#067 貴族のハンター
春が其処まで来ている。
村の日当たりの良い場所にはもう雪は残っていない。
リオン湖の氷も薄くなって、もう穴釣りは楽しめない。ギョェー…って変な声で鳥達も鳴きだして、村人も南の段々畑で種まきの準備をするため、6本足の牛で畑を耕し始めた。
でも、日陰にはまだ沢山の雪が残っているし、何よりも通りが雪解け水でぬかるんでいる。おかげで皮のブーツは直ぐに泥だらけになる。何か良いような、悪いような微妙な季節だ。
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10日程前の双子の誕生祝いは、まぁ盛大に行われたのだろう。始まって、1時間以降の記憶が無い俺にはそう言う外はない。
招待客はセリウスさんの近くに住む村人と俺達、それにたまたまギルドにいたハンターを合わせて30人以上になった。
村の宿屋の食堂を貸しきって昼間に行ったのだが、食堂と言えどもこの季節にご馳走を期待するのは酷というものだろう。
何時もより肉が大目の普段の料理と祝いの酒。それでも、招待した客達は集まってくれた。
セリウスさんがミケランさんの抱く双子の名前を紹介して、アルトさんが本来の姿で祝福と乾杯を行った。
俺達が持ち込んだカルキュルとチラが調理を終えて運ばれてくると、村人達が驚きの声を上げる。皆に分配するとホンの一口程度であったが大いに持て囃された。
飲んで、食べて、また飲んで…
そして、その後の記憶が無い…
目が覚めたら、布団では無く暖炉の前に寝ていた。そして、その日は皆が俺を可哀想な目で見ていたんだけど…何があったんだ!
気になって、皆に聞いてみたんだけど、「お酒は余り飲まないように。」って言うだけだ。余計に気になるぞ。
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そんな事があったけれど、今日は朝からカヌーに皮を張って表面に防水塗料を塗っている。
防水塗料はセリウスさんから譲り受けた。ログハウスの屋根の防水に塗ったものだといっていたけど、原料は何とウミウシの体液らしい。2度塗りして乾かせば全く水を通さないそうだ。
今俺が履いているブーツも、くるぶしから下側は同じ塗料が塗られている。おかげでぬかるんだ場所を歩いても中に滲みてくることは無い。
カヌーの外も中も塗り終えると、家の影に運んで陰干しにする。急に乾かすと、表面がひび割れしてしまうらしい。
まだ寒い季節だ、そんな事をしていると結構体が冷えている事が分かる。
急いで、家に入ると暖炉の前で体を温める。
「はい」って姉貴がカップを渡してくれた。コーヒーの良い匂いがする。
「出来たの?…アルトさん達が楽しみにしてるけど…」
「もう少しだね。防水塗料は塗ったから、乾くのを待つだけだ。」
「あのウミウシのだよね。…ホントにこの世界の物って驚くよね。」
「ところで、3人組は?」
「セリウスさんの家にジュリーさんと出かけたわ。たぶん夕方には帰ってくると思うけど…」
3人とも赤ちゃんが珍しいのかな。お祝いの後は毎日のように出かけてるけど、邪魔にならないか心配だ。
ミトにミク…赤ちゃんの姿は人よりも猫に近く見える。泣き声がミャーミャーだから余計にそう見えるのかも知れないけど、薄い茶色の髪から覗く猫耳とほっぺのやわらかいヒゲがとってもかわいい。尻尾は見たことが無いけど、両親のどちらに似ても長い尻尾のはずだ。
その内、ハイハイしだしたら誰がダッコするかで嬢ちゃんず内で喧嘩しないか心配になる。まぁ、その時は喧嘩が終わるまで俺がダッコ出来るんだけどね。
「ところで、最近ギルドに行ってないけど依頼はないのかな?」
「そうだね。最後の依頼がカラメルの依頼だし、あれはギルドを通していないってことは…灰色ガトル以来、依頼は無いって事になるね。」
