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#063 リッシーの正体

 俺達はグライトの谷を目指して進む。深夜での出発なので西門を通らずに、家の裏から凍った湖を歩いて、狩りの時にイカダを着けた岸から森への小道に出る。

 そして、森へ入る手前で一休み。吹雪の中を進むのは予想以上に体力を消耗する。ここで、俺と姉貴に【アクセル】をかけて体機能を上昇させる。

 森の中は吹雪の風も少しは弱まるけれど、雪が深いのが難点だ。なんとか森を抜ける手前で、2回目の休憩を取った。


 携帯燃料で小型のポットにお湯を沸かし、コーヒーを作って姉貴と分ける。

 姉貴はフーフー息を吹きかけて飲み始めたが、たちまちシェラカップのコーヒーが温くなっていくのが分かる。相当温度が低下しているみたいだ。


 「この森を抜けたら右に行くんだ。狩猟期の狩りと同じように行けばいいんだけど、グライトの谷は一気に落ち込んでいるから、谷の縁が分かるかどうかが問題なんだけど…」

 「大丈夫よ。私に考えがあるわ。フェイズ草は崖の途中にあるんだよね。谷底ではないよね。」

 姉貴が念を押す。何を考えてるか分からないけど、突拍子もない事をするつもりのようだ。

 「途中にある。場所はまだ覚えていると思うんだけど…」


 休憩している間に吹雪が弱まってきた。森の木々の間からアクトラス山脈の白い峰がかすかに見え始めた。

 何時の間にか、朝になっていたようだ。


 「急ぎましょう。」

 姉貴に続いて俺も雪の上から立ち上がった。

 

 森を出たところは潅木が疎らにある斜面のはずだ。だがそこは一面の雪原に変わっている。雪原の深さは、採取鎌の柄が軽く下に突き刺さるほどに深い。

 そして、姉貴は立止まった。

 俺を片手を上げて制止させると、なにやらブツブツと呟き始める。


 【メル!】姉貴が鋭く叫ぶと同時に両手を上げる。すると、姉貴の頭上に大きな火の玉が形成され始めた。

 それは段々と大きくなり、火炎の渦が球体を取巻き始めた。……そして、火炎の色がダイダイから黄色に…やがて青白く変わってきた。


 「行け!」…姉貴が両手を前方に突き出すと、それに合わせるように直径2m程に膨らんだ火の玉が半分程雪原に埋まりながら東に滑って行った。

 遠くで、ドドォーン!っと炸裂音がしたかと思うと、ゴゴゴオオォォォーーー…と大地を揺るがすような音が響く。


 おもわず雪原の上部を見る。……どうやら、この雪原は無事みたいだ。

 火の玉が通った後の雪原は、深さ横幅とも2m程の溝が東にずっと続いていた。


 「アキト、行くわよ。」

 姉貴が、溝に飛び込むと歩きはじめる。俺も急いで飛び込むと姉貴の後を追った。

 結果はどうあれ、歩きやすい事は確かだ。

 急いで姉貴の傍に行くとさっきの事を聞いてみる。


 「ミズキ姉、【メル】ってミーアちゃんでも出来る火球だよね。…なんであんな巨大な火の玉が出来るの?」

 「あれはね。火球を投げないでそのままの状態で魔法力を注ぎ込むの。イメージしながらそうすると出来るんだけど、こっちの人達は直ぐに投げちゃうんだよね。」

 

 それって、運用次第ってことかな? でも、とっさの時には役立たないから、使う人がいないのかな。ジュリーさんなら出来そうだけど…

 そんな事を考えながら溝の中を進んでいく。溝の底は凍っているので結構滑りやすい。俺は何度か転びそうになったし、姉貴はここまでの間で2回程転んでいる。


 そして1時間程歩いていくと、溝が突然消えているのが分かった。

 グライトの谷の縁に着いたのだ。

 

 目的のフェイズ草は谷の岩棚にあったはずだ。

 冬でなければ、谷の斜面の岩を伝いながら下りることはできるのだが、今は、雪と氷に覆われている。ここは慎重にロープで下りることが必要だ。


 早速、溝から雪原に戻って、ロープを掛ける場所を探す。

 幸い直ぐに雪原から枝を出している潅木を見つけることができた。

 早速、潅木の周りの雪をかき出して、ロープを1回回すと俺のベルトにロープを結ぶ。もう反対側は姉貴が握っている。

 そして、俺は雪原から谷に身を乗り出した。

 ズズーとロープがのびる。谷の北側の斜面は雪よりも氷に覆われている。姉貴に少しづつロープを繰り出してもらい、やっと最初の岩棚に着いた。

 

 辺りを観察してみると、以前キャサリンさんと来たときよりも少し山側にいるようだ。だとすれば、キャサリンさんがフェイズ草を掘っていた岩棚はもう少し下でもっとリオン湖よりになるはずだ。

