#066 嬢ちゃんずのカルキュル狩り
ネウサナトラム村に春が近づいているようだ。
まだ、雪の降る日はあるけれど、それよりは暖かい日差しが差し込む日の方が多くなってきた。厚い雪に覆われた村も少しづつ雪の量を減らしている。
後2週間もすれば、村人も畑仕事の準備を始める。ってキャサリンさんが言っていた。そうなれば、静かだったこの村も活気が出てくるんじゃないかな。
そんな事を考えながら、俺はリオン湖の氷上を大型のソリを曳いている。
ソリの上には嬢ちゃんずがチョコンと並んで座っている様は可愛いとは思うんだけど、動き出すまでは結構重い。アルトさんが押してくれるんだけど、動き出したとたんに最後尾に飛び乗るから、まるでボブスレーみたいだ。まぁ、一度滑り出すと軽く曳けるんだけどね。
何度か休憩しながら、斧で氷を割って厚さを確かめたが20cm以上の厚さで覆われている。リオン湖の氷が溶けるのはずっと先のようだ。
嬢ちゃんずと一緒にリオン湖を一直線にソリで横切っているのには訳がある。
セリウスさんとこに双子が生まれて、そのお祝いが3日後にあるのだ。
でも、お祝いに手ぶらで参加するのは、俺も姉貴も少し気が引ける。日本人としての気質なのかも知れないけど、やはり問題だと思うのだ。
そこで、料理を持って行こうとなったわけだが、この季節は保存食で細々と食べているのが現状で、春を待つ時期ではまともな食材が無い。
「チラは私達が釣るから、アキトはアルトさん達を連れて狩りをしてみれば。」
姉貴の一言で嬢ちゃんずの目がキラキラと輝いた。
「そろそろ、カルキュルも巣穴から出る頃ですね…」
ジュリーさんが続けた言葉が決定打となった。
そして俺はこうしてソリを曳き、カルキュル狩りをするためにグライトの谷を目指している。
グライトの谷を目の前にして最後の休憩を取る。
携帯燃料でお湯を沸かして、皆にカップ半分位のお茶を入れる。
量は少ないけど、すっかり冷えた体が内側から温まる。
「さて、カルキュルをどうやって狩るのだ。この季節、雪崩の危険性も高いぞ。」
「これと、これさ。」
俺は、腰のバッグからフェイズ草の茎と、姉貴のクロスボーをソリから持ち出した。
「フェイズ草か…確かカルキュルの好物と聞いたが。」
「キャサリンさんとフェイズ草を取っていたとき、カルキュルを2匹狩った。どうもこの茎というか葉っぱというか、これが傷つく時の匂いで集まるみたいだ。ちょっと萎れてるから効果は分からないけど、闇雲に探すよりはいいと思う。」
「なるほど、其処をボルトで仕留めるんだな。」
「最後はそうなるんだけど、その前にちょっとやることがある。」
俺は3人をその場に残して、姉貴のクロスボーを担ぎ、谷の斜面を慎重に登っていく。
村の鍛冶屋に作ってもらったアイゼンは4爪の簡単なものだが、それでも凍った谷底を滑らずに登ることが出来る。
100m程登った所で、谷の壁面に突き出した大岩に登る。
そして、姉貴のクロスボーの台座先端のキャップを外す。
安全装置を外すと、トリガーガードの先にもう1つトリガーが台座から突き出した。
60度の角度で谷の斜面の上を狙う。そして、トリガーを引く。
シュポン!…気の抜ける発射音がした。
ドォン!っとグレネード弾が炸裂すると同時に、ゴゴオオォォー!!っと雪崩が谷底に起きる。
ドドドォォー!!っと俺が乗る大岩を通りすぎ、リオン湖の手前で雪崩は止まった。
まだ、雪煙が舞う中を嬢ちゃんずが待っている場所まで下りていく。
そして、途中のちょっと山になった雪崩の跡にフェイズ草を千切ってばら撒いておく。
上手く誘き出されてくれれば良いんだけど。
嬢ちゃんずの所に着くと、ソリに姉貴のクロスボーを積み込む。
「アキト兄さんは使わにゃいの?」
「俺は見ているよ。3人で狩ってくれ。」
ミーアちゃんの頭をポンポンしながら言った。
「我等に手柄を譲るというのか?…まぁいい。ところで、何処で狩りをすればいいのだ。」
「少し谷を登るんだけど、雪崩で雪が締まっていて、デコボコしてるから気を付けて。」
「分かっておる。御主よりもギルドレベルは上じゃ。…サーシャ。ミーア行くぞ。」
みるみる嬢ちゃんずが谷を上っていく。良く滑らないものだなって見てると、靴に細いロープを巻いて、簡単なすべり止めを自作したようだ。
俺も、谷を急いで上ると、嬢ちゃんずにフェイズ草をばら撒いた場所を教える。
アルトさんは2人に軽く指示すると、ミーアちゃんとサーシャちゃんが谷の両側に離れて行った。そして、デコボコした雪原に素早く隠れる。
クルキュルは姉貴のクロスボーを受けても胴体にそれ程めり込まなかった。幾重にも重なった羽毛がボルトの衝撃を和らげたのだ。
