言いつけで、銀化リックを3枚に下ろす作業を始める。


 3枚に下ろした魚を笊に入れて、ジュリーさんに渡すと早速、ジュリーさんは氷を作って魚を冷やす。

 氷の魔法って意外と生活に便利な気がする。姉貴も1つ覚えておいて欲しいものだ。

 俺は、【メル】が欲しいけどね。

 

 ジュリーさんに遅い朝食を準備して貰って、早速朝食を取る。 

 そして、村の雑貨屋に出かけた。


 「いらっしゃい。」

 相変わらず元気な女の子だ。

 「クワが欲しいんだけど、あるかな?」

 「こっちに置いてますよ。あぁ、これです。」

 

 いろんな種類がある。歯が複数あるもの、一体化したもの等だ。

 「開墾に使いたいんだけど…。」

 「それなら、これですね。幅は余りありませんが、肉厚です。」

 女の子に薦められるままに、クワを購入する。その時、傍に柄が沢山置いてあるのに気付いた。

 持ってみると、軽いけど丈夫そうだ。これも1本買うことにする。


 家に戻ると、家の壁にクワを立て掛けておいて早速柄の加工を始める。

 ルクセムくんの身長はミーアちゃんよりも少し低い。

 ミーアちゃんに作ってあげた杖は1m位だから、ルクセムくんの槍もそれ位でいいだろう。

 柄を1mの長さに切ると、柄の先をノコギリで慎重に半分に切っていく。そして、短剣の柄に差込む金属片の厚みに合わせてノコギリをヤスリのように使って切り込みの横幅を広げる。

 短剣の根元までキチンと納まるように加工すると、横釘を打ってしっかりと釘を寝かせる。後は、革紐でしっかりと巻きつける。その後を接着剤で補強する。

 石突きは槍の柄の後部を2cm程テーパを掛けて金属の輪を叩き込む。そして、靴の鋲を1本叩き込んでおいた。杖代わりに使っても柄が擦り切れる事はないだろう。

 最後に鞘を槍に被せておく。

 鞘には50cm位の革紐が付いている。これを柄に巻きつけておけば間違って鞘が外れて誰かが怪我をする事もないだろう。


 外に出て少し振り回してみた。重心が真中よりかなり穂先側に移動しているが、特に支障はない。

 でも、杖術をこの槍に適用するのは無理みたいだ。

 あくまで、槍もしくは柄の長い剣として使うべきだろう。


 「出来たの?」

 「あぁ、出来たんだけど…どうやって使い方を教えてよいか解らないよ。」

 「ルクセムくんには、私が教えるわ。槍と刀の合いの子でしょ。薙刀の使い方なら合ってると思うわ。」

 

 そんな訳で、それから1週間程、早朝に姉貴はルクセムくんを鍛えていた。

 最初は何となく危なっかしかったが、それでも1週間の終わりには形にはなってきた。その動きは槍ではなく腕が延長された剣の動きだ。

 まだまだ武器に振り回されてはいるけど、ガトルに一撃を与える位は出来そうだ。でもその後に隙が出来る。円を描くようにしなさい。って姉貴は指導してるけど、まだまだ小さいからね。でも数年したら立派な前衛になりそうだぞ。 

              ・

              ・

 そんなある日の事。

 姉貴と早朝にギルドに出向く。何時ものようにカウンターのシャロンさんに片手を上げて挨拶すると、早速依頼掲示板の依頼書を見ていく。

 俺達が狙うのは、依頼されて誰も受けないような奴だ。

 

 どれにするか迷っていると、バタンと扉が開いて嬢ちゃんずの登場だ。早速俺達の傍に来ると端から依頼書を見ている。


 「フム…今日はこれにするぞ。カルネルは畑を荒らす害獣だ。元の野菜の姿をしているが侮るでないぞ。ミーアは一度経験があるのじゃな。サーシャとルクセムは初めてじゃが、カルネルは赤3つ。ルクセムが頑張れば今回で赤3つになることも可能じゃ。…では行くぞ!」

 アルトさんの前に整列した3人にそう言うと、4人はシャロンさんの所に行って確認印をドン!っと押して貰った。サーシャちゃんが依頼書を受取ると、ワー!って扉を蹴散らすように外に出て行った。


 「凄いね。あのエネルギーは私には無いわ。」

 姉貴が感心しているけど、姉貴だって相当なもんだと俺は思う。


 「元気なお嬢さん達ですね。」

 聞いた事がある声に振り返ると、スロットとネビアが立っていた。

 「おかげさまでレベルが赤3つになりました。…ところで、今日はまだ依頼をきめていないのですか?」

 

 「はい。皆の取りこぼしを整理しようとしてたんですが、依頼期間を過ぎそうなものが見つからないので迷ってたんです。」

 「では、私達に付き合っていただけますか。…これを受けようとしたんですが、ネビアはまだ早いのではと言って同意してくれないんです。」


 スロットが指差した依頼書はラッピナ狩りの依頼書だった。


 「これは、俺にも無理ですよ。ラッピナは夕方に罠を仕掛けて取るのが一般的です。さっきの嬢ちゃんずは昼間でも狩りますけど、あれは例外中の例外です。依頼を受ける時には相手の習性と自分の戦闘スタイルをよく考えて受けるといいですよ。」


 「ほらね。受けなくてよかったでしょう。」ってネビアにスロットが言われている。

 「私は、これにすべきだと言っていたのですが…。」

 

 そう言って、ネビアが指差した依頼書は、薬草採取だ。

 サフロンとデルトンどちらも1本2Lで引き取ると書いてある。但し50本以上となっているのは、村ではなく町からの依頼だろうか。

 この季節に薬草があるのは、山の森の東に広がる荒地か段々畑の下の荒地位だろう。そして比較的安全なのは下の荒だ。


 「村の南に行った荒地で採取出来る思いますよ。ところで、採取用の道具は持っていますか?」

 「これですね。」

 ネビアが腰の後からスコップナイフを取り出した。

 「そうです。後は、この数だと籠が必要ですよ。」

 「それも、大丈夫です。採取系から始めたので籠も2つ持っています。」

 

 「では、早速行きましょうか。」

 

 俺達は依頼書をシャロンさんに渡して確認印を貰う。

 「何処で採取します?」

 「段々畑の下の荒地を狙ってるけど…。」

 「ガトルの目撃例があります。十分に注意してください。」


 シャロンさんに礼を言って俺達はギルドを出た。

 通りを歩いて分岐路を南に曲がる。そして、段々畑に向かう小さな門を通ると見渡す限りの段々畑が斜面に続いている。

 途中で1回休憩を取り、更に下っていくと、遠くで誰かが戦っているようだ。

 姉貴が双眼鏡で偵察する。

 

 「アルトさん達だね。まるでチャンバラみたいに見えるよ。」

 そう言って俺に双眼鏡を渡してくれる。

 覗いてみると…なるほどチャンバラごっこを見てるようだ。

 ミーアちゃんとサーシャちゃんがカルネルに斬り込んで弱らせた所をルクセムくんが止めを刺している。数も数体だから、カルネラが出ることはないだろう。

 それでも、アルトさんが周囲を警戒しているようだ。少し警戒が過ぎるようにも思えるが、あれなら俺達がいなくとも依頼は達成したようなものだ。



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[一言] 〉この季節に薬草があるのは、山の森の東に広がる荒地か段々畑の下の荒地位だろう。そして比較的安全なのは下の荒だ。→‥そして比較的安全なのは下の荒地だ。
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