#077 新しい王家の秘密
何時の間にか眠ってしまったのか周囲が明るいので慌てて起きると、嬢ちゃんずの野宿している周辺を素早く見渡す。…特に変わった様子は見受けられない。
まだ、眠っているようだ。焚火は小さな煙しか立ち上っていない。
周囲が明るくなってきても、アクトラス山脈の南斜面にはまだ朝日は見ることができないからなのか、嬢ちゃんずの起床時間は過ぎていると思うのだが…
そんな事を思ってみていると、誰かが動き始めた。
スコープで確認するとミーアちゃんだ。早速、焚火をかきたてて枯れ木を追加している。
残りの3人は朝食の準備が出来るまで寝ているのだろうか…
たぶん、朝食後にキムナ草をまた採取して昼食前には家路につくのだろうと当りをつけて、俺も簡単に朝食を済ませる。
携帯燃料の缶の蓋を開けて、100円ライターで火を点ける。シェラカップに半分ぐらいの水を入れて沸かすと、昨夜のスティックコーヒーの残りを入れて飲む。
ビスケット風黒パンをポリポリと齧る。
ふと、気になって、嬢ちゃんずの朝食をスコープで見ると、焼いた黒パンに何かを挟んで食べている。
どう見てもあっちの方が美味しそうだ。
素早く朝食を済ませるとポンチョを被り、嬢ちゃんずが活動開始の前に西の方に移動する。ポンチョを着れば、夏季迷彩柄だから少しぐらい体が藪から出ていても俺を発見するのは困難だろう。
採取はたぶんこの周囲で行なうのだろうと思う。この先に少し行くとグライトの谷の入口になる。あの谷はカルキュルの営巣地があることをアルトさんが知らないはずはない。
俺が西に迂回し、藪に潜り込んだところで、嬢ちゃんず達がキムナ草の採取を始めた。
藪の中から周囲をうかがう。…特に問題はない。
たまにミーアちゃんが岩の上に立って辺りを警戒している。そして、アルトさんの所にに行くと何やら話し込んでいる。状況報告ってところかな。
サーシャちゃんとルクセムくんはひたすら薬草採取に励んでいる。彼が持つ小さな背負い籠にはだいぶたまってきているみたいだ。
ところで、キムナ草ってどんな薬草なんだろう。去年キャサリンさんと一緒に薬草採取の依頼をずいぶんこなしたけど、キムナ草は無かったぞ。
アルトさんが小さな岩に飛び上がり何か叫んでいる。すると3人がアルトさんの所に集まりだした。
俺は、慌てて周囲を見渡す。ガサガサ俺の潜んでいる藪が揺れるがそんなことはお構い無しだ。…だが、周囲には何も怪しいところはない。
改めてアルトさんを見ると、ピョンっと岩から飛び降りた。そして、4人で輪になって座るとサーシャちゃんがバックから紙袋を取り出してお菓子を分け始めた。
どうやら、休憩らしい。…一瞬ヒヤッとしたぞ。
嬢ちゃんずは休憩の後は、俺の予想通り帰路についた。
ミーアちゃんを先頭に、周囲を警戒しながら俺の前を通りすぎる。
チラっとミーアちゃんが俺の潜んでいる藪を睨むが、そのまま通り過ぎた。
最後尾をアルトさんが歩いている。しきりに周囲を観察しているところを見ると、結構緊張しているようにも見える。いくら銀3つでもサーシャちゃんやルクセムくんがいる。
何かあれば、ミーアちゃんに皆を任せて、アルトさんが1人で対処しなければならないことを十分自覚しているようだ。でも、そんな事態が生じれば当然俺が乱入する事になるんだけどね。
アルトさんが俺が潜む藪から十分離れた事を確認して、藪から這い出る。
300m程距離をおいて、嬢ちゃんずの後を守りながら歩いて行く。200m以内に入るとミーアちゃんが振り返って周囲を見渡すので気づかれないためには、300m程距離をおく必要があるのだ。
キャァー!って言う声に嬢ちゃんずの方に駆け出すと、数匹のガトルが遠巻きに4人を扇型に囲んでいる。
アルトさんはグルカを抜いて前に立ち、3人を少しづつ近くの岩の所に誘導している。
岩から200m位の所にある藪に飛び込み、ライフルのボルトを操作して初弾を装填する。セーフティを確認してスコープを覗く。
丁度嬢ちゃんずを斜めに見ることが出来る。ルクセムくんを岩に押し付け、その前にミーアちゃんとサーシャちゃんが立っている。その前にはアルトさんだ。まだ本来の姿をとっていないところをみると、数匹のガトルではあの姿でも対処できるということか…
此処からでは音を聞く事はできないが、ガトルはガウガウと威嚇しながら嬢ちゃんずの包囲をばめていると思う。
ミーアちゃんとサーシャちゃんがクロスボーをセットしたのが見える。でも構えているのはミーアちゃんだけだ。サーシャちゃんはまだクロスボーを手元に下ろしている。
なんで?…その理由は…
ドオォン!っと爆裂球がガトル達の間に炸裂する。
アルトさんが乱れたガトルの包囲網に踊りこんでグルカを振るう。
