#084 アルトさんの心配事
山村の夏の夜は、早くも虫の音が響く。
昼間の暑さが遠のき、リオン湖を渡る涼しい風が心地よい。
それでも、家の中はまだ昼間の熱気が残っている。
そんな時は、皆を集めて庭でバーベキューを楽しもう。
大型のテーブルとベンチを並べれば人数が多少増えても問題は無い。
テーブルを少し外して光球を2個上げておけば庭は十分に明るくなる。
今夜は俺達の他に、キャサリンさん姉妹とセリウスさんの家族が加わって、総勢12人だ。もっとも、ミクとミトはまだ赤ちゃんだけどね。
登り窯造りの合間に作ったバーベキュー用の炉は、今夜は大活躍だ。
暖炉で作った消し炭を使っているが、将来的には炭焼きもしなければならないだろう。
それでも、網の上で肉や野菜を焼くことは出来る。
最初は俺と姉貴がやっていたが、何時の間にかセリウスさんが肉を焼いていたりする。やはり面白いのだろうか。
「屋外でこのような炉を作って肉を焼くとは、中々面白い事を考えたものだ。」
炭火に落ちる油の音を心地よく聞きながら肉をひっくり返している。ジュゥゥーっと言う音は聞くだけでも食欲がわいてくる。
「セリウスよ。そろそろミーアとサーシャに交替しろ。これから相談することがあるのじゃ。」
「あぁ、済まぬ。少し待ってくれ。……よし、出来たぞ。」
ヒョイヒョイとトングで肉を摘んで木皿に入れて軽く塩を振る。
俺達のテーブルに持ってくると、ジュリーさんが「ご苦労様」って言いながらカップに入った酒をセリウスさんに渡していた。
セリウスさんが退いたバーべキュー炉には、早速ミーアちゃんとサーシャちゃんが取り付いてる。ちょっと背が足りないみたいで、姉貴が低い台を2人に用意している。何かの箱だろうけど、何処から見つけてきたのだろう。
「では、今回の集まりの趣旨を告げる。」
そう言ってカップのジュースを一口飲んだ。
「この頃、狩場の様子が少し変じゃ。森の入口にある休憩所から東に行った丘でダームの幼生を見つけた。」
ダームの幼生と聞いて、セリウスさん達の顔が緊張する。
「ダームか…しばらく聞かぬ名前だったが、いたのか。」
「この村には低レベルのハンター達も大勢来ています。注意したほうがいいでしょうか?」
ダームとは、姉貴が図鑑で調べた所では、大きなカブトムシの幼虫みたいな魔物である。
実際も幼虫で、大きくなれば変態を繰り返して体長2m程の肉食昆虫となる。その姿はカブトムシを細長くしてカマキリの鎌を持たせたような形だ。猛毒を持つのは、幼生時代に限定されるようで、その毒は血液毒。噛まれると血液の流れに沿って体組織が壊死していく。毒消しや魔法で対処しても、壊死した場所を直ぐに戻すことはできない。
「それとじゃ。沼にダラシットがおった。更にその近くでトリファドをアキト達が仕留めている。どちらも魔物じゃ。」
「更に解せぬのは、この村にいるハンターの数なのじゃ。…ここは、山村。通常ならハンターが3組もいれば十分じゃ。それが、この春以降増加しておる。」
「確かに、ハンター登録が増えています。ここにいる皆さん以外で、5組。単独で2人のハンターが村におります。…昨年はハンターが少なくてかなりの依頼を町に送っていたのですが、今年は町に送った依頼は1件もありません。」
シャロンさんが思い出すように答えてるけど、依頼がたまらないって事はいいことじゃないのか?
「そして昨日西門で見かけたハンターは、魔物専門に狙うハンターだった。彼等の情報網は特殊だ。我等の知らぬ情報も瞬く間に仲間に伝え合う。」
「どうだ。セリウス。…似たことがあったのを思い出さないか…。」
アルトさんはジッと聞いていたセリウスさんに問いかけた。
「…カレイム村…か。」
言葉をかみ締めるようにセリウスさんが呟く。
「そうだ。魔物襲来の前触れではないかと我は危惧しておる。」
アルトさんの言葉に俺達全員が息を呑んだ。
「似てるけど、少し違うにゃ。」
ミケランさんが思い出すように話を始めた。
話す時ぐらい肉を刺したフォークを放せばいいのにと思うのは俺だけか?
