#007 村のギルド
イネガルの後ろ足を粗雑な紙で包んだ荷物を担いで歩く。
何か獲物が小さくなったようで、ちょっとがっかりした気分になってきた。
でも、これなら直ぐにでも調理することができると思うと、そんな気分も吹き飛んでしまう。
何しろ、久しぶりの肉だ。肉だよ。お肉様なのだ。
後ろでそんなことを考えているとは知らない2人は門番に教えてもらった十字路で盾の看板を探し始めた。
「あ!あれだね」
姉貴達が十字路を斜め横断して大きな建物に入っていく。
入口らしき所で俺を手招きしているから遅れると煩いので、急いで姉貴の所に向かった。
2階建ての大きな建物がギルドだった。木造ではあるが、俺の家より遥かにでかい。
入口の両開きの扉を開けて中に入ると、正面にカウンターがあり何人かのお姉さんがいる。ちょっと銀行にも似ている気がしないでもない。
カウンターの真ん中にいるお姉さんに狙いを定めて歩き出す。
「あのう、此処でハンターになれると上の村の長老に聞いたんですが……」
姉貴が恐る恐る用件をきりだした。
「はい! 成れますよ。……成りますか?」
「成ります!」
「え~っと…新規登録ですね。それでは、この用紙に必要事項を記入して下さい」
何か、軽いノリのお姉さんだが、どうやらハンター登録が出来るらしい。
姉貴に渡された用紙を後ろから覗いて見ると……読めないぞ。
ギリシア文字とクサビ形文字が融合したような文字が小さく並んでいる。
「何これ? こんな文字見たことないぞ!」
「アキトも読めないの?」
姉貴はミーアちゃんに用紙を見せてたが、ミーアちゃんも首を振るだけだった。
「あのう……読めないし、書けません。代筆お願いできますか?」
「はい。大丈夫ですよ。……此処ではなんですから、奥にどうぞ!」
そう言ってカウンターの端にある扉から、中に案内された。
小さな会議室みたいな部屋で、お姉さんの質問に答える形で俺達のプロフィールが用紙に書き込まれていく。
「お名前は?」
「私がミズキ・ヤガミ。こっちが、アキト。この子はミーア」
「御出身は?」
「ニホンだけど……」
「何処から歩いてきました?」
「上の村から……」
「出身は、アクトラスっと!」
「得意な武器はなんですか?」
「私は、弓。アキトが剣かな? ミーアちゃんは……」
「あたしは、これでいい」
「短剣ですね。分かりました」
「魔法は使えますか?」
「そんなのあるの?」
「魔法は使えないっと!」
「亡くなられた場合の連絡先は?」
「いません。」
「死亡時はギルドに付託っと!」
というような問答で用紙が埋められ、最後にお姉さんは直径5cm程の水晶玉を取り出した。
「個人の技量を計測します。一人づつ持ってみてください。」
先ずは姉貴が右手で持つ。一瞬、ピカって光った。
「はい、いいですよ。では次の方。」
次は俺が持ち、光ったことを確認して、ミーアちゃんに渡す。
ミーアちゃんが持つ水晶玉が光ると、お姉さんは水晶玉を回収した。
「これで、全て完了です。後は……そうだ! 皆さん一緒に仕事をするんですよね?」
「えぇ、そうしたいと思っていますが?」
「それでしたら、チーム名を登録しておくと便利ですよ。チームでないと受けられない依頼もありますから」
「それでしたら『ヨイマチ』にします。」
「はい。分かりました。」
お姉さんは3枚の用紙を書き上げると、改めて俺達を見た。
「次は、ギルド組織の注意事項です。一応簡単に説明します。分からない時や、困った時は、その都度説明しますから、カウンターで尋ねて下さい……」
お姉さんが話してくれた注意事項は次のような内容だった。
ギルドのホールにある依頼掲示板で仕事を探すことが出来る。
依頼掲示板に張り出されている用紙にはハンターレベルが記載されており、現在のレベルの1つ上までの依頼を受けることができる。
依頼完了の報酬は依頼が完遂されたことを示すものを持参する必要がある。これとは別に獣等の換金部位を持ち帰った時は、その金額が報酬に加算される。
依頼遂行上の負傷等は自己負担。
依頼遂行に係る衣食住は自己負担。
武器、防具等の費用は自己負担。
装備等の一時預かり等である。
「ということは、ここに来る途中で手に入れた、これなんかも換金できます?」
姉貴はそう言って、ミーアのバックから、角と牙を取り出した。
「え!……出来ますよ。これは預からせて貰います。ホールで待っていて下さい」
俺達は部屋を出るとホールに移動した。
確かにホールの両側に依頼掲示板があり、粗末な紙に書かれた依頼用紙が一面に貼り付けられている。
「読めないのが難点ね。何とかしなくちゃ。」
姉貴が用紙を見ながら呟いた。
確かに、ハンターに成れても依頼書きが読めないのでは話の外だ。
「皆さ~ん。いらして下さい。」
ホールにお姉さんの明るい声が響く。
ぞろぞろとカウンターに行くと、お姉さんがカウンター越しに3枚のカードを渡してくれた。
「これが、ミズキさん。これがアキトさん。最後はミーアちゃんのです。」
これが、RPG等でお馴染のギルドカードってやつか……
名刺サイズの金属片。読めないから内容は分からないけど、いろんな項目に刻印が押されている。そして、下の部分に穴が2個開いていた。
姉貴のも同じように2個開いている。でも、ミーアちゃんのは1個だった。
「皆さんのカードは、初心者ですので、赤のカードとなります。下の穴は戦闘レベルに相当します。さっきの水晶球で調べたもので、公平な分類ですよ。俗に、赤2つと言われるレベルです。それと、換金ですが130レクですので、銀貨1枚と銅貨3枚です」
「ありがとうございました。ところで、良い宿がありましたら紹介してください」
さりげなく、姉貴がお勧めの宿を聞いている。
そして、現在歩いている先がギルドのお姉さんお勧めの宿(フィーネの宿)なんだけど、この距離って村はずれだよな。だいぶ歩いてきたぞ!
