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#076 初めてのお使いには見守る人がいる

 1週間待って、登り釜の各室に設けた入口の粘土をはつり、積上げたレンガを取り除く。

 全員が見守る中、まだ暖かい窯の中から製品を取出す。

 姉貴が窯の棚の位置をメモりながら丘の斜面に布を広げて製品を並べていく。

 割れた製品や、ヒビの入ったものもあるようだが全てが上手くいくわけではない。まして俺達は素人なのだ。それらしいものがあるだけでも成功と言えるだろう。


 「これが陶器か…」

 アルトさんが考えぶかげに呟いた。

 「表面がこれほど艶やかとは思ってもみませんでした。」

 ジュリーさんがアルトさんと話している。

 

 「この器なら、水を吸い込まないぞ。」

 「ツルツルにゃ。」

 セリウスさんがミケランさんとカップを取上げて話している。

 

 皆、色々と意見があるようだけど、姉貴達が作った器の半数近くが損傷していた。

 無事に焼き上がった器も淡い色から渋い黒色までの発色がある。まぁ、これは姉貴が試験的にいろんな釉薬らしきものを試行したからなのだが…


 「半数がダメになったわ。もう少し考えないと…」

 「最初から上手くいくなんて考えてはいなかったから、これでも上出来だと思うよ。原因はある程度解ってるんでしょ。」

 「事前の素焼きがいい加減だったかもしれない。素焼き専用の窯を別に作れば少しは防止できるかもね。後は、発色だけど…綺麗な白を探すには時間がかかりそうね。」


 製品のリストを姉貴が作り終えると、製品の選分けを行う。

 まあまあ歪もなく、それなりに色が揃ったものと、少し歪はあるけど用途的には問題が無いもの、それに、色の発色が不ぞろいなものとに区分する。


 「アキト…このカップと皿のセットだが、我に譲って欲しいのじゃ。」

 アルトさんにしては珍しくおねだり声で俺に聞いてきた。

 「この計画の出資者はアルトさんですから、全てアルトさんのものですよ。でも、カップならこれから良い物がどんどん出来ますよ。」

 「我が使うのではなく、兄夫婦に贈呈しようと思ってな。」

 ニコリと笑いながら呟いたのをジュリーさんも聞いていたようだ。


 「国王ではなく、トリスタン様にですか。…何となく分りましたけど、対応は姫様がしてくださいよ。アキト様達には荷が重過ぎるかも知れません。それに、国王には贈らないのですか?」

 「あの花瓶を贈る事にする。謁見の間にあの花瓶に花を入れたところを想像するとな…何故か笑いが込上げてくるのじゃ。」

 

 アルトさんが指差した花瓶はサーシャちゃんとミーアちゃんの合作だ。確かに花瓶には見えなくも無いけど…ミーアちゃんは黒パンを入れる籠だって言ってたような気がする。

 複雑に粘土を紐状にして絡みあげてるように見えるが、あれはサーシャちゃんが三つ編みを失敗したところだ。

 黒と灰色が基本色で、そこに緑や黄色が斑点状に混じっているのは姉貴が釉薬を零した跡だ。

 全体で見ると混然として何に使ったらよいか判断出来ない代物だが、アルトさんはこれを花瓶だと言い張るつもりだ。

なかなか良い根性を持っている。というか美的センスが欠落しているような気がしないでもない。少なくとも俺には、王宮の…それも謁見の間に置くという発想は到底できない。

 嬢ちゃんずの部屋の隅が俺にはふさわしいような気がするぞ…。

 でも、見方によってはワビ・サビを感じるような…そんな訳はないか。


 アルトさんの希望する品を丁寧に布で包んで木箱に入れる。

 残りは姉貴の指示で割れないように布で包み始めようとしたところ、村人から今回の記念に割れた陶器を貰えないかと聞かれたので、一人一個づつ少し歪んだ皿等を提供することになった。

