表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
73/541

#072 イネガルの群れを狩る

 今夜は半月だ。双子みたいな月が辺りを照らしているおかげで、ぼんやりとだがここからでも森が黒く見える。

 俺達が背にする岩の北側に横幅2m程の道が西に向かって伸びている。

 岩の周辺は草原なんだろうけど、まだそれ程伸びてはいない。足を取られる事はないだろう。

 畑には森に向かって西北に開いた形で低い柵が伸びている。その内側は溝が掘ってあるから近づくのは危険だ。

 俺達がイネガルと戦うのは、やはりこの岩の周辺だけになる。


 「…まだ、来ないのか…」

 アンドレイさんの前には、刃渡り1.2mはありそうな長剣を地面に突き立ててある。

 その長剣をぼんやりと見つめながら呟いた。


 「…待つのは、相変わらず苦手のようだな。森から出ればミーア達が知らせてくれる。そして更に近づけば地雷が炸裂する。餌に近づけばミーア達が攻撃するし、俺達に気付けば岩の上から魔法が放たれる。…その後が俺達の仕事だ。」


 そんな会話をしていると、畑に設けた篝火が次々と燃え上がる。かなり乱雑に設置しているようだが柵の中には1つも無い。

 しばらくするとミケランさんが走ってきた。どうやら焚火の点火を任されたようだ。

 「終わったにゃ。」…「ご苦労様。」の声が岩の上から聞こえてきた。

 

 「…まだか?」

 アンドレイさんが独り言のように呟いた時だった。

 

 ピィー…っと、笛の音がする。

 皆の目が一斉に笛の聞こえた方に向けられると、ミーアちゃんが枝の上で森の方角を指差している。

 どうやら、狩りの時間が始まるみたいだ。セリウスさんが飲みかけのお茶を焚火に掛けて火を消した。そして、俺達は立ち上がる。


 「獲物は7頭。…森から少しづつこちらに近づいています。…アキト急いで桶の蓋を外してきて!」


 双眼鏡で状況を姉貴が伝えてきた。俺は、岩の周辺に張られたロープに足を取られないように注意しながら、大急ぎで桶の処に行くとグルカで蓋を叩き割ってきた。


 「更に近づいてきます。どうやら目論み通りに柵の内側に獲物は入りました。」

 もう、姉貴は双眼鏡は使っていない。そして、俺達にも黒い固まりとしてイネガルの姿を捉える事ができた。


 イネガルの巨体が段々と俺達に近づいてくる。

 セリウスさんはゆっくりと背中の片手剣を抜いて手に持った。同じ動作を繰り返して、もう片方の手にも片手剣を持つ。

 俺は、腰からM29を抜取り、ハンマーを起こす。

 アンドレイさんが俺の持つ武器をいぶかしげに見ているが直ぐに判ることだ。


 イネガルとの距離は100mを切った。まだ俺達を敵と認識していないのか、ゆっくりと近づいてくる。


 イネガルがラビがいる穴を取り囲んだ時だ。

 ドドオォォンっと、【メル】、【メルト】、【シュトロー】がイネガルを襲う。

 そして足元にボルトと矢が突き立つ。…何本かはイネガルの足を貫通したようだ。


 ピギュゥゥー!!というかん高い叫びが聞こえ、イネガルは辺りを首を動かしながら探索しはじめた。

 そして、俺達を見ると首が据わった。たちまち全速力で駆け出したが、ロープに足を取られて転倒する。そこに再度、魔法とボルトが襲い掛かる。


 足を貫かれ、腹を焼かれても、闘争本能に高ぶったイネガルに効果は薄いようだ。

 体を立て直すと俺達に突っ込んでくる。


 バシ!っと、先頭を走るイネガルの眉間にボルトが突き立つ。

 完全に脳まで破壊されたはずだが、それでも突っ込んできて俺達の数m前で転倒した。


 ドオォン!

 続いて走ってくるイネガルの頭を狙って銃を発射する。

 イネガルの動きで僅かに逸れて首に弾丸は当たったが貫通はしていない。横に跳ねるようにイネガルの突進を回避すると、俺に向き直ったイネガルの隙をついてアンドレイさんの長剣が奴の頭に振り下ろされた。

 ガツン!と言う音が大きく聞こえるとその場にイネガルは転倒する。

 

 ドドオォォンっと、残ったイネガルに向けて魔法が放たれる。

 【メルト】は群れの後方に、そして【メル】と【シュトロー】は奴らの足に向かって…

 立尽くすイネガルにボルトが襲う。また何本かが足を貫通し、横腹にも矢が突き立つ。


 ピギュゥゥー、ピギュゥゥー!!

 残った5匹がけたたましく泣き叫ぶ。

 1匹が群れを離れて逃亡を図るが、策の手前に設けた溝にはまって動けなくなった。


 残り4匹が一斉に俺達に向かってくる。

 先頭の奴に俺はゆっくりと銃を構えてトリガーを引く。

 ドオォン!…っと発射された銃弾は眉間を僅かに逸れて口内に吸い込まれていった。銃弾を受けて顔面を血に染めながらも俺に向かってくる。

 俺が体を捻りながら避けると、イネガルはそのまま突進してズン!っという音を立てて岩に衝突した。

 キャサリンさん達が岩の上で慌てている。結構な衝撃だったようだ。

 