「…あの年、カレイムでは春から魔物が増えてきたにゃ。それを狙って大勢のハンターが集まって来たにゃ。そして、取り入れの済んだ秋に、突然山が魔物で溢れたにゃ。でも、大勢いたハンターの半分以上があの時いなかったにゃ。」
「いなくなったハンターは魔物狩りの連中だ。奴等が残っていてくれれば、あれほどの被害は無かったろう。」
話終えて、フォークの肉をがぶりとミケランさんは食いついた。
カップの酒を揺らしながらセリウスさんが話しを続ける。
「過去を悔やんでも仕方の無いことじゃ。それを教訓とすればよい。」
そういえば、アルトさんの姿をこんなにしたのも魔物の襲来だと聞いている。ひょっとして、そのカレイムにその時いたのだろうか…
「でも、魔物を狩るハンターはまだ2組だけです。それだけで魔物襲来を危惧するのは早計ではないでしょうか?」
シャロンさんがアルトさんに問いかけた。
確かに魔物襲来となるとギルドでも大変な騒ぎになるだろう。
「…確かに危惧しておるのは、我だけじゃ。だから、お前達に集まってもらった。この現象は偶々なのかそれとも前触れなのか。それ位は考えておいても悪い事ではあるまい。」
俗に言う老婆心…ギロってアルトさんが俺を睨んでる。右手はグルカに伸ばされてるし…ひょっとして心を読めるのか?
「アキト…口に出てたよ。」姉貴が注意してくれた。結構危なかった、気を付けねば。
アルトさんの長期経験類推能力を駆使すると、最悪のケースで魔物襲来となるわけだ。
「俺から1ついいですか?…危惧があれば、例えそれが小さいものであっても何らかの対処は必要だと思います。それと、サーシャちゃんを王宮に帰すことも考えなくてはならないのではないですか?」
「対処は皆で考えるとして、サーシャを帰すことは出来ぬ。王族が民を見捨てるなど、あってはならぬことじゃ。」
意外と王族って大変かも知れない。
それが俺の思いだった。でも、そんな王族なら民衆に人気が高まるし、支持されるって事になるわけだ。
「キャサリンは何か思い浮かぶことは無いか?」
「そうですね。…採取系をしてましたから、あまり気付きませんでしたけど、近頃村の近くに獣が多くなってきましたね。」
「確かに獣は多くなっている。登り窯の近くを開墾しておるのだが、ラッピナを狙ってガトルが出没し始めた。」
セリウスさん、畑を造り始めたのか…少し手伝おうかな。作ってもらいたい作物もあるし、姉貴が種を持ってるみたいだし…。
そんな事を考えながら肉を齧る。苦い…ちょっと焦げてる。
「フム、異変は感じてはいるがまだ魔物襲来とは結びつかぬか。」
「しかし、姫の危惧も少し気にはなる。各自可能な範囲で情報を集めることは出来るだろう。…特に魔物の種類と数それに見かけた場所は重要だ。」
そう言ってセリウスさんは、ミーアちゃんから焼きあがった肉と野菜の皿を受取りテーブルに乗せる。
ミーアちゃん達もベンチに掛けたところを見ると、もう具材は残っていないみたいだ。結構な量を準備したんだけどなぁ。
「私からよろしいですか?」
それまで黙って皆の話を聞いていたジュリーさんが言った。
「姫様の危惧は、私も同じ思いです。この山村で、1月の間に3体も魔物が見つかった事など、これまで聞いた事もありません。それに、魔物専門のハンターが来ているとなればさらに魔物がいたことになります。ですから、武器や薬草類は魔物襲来に供えて準備しておく事が肝要だと思います。」
ジュリーさんは石橋を叩いて渡るタイプみたいだ。確かに備えあれば一安心って言うぐらいだから準備は大事だよな。それに日持ちする薬草類なら無駄にはならない。
アルトさんは我が意を得たりって言うようにニコリと微笑んだ。
「私からも1つ提案があります。」
珍しく黙って聞いていた姉貴が片手を上げる。
