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#070 イネガルの群れは狩れるのか

ゲイム達の一件から数日が過ぎたギルドの昼下がり、甲虫の羽を張った窓際のテーブルで、俺はセリウスさんとチェスを楽しんでいた。

 意外と家での男の場所って無いような気がする。

 俺の場合は、「掃除するから。」って姉貴とジュリーさんに家を出されたし、セリウスさんは嬢ちゃんずに双子を取られたので渋々ギルドに出向いたみたいだ。

 まぁ、時々はこんな風に男同士でお茶とタバコを気兼ねなく嗜みながらチェスの駒を動かしていたいものだ。


 ビショップを動かしセリウスさんのナイトを牽制する。

 セリウスさんが考え込み始めてた。

 少し時間が掛かりそうなので、この間のゲイムの一件で気になる事を聞いてみた。

 

 「例の一件ですけど、王都から来た隊長が「責任を持って措置します。」と言っていましたが、どのような措置になるのですか?…軽くは無いと思いますが少し気になります。」

 「…ハンターは全員死罪だ。旧領地の私兵は国外追放。領地は国王の直轄地になった。ゲイム一味はタレット刑、他のハンターは火刑になったはずだ。両方共に翌日には実施されたろう。ゲイム達はまだ生きているかもしれんが…」

 

 「タレット刑って何ですか。火刑でも十分に厳罰だと思いますが、それ以上の刑があるんですか?」

 セリウスさんはチェス盤から顔を俺の方に向けると、パイプを口にした。

 「この王国…いや他の王国でもそうだが、刑罰は再犯防止を図るために過酷なものが多い。盗賊ならば初犯は片腕切断、再犯で死ぬまでの強制労働か斬首なのだが…反乱は最も過酷となる。加担しただけでも火刑だ。そして首謀者ともなるとタレット刑となる。」

 「タレットはお前も見たことがあるはずだ。ジュリーからタグの巣穴の一件の詳細を聞いている。…そこでお前はタグが育てている幼虫を見たはずだ。あれがタレットだ。」

 「それって…ひょっとしたら…生きたまま食べられる…」

 「そうだ。王国で飼育しているタレットの檻に両足を折って入れられる。タレットは獲物を直ぐには殺さない。そして傷口からの出血は奴らが持つ特殊な能力で抑える事が可能だ。ゆっくりと時間をかけて食事をするのだ。」

 「…非人道的ですね。」

 「どの王国においてもそうだが、罪人に人道は適用されない。人道という考え方は、罪人でなければ例え奴隷であっても適用させる。…ゲイムは奴隷に焼鏝を当てるといったそうだが、それは人道に対する罪として奴隷が主人を告発する事も可能だ。」

 

 どうやら、罪に対する意識が俺達の世界と大分違うようだ。これは姉貴によく言っておかねばならない。知らず知らずに罪を犯して厳罰は嫌だ。


 「…でも、場合によっては知らない内に罪を犯した、なんて事もあると思います。それと、相手が剣を抜いて応戦して相手に傷害を与えた場合はどうなるんですか?」

 「反論は可能だ。そして刑罰が過激であることから反論は重視される。その反論は神殿の神官により明確に虚偽判定が行われるので、知らずに厳罰が加えられる事はない。それと、相手が攻撃した場合は、例えそれが戯れであったとしても反撃は許される。」


 正当防衛は成り立つということだな。過剰防衛が罪になることはないみたいだ。

 「ゲイムの一件でも、サナトラ男爵の私兵が知らずにやった事だと訴えた。そして神官殿も虚偽でないことを知った。これだけなら罪に問われる事はない。しかし、神官殿の調査で過去の罪が次々に明らかになった。彼らの追放措置はそれらによるものだ。」


 神官がどうやって虚偽を知るのかは分らないけど、誤って罪に問われる事は無さそうだ。それが分っただけでも安心できる。


 「今回の一件は、貴族のハンターにとっても良い教訓になった事だろう。ゲイムに加担した貴族の親達の発言力は低下し、自発的に所領の一部を返還する者まで現れた。残った貴族ハンターも親の笠でかばえぬものがあることを知ったわけだ。

 少しは王都のギルドがマシになるかも知れぬが、こればかりは期待せぬほうが良さそうだ。」

 

 そう言って、セリウスさんはルークで俺のナイトを取った。

 すかさず、俺のルークでルークを取ると、ビショップで応戦するしかし攻撃はそこまでだった。

 ビショップを斜め上に移動し、「チェック!」ルークで塞ぐのをクイーンで取上げ「チェックメイト」。

 セリウスさんが盤面を見てため息をつく。

 

