#079 カタツムリの倒し方
初夏の日差しは結構強いけど迷彩帽子とサングラスで凌げる。
そろそろ嬢ちゃんずにもお揃いの麦藁帽子を提供しなければなるまい。まだ、バンダナ鉢巻にクルキュルの羽だから、若い時に髪を痛めると碌なことがないって言うし。
森の手前で西に進路を取る。荒地だけど、雑草が繁茂しており、時々ラッピナを見ることが出来る。意外とここはラッピナの宝庫かもしれない。後で嬢ちゃんずに教えてあげようかと思う。
「西の沼地ってどんな所だろうね。泉とは違うのかな。」
「たぶん窪地に水が溜まっただけだと思うよ。泉なら泉って言うだろうし…」
そんな事を話ながら尾根を1つ越える。
すると、それらしい沼を見ることが出来た。
山間の谷間が地崩れで堤防みたいになった俗に言う堰止湖だ。水面から枯れた幹が至る所に顔を出している。
小さな堰止湖の周囲は地崩れが押し寄せてきた時の土で覆われているのだろう、草原が広がっている。でも、あまりにも水平に広がっているところを見ると、浮いているのかも知れない。尾瀬沼みたいな感じにも見える。
尾根を下りて沼にゆっくりと近づいていく。今までの荒地から林に風景が変わる。
森と違って見通しはいいけど、下草は生い茂っている。ガトルくらいなら容易にかくれて接近できそうだ。
「ここで、昼食にしましょう。」
姉貴が大きな岩に出会ったときに言った。
岩は平べったくて、1mくらいの高さだ。岩に登るとあまり高さはないが周辺を見渡すことが出来る。
携帯燃料でお湯を沸かし、お茶と黒パンサンドの昼食を取る。
姉貴が黒パンを齧りながら双眼鏡で沼を偵察する。
そして、突然岩の上に立ち上がった。
「…見つけた。でもあれはちょっとね。」
姉貴が渡してくれた双眼鏡で沼の方を見ると遠くで岩が動いている。
よく見ると、渦巻き模様の石だ。何となくアンモナイトの化石が動いているようにも見えなくも無い。
そして、突然に2つの目が茂みから浮き上がった。そしてしきりに辺りを見渡すと、再び繁みに隠れてしまった。
「ダラシットって、確かにカタツムリだよね。でも、あの殻だけで2mはあるよ。」
「ガトル並って言ってたけど、そんなに見えないよね。」
姉貴は再び双眼鏡で観察する。俺も、ライフルスコープで様子をうかがう。
突然カタツムリがUターンする。グイっと2つの目玉を持上げるとかなりのスピードで沼の近くまで移動する。そしてピタリと停止する。
目玉は上げたままで動かさない。色が周辺の枯れ木と同化していく。
ガサガサと音を立てて、2匹のガトルが沼に近づいてきた。カタツムリには全く気付かないように見える。
水を飲みに来たのだろうか、周辺を見渡しながら鼻をクンクンさせている。匂いに異常を感じているのだろうが、対象物を確定出来ないようだ。
そして、だんだんと沼に近づき、カタツムリとの距離も少しづつ近づいていく。
カタツムリとの距離が数mとなった時、一瞬何かが飛び出したように見えた。
そして、ガトルの1匹がその場に昏倒する。キャンキャンと鳴きながらもう1匹のガトルは逃走した。
昏倒したガトルにカタツムリが移動していき、俺達にその全身を現した。
全くのカタツムリだ。ただ巨大化している。そして、薄い殻ではなくゴツゴツした化石のような殻を背負っている。
頭をガトルに伸ばすと、吸い込むように口にいれるとゆっくり咀嚼している。そういえばカタツムリには歯があるって聞いたことがある。
「何か飛び出したように見えたけど、アキトには見えた?」
「見えた。一瞬だけどね。…そういえばほら貝の一種に槍で魚を取るのがいたよ。あれと同じなのかも知れない。凄く早く槍状の舌を出すんだ。そして、その槍には毒がある…」
なるほど、あのほら貝と一緒なんだな。カタツムリは巻貝の一種だし、進化の過程で獲物を取る手段を身に着けたんだろう。
でも、厄介な槍だ。あの速度では【アクセル】でも回避出来るか怪しいところだ。
「アキト、南に廻ってちょっと攻撃してくれない? 距離を十分取ってね。」
姉貴の指示で、沼地を大きく南に迂回する。
カタツムリとの距離は約150m程だ。Kar98のスコープを覗くと、突き出した目玉に照準を合わせる。ソフトボール位の大きさだから、照準調整が出来ていれば必中出来る。
ボルトを上げて手前に引く、カチャ、カシャンと音がして装弾が完了する。そしてバレル後部のセーフティをFにすると銃を構えて、スコープの十字線に目玉を合わせる。
タアァン!っという銃声とともに、スコープに捉えた目玉が撃ち抜かれた。