「村周辺の魔物の出現場所とその数を調べれば、どんな形で増えているのかを知る事が出来ます。徐々にであれば当面は安全です。でも急激に増えているようなら、アルトさんの危惧が現実化します。」
「アルトさんは依頼をしている時に出会った魔物を。シャロンさんはギルドでの依頼と討伐の情報を。セリウスさんは…」
「酒場で、魔物ハンターの情報を探ろう。彼らはギルドに殆ど出いりしない。魔石はギルドとは別に商人に売るのだ。」
「では、ミズキに分析を任せるぞ。我はどうにも胸騒ぎがしてならんのじゃ。」
アルトさんが締めくくった後は、皆で酒を飲み、最後にお茶を飲んでお開きとなった。
キャサリンさんとシャロンさんが後片付けを手伝ってくれてる。
ミケランさんとセリウスさんはすっかり眠りこんでいる双子を抱いて帰っていった。
「そういえば、皆さんにはまだ言っていませんでしたね。明日から、一月程マケトマム村に行ってきます。」
跡片付けが終わってベンチに腰掛けているとキャサリンさんが俺達に告げた。
「例の黒の勤めですか?」
「はい。セリウスさんとミケランさんは子供を持ったので3年間は免除されますけど、私は独身ですから…。」
「グレイさんやマチルダさんによろしく言っておいてください。」
「分かりました。」
そういえばミケランさんと初めて会ったのもミケランさんがボランティアをしている時だった。黒レベルの者は一定期間ギルドの勤めをしなければならないって言っていたような気がする。俺達チーム「ヨイマチ」は、俺と姉貴が虹色真珠を持っているため、対象外だ。そして、それは同じチームのミーアちゃんにも適用される。
あれ?…たしか、ジュリーさんは黒レベルだよな。黒レベルの勤めはどうなるのだろう。
そして、その夜。
姉貴は俺に一振りの片手剣を持ってきた。
「これを、杖に取り付けて欲しいの。」
よく見ると、その片手剣はマケトマムでミーアちゃんに買ってあげた片手剣だ。
「いいの?それ、ミーアちゃんのだよね。」
「ちゃんと了解を貰ったよ。ミーアちゃんはサーシャちゃんとお揃いのを持ってるから、これはいらないみたいなの。」
ミーアちゃんに買ってあげた片手剣は反りのある片刃剣だ。これを杖の先に付けたら、薙刀みたいになるぞ。
「それと、今ついている短剣を使って、柄の長さが1m位の槍を作って欲しいの。ルクセムくんの武器が採取用ナイフだけじゃ心もとないわ。」
「分かった。姉貴の方は簡単だけど、ルクセムくんのほうは柄を探さなくちゃならないから時間が掛かるかも知れないよ。」
剣を使うのはそれなりに練習がいるけど、槍なら構えてるだけでも相手は踏み込めない。ルクセムくんの初めての武器にはいい選択だと思う。
早速、片手剣の柄を外し、構造を確認する。幸い、短剣と似た構造で刀身と一体構造の長い金属片が柄の後まで延びている。
早速、短剣を杖から外すと片手剣を付け直す。そして、杖の上部を革紐できつく巻きつけ、最後に接着剤で革紐を固定する。革の鞘から余分なベルト類を切取ると片手剣に被せておく。
「はい、出来たよ。まるで薙刀だね。」
そう言いながら姉貴に薙刀を渡す。
「ありがと。…装備ベルトのマグナム弾ポーチから弾丸を抜いておいて。明日にはまたポーチに弾丸があるはずだから。アルトさんじゃないけど、私も嫌な予感がするのよ。弾丸は幾つあっても困らないわ。それとこれをまた胸に着けておいて。」
俺は姉貴から、パイナップルを受取った。早速、装備ベルトのサスペンダーに、前と同じように付けて、マジックテープでしっかり固定しておく。
ついでに、弾丸ポーチからマグナム弾を抜き取りハンカチに包んでバッグに詰めた。ザックにポーチを何個か入れておいたから給ったら移し代えればいい。
こんな風にして、少しづつ俺達は準備を始めた。
何事も無ければそれでいいけど、もし何か起こったら急に準備する事など困難だ。