「此処だと思うんだけど……。今晩は!」
小さな2階建ての家は、ギルドからだいぶ離れたところに立っていた。目印は、家の左に立つ大きな杉の木。
俺達が扉を開けて中に入ると、カウンターのおばさんにジロ!って睨まれた。俺達、お客さんだよな。
「今晩は。あのう、泊めて頂けますか?」
「よく、こんな外れの宿を見つけたねぇ」
「ギルドのお姉さんに紹介して貰いました」
「サンディの紹介かい。いいよ。泊めたげる。1人20レクだけど何泊だい?」
「余り持ち合わせていないので……2泊お願いします。それと、此処で食事はできますか?」
「朝は、1人5レク、夜は8レクで食事を出すよ。」
「3人分お願いします。それと、これを焼いてくれますか?」
俺は、担いできたイネガルの片足をカウンターに置いた。
おばさんはしばらく肉を眺めていたが、
「焼くだけなら、サービスでいいよ。所で余った肉だが……」
「差し上げます!」
「いいのかい。すまないね。さて、これが部屋の鍵だ。4人部屋だが問題ないだろ、食事は直ぐに作るからとりあえず部屋に荷物を置いてきな」
姉貴は銀貨と銅貨を混ぜて支払うと、鍵を受け取った。
おばさんが指差す階段を上ると、通路の両側に部屋がある。
4つある一番奥の部屋が俺達の部屋だ。部屋番号はあるのだが…俺達には読めない。鍵についていた札の記号と同じ記号を探してどうにか部屋を確定できた。
部屋は2段式のベッドが2つと椅子4つのテーブルが1つ。片側の扉を開けると小さな木の風呂桶がある。トイレが無い所を見ると…外にあるのかな?
ベッド脇には木箱があり、簡単な鍵も付いている。
とりあえず木箱にザックを入れて、夕食を取る為に下へ降りることにした。
「そこのテーブルで待っといて。もう直ぐ出来るから」
俺達が階段を降りる音に気が付いたのか、カウンターからおばさんが声をかけてくれた。
確かに、カウンターの反対側にテーブルがある。
5セットあるテーブルには2組の先客がいた。どうやら、食堂と宿の兼業をしているらしい。
彼らから離れたテーブルに着いてしばらく待つと、夕食が出てきた。
野菜中心のスープと固めの黒パン。そして、イネガルの焼肉だ。
他の客をチラって覗くと、焼肉無しで同じような献立だ。
「オイ! 俺達には無えのかよ?」
客の一人が俺達の焼肉を目ざとく見つけて、おばさんに食いついている。
「生憎だねぇ。彼女達が仕留めたイネガルの現物持込さ。明日はその肉でシチューを作るから楽しみにしてな」
「くそー、現物持込かよ。俺達にはまだイネガルは無理だぞー!!」
「しかし、見たところ大分若いようだが、良く仕留められたものだな。」
「大方、横取りしたんじゃねえのかい。俺達だって、イネガルは年に何度も仕留められねえ。」
席を立って怒鳴りつけようとした俺を姉貴は服の裾をつかんで押し留めた。
「言わせておけばいいのよ。横取りには違いないし……」
2組の先客は、話ている内にだんだんとヒートアップしてきたようだ。ひょっとして酒でも飲んでるのかな?
1人が俺達のテーブルに来るなり、俺に質問を投げかけた。
「実際はどうなんだ。殺ったのか? それとも横取りか?」
「ガトルに追いかけられていた若いイネガルを殺ったのは私です。追いかけていたガトルを始末したのは、こっちのアキトです。……確かに横取りですね」
それを聞いた先客達も驚いている。
「ガトルに追われたイネガルの速さは伊達じゃねえ。それに、獲物を横取りされたガトルの執念深さはよく知っている。おめえらよくもまあ、無事だったものだ。ところで、おめえらのハンターレベルは幾つなんだ?」
「さっき、ハンターになったばかりです。」
姉貴はそう言って、ポケットからギルドカードをテーブルに置いた。
「赤2つ…いいか。今回はうまく行った。だが次もうまく行くとは限らねえ。身の丈にあった仕事を探すんだ。……いいな!」
先客達も頷いている。
乱暴者のように見えた先客達も同じハンターのようだ。俺達を心配してくれているようで少し嬉しかった。