すると、カタツムリは撃ち抜かれた目玉を体に引っ込めると、もう片方の目玉で俺を見つめてる。
スイーっとカタツムリが滑るように俺の方に移動したかと思うと、突然その速度が遅くなった。
不思議に思いながらも、遠巻きに姉貴の元に急いだ。
「見て…」
姉貴の元に戻ると直ぐに姉貴が言った。
ライフルスコープでカタツムリを見て驚いた、俺が打ち抜いた目玉が復活している。
「ジュリーさんが【メル】系の魔法で攻撃する訳が分ったわ。攻撃箇所を焼いて再生を妨害するのよ。…それと、あの移動速度にも秘密があるわ。一度通ったヌメヌメ道は理由は判らないけど移動速度が速いの。そして、ヌメヌメ道が無いと極端に移動が遅くなるわ。ただのカタツムリ状態よね。」
「と言う事は、先ずヌメヌメが無いところに誘き出すことでいいね。」
「次に、私が大きな【メル】をぶつける。そうすれば殻の中に閉じこもる。」
「でも、それだとまた出てくるよ。」
「出られないようにすればいいのよ。私が【メル】を連発するから、その間にアキトはカタツムリの周りに薪を積上げて欲しいの。」
「焼き殺すのか…。」
「【メル】で引っ込んだところを【メルダム】を使うってことは、焼き殺すって意味だと思うの。」
ちょっと綱渡りだな。大人しくカタツムリが焼かれてくれればいいんだけど…
「それと、アキトのM29だけど、弾頭に十字が切ってるものが混じってるから、今回はそれを重点的に使ってね。」
弾丸を収めたポーチから弾丸を抜取ると半数に十字が切ってある。
M29を取出してシリンダーを右にスイングさせると弾丸を抜取る。そして、十字を切った弾丸を改めてシリンダーに詰め元に戻す。
「この弾丸って?」
「ダムダムよ。内部組織の破壊力はKar98より優れてるわ。」
姉貴と襲撃地点を打ち合わせる。
ヌメヌメが無く、ある程度開けており、そして薪の調達が比較的容易な所…
以外とその条件に適うところがない。
そして、突然閃いた。…ここでいいじゃないか!
「姉さん。この先30m位の所が狙い目だよ。周囲に立木は無いし、この周囲には立木がある。この岩の上ならカタツムリの足元も狙えるし。」
姉貴も双眼鏡を下ろすと周囲を見渡す。
「そうね。此処でいいでしょう。…先ず10cm位の太さの薪を沢山作っておいて。」
早速、姉貴と立木を切り薪を作る。グルカで力を入れて斬ると10cm位の太さの立木は簡単に切断できる。とりあえず長さを1m位に揃えて岩の傍に30本程準備した。
疲れたので休憩しながら作戦を打ち合わせる。
「まず、私が囮になるわ。カタツムリがヌメヌメ道を移動して此方に向かえば、とたんに速度が鈍るはず、そこをライフルで狙撃して頂戴。狙いは両目。」
「周りが見えなくなった状態で、大きな【メル】をぶつけるわ。上手く行けば1回で済むけど、場合によっては連発になるのよね。」
「そして、カタツムリが殻に閉じこもったら…」
「俺が接近して、退路を立木を倒して塞ぐ。」
「その間に殻から出たら、また【メル】で牽制。殻に閉じこもったら、今度は薪を回りに積み上げる。そして…火を点けて焼き殺す。」
「苦し紛れに殻から出たらマグナムを撃ち込む。でいいんだね。」
「そうよ。私も【メル】で更にダメージを与えるから、何とかなると思うよ。」
俺と姉貴に【アクセル】をかけて身体機能を強化する。
姉貴は早速、岩からピョンと飛び降りて沼地に進んでいく。
俺も見通しの良い場所に移動すると立木を背に付けて体を固定した。
ゆっくりとボルトを操作して初弾を装填する。セーフティをFにすると、ライフルスコープを覗き姉貴を見る。
なんか踊ってるような身振りだけど、そんなんで誘き寄せられるのか…と思っていると、カタツムリが彼方から滑るように姉貴に近づいていく。
向かってくることを確認したのか、姉貴が素早く岩に向かって坂を登っている。
そして、カタツムリの移動速度がゆっくりになった。ヌメヌメ道を外れたようだ。
俺が歩くよりも遅い速度で姉貴に向かって進んでいる。
カタツムリの後に数本の立木が出来るように襲撃点を選ぶ。
タアァン!…カタツムリの片目に銃弾が貫通する。ムニューって言うような動きで体に破損した目が引き込まれる。
カシャっとボルトを操作してカートリッジを抜いて次弾を装填する。
タアァン!…残った目にも銃弾が貫通して同じように体に飲み込まれていった。
ドオオォンっと言う音と共にカタツムリの頭部にバスケットボールの2倍程の火の玉が当たり炸裂した。
