#074 登り窯を作る場所
次の日、朝食を終えると、ミーアちゃんにお願いしてセリウスさんを呼んでもらう。
早速、ミーアちゃんはサーシャちゃんと手を繋いで家を出て行った。
小さな山村のことだ、直ぐにセリウスさんがやってきた。セリウスさん1人のところを見ると、ミーアちゃん達は双子の面倒を見ているのだろう。
「急いでいるとのことでやってきたのだが、何かあったのか?」
テーブルに着くとセリウスさんが直ぐに切り出した。
早速、昨日の出来事と俺達の計画を話すと、セリウスさんは目を細めて聞いていた。
「姫様の考えでよいと思う。この村で成功したならば他の山村でも似たような事を始めるだろう。王国内の生活が向上するに越した事はない。例え失敗しても現状維持なのだ。恐れる事はない。」
「協力していただけますか?」
「もちろんだとも。」
早速、役割を決めていく。
登り窯の製作を俺が担当し、姉貴が作品製作を行なう。セリウスさんは土地の使用許可と登り窯製作に必要な材料を準備する村人の手配だ。
ジュリーさんはキャサリンさんと粘土と釉薬の原料を探すと名乗りを上げた。
「我等はしばらく何も仕事が無いじゃろう。昨夜我等で話合ったのじゃが、あの家の長男は10歳程度じゃ。採取系の仕事ならハンターとして収入もあるじゃろう。我等で彼をしばらく支えたいのじゃが…」
アルトさんの言葉にジュリーさんは目頭を抑えている。
確かに王族がこのようなことに首を突っ込むのは問題だと思うけど、決してそれは偽善からの言葉ではないはずだ。
「ハンターに年齢制限はない。無理をせず、村の近場で採取系の依頼をするのであれば十分に母親を助けて行けるだろう。」
「だったら、これがいるな。」
俺は、装備ベルトのバッグからスコップナイフを鞘ごと外してアルトさんに渡した。
「お古だと言えば受取ってくれると思うよ。」
「採取には必要だが、彼には買う事は出来ぬか…ありがたく頂いておく。」
アルトさんはそう言って家を出て行った。
ミーアちゃん達を誘って昨日の依頼主のところに行くんだろう。
「俺はギルドに出かけてくる。ギルド長はこの村の村長だ。彼が了承すれば好きな場所に建てられる。」
「では、私も早速キャサリンさんを誘ってみます。」
セリウスさんとジュリーさんも出かけて行った。
「…でも、ホントに出来るのかな? 少し心配になってきた。」
「アキトは何時もそうだね。やる前から心配しても仕方ないよ。昔の人のように試行錯誤しながら作ればいいと思うよ。今の所蓄えだって沢山あるからね。」
相変わらずな姉貴の前向きな姿勢には頭が下がるけど、これは性分だからしかたない。
家に残った俺達は、昨夜画いた簡単な絵を元に造り方を再度検討する。どうやって、温度の均質化を図るか、高温を如何に作り出すか、窯の材質、窯の天井の製作方法…考えることは幾らでもある。
「ロクロってどうやって回転させたらいいのかな?」
更に、1つ増えた…
耐火煉瓦も無い時代に良く登り窯が作れたものだ。あの時代にあったものを思い浮かべながらこの世界で代替出来そうな、作れそうな物を1つ1つ考えて、図面に描いていく。
段々と製作方法が形になる。それを纏めて行けばいいのだが、本当にこれを最初に作った人は天才だと俺には思えてきた。
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お日様も大分傾いてきて、昼食を誰も取っていない事に気がついた。
さぞかしお腹を減らして皆帰ってくるだろう。
姉貴が早速大鍋を用意して、野菜を刻み始めた。今夜は具沢山の野菜スープができるようだ。
姉貴が入れてくれたお茶を飲んでいると、嬢ちゃんずが元気に帰ってきた。
早速暖炉の傍に行くとスゴロク盤で遊び始めたけど、もう直ぐ夕食なんだよな。
「まぁ、ルクセムのハンター初日は上手くいった。薬草採取の報酬は我らと均等割りじゃが、これはルールとして覚えさせる必要がある。…それでも8Lを手にしたのじゃ、少しは生活の足しになるじゃろう。」
