#082 トリフィルの実
この世界にもセミがいる。夏の朝はちょっと明るくなった頃から煩く鳴き出して俺達を起こしてくれる。
さすがに山村だけあって、茹だるような暑さにはならないがそれでも結構暑い。
石造りの家の暖炉の両側にある風の取り入れ口を明けて、各部屋とロフトの窓を開けると、湖からの涼しい風が入り込む。
まだ、太陽も出ない内に朝食を済ませ、姉貴とギルドで依頼を探しに出かける。
「ギルドに行ってくる。」って言ったら、「私も。」って付いてきた。
ラビとカタツムリで懲りたらしく、依頼を受ける時にしっかりと確認したいみたいだ。
でも、ラビは嬢ちゃんずに好評だったぞ。とは思いつつも姉貴の思いも理解しないではない。昔から、蛇と軟体動物は嫌いだったからな。
ギルドの扉を開けると、カウンターのシャロンさんに片手を上げて挨拶する。
依頼掲示板には、俺達と同世代の男女のハンターが依頼書を物色していた。
ハンターに成り立てなのか、服装や装備が真新しい。一枚一枚の依頼書を丹念に調べて互いに意見を交わしている。
後ろで見ていた俺達に気が付いたようで、2人が振り返った。
「すみません。時間をかけてしまって。」
そう言って、掲示板の前を俺達に譲ろうとしたのを、慌てて姉貴が押し留めた。
「別に急ぐわけじゃないですから、ゆっくり選んで下さい。」
2人は、姉貴の声に恐縮したように頭を下げる。
「お二人は、ハンターになられて長いのですか?」
男が俺達に話しかけてきた。
「まだ、1年という所でしょうか。とりあえず暮らしていけるまでにはなりました。」
「そうですか。…ではちょっと相談にのって頂けないでしょうか?」
当然、姉貴は世話好きだから、早速テーブルに2人を案内して話を聞く事になった。
俺がお茶を頼むと、早速2人の話が始まる。
2人は王都から来たみたいだ。スロットとネビアという名前らしい。年齢は17歳だから、俺より1つ下になる。
彼らは下級貴族の末っ子ということだ。親の遺産とて当てにはできず、ある程度の歳になれば、将来の仕事を選択しなければならない。そして彼らが選んだ道はハンターだった。
平民がハンターになるのと下級貴族がハンターになる時の違いは精々装備が良くて、とりあえずの生活費があるくらいだそうだ。その金が無くなった時は考えたくもないと言っていたけど、どうするんだろう?ちょっと疑問だ。
王都のハンターは人数も多く、低レベルの依頼はそれこそ奪い合いだそうだ。それで、山村でならとやってきたらしい。
「ところで、お2人のレベルはどの位なんですか?」
話が一段落したところで、姉貴が質問した。
「まだ、ハンターを始めて一月になりますが、2人とも赤2つです。」
「魔法は使えますか?」
「僕は出来ませんが、ネビアは【メル】と【サフロ】を使えますよ。」
「それだと、薬草採取が狙い目ですね。」
突然扉がバタン!と開いて嬢ちゃんずが依頼掲示板にバタバタと走っていく。4人でワイワイ始めたかと思うとサーシャちゃんが1枚の依頼書を引っ剥がしてシャロンさんの所に持って行った。ドン!っと音がするような勢いで大きな依頼確認印を貰うと、ワーイ!ってギルドの外に飛び出して行った。
「此処ではあんなお嬢さん達もハンターとして生計を立てているんですか?」
「そうですよ。ところで、さっきの4人組みのレベルはどの位だと思います?」
姉貴がちょっと意地悪そうな目をして2人に問う。
「そうですね。僕達よりも張るかに年下ですよね。でも、小さい時からハンターだったとすれば、赤の4つ位でしょうか。」
「それよりは遥か上よ。…レベルの高い人と行動すれば、経験値を分割できるので結構レベルが高くなることもあるわ。」
