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#073 村を豊かにするために

 イネガルの群れを狩った数日後、ギルドに行くとセリウスさんとアンデスさんがテーブルでチェスをしていた。

 依頼掲示板に行こうとしたら、セリウスさんに呼び止められた。


 「丁度いい。この間の報酬を渡しておく。」

 そう言うと俺に990Lを差し出した。銀貨9枚と大銅貨9枚だ。

 何でも、イネガルの革と肉、そして角で1匹当り120Lで売れたとか言っていた。

 20Lづつ協力してくれた村人の謝礼は抜いた分配金ということなので俺には特に問題は無い。


 「それでは、失礼します。」と2人に挨拶して、早速掲示板の依頼書を眺め始めた。

 採取関係は一段落したみたいだ。薬草採取があるがまだ掲示されて日が浅い。討伐関係は…何故かラッピナ狩りがある。しかも掲示されて8日も経つのにまだここにあるという事は、これを受けるハンターがいないと言うことだ。

 

 依頼内容は…畑を荒らすラッピナを退冶して欲しいとある。報酬は1匹5L…なるほど、低額すぎるんだ。普通なら15~20位だもんな。

 でも、肉屋に売れば15Lで売れるはずだ。なら問題は無いと思うんだけど…

 

 迷った時は人に聞く! 早速カウンターのシャロンさんに聞いてみた。


 「あぁ、その依頼ですね。確かに依頼者は1匹について5Lを出すと言っています。肉は必要ないと言っていますが、目標が10匹以上…罠で獲れるのは精々数匹です。ですから皆敬遠してしまって…」

 なるほど、罠で獲れる数は知れてるからね。

 

「では、俺達が受けてもいいですか。嬢ちゃんずなら3人がかりで狩りが出来ますから何とかなると思いますよ。」

「お願いします。後3日もすれば下の町に依頼書を送らなくてはなりません。村のギルドの資質が問われるんです。」


 そんな訳でラッピナ狩りの依頼書を持って帰ってきたのだが…

 テーブルでチェスを楽しんでいた姉貴達はあまり乗り気ではない。

 


 「…ちょっと遅かったかな。キャサリンさんと約束で山に薬草を取りに行かなくちゃならないのよ。ジュリーさんも一緒にね。」

 「なら、俺と、嬢ちゃんずで行ってくるよ。」


 「それも、ダメなのよ。庭にバーベキュー用の炉をアキトに作って貰おうと思って、石材を購入したの。それが昼頃に届くから、家を留守には出来ないわ。」

 そんな話は聞いてないけど、今それを言っても解決にはならない。それにバーベキュー用の炉なら確かに欲しい。


 「何の問題も無かろうに。我が2人を引率して狩って来よう。」

 その声に俺達が暖炉の方を見ると、スゴロクの熱戦を繰り広げていたアルトさんがいた。

 

 「確かに、アルトさんは銀3つですけど…」

 でも一目見ただけでは誰もそうは思わないぞ。女の子が女の子に連れられて狩りをするって何か問題がありそうな気がしないでもない。

 

 「任せておけ。早めに昼食を食べて我らで狩りをしてくる。…ということで、これはチャラとする。皆、準備をするのだ。」

 そう言うとアルトさんは立上がり、嬢ちゃんずの部屋に行った。「ずるい…」ってサーシャちゃんが言ってるところを見ると、アルトさんの形勢はかなり不利だったようだ。

 

 そんな事があって、少し早い昼食を取り、嬢ちゃんずはクロスボーと籠を背負って出かけていった。

 それを扉で姉貴達は見送っていたが、かなり心配そうな顔をしている。

 ジュリーさんまで同じ顔をしているところを見ると、アルトさんって日頃どんな行動をしていたのか俺も心配になる。でも、かわいい子には旅をさせろって言う事だし、何かあれば銀3つの実力で何とかなるだろう。


 少し経ってキャサリンさんが訪ねてきた。早速、姉貴達は山に薬草を採りに出かけるようだ。

 「後はお願いします。なるべく風下に作ってね。」

 届いたら直ぐに作らねばならないようだ。漆喰何かも一緒に頼んだんだろうか。まぁ、材料を確認してから考えよう。


 材料が届いたのは昼を過ぎてからだった。

 数人の村人が拳2個分くらいの石を一輪車に積んで運んできてくれた。だが、石を積み上げるための漆喰は無かった。

 急いで雑貨屋に行き、漆喰を購入すると一輪車を借りて庭先に運ぶ。使い方を雑貨屋の女の子に聞いたら、粉を水で練ればいいと言っていた。簡易セメントみたいに使えるようだ。