アルトさんが盤面を見ながら報告してくれた。
毎日という訳にはいかないだろうけど、2,3日おきに彼を誘ってやればそれなりに安定した生活を送れるかもしれない。
スープが出来上がった頃に、ジュリーさんが帰ってきた。
腰に下げたバッグから魔法の袋を取り出し、小さな紙包みを沢山取り出した。
「土を少しづつ集めて来ました。後で使えそうなものを確認してください。」
サンプルを色々集めてきたようだ。白っぽい砂が沢山混じった土って言ってもよく分らないだろうし、賢明な判断というやつだ。
後は、セリウスさんだけど…たぶん夕食後にでも来るんだろう。
暖炉で黒パンを焼いて、具沢山の野菜スープで夕食を取る。
「しかし、本当に土でこのような器を作る事ができるのか?」
アルトさんがスープの入った木の椀を見て呟いた。
「出来ますよ。私の国ではたぶん千年以上掛かったかも知れませんけど、土器から陶器、そして磁器と発展していきましたから、最終的には…ちょっと待って下さいね。」
アルトさんに説明していた姉貴が席を立ち、ロフトに上っていく。
しばらくすると、小さなナイフを持ってきた。
「これが、土器から発展した技術の最終形態の1つになります。」
「なんじゃ、これは。金属ではないようじゃが…」
鞘から取出して、半D程の刀身をジット見ている。
片刃のナイフのような形状、しかしその刀身は光沢の無い白い色をしている。爪で弾くと澄んだ音がする。
「セラミックナイフです。金属の粉を極めて高い力で押し潰して形を整え、その後に高温で焼き固めてあります。…金属製ですが、錆びることはありません。切れ味は申しぶん有りませんし研ぐ事すら必要ありません。ただ、欠点が1つ…折れやすいのです。」
「まぁ、武器を作る訳ではない。ここまでの技術は必要とは思わぬ。」
アルトさんはナイフを鞘に戻すと、姉貴の方へテーブルの上を滑らせた。
食事が終わると、ジュリーさんが採ってきた土のサンプルを3人で確認する。
粘土は直ぐに確認できた。後は、混ぜる土なんだけど…山土に使えそうなものがあるがこればかりは焼いてみないと分らない。
採取場所と配合比率を変えながら試行を繰返すことを姉貴と確認する。
扉を叩く音にミーアちゃんが出て行くとセリウスさんだ。
早速、テーブルに招いて、成果を聞く事にした。
「ギルド長の許可は得た。好きなところに建てるがよいと言っている。…それでだが、斜面がよいと昨夜言っていたな。村の南西の畑が尽きたところ、前にイネガルの群れを退治した場所の少し上に丘がある。そこではどうかなと思っているのだが。」
「横幅は20D、斜面の長さは30Dは欲しいところです。大丈夫ですか?」
「大きな丘だ。広さは問題ないが、気になるのは斜面だ。明日見に行かないか?」
「いいですよ。」
そんな訳で、俺はセリウスさんと登り窯の設置場所を確認することになった。
姉貴はジュリーさんと粘土と山土の採掘場所を見に行くらしい。
嬢ちゃんずはどうするんだろう? アルトさんに聞いてみると、明日はセリウスさんの家でミケランさんを交えてスゴロクをするそうだ。
次の日、セリウスさんと連れ立って丘を見に行く。
現地に着くと結構大きな丘だった。これなら大型の登り窯でも構築できそうだ。
丘のてっぺんに上って周囲を確認する。
「どうだ。十分な大きさだと思うが…」
「傾斜も十分です。でも、森が近いですね。…この間みたいにイネガル等が来ないとも限りませんよ。」
「それは、対策が出来るだろう。柵と例の溝だ。あのような溝を使用するのは初めて見たが、効果は絶大だ。それに、森は薪や建材の供給源になる。お前の言う登り窯が出来上がる頃には、森は大分退くだろう。」
そういう考え方もあるのか。確かに焚き上げに必要な薪の量は半端じゃない。それに窯を雨から守る屋根だって必要だ。森はかなり退くんじゃないかな。