「そうなんですか。僕達の蓄えではガイドを雇う事も困難な話です。」
「じゃぁ、しばらく私達と一緒にしましょうか?…依頼の報酬は均等割りでいいですよね。」
姉貴の言葉で俺達は臨時のパーティを組む事になった。
早速依頼掲示板に向かう。彼らが赤2つだから、精々赤4つまでが狙い目なんだけど…
依頼書を見ると、赤3つ以下は採取依頼ばかりが並んでいる。
その中で、姉貴が選んだのは、赤4つの「トリフィルの実の採取」だ。どうやら一種の薬草らしい。
姉貴が早速図鑑で調べてる。
その図鑑にあったものは、食虫植物が巨大化したもので、大きさは1.5m位、そして移動と獲物を捕らえる為の触手がある。
毒は無くて、カルネルよりも動きが鈍い。しかし触手の締付け力は強力である。と書かれていた。実は幹みたいな胴から直接生えている。体の天辺に胴体の半分程の口と触手が沢山あるみたいだ。足元の触手は短くて数が少ない。
何となく、イソギンチャクを思い出す。
でも、姉貴はウネウネが嫌いだったような気がするけど大丈夫なんだろうか。
「これですか?何とも凄い怪物ですね。」
「この依頼書によると、沼地の下の方にいるみたいですから、大まかな場所は分ります。そうですね…一泊する事になりそうですから、準備ができ次第西の門で待っていて下さい。」
俺達は席を立つと急いで家に帰った。
お留守番をしていたジュリーさんに訳を話して後を頼む。
そして、直ぐに装備の確認を行う。Kar98は置いておいて、刀とグルカを背負う。姉貴は何時もの装備だけど槍モドキを持っていくようだ。
迷彩パンツにシャツを着て、装備ベルトを付ければ出来上がり。
流し台に行くと、食料と水を補給して、野宿用にポンチョを丸めて腰のバッグの上に取り付けておく。
「トリフィルですか…実を少し持ってきていただけませんか。」
ジュリーさんの頼みに「いいですよ」って応えると家を出て西の門に歩く。
西の門の広場に着くと、もう2人は来ていた。そして、ベンチでセリウスさんと何やら話をしている。
知り合いなんだろうか?…そんな思いを浮かべて3人の所に歩いていった。
「親切なハンターとはお前達か。こいつ等の親とは知り合いでな。こいつらの事も知っている。貴族にしておくのは惜しい者達だ。まぁ、ハンターになったのなら貴族風を吹かせる事もなかろう。よろしく指導してやってくれ。」
「セリウスさんは、彼等の事を知っているのですか?」
ネビアさんが不思議そうに尋ねる。
「あぁ、知っている。赤5つでスラバとタグを倒している。この付近にいる討伐対象で彼らにかなうものはいないだろう。…よく彼らを見て自分の力にしろ。」
「せっかく誘っていただいたのです。厳しく指導を受けたいと思います。」
2人はそう言うと席を立った。
「よろしく頼むぞ。」とセリウスさんは西の門を出る俺達に言葉を投げた。
森へと続くゆるい勾配の小道を歩く。
彼等の装備はギルドで見た時と変わりない。スロットは腰にバッグを下げ、背中に長剣を背負っている。ネビアは肩から大き目のバッグを下げて、1m程の杖を持っている。先端にジュリーさんと同じような魔石があるが、その大きさは小さいものだった。
そして、革製のパンツと綿のシャツを着ている。足は嬢ちゃんずと同じような革のブーツだった。2人ともバッグに革のシャツを丸めて取り付けている。
2人とも帽子は被っていない。結構日差しがキツイんだけど大丈夫なんだろうか。
森の入口に差し掛かったとき、大岩がポツンとある休憩所に先客がいるのが見えた。
嬢ちゃんずが薪を集めて焚火をしようとしているのが遠目に見える。
「アルトさん達、何の依頼を受けたのかな?」
姉貴はちょっと気になるようだ。