 さて、庭の石畳を見渡して場所を決める。湖を渡ってくる風が多いと村人が言っていたから、南側に作ればいいのだが、南側には林がある。

 散々迷った末に東南の角地に作る事にした。庭の擁壁から1m程離せば湖に落ちる事も無いだろう。

 桶に水を汲み、大きい桶で漆喰を練る。そして、炉の外周を石を並べて形づくる。

 1m四方に囲ったところで凹型になるように漆喰で固定する。石の上面にも漆喰を塗って次の石を積み上げる。

 後はそれを繰り返すだけだ。


 夕方近くになって腰の高さ程に積み上げた。今日はここで終了だ。上面構造については姉貴達の好みもあるだろうから確認しておく必要がある。

 

 道具を片付けていると、嬢ちゃんずが狩から戻ってきた。

 ちょっと、沈んだ顔をしているし何時ものような覇気もない。

 庭の外れにいる俺にも気が付いていないようで、とぼとぼと家の中に消えて行った。

 怪我はしていないようだけど、狩に失敗したのだろうか? ちょっと気になる。


 俺がそんな事を考えていると、姉貴達も戻ってきた。

 早速駆け寄って、嬢ちゃんずの様子を話す。


 「…そうですか。何があったのでしょうね。狩の失敗ではないと思いますよ。3人共にという所が気になりますね。」

 「とりあえず、家に入って聞いてみましょう。アルトさん達と一緒に行動したわけではないから聞くしかないと思うよ。」


 そんな訳で家に入ると、3人ともスゴロクもせずに大人しく暖炉の前に座ってる。

 俺達はテーブルに着くと、アルトさんを呼んで訳を聞いてみた。

 アルトさんは小さな声で、経緯を話し始めた。


 「…ラッピナ狩は成功じゃった。3人で4匹づつ仕留めてギルドに行ったのじゃが、その報酬が、1匹5Lで10匹までしか出せんと言われた。理由を聞くと依頼主の準備金が50Lという事だ。ここまではよくある話で驚きもせんが、シャロンが出来れば報酬を辞退して貰えないかという。訳を聞くとじゃな。…今年の冬に灰色ガトルに襲われ亡くなった男の家からの依頼だったのじゃ。元々畑が小さく狩猟期の荷役と冬の猟が収入の大半を占めていたらしく、今回の依頼金もその男の残した全額に近いものじゃったらしい。」


 「働き手が亡くなったら、どうなるのですか?」

 姉貴が聞いてみた。

 俺も、聞きたい。少なくとも生活保護位はあると思うんだけど…


 「残された者達でやっていく外はない。村人の生活はぎりぎりなのじゃ。他を助ける余裕は無い。…町や王都には神殿が経営する救護院があるが…そこでの生活も苦しいものじゃ。」

 「狩ったラッピナを生活の足しにさせようと、依頼主の家に3人で行ったのだが、サーシャより小さな子供を筆頭に3人の子供がおった。そして、暖炉には火の気も無い。よく今まで生活出来たものじゃ。…畑を耕すとは言っていたが、作物を取り入れるまでの生活を考えるとな。…後で肉屋に持って行け、とラッピナは全部置いてきたが、それでも2ヶ月程度の食事で消えるじゃろう。その後を考えると…」


 なるほど、貧困の現在進行形を3人で見てきた訳だ。

 アルトさんがしてきた事は、親切心だからだろうけど、それすら根本的な解決にはなっていない。ここで暮らすんだから、こんな村人の現状もおいおい分かるんだろうけど…アルトさんとサーシャちゃんには堪えたろうな。ミーアちゃんは奴隷並みに扱われた過去があるから、昔の自分を思い出したかもしれない。

 