 割れ物よりはいいだろうし、陶器の欠けた部分は鋭いから怪我などしたら大変だ。

 いくら日当を貰って働いたからと言っても、苦労して作っただけに愛着はある。確かに記念品としてはいいかもしれない。


 とりあえず、陶器製作の試行は上手くいったと思う。

 それにしても登り窯の薪の消費量は大変な量だ。

 やはり、窯を焚くのは年2回程度に制限したほうがいいだろう。

 窯の周りを綺麗に掃除をすると、冬に予定している第2回の陶器製作に備えて準備を行う事にした。

              ・

              ・

 しばらく休んでいたハンター業を再開すべくギルドに行ってみる。

 俺より先に嬢ちゃんずが来ていたみたいで、依頼掲示板に4人でわいわいやっている。

 どうやら、依頼の選択で揉めているらしいのだが、深入りすると危なそうなので纏まるまでは近づかないようにテーブルに移動した。


 どうやら決まったらしく、依頼用紙を外してカウンターに向かっている。

 シャロンさんと何やら話をしているが、いったい何を請け負ったのか…少し心配になってきた。

 

 「赤2つの依頼じゃ。我等が行なうのに何の問題がある。」

 「でも、その依頼は1日じゃ無理ですよ。山で一夜を過ごすことになります。」

 「我も一緒じゃ。そう心配するでない。」

 シャロンさんは渋々ドン!って依頼書に確認印を押した。

 ワァーイってはしゃぎながら嬢ちゃんずがギルドを出て行った。


 嬢ちゃんずがギルドから消えたのを確認して、急いでシャロンさんの所に行く。

 「あのう…あの4人組が受けた依頼って何なんですか?」

 「キナム草の採取なんだけど…山の上の方にしか無いのよ。いくら剣姫様が銀3つでも小さい子ばかりだからちょっと心配なの。」

 

 その言葉を聞くと一目散に我が家へ向かった。

 テーブルで陶器の出来をリストと共にジュリーさんと話してたところに強引に割り込む。

 

 「大変だ。嬢ちゃんずとルクセムがキムナ草の採取に出かけた!」

 「何時もの採取でしょ。大丈夫よ。」

 「いや、それがそうじゃないんだ。この辺に無いらしく、山で一泊するらしい。」

 

 えぇ~って姉貴が立ち上がった。

 そうだよな。姉貴だって驚く話だ。

 「そんなに驚かなくても、姫様は銀3つのハンターです。何とかなるんじゃないかと…」

 ジュリーさんの言葉を聞いて、姉貴の顔が青くなる。ジュリーさんもあまり自信がないみたいだ。

 姉貴がロフトにトントンと上るとザックを漁っている。

 そして、下りてくると俺に渡した物は…

 Kar98kそれに何故かしらニコンのスコープ?…これって、狙撃銃??

 「アキト、直ぐに出かけて。…でも、見つからないように十分注意してね。」

 どうやら俺1人に様子を見させるらしい。そして、いざとなったら介入しろって事だよな。

 姉貴は俺にライフルのクリップを1つ俺に渡してくれたので、装備ベルトの腰につけたバッグに収める。忍者刀を取外して姉貴に渡すと、ライフルのボルトを半分スライドさせて内部に弾丸が収納されていることを確認した。

 非常食はバッグに入っているから、水筒に水を入れると早速出かけることにした。


 ライフルを右肩に背負って、タタターと村の通りを西の門に向かって走り抜ける。

 門の所にある広場には、セリウスさんとミケランさんが双子を抱いて散歩していた。

 嬢ちゃんずの話をすると、さっき此処を通ったばかりのようだ。


 「それは大変だな。まあ、少し離れてお前が見ていれば安心だろう。…あまり近かづくとミーアに気づかれるぞ。この頃、勘が良くなってきたみたいだからな。」

 2人に礼を言って、早速山へと続く小道を歩いて行く。


 しばらく歩いていくと、森へ入る小道を進む4人を遠くに見ることが出来た。

 後は見失わないような距離を取って、嬢ちゃんずの監視をすればいいんだろうけど、いったい何処まで行くのだろうか。


 どうやら森を出た所で休憩しているようだ。木の影で俺も休憩に入る。

 7倍のライフルスコープで様子を見ると、アルトさんの指示で皆が動いているようだ。ルクセムはサーシャちゃんの隣に大人しくしてる。

 ミーアちゃんが此方をジッと見ているのに気が着き慌てて地面に伏せる。

 猫族の勘の良さって、侮れないとつくづく思う。ミケランさんが猫族がいれば安心だと、言っていた事を思い出してしまった。


 嬢ちゃんずが腰を上げた。更に山の上を目指すみたいだ。坂道が結構きつくなってきたみたいで、小休止を頻繁に取っている。

 潅木が疎らに生えた斜面を今度は右に進んでいくようだ。このまま進むとグライトの谷の少し上に出るんじゃないかな。

 