俺達が休憩所に着くと、嬢ちゃんずは丁度おやつの時間らしかった。お茶を飲みながら簡単な焼き菓子を食べている。
「アキトではないか。それに、見かけぬ輩が一緒じゃな。」
「ギルドで知り合ってね。セリウスさんからも頼まれたんだ。」
嬢ちゃんずは少し焚火から間を取って俺達の席を作ってくれた。
「アルトさん達は何の依頼を受けたの?」
「コルキュルの卵じゃ。赤5つじゃが、ルクセムのレベル上げには丁度いい。」
急いで姉貴が図鑑を調べる。コルキュルはクルキュルの小型版みたいだ。ちょっと大きなニワトリと言う所だろう。注意書きは、群れる、の一言だ。
まぁ、アルトさんとミーアちゃんもいるし、意外と楽勝かもしれない。
「私達は、トリフィルの実を採りに行くの。」
「トリフィルか…触手が厄介じゃが動きが遅い。何とかなるじゃろう。じゃが、1つ注意しておく。トリフィルが数匹いたら、トリファドを疑え。そして、トリファドは赤では無理じゃ。お前達で倒すのじゃ。よいな。」
姉貴が図鑑を開くと、急いでトリファドを探してる。
そこにあったものは、枯れた立木だった。
根を足のように使って動き枝を手のように使う。…とある。どうやら魔物らしい。
動きはそれ程でもないが、5m程の大きさがあるようだ。そして、幹の側面に鋭い歯を持つ口があるその上には3つの目玉、しかも3つの位置が離れているので、全周を見ることが出来るようだ。
これでは、容易に近づけない。しかも、火に耐性を持つとまで書いてある。
「分かりました。なるべく気をつけます。」
「まぁ、逃げる事が一番じゃな。離れた場所から【ヒュール】で枝を切ることが出来
ればよいのじゃが、お前達はそれを持たん。」
そんな話を聞いた後、俺達は嬢ちゃんずと互いに無事を祈って分かれることにした。
此処からは森に入らずに西に向かう。
西の沼の手前にある岩の上で軽く昼食を取り、今度は沼の下手に下りていく。
「この辺りだと思うの。周りをよく見てね。」
姉貴が歩みを遅くして俺達に注意する。
そしてしばらく歩いていると、先を歩いていた姉貴が突然立止まる。
「いた!…静かに姿勢を低くして。」
俺達は姿勢を低くして姉貴の傍にゆっくりと近づいて、姉貴の指差す方を見た。
そこには3匹のトリフィルがいた。
上部の触手をワナワナと震わせながら、地面に突き刺している。何度か突き刺すと、小さな生き物がその触手に突き刺されていた。たぶん、山ネズミだろう。そして、獲物を上部の口にヒョイっと投げ込んだ。
実はあるのか?と確認してみると、幹の周囲にサクランボのような実が生っている。結構たくさん実が着いているようだ。
「群れを分散します。それと、対処出来ない時は、【メル】で焼き払うからね。」
「まず、山側に移動します。その後で、アキトがトリフィルを誘き出しなさい。1匹づつ来ればいいんだけど、ダメなら【メル】で2匹を焼き殺します。そして最後の1匹から実を採るため触手を全部切断して本体を攻撃。最後に実を採る。…質問は?」
俺に質問は無い。2人にも質問は無いようだ。
早速、山側に少しづつ移動する。まだ気づかれてはいないようだが、上部についている目玉がキョロキョロと辺りをうかがっている。
そして、俺達は山側に移動しおえると、早速姉貴の指示に従い配置に着く。
俺が先頭、そしてスロットが続く。姉貴の後にネビアが控える。
俺は姉貴に向かって頷くと姉貴は頷きかえした。スロットとネビアは黙って俺達を見ている。
俺は、【アクセル】を俺とスロットにかけた。身体機能の突然の上昇に戸惑っていたようだが、やがて俺に向かって微笑んだ。俺も微笑んでそれに返す。そして、その場に立ち上がると、トリフィルに向かって駆け出した。