カルキュルもクルキュルの小型版だから、クロスボーが何処まで有効かは撃ってみないと分からない。嬢ちゃんずが襲われるような事態が生じないように、俺も少し上の岩陰に身を隠す。
しばらく待つと、雪原を近づいてくるものが見えた。
首を伸ばして、辺りをキョロキョロと眺めてる。警戒してるのか…
岩陰から顔を出し、手で獲物が近づいてることを嬢ちゃんずに知らせる。
デコボコした雪原を苦労する事も無くヒョイヒョイと軽い身のこなしでフェイズ草に近づいてきた。
そして、フェイズ草の1片を啄ばもうと首を下げた時。
「テェー!」
アルトさんの高い声が聞えたと同時に、カルキュルの頭が四散した。
3方向からの同時攻撃…しかも一番防御しにくい小さな頭を嬢ちゃんずは狙ってたみたいだ。
ドタ!っと雪原に倒れたカルキュルを大急ぎで谷の端に移動すると谷の上を見渡す。
谷の上の方に動く物を見つけた。軽やかに雪原を移動する動きを見ると、カルキュルに違いない。
「次が来るぞ!準備しろー…」
俺は嬢ちゃんずに知らせると、また岩陰に隠れた。
そして、次のカルキュルも頭を破壊される。
弓兵の持つ最強の弓と同じとは注文したけど、同時に当たるとこれ程の破壊力になるとは思ってもみなかった。
多用されることは無いと思うけど、設計者としては少し気になる。
2匹取れれば十分だろうということで、リオン湖の傍に焚火をおこして、簡単なスープを作る。昼食は、乾燥野菜と乾燥肉のスープ、それに焚火で炙った黒パンだ。
もしゃもしゃとパンを食べながら熱いスープを啜ると、皆の笑顔が広がる。
ずっと、閉じ込められた生活だったから久しぶりの狩りに皆満足したのだろう。
そして、食事が終わるとソリの後にロープで獲物を結び、我が家へとソリを曳く。
お日様は少し傾いてきたけど、夕暮れまでには帰り着くと思う。
何回か休憩しながらソリを曳いていくと遠くに我が家が見えてきた。
段々近づくと、此方に手を振っている人がいるのが分かる。
どうやら、姉貴のようだ。心配してずっとリオン湖を見ていたのだろうか。
ありがたいと思いながら姉気の待つ我が家に力いっぱいソリを曳いて行った。
「ご苦労様。どうだったの?」
「我が行くのだ。獲物無しということはない。」
姉貴にアルトさんが胸をはって言ってるけど、たぶん1人ではどうしようもなかったと思うぞ。
俺は、ソリの後からカルキュルを2匹引きずってきた。
「肉屋に行って、さばいてもらいたいんだけど…」
「我等が行こう。2匹あるのだ。1匹は宴会用にして、もう1匹は片足を我が家用に取っておき後は肉屋の取分でよいな。」
アルトさんはそう言うとサーシャちゃん達と自分達のソリに獲物を乗せて出かけていった。
俺は後片付けだ。姉貴のクロスボーを返す。
「ミズキ姉が言った通りに雪崩が起きたよ。後はミーアちゃん達の舞台だった。数十mはなれてカルキュルの頭を狙撃できるとは思わなかった。」
「練習してたからね。しかもあの弓は強力でしょ。胴体だったら分からないけど、頭なら防御は無理だからね」
姉貴はさもあらんてな感じだ。予想してたのか?
2人で家に入るとジュリーさんがテーブルで編み物をしている。随分と小さいものだけど…ひょっとして、双子への贈り物なのかもしれない。
「寒かったでしょう。今の内に暖炉の傍で温まると良いですよ。」
ジュリーさんの言葉に暖炉の前に横になる。たぶん1時間は寝ていられるだろう。
「ところで、姉貴のほうはどうだったんですか?」
「ミズキさんのほうも沢山取れてましたよ。今夜焼くんだとか言ってましたけど。」
ジュリーさんは編み手を休めることなく俺に答えてくれた。
その前で同じように編み物を始めた姉貴が微笑んでる。なにを作っているのかわからないけど、前に貰った左右の腕の長さが違うセーターよりもマシな物だといいな。
その夜は、普段の食事に2品が追加された。カルキュルの照り焼きにチラの串焼き。どちらも頑張って獲った獲物だ、獲った時の情景が蘇るのか皆美味しそうに食べている。
「アルト姉さま、何ゆえこちらで頂く食事は美味しいのじゃろうか。」
「サーシャが雪穴に隠れて倒した獲物だからじゃ。王宮では何苦労なく料理が運ばれてくるが、ここでは己が獲物を倒さねばこれらの物は食せない。サーシャも王宮にもどったならば出される料理の裏に隠された猟師、調理人の苦労を考えねばならぬぞ。決して無駄に残すことが無いようにな。」
ジュリーさんが、ゆっくりと諭すようにサーシャちゃんに説明するアルトさんを見ている。ちょっと涙ぐんでいるようにも見えるが俺の気のせいだろうか。