「では明日から村人を募集しましょう。とりあえず20人を10日間、そのほかに3人程女性を加えてください。」
「男だけでよかろうに…そうか。食事の支度か。確かに必要だろう。分かった。」
俺達が畑の道を歩いて農道の十字路に出ると、姉貴達が下の道を歩いて来るのが見えた。
姉貴達は土の確認をしているはずだ。十字路に立止まって姉貴達の来るのを待つ。
「ミズキ姉、どうだった?」
「こっちは問題なし。この先とこの下にも粘土の層があったわ。どの程度あるかは掘って見なければ分からないけど、分布が広いからかなりな埋蔵量だと思うわ。」
「それは良かった。こっちは場所に目処がついた。早速取り掛かろうと思うんだけどレンガが作れないと困るからね。」
そんな話を姉気としながら我が家へと帰る。
姉貴達が昼食の支度をしている間にレンガ造りの型枠を作ることにした。
板を1Dの正方形に切ると、2方向に2Dの長さの板を張る。この中に粘土を突き固めた後で、枠を外して天日に干せば日干しレンガの出来上がりだ。
さて、どの位使うのだろうか…とりあえず300個程作って、後は追加すればいいか。
木枠を数個作っていると、姉貴が俺を呼んでいる。昼食の準備が終わったみたいだ。
「いよいよ始めるよ。場所は少し距離があるけどね。セリウスさんに村人の手配を頼んどいた。最初は日干しレンガ作りと丘の斜面の整地だ。」
「どれ位作るの?」
「最初に300個。後は窯を造りながら追加していく。」
「私達に出来る事はありますか?」
「大きな鍋と食料の調達かな…一応食事を作ってくれる女性もセリウスさんに頼んでおいたけど…あっ、そうだ。大きな桶と荷馬車も必要だ。」
「大変ですね。」
「大変だよ。でも、出来上がりが待ち遠しくもあるね。」
午後は姉貴達と雑貨屋さんに行って買い物だ。
買い物の種類が多く、やはり大荷物になる。荷車に目一杯積み込んで我が家に戻ってきた。
「ところで、脱穀をする臼は何に使うのですか?」
「土を細かく砕くんだ。そして、目の細かなフルイにかけて、細かい土を練るんだ。かなり先の仕事になるけど準備だけはね。」
「そうなると、粘土を先に粉にしなければならないわね。明日は、私達も一緒に行くわ。粘土のいいところを確保しなきゃ。」
かなりやる気だけど、土器造りはずっと先だぞ。
夕方には嬢ちゃんずが帰ってきた。
たっぷり一日遊んだらしく3人ともニコニコしている。明日は、ルクセムと薬草採りを行なうって言っていた。作業場所の近くなら俺も安心なんだけどな。
夕暮れ前にセリウスさんが家に立ち寄った。
「村人の手配はついた。マケリスとセリエムの兄弟が集めてくれる。例の母親も仲間に入れてくれるように頼んである。俺達はギルドに集合して朝から夕方までだ。昼食は出すと言っておいたから、材料と黒パンの手配を頼むぞ。」
この話を聞いて驚いたのはジュリーさんだった。
「アキトさん、何人ぐらい頼んだんですか?」
俺が25人位かな。って言ったとたんに、ジュリーさんは家を飛び出した。
「アキト話していなかったのか?」
「いよいよ始めるとは言ったけど…」
「そんな大事な話はちゃんとしないとダメじゃないの。」
しばらくして、ジュリーさんは帰ってきた。何でも宿屋に黒パンを頼んできたそうだ。
「何とか了承して貰いました。とりあえず毎朝40個を作ってくれるそうです。」
申し訳なくジュリーさんにお詫びを言うと、姫様の時に比べれば遥かに容易だと言っていたけど…アルトさん。いったいどんなことをしたんだ!
昼食のスープの具材はキャサリンさんやミケランさんにも訳を話して分けてもらうつもりらしい。ダメな時は野草を使おうなんて言ってるけど大丈夫なんだろうか。ちょっと気になりだした。
夕食の野菜は少なめだったけど、不平を言う者はいない。皆明日の仕事の段取りを考えるのに夢中なのだ。
そんなわけで、明日に備えて早めに布団に入ることになった。