 貧しさを無くすのは為政者の仕事だろうけど、全ての貧困を無くすには難しい問題もあるに違いない。

 狩猟期の商人、ハンター、村人の関係を知った時は、良く思いついたものだと感心した。あれも、貧しい山村の生活を楽にしようと考えた末の政策のような気がする。

 でも、それに参入できない者は、極小額の冬越し金が渡されるだけだ。

 他にも何か村人が参加する産業…出来れば特産物を作れればいいのだが…


 「サーシャちゃんには衝撃だったでしょうね。でも、この王国の現状として受止めるしか無いと思う。なにかいい手立てを皆で考えましょう。」

 姉貴がアルトさんに言い聞かせると、ジュリーさんも頷いた。


 「俺からもいいかな。…山村は元々貧しい暮らしだ。それを少しでもマシにしようと狩猟期があるんだと思う。でも、それだけでは足りないという事が分かったわけだから、それ以外の新たな村人が豊かになる方法を考えればいいと思うよ。…俺としては、何か特産品を作ればいいと思うんだけどね。」


 俺の言葉を聞くと、アルトさんの目が輝いた。

 「特産品か!…なるほど、他の町や村で作れないものを作りそれで村に利益を還元するのじゃな。ふむ、いいかも知れぬ。……ところで何をつくるのじゃ。」

 「それを皆で考えるのよ。いろんな中から選べばいいわ。」 

 

 そして、簡素な夕食を頂いた後に、この村の特産物を皆で話し合う為にテーブルに集まった。

 そして、ブレーンストーミングで出たアイデアとは?


 「ラッピナを養殖するのはどうじゃ。」

 「チラの串焼き!」

 「トレッキングのガイド。」

 「メイドの養成。」

 「ステーキの養殖。」……

 

 まぁ、色々と考えられるけど安定供給と利益を考えるとちょっとね。

 そう思いながらお茶の入ったカップを持ち上げる。

 そういえば、この世界の食器ってみんな木製だったよな。俺達が持っているシェラカップを皆興味深く見ていた気がする…


 「あのう…ちょっと質問ですが、この国の食器って皆木製なんですか?」

 「食器?…確かに一般的には木製じゃ。王宮では金属製の物もあるが、晩餐会等の行事でのみ使用する。普段は木製じゃな。」

 

 その言葉を聞いて、姉貴が俺を見る。

 「アキト、ひょっとして、陶器を作ろうと言うの?」

 「確か東洋の陶器は西洋で同じ重さの金で取引されたって歴史の先生が言ってたけど、この世界に陶器という物が無いなら、同じように希少価値が高いんじゃないかな。」


 「その陶器というものは何じゃ。聞いた事も無いぞ。」

 「土器の一種です。皿やお椀、カップも作れますよ。」

 「土で作ったもので料理を入れても大丈夫なのですか?」

 「完成品を見て元が土だとは誰も想像出来ないでしょう。問題ありません。」


 「土から作り上げて金と同じ価値を生むのか…試してみようではないか。」

 アルトさんの了承は即ちジュリーさんの許可であり、サーシャちゃんの了承事項となる。

 姉貴も反対は無いようだ。


 早速、焼き窯の概略図を描き始める。

 最初から大型の窯は無理だろう。小型の陶器モドキが焼ける3室の登り窯を描いていく。

 姉貴も陶器造りに必要な機材をリスト化する。

 粘土、釉薬、ロクロ、ヘラ…色々あるみたいだ。


 「試作に必要な費用は我が出そう。この村が豊かになるということは王国が豊かになるということじゃ。そのための費用ならば惜しむことはない。」

 ジュリーさんは、姫様立派です!って感動してる。

 

 「ところで、窯の製作は試作と言っても規模は大きくなります。それと、窯の設置場所ですが斜面に築くのがいいんですけど…」

 「セリウスを巻き込もう。あ奴にギルドの交渉と村人の交渉を任せればよい。資金管理はジュリーがせよ。アキトとミズキは思うようにやってみよ。」


 資金の心配が無いとはありがたい話だけど…いったいアルトさんはどの位貯金を持ってるんだろう。ちょっと気になってきた。

 陶器造りは粘土が基本だから、嬢ちゃんずの粘土遊びも出来そうだ。遊びながらも手伝ってくれるだろう。こんなことは皆で参加するから楽しいんだもんな。

 そんな事を皆で話していると、嬢ちゃんずの顔もだんだんと明るくなってきた。

 そして、ある程度の計画がまとまったことを確認すると、上手く出来上がることを祈りながら俺達は眠りについた。

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