カタツムリは見る間に体を縮めると殻に引きこもり蓋を閉ざす。
ザザザーと坂を滑るように下るとカタツムリの後側の立木を切断する。少し太いが数回グルカを振るうと何とか切る事が出来た。続いて次の立木を切る。
数本の立木を切ると、急いで岩のところに戻る。
今度は細い薪をカタツムリの周りに投げる。最後の数本は燃料ジェルをたっぷり塗ってある。
そして、姉貴が【メル】をカタツムリに放つ。今度は通常の【メル】だが燃料ジェルの点火には丁度いい。
ボン!っと火の玉が弾けて、薪に燃え移る。
周囲の立木や枯れ木をどんどんと切っていき薪を作る。それをカタツムリに投げつける。
みるみるカタツムリは炎に包まれていった。
更に薪を投げ込む。すると、少しづつカタツムリが沼の方に後退しているように見えてきた。
「アキト、何か動いてない?」
やはり、後退しているようだ。
俺は【ブースト】を唱える。さらに身体機能が向上する。そして、太くてまだ長いままの丸太を抱えるとカタツムリの岩のような殻に向かって突進した。
ドォンっという衝撃とともにカタツムリが横倒しになる。そして、俺の脹脛に焼けた火箸を突き通したような痛みが走る。
余りの痛みに体を硬直させたが、もう片足で跳ねるように身を投出し坂を転げてカタツムリからの距離を取る。
足を見るとガラスのような槍先が足を貫通して顔を出している。急いで穂先を抜き取ると穂先に緑色の液が滲んでいた。
そういえば、毒を持ってると言ってたけど…。でも意に反して穂先を抜き取ると、傷口はたちまち塞がり痛みも少しづつ治まってきた。
まだ痛みが残る足を引き摺りながら姉貴のいる岩の方に歩いて行く。
「大丈夫なの?」
姉貴が心配そうに駆け寄ってきた。
「あぁ…奴の槍に足を刺されたよ。でも、この通り、傷すら残っていない。」
「無理しないでよ。吃驚したんだから。…でもアキトの無茶のせいで、カタツムリは動けなくなったわ。」
カタツムリは炎の中でもがいているようだ。たまに蓋を開けると目玉が飛び出る。それを姉貴が【メル】で牽制する。
俺は更に薪を投げつけて火勢を上げる。そして、周辺から薪を調達する。
薪をある程度調達すると、M29を取り出して殻の蓋が開くのをひたすら待つ。
そして蓋が開くと同時に、ドオォン!っと発砲する。蓋の一部が破損した。
意外と蓋はもろいのかも知れない。
ドオォン!っと今度は蓋を狙って発砲した。蓋が粉々に砕ける。
そして、殻の中でグニョグニョと蠢く本体が少し見えた。
そこに姉貴がグレネード弾を発射する。
ドオオォン!っと殻の入口付近が吹飛んだ。
グニョグニョとした本体が隠れる場所も無く炎に焼かれ、辺りに肉の焼ける匂いが漂う。
ちょっと美味しそうな匂いだが、さっきの本体を見ると食欲が無くなる。
俺達はどんどん薪を投入しカタツムリを火責めにしていく。
何時の間にか辺りは暗くなり始めた。
この後どの位カタツムリを炙っていいか分からないので、明日の朝までを1つの目標として焼き続ける事にする。
岩の近くに小さな焚火を作りポットでお湯を沸かす。
見える範囲で立木を伐採して薪を作って準備を整える。
夕食はビスケットのように硬く焼いた黒パンとビーフジャーキーそれにコーヒーだ。
コーヒーを啜りながら、カタツムリの火勢が弱まると薪を投入していく。
そして、次の朝。
真っ黒に焼けたカタツムリを長い棒の先でツンツン突付いてみる。
本体は硬く炭化しているようだ。
これで、殺したのだろうか?疑いつつも、姉貴が【メル】を何時でも放てるように陣取っている中、ハンマーを持ってカタツムリに近づく。
殻の中心に向かってハンマーを振り下ろす。
ガツン!という手応えがして、殻が砕けた。どんどん殻を砕いていく。そして、グルカを砕いた中に刺し込み、魔石を探す。
カツンという小さな手応えで何かがグルカに触れた。
注意深く探り出すと、透明感のある黄色の珠が出てきた。ビー玉よりは大きい。直径3cm位はありそうだ。
「どうやら、退冶出来たわね。一時はどうしようかと思ったけど…。」
「やはり、攻撃魔法が姉さんだけ、というのは問題だよ。俺も【メル】位は覚えたいと思うよ。」
「アキトの魔法力はミーアちゃん並みだよ。魔法連発で身体強化が出来ないなんて事が無いようにと思ってたんだけどね。今度移動神官が来たら覚えてもいいよ。」
思わず笑みが浮ぶ。思い通りに飛ぶ火の玉って、結構面白そうだしね。
そんな事を姉貴と話しながら俺達は家路を急いだ。