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#065 二つの月と2人の子供

 ネウサナトラムが雪に埋もれて、もう2月以上になる。キャサリンさんの話では後1月以上続くらしい。

 初めての雪国の暮らしは、最初は目新しかったものの、こんなに長いと少し飽きてくる。嬢ちゃんずの我慢も何時まで続くか心配だ。

 吹雪いてなければ西門広場に俺の指導の下、村人の有志で作ったソリのS字コースで、村の子供達と一緒にソリでリュージュモドキの滑走を楽しんでるんだけど、こうも天気が悪くてはね。

 ジュリーさんと姉貴は3人に編み物を教えようとしてるんだけど、これがなかなか…子供に根気を要求する方が無理みたいだ。アルトさんまで一緒になって投げ出してたし。

 そうは言っても、この世界では女性が持つ必要のあるスキルの1つらしいから、2人で一生懸命に教えるみたいだ。


 俺は、ボルトの砥ぎを朝からしている。総数が50本を越えるから一日作業になる予定だ。

 暖炉前のカーペットをめくり、砥石と桶を用意して温まりながら、1本づつゆっくり砥いでいく。時折、嬢ちゃんずの編み物教育を見て、3人の表情がくるくる変化してるのを眺めてると、何か癒される気分だ。


 そんな時、扉がバタンっと開くと、セリウスさんが飛び込んできた。

 「はぁ、はぁ…生まれそうだ!」

 余程急いで来たのだろう呼吸を整えながら、そう言った。

 

 「「「何だって!(何ですって!)」」」

 たちまち、リビングが騒がしくなった。

 ジュリーさんと姉貴がマントを羽織ると慌しく、セリウスさんと一緒に家を出て行く。

 

 嬢ちゃんずの目が一斉に俺を見る。…ひょっとして行きたいのかな?

 女の子だし、こういう経験も後々に役に立つかもしれない。でも、変に行くと姉貴達から「何しに来たの?」と叱責されることは確実だ。…ここは、名目を考えないと…


 そして突然、俺の頭上に100Wの電灯がピカっと灯った。

 たしか、生まれる時って、お湯が大量に要るって誰かに聞いた事があるぞ。お湯を沸かす道具と人手はいるはずだ。それを名目にすれば姉貴達も納得するはずだ。


 「急いで、鍋やポットをソリに詰め込んで出かけるぞ!」

3人はたちまちピョンと立ち上がると、流し台へ駆けて行った。それぞれ獲物を掴むと外に走り出す。そして直ぐに戻るとマントを羽織って俺を見る。

 そんな嬢ちゃんずを見て、俺も急いで準備を始める。暖炉の薪を中に押込めると、マントを羽織る。


 「さて、出かけるよ。」

 外は、さっきまでの吹雪が止んでいた。通りまで歩く道はミーアちゃんの背丈位にまで積もっている。溝になった通りを、嬢ちゃんずがソリを曳いて俺の前を歩いて行く。

 程なく、セリウスさんの家についた。

 扉を叩いてみたら、姉貴が「だれ?」って顔を出した。

 俺の両側の嬢ちゃんずを見ると、慌てて3人を中に入れる。…俺は…

 

 「何で来たの?アキトが手伝える事なんて無いと思うんだけど…」

 「何かで、出産にはお湯がいるって聞いた事がある。…それでお湯を沸かすくらいなら手伝えると思ってね。」

 「あぁ…それ、聞いたことがあるわ。待ってね。聞いてくる。」

 パタンと扉を閉めて、誰かに聞きに言ったみたいだけど…俺を此処で待たせるのか?

 直ぐに扉が開いて姉貴が顔を出した。


 「やはり、いるみたいよ。アキト、良く気が付いたね。早く入って!」

 ようやくセリウスさんの家に入ることができた。

 

 嬢ちゃんずは暖炉の前にいる。その外には、セリウスさんがリビングを行ったり来たりしているのは定番だよな。でもガタイが良いから熊がうろついてるように見える。

 姉貴とキャサリンさんはテーブルにいるし…うん、ジュリーさんがいないぞ。

 

 「ミズキ姉、ジュリーさんは?」

 「キャサリンさんのお母さんと一緒に部屋にいるわ。…そうだ。早くお湯を沸かさないと!」

 「ミズキ姉はミーアちゃん達と暖炉で沸かして。俺は、外で沸かすよ。家から鍋やポットを持ってきたから。」

 

 俺はそう言うと外に出て、焚火の準備を始めた。

 家の脇にあった櫂みたいな道具で庭の雪を掻き分けて地面を出す。そして、薪を井型に組んで真中に粗朶を入れる。燃料ジェルをたっぷり塗った薪を真中に立てると、100円ライターで火を点けた。

 薪を細く切って粗朶に注ぎ足す。しばらくすると井型の薪が燃えだした。

 井戸は何処だ…キョロキョロと辺りを見渡すと…あった!