 銃のハンマーを起こし、残りのイネガルを見る。

 数mまで突進して来ているイネガルの顔面に銃弾を撃ち込む。

 そして、体を投げ出すようにして突進を回避する。


 立ち上がって周りを見ると、立っているイネガルはもういなかった。

 ピギュゥゥー!っと騒いでいる溝にはまったイネガルの頭部に銃弾を打ち込み静かにさせる。


 見渡すとセリウスさんとアンドレイさんが、イネガルの死亡を1匹づつ確認していた。

 岩の上から姉貴が下りてくるとラビの桶が置いてある穴に爆裂球を投げ込む。

 バアァン!…ラビも用済みみたいだ。


 「ご苦労様。とりあえず殲滅したみたいだけど、用心して岩の上で見張る必要があるわ。今はミケランさんが見てるから、双子を下ろしたら替わってあげてね。」

 姉貴はそう俺に告げると、嬢ちゃんず達を下ろす手伝いに行った。


 岩の上に上って、ミケランさんと見張りを交替する。

 イネガル7匹を退冶するのに30分も掛けていない。俺1人で、いや姉貴と一緒でもこんなに短時間で始末することは出来なかったろう。やはり、協力って大事なんだなぁ…


 「代わります。」

 しばらく岩の上で見張っていると、ジャラムさんが俺に声を掛けてくれた。

 後はよろしくと彼に引継いで、皆の集まっている焚火のところに行く。立木の傍にシートで小さなテントを張って、双子と嬢ちゃんずはお休み中のようだ。


 「戻ったな。…次の群れが来ないとも限らん。俺達で見張りを交替しながら夜を明かす。」

 「いいですよ。何か眠れませんし。」

 「まだ、興奮が冷めないのか?ははは…それはまだ若いからだ。相手が強ければ強いほど終わった後でも興奮が冷めずに眠れない。俺にもそんな時代があった。そんな時は酒を飲む。これがまた美味い。」

 

 そう言って俺にカップを差し出す。

 受取って飲んでみると…口当たりが良く甘く感じる酒だ。

 何だろう、ってカップを見る。


 「蜂蜜酒よ。そのままだと甘すぎるからお湯で割って飲むの。」

 不思議そうな目でカップを見ている俺にカルミアさんが教えてくれた。


 「それにしても不思議な弓よね。子供達が持つには過ぎたものだとしか言えないけど、あの命中率は反則だわ。」

 「そして、あの威力だ。…イネガルの頭骸骨を砕いてるぞ。あんな物が量産されたら俺達は廃業だ。…待てよ。確かお前もとんでもない武器を使ってたな。ドォンっと音がしてやはりイネガルの頭部に穴を開けていた…」


 「俺と、姉貴の武器は忘れてください。変わった魔道具だと思ってもいいですけど。どちらも量産は出来ません。姉貴や嬢ちゃんずが使っている弓、クロスボーと言ってますけど、姉貴の複製です。宮廷職人だけがどうにか作れる位の精巧なカラクリが必要となります。劣化版を前に作りましたがラッピナをどうにか倒せるぐらいの威力しかありませんでした。」

 

 「そうなんだ。私も欲しいなって思ってたんだけどそれじゃあ無理ね。」

 「カルミアさんは、ミーアちゃんのクロスボーを見て気がつきませんでしたか?」

 「そうね。命中率と威力は凄いけど、連射ができないことかな。」

 「もう1つ大事なことがあります。クロスボーの矢、ボルトと言ってますが、まっすぐにしか飛ばないんです。」

 「おいおい、矢は真直ぐに飛ぶもんだろう。」

 「いいえ。弓は曲がって飛ぶんです。遠くの的を射る時は的の上を狙いますよね。矢は一旦上昇して落ちてくる。このため飛距離によって威力が減る事はありません。でもボルトは真直ぐ飛ぶ、このため有効射程が弓と比べて極端に短いのです。ミーアちゃん達が使っている物で、200D位。姉貴のでも300D位でしょうか。」


 「確かに言われるとそうよね。私の弓は500Dは飛ぶし、ちゃんと刺さるわ。」

 「なるほど、使い方が難しいな。それに連射出来ないとなると、俺達には向かんか。お前の武器も興味はあるが、さっきの様子を見ているとかなりの反動があるようだな。そして離れた所を狙えないのか…更に使い方が難しいと見た。約束だ。誰にも話さぬよ。安心しろ。」


 「だが、変わった武器を使うだけがお前達の姿ではない事は理解した。正直な話、怪我は止む得ないと思っていたのだ。イネガルの群れだぞ、こんな依頼はどのハンターも願い下げだ。…しかし、誰も怪我もせずに群れを倒した。何故出来たかもわかった。たった半時にも満たないイネガルとの戦いに2日程掛けて罠を仕掛ける。この入念な準備がお前達の本質なんだ。」


 「小さい子供を預かってますからね。無理は出来ません。」

 俺は、ハンターらしくない事をその言葉でまとめてみた。


 「確かに無理はしていない。無理する必要もないようだ。…早く銀に上がっていけ。お前達が指揮するなら魔物の襲来でも命を落とすものがいないに違いない。」


 アンドレイさんはそう言って焚火の傍から立ち上がった。見張りを交替するつもりなんだろう。

             ・

             ・

 次の日、朝食が済むと早速撤収の準備をする。

 一足先にカルミアさんがギルドに走って行く。倒したイネガルの輸送と畑の復旧を村人に依頼するためだ。

 溝は深く掘ってあるし、至る所に杭を打ってある。

 とりあえず、柵やロープは片付けて、地雷を撤去する。

 後の始末は村人に任せて…2日程掛かるんじゃないかと思う。畑は心配しなくともよいとは言っていたが、やはり、現況に戻しておくのが基本じゃないかと思う。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