そんな話から、ギルドに出かけてみようということになり、灰色ガトルの帽子を被り、マントを羽織ると2人で家を出る。
通りのぬかるみは何時も通りだ。なるべく水溜りを避けて通りを歩いて行く。
ギルドの扉を開くと、ホールには数人の見知らぬハンターがいる。
そろそろ依頼があると踏んで町から出てきた者達かもしれない。
依頼掲示板を覗くと、何枚かの依頼書が張ってある。
「これは、マゲリタ退冶だわ。…こっちは、ナビ退冶?…ナビって何だろね。後は、山菜採取の依頼だね。」
「でも、赤レベルだよ。少し様子を見て誰も受けなかったら俺達でやろう。」
明日また来ようと掲示板を離れると、テーブルのハンターから声を掛けられた。
「オイ!…ちょっと待て。お前等が被っているのは灰色ガトルの毛皮だな。こちらのゲイム様が銀貨15枚で買ってくださるそうだ。春先で金が必要だろう。どうだ?」
ハンターの中のガタイのいい奴が俺に叫ぶように告げた。
「お断りします。この冬に仕留めた毛皮なんで記念品なんですよ。」
そう言って帰ろうとすると、いきなり男が席を立ち俺の前を塞いだ。
「いいか、良く聞けよ。…お前の帽子は高レベルの証だ。町から来た、なり立てのハンターが被っていいもので…!」
男が最後の言葉を濁す。帽子からはみ出した俺の耳を見ている。
「…何処で手に入れたか知らぬが、まがいものの虹色真珠とは恐れ入った。それも込みで置いていけ!」
右手を俺に出した男を無視するように帰ろうとすると、男はいきなり拳を固めて俺に殴りかかってきた。
片足を引き、体を半身にしてその拳を避けると、素早く手首を捉えて捻ると同時に肘で相手の肘を押し上げる。
ズダン!と大きな音がホールに響き、俺に殴りかかった男は床に叩きつけられた。
男をそのままに放置して姉貴の待つ扉に歩き出すと、別のハンターが俺に声を掛けてきた。
「待て、俺達のメンバーを痛めつけたということは、ゲイム様の顔に泥を塗ったことになるがそれでいいのだな?」
やせた男が、身なりのいいハンターを指差した。
「構いませんよ。ではこれで…」
帰ろうとする俺に尚も男は言葉を続ける。
「待て、それではお前達はこの王国から追放になるぞ。それでもいいのか?」
「別に…」
バタンとギルドの扉が開いて、俺の言葉はそこで止ってしまった。姉貴が突然開いた扉に吃驚している。
現れたのは、セリウスさんだった。
つかつかと俺の前を通り過ぎ、見知らぬハンターの前に歩いて行く。
「まだこんなことをしているのか。親父殿が聞きつけたら、さぞ嘆かれるだろうに。」
「セリウスか。親父と俺は別だ。そして、お前と奴らも別のはずだが…。少なくとも俺の好意を踏みにじって、従者を投げ飛ばしたのだ。さらにギルドランクの偽証も考えられる。…ここは、お前の顔に免じて、彼らから帽子を進呈して貰えれば、無かったことにしよう。どうだ?…でなければ、父に願い出ててハンター資格を取消し、国外追放とするがいいのか?」
身なりのいいハンターはセリウスさんにそう告げたが、それを聞いたセリウスさんは首を振っている。
「よいか、お前の親父殿の身分は男爵。…王都では中流になる貴族だ。そして、男爵であれば国王への願いの届出も可能となる。彼らがただのハンターならそれも可能だ。…だが、彼らについては少し事情が異なる。もし、お前の親父殿がさっきの言葉を国王に告げたならば…良いか。よく聞くのだぞ!…国外追放になるのは、お前達一族だ。その理由は詮索するな。それすらお前の一族を危うくする事になりかねん。」
「俺を脅すのか?」
「脅しではない。お前の親父殿に世話になった礼を言ったまでだ。」
セリウスさんはそう言うと彼らから離れてカウンターに向かった。
慌てて、セリウスさんのところに駆けていき礼を言うと姉貴とギルドを後にした。
