#068 ラビボールの遊び方
ギルドで貴族のハンターに会ってから10日程過ぎると、村の通りの雪もすっかり消え去り、僅かに日陰に溶け残った雪が残っている程度だ。
リオン湖の岸辺にはまだ薄く氷が張っているけど、沖の方はすっかり溶けて青い水面が見え始めた。
その水面にアクトラス山脈の白い頂が映っている。そろそろ、山菜の採取時期に近づいて来たようだ。
まだ山には雪は残っているだろうけど、それほど深くは無いはずだ。
そろそろ嬢ちゃんずのストレスも限界に近づきつつあることだし、簡単な採取依頼を探すべく、ギルドに1人で出かけてみる。
通りに出ると、結構人に出会う。軽く挨拶を交わすが、村人以外にハンターも多い。
これは、恰好な依頼も期待できると、ギルドの扉を開く。
早速、依頼掲示板に行くと、積雪期がうそのように沢山の依頼書が張ってある。
採取依頼では…まだ薬草類は出ていない。あるのは…テルピの芽というのがある。
姉貴がいないから図鑑で調べる訳にもいかず、困って周囲を見回したら偶然にシャロンさんと目が合った。
「テルピの芽ですか?…赤3つの依頼ですけど…」
俺が、テルピの芽を尋ねると、どうやら俺が依頼をこなすと勘違いしたようだ。
「俺じゃなくて、嬢ちゃんずの雪山遠足を兼ねたいんだ。赤2つがいるから丁度いいと思ってね。」
「なら、いいんです。てっきりアキトさんが依頼をこなすとばかり思ってました。」
「それで、テルピって何なのかを教えて欲しいんだけど…」
シャロンさんから聞いた話では、5~7D位の高さの低木の芽だそうだ。テルピの木は全体が鋭いトゲに覆われているから、直ぐに判るとの事。そして、森の手前の日当たりのいい場所に沢山あるらしい。芽を摘むときには、硬い芽ではなくて、膨らみ始めて少し葉が開きかけたものが良いと教えてくれた。
早速、依頼書にドン!と大きな依頼確認の印を貰い、我が家へと急いで帰った。
「テルピの芽ですか。…随分と面白い依頼を受けてきましたね。」
姉貴とチェスの対戦中だったジュリーさんは、俺の持ってきた依頼書を見て言った。
「面白いって、どんな意味なんですか?私には簡単な採取だと思うんですが。」
姉貴は図鑑を広げてる。
「この依頼が面白い点は、テルピとラビの関係にあります。単なる採取依頼にしては高額な1個5L。…これは、この地方にこの時期ラビが大量に地上に現れる事を意味しています。ラビは群れを作り多くは木の根元で越冬します。ですから、テルピを得るにはラビを退治してからでないと出来ません。」
姉貴が急いでラビを図鑑で調べ始めた。
ウェ!って驚いてる。姉貴の後ろに回りこみ図鑑を見てみると…蛇だ。
大きさ的には、太さ2cm程度で長さが1m弱…普通の蛇だな。毒は無いけど噛み付くみたいだ。そして、最大の特徴は…100匹程度が纏まってボール状になる!…そして、この状態で襲い掛かることが多い。とある。
顔の無いメドーサの首みたいな絵が下のほうに描かれていた。隣に画かれた人と比べると、50cm程度のボールだ。
こんなの相手にしたら、夢に見そうだ。…なるほど、それで依頼を受ける者がいなかったわけだな。確かに誰も受けたがらない依頼だ。でも、面白いのか?
「とりあえず受けた以上は責任があるから、彼女達が乗り気でないなら私達でやりましょう。」
涙が出るくらいに有難いお言葉だったが、生憎と期待は裏切られるものだ…
「テルピにラビじゃと!…依頼をとってきたのか?…でかした。見直したぞ!」
それがアルトさんのお言葉だった。
何故か、嫌がるどころか褒められた…何故に?
「姫様はラビボールが大好きで、小さい頃からこの種の依頼をやっていたのですよ。流石に赤5つ位になると、周りの目を気にしてイヤイヤながら止めたのですが…」
「でも、ラビですよ。ウネウネ、パックンですよ!」
「一匹なら、ウネウネ・パックンだが、ラビボールはコロコロ・パックンじゃ。」
俺が再評価をジュリーさんに訴えたが、アルトさんに訂正されてしまった。
「あれは、少し離れた所から棒で突付くと面白いのじゃ。結構、ムキになって向かって来ようとするのだが、所詮ダンゴ状態。上手く進めずにオロオロするところが可愛いぞ。そして、斜面であれば結構転がるのだが、それでもダンゴから抜け出せずに目を回すのだ。
飽きたら、【メルト】で一網打尽。…そう言えばサーシャよ。【メルト】は覚えていような?」
「まだじゃ。【メル】は覚えたのじゃが…」
「それなら、爆裂球でよいじゃろう。生き残ったラビは【メル】で始末するのじゃ。」
ミーアちゃんもアルトさんとサーシャちゃんの話を聞いて目が輝いている。
姉貴は、呆気に取られて口をあけたまま、俺だって吃驚してるくらいだ。
いったいこの嬢ちゃんずには、嫌い、怖いって感情は無いんだろうか。だいたい女の子は蛇を見るとキャー!って飛び上がるんじゃないか?