その中から抜け出してサーシャちゃんに襲い掛かろうとしたガトルがミーアちゃんの撃ったボルトに当たって転倒する。
クロスボーを脇に投げて、ミーアちゃんが背中の片手剣を抜いて構える。
でも、そこまでだった。
残りのガトルはアルトさんが全て倒したみたいだ。アルトさんが3人の所にやってきてミーアちゃんとサーシャちゃんの頭をポンポンしている。
そして、ガトルの牙を手に入れた4人は再び山道に戻るために西に歩き出した。
俺…必要ないような気がしてきた。
でも、イザとなったらと自分に言い聞かせて、急いで嬢ちゃんずの後を追う。
嬢ちゃんずは山の小道の傍で少し早い昼食を取っている。
何を食べてるか見ると惨めになるので、水筒の水を飲みながら黒パンビスケットを齧る。
嬢ちゃんずも簡単に食事を済ませたみたいで、さっさと小道を下っていく。
この先は森だから見通しが悪い。急いで後を追う。
ルクセムくんが疲れないように頻繁に休憩を取っているけど、結構疲れがたまっているようだ。でも、文句も言わずに3人と一緒に歩いている。
まだ、10歳ぐらいだもんな。あまり遠くに出ないように、ジュリーさんから一言言って貰おうと思う。
森に入ると木の陰から木の陰に移動を繰り返し嬢ちゃんずの後を追う。
たまに、ミーアちゃんやアルトさんが立止まって辺りをキョロキョロと見回すけど、気づいていないよな。
森を抜けると、村にはもう少しだ。
俺は、しばらく嬢ちゃんずの後を歩いていたが、村の西の門が小さく見えると、リオン湖の方に素早く移動して【アクセル】を唱える。
そしてリオン湖沿いに西門に向かって一気に駆ける。
リオン湖側から西門にひょっこりと姿を現わして山への小道を見ると、遠くに嬢ちゃんずの歩く姿が見える。
俺は、門番さんに挨拶して我が家へと急いだ。
「ただいま!」と言いながら我が家の扉を開ける。
「どうだった?」と姉貴が駆け寄ってくる。
「とりあえずは無事だ。ガトルに襲われたけど、3人であっという間に退冶した。…俺の出番は全く無し…」
「それでいいのよ。アキトは保険なんだから。」
そんな事を姉貴は言っているけど、結構その保険は疲れるんだぞ。
着替えを持って風呂に入り、夕食まで寝ることにした。なんか一緒に行動してるほうが疲れないような気がするぞ。
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ユサユサと体が揺すられる…ボンヤリとした意識で目を開けるとミーアちゃんの猫耳が見えた。
どうやらぐっすりと寝ていたようだ。
「姉さんが早く下りてきてって言ってる。トリスタン様達が来てるの。」
「分かった。直ぐに下りるよ。」
俺は、素早く着替えをするとロフトの梯子を下りる。
テーブルにはトリスタンさんの他に2人の人物が座っている。
「すみません。遅くなりました。一休みのつもりが寝てしまったらしいです。」
俺はトリスタンさんに挨拶すると姉貴とジュリーさんの間に座る。というか、その椅子しか空いていなかったのだ。
「ははは…その原因は、ジュリーからさっき聞いたところだ。すまなかったね。」
「ところで、今夜尋ねたのは、アルトが私と父に送ったものにある。…正直驚いた。あのようなものが手に入るとは思わなかった。そこで、急いで此処に来たのだ。」
「梱包を開けた時に私の所にたまたま居合わせた者が此処にいる2人だ。どうしても連れて行けと聞かなくてな。」
「聡明な君の事だ。たぶん分かってはいるだろうが、我が王国の御用商人のラジアンとたまたま隣国の使節に同行してきた御用商人のケルビン氏だ。」
トリスタンさんの紹介で1人づつ俺達に頭を下げる。御用商人だというからには大金持ちなんだろうけど、何となく前の世界にいた近所の世話好きなおじさんを思い出す。
「私達は女神の祝福を受けた心地です。何せ国王でさえまだ見ぬものをあの時にお見せ頂いたのですからね。」
「全くです。あの柔らかな色調…今までの銀の食器等がどんなに意匠を凝らした物でも見劣りするものになりました。」
「謁見の間ではもっと面白かったぞ。国王が隣国の使節と謁見している時に、侍女があの花瓶に庭の花を入れて壁際に飾ったのだ。…謁見はしばし中断。部屋にいた全ての者が花瓶の周りに集まってしまった。形を褒める者、色調の絶妙を讃える者…しばし収拾がつかなくなった。」
あの花瓶って…サーシャちゃんとミーアちゃんの失敗作に姉貴が上薬をこぼした奴だよな…真相がわかったら大変な事になりそうだぞ。
「それでだ。あの器を作ったドワーフを私達に紹介して欲しい。礼はいくらでも出すと、この両者は言っているのだが…」
3人に俺の顔をジッと見つめられた。
そうか…3人とも、陶器の利権を求めてやってきたんだ。
そこに、ミーアちゃんがお盆にカップを載せてお茶を運んできた。