 「負けたか…これで、4連敗。どうする?」

 「今日は、この辺で…。それより、誰も受けない依頼を探しますよ。嬢ちゃんずが騒ぎ始めそうなんで。」

 「依頼を、溜まったものから選ぶとは良い心がけだ。手に負えないものは俺も手伝おう。」

 「その時は相談に行きます。」と言って、依頼掲示板に足を運ぶ。


 色々とあるようだ。冬が終わって村が動き始めたことが依頼書の枚数からも窺うことができる。

 採取依頼が圧倒的に多いのは、山村の特徴なのだろうか。木々が芽吹いても、農家は畑仕事だから山菜取り等が出来ないのだろう。

 討伐依頼は、畑仕事の邪魔をする小動物を退治するものしかない。お馴染のラッピナ退冶も依頼書が2枚あった。


 しかし、掲示されてまだ日が浅い物ばかりで、日が経った依頼書は無いみたいだ。

 諦めて帰ろうとした時に、カウンターから声を掛けられた。


 「アキトさん…ひょっとして、溜まった依頼を探しにギルドに来たのですか?」

 「うん。嬢ちゃんずの退屈を紛らわせようとしたんだけど、他のハンターの仕事を取るのも気が引けるから、誰も受けないような依頼を探してたんだ。」


 シャロンさんが、俺に向かって手をチョイチョイと動かす。…おいでって事だよな…

 カウンターに行くと、シャロンさんが「実は…」と話し始める。

 俺は直ぐに、テーブルでチェス盤とニラメッコをしているセリウスさんを呼んだ。


 「なるほど、イネガルの群れか。…厄介だな。」

 「俺は、イネガルの小さいのは殺ったことがあります。この依頼は我々で何とかできるものでしょうか?」

 「俺の知っているハンターが1人廃業している。結構危険な相手なんだが、今夜お前の家を訪ねる。姫様やジュリーの意見もあるだろう。キャサリンには俺から伝えておく。」

 「もし、可能であれば姉さんに伝えて下さい。明日の朝、掲示板に依頼書を張り出します。」

 何か裏取引みたいな依頼だけどいいのかな?後で聞いてみよう。


 依頼の当てが出来たので、家路を急ぐ事にした。そろそろ夕暮れ、嬢ちゃんずが子守から帰って来る頃だ。


 「ただいま!」って扉を開くと皆が一斉に俺を見た。俺に何を期待しているのだろうか?

 いつものテーブル席に着くと、早速ジュリーさんがお茶を出してくれる。

 そして、お茶のカップを持って、姉貴と一緒に俺の前に座った。


 「「どうだったの(どうでした)。」」

 「うん。それが…あるにはあるんだけど、今夜セリウスさんとキャサリンさんが来る事になったんだ。相手はイネガルの群れだ。」


 その言葉に真っ先に反応したのはアルトさんだった。

 「イネガルの群れじゃと…また、面白いものを探してきたの。」

 「イネガルは雑食ですが、凶暴です。…群れですか、少し考えませんといけませんね。」

 

 姉貴は図鑑でイネガルを調べてる。俺が倒したのは子供だったみたいだけど…親はどんなんだ?

 テーブルを回って考え込む姉貴の頭越しに図鑑を見てみる。

 大きさは、隣の人物像から推定すると軽自動車位ある。重さは300kg以上はありそうだ。そして、親になると牙が前方に飛出るらしい。額の角と合わせると、トリケラトプスみたいにも見える。さらに動きはガトル並と書かれている。

 猪だって、これほど大きくはないぞ。しかも、体表の剛毛は矢を跳ね返す場合もあるなんて書いてある。

 確かにあの時、イネガルを持って行ったら皆驚いていたからな。子供だってめったに取る事ができないみたいだ。

 

 「イネガル単独なら黒3つ程度のハンターが数人いれば比較的容易に狩る事ができるでしょう。でも群れとなると…」

 ジュリーさんは口をつぐんだ。

 

 そして、夕食が済んで、リオン湖に望む庭の一角に作ったベンチでタバコを吸っていると、姉貴が俺を呼びに来た。

 「セリウスさん一家とキャサリンさんが来たわよ。アキトも早くおいで。」

 何時もなら、ミーアちゃんが来るのに、と思いながら扉を開けると原因が判明した。ミーアちゃんとサーシャちゃんで1人づつ双子を抱っこしているからだ。

 アルトさんと姉貴が羨ましそうな顔で見てるけど当人達はしらんぷりを決め込んでる。


 「よし、皆揃ったな。この件はギルドで依頼として受理が可能かどうかを含んでの事だ。ギルドとしても依頼を受けるハンターがいないと思われる依頼は門前払いも可能だ。そして、この村のギルドは俺達高レベルのハンターがここにいることを知っている。俺達の技量で不可能と判断すれば、この依頼は無かったことになる。」

 そこまで言うとセリウスさんは俺達の顔を見た。


 「依頼の要件はこうだ。村の南西部畑に出没するイネガルを駆除すること。目撃されたイネガルは成獣で数頭の群れを作っている。駆除に伴う畑の破壊は黙認する。報酬はギルドよりイネガル1頭当たり100L。イネガル本体の売却益はハンターに属する。…以上だ。」


 皆、考え込んでしまった。俺としてもいい案が浮かんでこない。

 

 「それほど、深刻にならずともよいと思えるのじゃが…先ず決める事は、この依頼を受けるか否かじゃ。…農家にとってイネガルの被害はセリウスは言っておらんが深刻なはずじゃ。我は受けるべきだと思うがどうじゃろう。」