嬢ちゃんずもキャー!って飛び上がるんだろうけど、ちょっと違う。それは期待とラビを苛める嬉しさで飛び上がるのだ。
ジュリーさん。貴方の教育はどうなってるのですか!…と叫んでみたいけど、嬢ちゃんずを優しく見ている姿を見ると何も言えなくなってしまった。
「私はイヤ!」って姉貴が遅れて叫んでいる。
ジュリーさんを見ると、「生憎、ミケランさんのお手伝いを頼まれまして…」って、遠まわしに断られた。どうやら、俺が引率しなければならないようだ。
そして早速、俺と嬢ちゃんずは暖炉の前でテルピ採取の装備を確認する。
森の近くの日陰には、まだ沢山の雪が残っているので、装備は冬支度だ。熱くなれば上着を脱げばいい。
「棒がいるぞ!」というアルトさんのアドバイスで3人に1,2m程の杖を作ってあげた。携帯食料と大型水筒、それに4人分の食器と調理器具を魔法の袋に入れて俺の腰のバッグに押込む。各自は小型の水筒を持てば準備はOKだ。
「クロスボーは置いていけ。森の手前じゃ。危険な獣はガトルぐらいじゃろう。」
アルトさんの言葉に2人はクロスボーを嬢ちゃんずの部屋に置いてきた。
最後に、「はい!」って、1人2個づつジュリーさんが爆裂球を渡してくれた。
そして次の日、姉貴とジュリーさんの見送りを受けながら、俺と嬢ちゃんずは西門を出て森への小道を進む。
小道は所々に雪が残っているがぬかるみはない。久しぶりの遠足みたいで嬢ちゃんずの足取りは軽い。それは山の坂道に差し掛かっても変わることがない。
山の森に手前で右に曲がる。ジュリーさんの話では、この先にあるリオン湖へのなだらかな斜面にテルピの木が沢山あるそうだ。
しばらく歩くと、なるほど棘の一杯ある潅木が生えていた。枝先に丸く、イチゴ程の新芽が生えている。
ミーアちゃんが皮手袋で恐る恐るテルピの芽を摘み取る。そして、腰に下げたバックから小さな籠を出すと、その中に入れた。新芽を全部取ってしまうとテルピの木が枯れてしまうそうなので、半分程皆で摘み取ると次のテルピの木に移る。
なんか、簡単な依頼に思えてきたぞ。
大きな岩があったので少し早いけど昼食にする。潅木の枝を切ってきて小さな焚火を作る。ポットに水筒の水を入れてお湯を沸かす。
姉貴が持たせてくれたお弁当は、いつもどおりの黒パンサンドだ。生野菜が無いから、具はハムだけだったけど、干した果物が添えてあった。
お茶の葉を湧いたポットに入れて再度沸騰させる。それを各自のカップに注いで、食後のお茶を飲む。どちらかと言うとぱさついたパンだから、食後のお茶は必需品だ。
俺が食後の一服をしていると、アルトさんが俺の服の裾をチョンチョンと引いた。
何だろうとアルトさんを見ると、彼女は黙って、少し離れた所に生えているテルピの木を指差した。
「あの木の根元を見ろ。大きな穴が開いているじゃろう。…ラビの穴じゃ。」
嬢ちゃんずは早速杖を持って穴の傍に行くと、杖で穴の中の突付きはじめた。
しばらく突付いていると、ササーっと穴から離れる。
すると…出てきた。
ウネウネと沢山の蛇が一塊になってダンゴ状態だ。そして、ダンゴから沢山のラビが小さな口を開けてシャー!っと威嚇している。ラビは棘のように見える沢山の歯を持ってはいるのだが、如何せん小さすぎる。毒は持たないって言ってたからこれでは格好の遊び相手だ。
早速、アルトさんが杖の先でラビボールをつついている。コロコロと転がりラビ達は大変な騒ぎだ。盛んにシャーシャーと文句を言っているように聞える。
それでも、どうにかアルトさんの方に転がって、アルトさんに襲い掛かろうとするが、あまりにもその動作がゆっくりしすぎている。今度はミーアちゃんに転がされた。
ミーアちゃんに襲い掛かろうとコロコロと転がり始めると、サーシャちゃんに杖の先でまた突付かれる。
何度かツンツン、コロコロを繰り返すと、最後にアルトさんが杖を大きく振りかぶって、ゴルフスイング…ラビボールは緩やかな斜面を何処までもコロコロと転がっていった。
すかさず、嬢ちゃんずが追いかけていく。
見えなくなったので追いかけようとすると、斜面の下の方でドォン!っと音がした。
しばらくすると、嬢ちゃんずがニコニコしながら斜面を上がってくる。
「良いか。遊んだ後は確実に止めを刺すのだ。今回は爆裂球を使ったから少し、生きてるラビがいたが、本来は【メルト】を使う。さすれば、一瞬で殲滅できるぞ。」
アルトさんが歩きながら、2人にラビの措置方法を伝授している。
少女は残酷だと、どこかで聞いた事があるけど確かにそうだと俺は思った。
嬢ちゃんずが帰ってきたところで、ラビの穴があったテルピの木の新芽を確保する。下の方は嬢ちゃんずに任せて、俺は上の方の新芽を摘む。
ある程度籠にたまると、ミーアちゃんが魔法の袋に移しかえる。そしてまた籠に摘み取る。
ラビボールの遊びはちょっと残酷だけど、嬢ちゃんずには好評で次々にテルピの根元にある穴を探し出す。
そして、ツンツン、コロコロを繰り返し、最後にはドォン!で終了となる。
姉貴は蛇は嫌いだけど、この光景を見たら何と言うだろう。そんな事を考えながら嬢ちゃんずの遊びを見守り続けた。