 嬢ちゃんずの1人が上を見ている。

 お日様の位置を確認してるみたいだ。…ひょっとして昼食を取るのかも知れない。

 皆で何か相談したかと思うと、近くの岩の陰に枯れ木を集め始めた。

 そしていきなり。【メル】を唱えて枯れ木に火炎弾をぶつける。

 ドン!って音がして枯れ木が飛び散る…でも残った枯れ木に火が点いた。

 物騒な点火方法だ。周りが枯草だったら今頃火の海になっている。

 

 小さなポットでお茶を沸かし始めるのを見て、俺は嬢ちゃんずより先行することにした。

 嬢ちゃんずを大きく山側に迂回して先に進む。

 途中にあるおおきな岩に上り、ライフルスコープで状況を字確認する。

 距離は約500m。この位置からでも嬢ちゃんずが美味しそうにお茶を飲んでいる光景が見える。

 俺も、水筒の水を一口飲んで、ビスケットみたいな硬い黒パンをポリポリと齧る。


 食事が終わって焚火を消すと、俺がいる岩の方に歩いてくる。

 急いで岩の裏に回ってやり過ごす。

 4人は俺の脇を200m位離れて通り過ぎていくと、4人が距離を取ってキムナ草を探し始めた。


 気づかれないように更に山の方に迂回して嬢ちゃんずの周囲を見張る。

 初夏の風が気持ちいい。

 あれから1年過ぎたのが夢のように思える。

 いや、前の世界の暮らしのほうが、この頃は夢のようにも思えてきた。

 

 姉貴と2人でこの世界に来た時はどうなるのか心配だったけど、何時の間にか仲間ができ、俺がこうして嬢ちゃんずの心配を、岩の陰からするようになる等想像すら出来なかった。

 そんな、感傷にも似た気持ちになるのは、1人で周囲を見張っているせいだろうか。


 嬢ちゃんずは日が傾いてきたので野宿の準備をするみたいだ。

 潅木から枯れ枝を集め始めた。また、【メル】で火を点けるみたいだけど…マッチみたいな方法がないのだろうか。


 どうやら、岩陰に身を寄せ合ってその前で焚火をしている。スコープで覗くと焚火にポットと鍋が掛けられている。

 初夏といっても山は冷える。やはり暖かい食べ物が欲しいのだろう。

 俺も、携帯燃料に火を点けるとシェラカップに半分程の水を入れて沸かす。

 沸騰すると残り少ないスティックコーヒーを半分程入れて、フーフー息を吹きかけて飲む。

 この距離で岩陰なら…と、タバコを一服。

 やはり、コーヒーと一緒に吸うタバコは格別だ。姉貴はコーヒーは何とかしてあげるって言ってたけど、俺のスティックコーヒーは、後4本しか残ってない。

 嬢ちゃんずの様子を見ると、どうやら交替で焚火の番をするみたいだ。焚火では2人の姿しか見えなくなった。

 俺は、雑木の束を作ると岩の前に置き、その後に潜りこむ。万が一眠りこんだ時に獣が来ても雑木のがさつく音で目が覚めるだろう。

 そして、嬢ちゃんずの野宿を邪魔する物がいないか、岩陰からジッと見守り続ける。

 眠くなれば干し肉をガムのように噛んで顎を動かす。セリウスさんが教えてくれた睡魔との闘い方だ。

 たまに、ガサガサと軽い音が聞える。

 最初は驚いたが、どうやら山ネズミのようだ。チッチッっと盛んに小さな鳴き声をあげている。

 そして夜は静かに過ぎていく。

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