「でも、銀貨15枚か…今度手に入れたら譲ってあげてもいいね。」
家に向かう途中で姉貴が俺に振り返りながら言った。
「そうしてもいいけど、これは譲る気がないね。狩るのに苦労したんだから。」
「その帽子のは私が狩ったんだよ。アキトが狩ったのは敷物になってるでしょ。」
まぁ、確かにそうだけど、これは俺のだ。
そんな事で家に帰ってきたのだが、まだ嬢ちゃんずとジュリーさんは帰っていなかった。
2人でお茶を飲んでいると、扉が叩かれる。
姉貴が扉を開けると、現れたのはセリウスさんだった。
早速、テーブル席に招きお茶を出すとともに、先ほどの礼を新ためて言った。
「相手が悪かったと思って早く忘れることだ。あの手の輩は王都へ行けば掃いて捨てるほどいる。」
「話には聞いていましたが、どうしようもない人達ですね。」
「多くは、貴族の次男、三男だ。…親の跡を継ぐこともできず、残される遺産も少ない。それで、ハンターになるのだが…高い報酬でレベルの高いハンターを雇い、短期間でレベルを上げる。まぁ、それも仕方がないことではあるのだが。」
残念そうにセリウスさんが言った。
「俺達は気にしてませんよ。」
「それならいいが、…もし、今後似たようなことがあれば、手足を切り取る位はかまわんぞ。但し、ギルド内での抜刀はご法度だ。いいな。」
最後にとても物騒な事を言ってセリウスさんは帰って行った。
そして、嬢ちゃんずが帰ってくると、先程の話をアルトさんから切り出してきた。
「貴族の坊ちゃんに会ったのか。…貴族のハンターなぞ皆あのような輩ばかりじゃ。相手に口実を与えないのが一番なのじゃが、向うから絡んできた時は手足の1本程度は構わんぞ。」
セリウスさんと同じ事を言っている。
「ハンターは国法の枠を超えています。優れたハンターは魔獣襲来時に備え各王国とも確保に努力しています。…例え高位の貴族の嫡男であっても、銀3つ以上のハンターと諍いを起こしたならば、その国の国王は貴族の嫡男を切り捨てるでしょう。それ程に高レベルのハンターは貴重なのです。」
ジュリーさんが訳を説明してくれた。
でも、それだと人格に問題のあるハンターが出てきたらどうなるのだろう?
「諍いを起こす原因がハンター側にあってもですか?」
姉貴も疑問に感じたようだ。
「ハンターは基本的に仲間内での諍いを起こしません。これはレベルの高い依頼をこなすのは1人では不可能と知っているからだと思います。よって、普段から仲間との協調性を重視します。…もし、他のハンターと協調性を持てないハンターであるならば、評判を落とし自然にギルドレベルは頭打ちとなりましょう。」
「精々、黒5つ程度だ。それ以上には余程金を積まねば無理じゃろう。それでも上を目指すものはおるが殆どは依頼処理中に死亡する。…よって、ギルドレベルが銀となれば発言力は貴族に並ぶのじゃ。」
アルトさんが補足してくれたけど、俺にとっては衝撃の内容だ。
銀で貴族なら、金はどうなるんだろう…名誉職だって聞いたけど…
「でも、私達は黒5つですよ。銀なんてまだまだです。」
「虹色真珠を持つ黒5つ…この事実だけで、高位貴族と万が一にもお前達が諍いを起こした場合、国王は貴族を切り捨てる。よいか高位貴族をだぞ。…虹色真珠とはそれ程のものなのじゃ。そして、それを持つものに邪なものはおらん。不思議なことじゃが事実じゃ。」
そう言って温くなったカップのお茶を飲んでいる。
ハンターの諍いはハンター同士で措置すればいいのかな。それに関して王国は原則不干渉…たとえ相手が誰であろうとも国が取り上げる事はない。そして、無理に国に取り上げさせようとすればその身分を失う。
俺達に干渉しない限り、俺達は相手にしない。それを基本にしていれば、俺達の生活に支障はないはずだ。そして過大な干渉を受けて俺達で対処できない時は、この国を去ればいい。