試作品だから色は微妙にことなる陶器の皿とカップだ。
俺達の前に皿を敷きその上にカップを載せていく。
3人は自分達の前に出されたお茶のカップをジッと見つめていた。
「冷めない内にどうぞ。」
俺がカップの取っ手を掴みお茶を一口飲むと、3人も恐る恐るカップに手を伸ばした。
お茶を飲みながらしきりに形と色調を見ている。
「たぶん、その器を手に入れようとしておいでになったんじゃないかと推察します。此処に少しありますから、お帰りの際にお持ちかえりください。」
3人が俺の言葉に顔を上げる。
「これを持ち帰えることができるのですか?…私は、この器の重さの金と引換えに譲って頂くことを考えていたのですよ。」
何か、驚いている。確かに高級品となれば値段なんてあってないようなものだけど、これは俺達が作った試作品。もっといいものが次には出来上がる。それに俺達の分はちゃんと記念にとってあるし、後は処分に困るだけだからね。
「はい。いいですよ。…それに、これは我々で作ったものです。ドワーフは介在していません。」
「すると、おなじような品物をまた作ることが出切るというのですか?」
「もちろんです。でも、この品を大量に作ると山里が荒廃します。年2回、初夏と冬にこれを作ろうと考えています。」
「でも、一度に作れる量は…100個前後と推定しています。今回試作した時に完成に至らず壊れてしまったのは約半数。次回は何とか三分の二は物にしたいとおもっているのですが。」
2人の商人はある程度の品を確保出来そうだと考えているのか顔にゆとりが現れた。
「我々にこの品を扱わせて頂けないでしょうか。それなりの見返りは出来ると思うのですが…」
「我々はごらんの通りハンターですから、見返りは必要ありません。その代わりと言っては何ですけど…製造の秘密は守って頂きたい。そして、値段は…ちょっと待ってくださいね。」
俺は急いで嬢ちゃんずのところに行くと、アルトさんに今回の総経費を聞いてみた。
「そうじゃのう…確か、ジュリーは金貨4枚位と言っておったぞ。」
次に姉さんの所に言って何とか仕上がった数を聞く。
「大体、50個ぐらいかな?」
すると、単純に40000Lで50個出来たのだから、1個800L…銀貨8枚という事になる。
「ところで、今手に持っているカップにどの程度の値段を付けて貰えますか?」
「私は先程言ったように金貨で同じ重さを考えておりました。量産が出来ても多くはありますまい、金貨10枚でどうでしょうか。」
「私も同様です。商売の相手が貴族等に限られますからもう少しは出せるとおもいますが…」
姉貴とジュリーさんはポケーっと口を開けている。みっともないから早く閉じた方がいいぞ。そしてその値段は、やはり希少価値敵な値段だよな。でも、それでもあまりの高値だ。
「今回は、これを作るための設備の構築に多大な金額を使用しました。それでも、1個当たりの値段は銀貨10枚以下です。」
「そんな値段で宜しいのですか?…じつは謁見の間の花瓶は金貨200枚で買おうと言う者が現れております。このままでは数百枚まで上がるのではないかと…」
俺達の顔が青くなってきた。
とうとう、たまらなくなったジュリーさんがトリスタンさんの耳元で何か呟いている。
それを聞いていたトリスタンさんの顔が段々と崩れだし…とうとう堪え切れずに笑い出した。
「わははは…そんな秘密があったのか。そうか、そうだったのか。誰もあの意匠に首を捻っていたのだ。そして、あの色…どう見ても私には疑問だったのだ。だが皆はそこがいいのだと言う…いいか。これを知る者は少ない。我が王家の秘密とする。良いな!」
わぁ~とうとう王家の秘密になってしまった。確かにあれを失敗したパンを入れる籠です。何て言えないけどね。
「これも何かの縁なのでしょう。トリスタンさんには最初に1セット進呈します。税金だと思って納めてください。後の品は、ラジアンさんとケルビンさんが交互に1セットづつ購入していくことでどうでしょうか。夏と冬で購入順序を入れ替えれば、お二方も争わずに済むでしょう。値段は1個銀貨2枚でどうでしょうか。」
2人の御用商人は思わず首を傾げた。
「そんな値段で宜しいのですか。1個金貨2枚でも私は売れると思いますよ。」
「原料は見ればわかると思いますが土ですよ。何処にでもあるものです。私は銀貨1枚でも高いと思っています。」
「欲の無いお方だ…」なんて2人は言っているけど、その内何処かの山村でも作られるようになるだろう。そしたら、どんどん安くなる。
最初に高い値段をつけておくと後で顰蹙ものになる恐れが大いにある。
そんな話をした後に、御用商人に試作した陶器をあげたら、金貨を3枚づつ置いていった。
トリスタンさんは貰っておいても問題ない。って言っていたけど、不揃いな陶器に金貨6枚は多すぎるぞ。