 丸太を井型に組んで屋根も丸太のままだ。ロープに結んだ桶が蓋の上に置いてある。

 早速、鍋とポットを持って水を汲む。

 ポットは木に吊るして焚火に掛けたが鍋はちょっと難しい。結局、薪の太いのを探して2本並べてその上に掛ける。もう少ししたら焚火の炭火を薪の間に入れればお湯を沸かせそうだ。

 

 サクサク…と雪を踏む音がして姉貴が現れた。

 「お湯の準備を早くして。って言われたんだけど。」

 「もうちょっと待って。沸いたら持っていくから。」

 俺の言葉を聞くと、「お願い!」って言いながら帰っていった。

 火力を強めるため、薪を細く切って注ぎ足す。

 しばらくすると、ポットのお湯が沸いてきた。早速、家に持っていくと、俺が開けるよりも先に扉が開いた。

 下を見ると、ミーアちゃんがポットを持っている。どうやら水を汲みに行くみたいだ。


 「これを持っていってくれないかな。その間に水を汲んできてあげる。」

 俺の持ってきたポットとミーアちゃんのポットを交換すると早速井戸にいって水を汲む。

 扉に戻るとミーアちゃんがポットを持って待っていた。

 「ありがと!」俺の持ってきたポットを受取ると家の中に入っていった。

 俺も、また水を汲み焚火の上にポットを掛ける。


 タバコを取り出して、焚火の燃える薪を取出し火を点ける。

 何時しか夕暮れ時だ。セリウスさんの家の中は騒がしいが、まだ生まれたわけではなさそうだ。もしそうなら、姉貴が真っ先に教えてくれると思う。

 

 扉がバタンと開き、セリウスさんが出てきた。

 俺の傍に来ると、俺にカップを差し出す。少し湯気が出るそれを一口飲むと…お酒だ。お湯割りにしてあるけど、結構キツイ。

 

 「お前にまで迷惑をかけるな。すまん。」

 そういいながら俺の隣に座るとカップの酒を飲み、パイプを取り出す…

 どうやら、追い出されたみたいだけど、出産の時に男が出来る事なんて殆どないしな。家の中でウロウロされるよりは此処でお湯を沸かしているほうが良いかもしれない。


 鍋のお湯が沸いたのでセリウスさんに頼んで持って行ってもらう。

 「まだまだ足りないと言われたぞ。」

 戻ってきてそう言うとセリウスさんは鍋に水を汲みに行った。

 

 そんな事を何度か繰り返し、何時しか夜になっていた。

 2つの月が雪に埋もれた村を明るく照らしている。隣のセリウスさんの横顔は何か神話の世界から抜け出したようにも見える。

 やはり、猫族って精悍な横顔だよなって感心して見惚れると突然扉が開き、姉が飛び出してきた。

 俺達の方に転びそうな勢いで走ってきた。


 「生まれたよ。男の子と、女の子…皆元気だよ!」

 最後まで聞かない内にセリウスさんが走っていった。

 姉貴は俺の隣にペタンと座ると、額の汗を袖で拭う。そんなに緊張してたんだろうか?


 「ご苦労様。」

 俺が小さく呟くと姉貴がニコリと微笑んだ。

 「何も出来なかったけど…大変なことは分かったわ。ミーアちゃん達も頑張れってミケランさんを励ましてたけど、あれだっていい経験だよね。」

 「そうだね。」

 ミーアちゃん達も何時かは母親になるんだから、確かにいい経験だと思う。サーシャちゃんも王宮にいたらこんな経験はしないはずだ。しなくとも良い経験もあると思うけど、ミケランさんの出産に立ち会ったことは彼女達のこれからの生き方に良い経験になったんじゃないかな。


 「1つ気になることがあるんだけど…」

 「なぁに?」

 「双子だよね。どんな名前にするんだろう。」

 

 あぁ!って姉貴は手を叩いた。

 「それよ!忘れてたわ。…この世界では皆がいる前で名前のお披露目をするらしいのよ。アキトを呼んで来てって、頼まれてたんだわ。」

 俺達は直ぐに焚火の前から立ち上がるとリビングに向かって走っていった。


 「遅かったな。…では恒例により、皆に我が子の名を披露する。」

 俺達がリビングに入ると、皆が集まっていた。最もミケランさんは床の中だ。キャサリンさんのお母さんもいないところを見ると、ミケランさんに付き添っているのだろう。

 でも、小部屋の扉は開かれており、セリウスさんの声が届くようになっているようだ。

 

 セリウスさんの両隣にはジュリーさんとキャサリンさんが白い布で包まれた赤ちゃんを抱いている。

 そんな3人の姿を見てたら、俺の方が緊張してきた。


 「この場にいる皆に告げる。セリウスの長男、ミトリウスだ。」

 セリウスさんがジュリーさんの抱いている赤ちゃんの頭を優しく撫でた。

 「そして此方が、セリウスの長女、ミクリムだ。…末永く2人の成長を見て欲しい。」

 セリウスさんがキャサリンさんの抱いている赤ちゃんの頭を優しく撫でた。

 そして、俺達は赤ちゃんに祝福の拍手を送る。


 「今日は、大した事は出来ぬが、3週間後に宴会を開く。楽しみに待っていてくれ。」

 セリウスさんはそういうと小部屋に入っていった。

 ジュリーさん達も赤ちゃんをお母さんに返しに行く。

 

 しばらくして、暖炉の傍で休憩している俺達のところにやってきた。

 「今夜は、私がここにいますので、家でゆっくりお休みください。予定より一月程早かったようですが、母子共に問題はありません。」

 

 それでは、後を頼みますと俺達は帰り仕度をはじめた。

 暖炉に薪を注ぎ足し、暖炉脇の薪入れに薪を補充しておく。新しくポットに水を汲み暖炉に掛けると、持ち込んだポットや鍋をソリに積み込む。

 忘れ物がない事を確認して静かにセリウスさんの家を出た。


 月明かりの照らす村の通りは冷え冷えとしているけど、俺達の心は暖かく感じる。これが満ち足りた気持ちなんだなって思い、皆の顔を見ると皆やさしく微笑んでいる。やはり、同じように感じてるんだなと思いながら家路を急いだ。

 

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