 「そうですね。受ける事を前提に話したほうがいいと思います。」

 姉貴が追従した。俺も含めて皆が頷く。


 「私の国の言葉に「敵を知り己を知れば負けることが無い。」という言葉があります。先ずイネガルについて知っている事をここでおさらいしましょう。私達についてはその後です。」

 姉貴流に解釈した孫子の兵法なのだろうが、まぁ間違いではないだろう。

 

 「私が知っている事は、高い所に上れない。子供でもガトル並の動きだという事です。」

 「突進力は極めて強い。木の柵でも群れで突撃されると破壊される事がある。」

 「縦に群れますね。横一列にはなりません。」

 「雑食じゃ。ラビまで食べるぞ。」

 「走り出すと止まらないにゃ。後は急に曲がれないにゃ。」

 「走り出す前なら火を恐れます。一旦暴走すると焚火位は蹴散らしますけど…」

 

 「色々とあるものじゃな。初めて聞く事柄もあるぞ。」

 アルトさんが感心している。


 「次にイネガルが何処から来るかですが、方向位わかりませんか?」

 「それは、ギルドから聞いている。北西の森からだそうだ。」

 これで、こんな奴がこっちから来るまでは分かった事になる。


 「最後に私達ですが、前衛特化のアルトさん、セリウスさんそれにアキトの3人がいます。連射は出来ませんが極めて命中率の高いクロスボーを使えるのは私を含めて4人います。さらに魔法攻撃が連続で出来るジュリーさん、キャサリンさんがいます。」

 「私がいないにゃ。」

 ミケランさんが抗議する。確かに貴重な戦力だけど、今は双子の母親だ。万が一の事があってからでは困る。


 「ミケランも含めてくれ。双子の乳離れは済んでいる。3日程度ならキャサリンの母親に預かって貰えるだろう。」

 「分りました。では、前衛となれる者は4人になります。」

  

 「次に作戦ですが…」

 姉貴は紙を一枚テーブルに広げる。そしてキャサリンさんに聞きながら簡単な地図を描く。畑と畑を結ぶ農道、畑の西の荒地とそれに続く森を描いた。


 「この辺りに立木はありますか?」

 姉貴が畑の農道を指してキャサリンさんに聞いた。

 「確か、数本の立木があります。太さは2D位で高さは20Dはあったと思います。それにこの立木には岩が数個ありまして、どかす事ができずにその脇に農道を作ったと母から聞いたことがあります。」


 「なら、ここで迎撃しましょう。…後はどうやってここにイネガルを誘き寄せるかが問題です。」

 「餌で誘うことが出来ると思う。奴らは雑食だがラビを好む。ラビの匂いで誘き寄せる事ができるのではないか?」

 「ラビなぞに匂いがあるものか。ラビボールで大分遊んではきたが匂いが気になった事は無いぞ。」

 「それは、姫様が人間だからです。イネガルは夜行性、夜は視覚よりも嗅覚が獲物を探す手がかりとなります。」

 

 姉貴は餌をさっき描いた立木の傍に描く。

 「これだと、私達が攻撃した場合に左右に逃げる可能性がありますね。」

 ジュリーさんが指摘する。


 「こことここに穴を掘るにゃ。落とし穴で捕まえられるにゃ。」

 「この辺に篝火を焚けばイネガルを誘導し易いのではないでしょうか。柵も突進しない常態なら方向を制御できると思います。」


 キャサリンさんの言葉で姉貴が柵と篝火を描く。そしてミケランさんの指示した辺りに細長い溝を描く。

 

 「なるほど、作戦らしくなってきたの。但し、この柵と落とし穴は時間が掛かりそうじゃ。我からの依頼として別途村人を雇うが良い。」

 「それは、この依頼の報酬から出すものじゃないですか。却下します。でも村人を雇うのは賛成です。」

 「たぶん、ギルドで用意してくれるでしょう。その分報酬は減るでしょうけど、イネガルの依頼に合わせて出す事になると思います。」

 キャサリンさんが、アルトさんと姉貴の会話を聞いてギルドの予想を告げた。


 これでどうやら今夜の話合いは済んだようだ。

 イネガル討伐を引き受ける。それに伴って村人にも準備を依頼する。そして餌を集めてイネガルの群れを一網打尽にする…ちょっと待て、餌ってラビだよな。

 ひょっとして、ラビ集めをしなければならないのか?…姉貴は絶対にヤダ!って言うに決まってるし、また嬢ちゃんずと一緒に山に行くのかな…


 

 キャサリンさんは明るい顔で帰って行ったし、ミケランさんはミーアちゃんとサーシャちゃんから双子を受け取るとセリウスさんと一緒に何も言わずに帰って行った。

 ジュリーさんは明日はギルドに…なんて言ってるし、姉貴も俺を見てニコニコしている。

 嬢ちゃんずのきらきらと輝いた目は俺を見つめたままだ。


 「アキト…」

 「餌のラビだろ。…俺が嬢ちゃんずと一緒に獲ってくるよ。」

 そう答えるしかないじゃないか。




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