 ここから下に何段かの岩棚がある。そこを利用して、少しづつリオン湖よりに移動しようと考えがまとまった。

  俺達が持ってきたロープは30m程のものが2本。2本を繋げば何とか行ける距離ではある。

 早速、担いでいたロープを下ろして、姉貴の持っているロープに結びつける。一旦、ベルトのロープを解いて、結びつけたロープの端を改めてベルトに結んだ。


 「ミズキ姉。ロープを引いて!」

 するするとロープが上に上がっていく。やがて、ピンと張った。

 「ゆっくり伸ばして!」

 俺は、次の岩棚に氷の斜面を下りていった。


 次の岩棚は幅は狭いが横に長く、リオン湖側は少し下っている。ロープの余裕の範囲で岩棚を調べていると、透明な氷の下に見覚えのあるものを見つけた。

 葉っぱが少し黄色くなっているがまぎれもない、ネギの姿…フェイズ草だ。


 直ぐに姉貴に連絡してロープに余裕をとる。そして、採取となるのだが、厚さ30cm以上の氷は、スコップナイフで容易にほれるものではない。さらに、フェイズ草が生えている地面も凍っているのだ。


 少し掘り始めた時に簡単な解決策を思いついた。

 俺が持っている魔法が使えるんじゃないか?…お湯を出す【フーター】…お風呂意外でも使えるはずだ。

 

 早速、左手を出して【フーター】を使う。勢いよく温水が左手から噴出すると、みるみる氷が溶けていった。

 土には慎重にかけていく、球根が流れていってしまっては元も子もない。

 土がジュクジュクになったところで、手袋を外して手探りすると、2個の球根を手にすることができた。大切に腰のバッグに収納する。

 後は、姉貴を下ろす方法だが…さて、どのくらいロープが残っているかだ。


 「ミズキ姉ー、聞えるー!」……「聞えるよー!」

 「ロープの結び目は繰り出したー!」……「まだ、こっちに有るよー!」

 「ロープの端をベルトに結んで、余裕をこっちによこしてー!」……「分かったー!」


 しばらくすると、ロープが緩む。ドンドンと手繰り寄せる。

 そして、ロープの上をしっかり握ると姉貴に声をかけた。


 「ミズキ姉ー、準備OKだー!」……「行くよー!」

 直ぐに姉貴が谷の縁から下りてきた。少しずつロープを繰り出すと、氷の斜面を滑るように此方に移動してくる。

 やがて、俺の脇に姉貴は下り立った。そして直ぐに、岩棚と下の谷を調べ始めた。


 「やはり、谷は雪崩が起きたんだね。とりあえず安定したということだから、OKだよね。…それと、後30m位下りなくちゃならないのが大変だと思うわ。」

 

 狙ってやったのか?確かに一度雪崩が起きれば其処は少し安全だと思うけど…

 そんな事を考えてると、姉貴は自分のベルトに結んだロープを解き始めた。

 そして、ロープを岩棚の岩に数回クルクルと回して結びつけ、余ったロープを谷底に投げた。


 「このロープを伝って下りていきましょう。…先行はアキトにお願いします!」

 ロープを使い捨てにする訳か。

 ならそういうことで、とロープを持ってスルスルと谷底に下りていった。

 下りたら両手を上げて姉貴に合図する。今度は姉貴がロープを伝って下りてきた。


 もう昼近くになる。

 俺達はリオン湖の縁まで雪崩の通りすぎた谷底を歩き始めた。

 足元はでこぼこしているが、雪が硬く締まっているので雪原よりは歩きやすい。

 日が傾く前にはリオン湖の氷の目の前まで歩く事ができた。


 早速、雪崩で倒れた木を集めて、焚火を始める。折れた木が多いから薪に不足はない。

 水筒の水を入れて、鍋とポットにお湯を沸かす。

 段々と暗くなり始めた頃にスープが出来あがる。焚火で凍った黒パンを焼いてスープに浮かべて食べる。

 食事が済むと2人でコーヒータイムだ。シェラカップのコーヒーを飲みながらタバコに火を点ける。


 「アキト…今後の話なんだけど…」

 珍しく神妙な顔で姉貴が言った。

 「なに?姉さん。」

 「ここに何時までいられるのかな…って考えると、ちょっとね。」

 「少なくとも、ミーアちゃんの彼氏を一発殴ってからだと俺は思ってるよ。…あの老人、いや神かも知れないけど、確か不老不死って言ったような気がする。なら、皆の時間軸と合わなくなるのは当然だから、その時はここを去ることになるのかなって思ってるけど…少なくとも後数年いや10年位はいられるんじゃないかな。」

 「ミーアちゃんの彼か…どんな人だろうね。そんな事を考えてるほうが楽しいかもね。」

 

 姉貴は最後に笑っていたけど、ずっとそれを考えていたのだろうか。親密になればなるほど別れは辛いものになるけど……だからと言って、何もせずに、友達も出来ずに生きていくのはもっと辛いような気がする。

 そんな事を考えながら姉貴をみると、コーヒーを噴き出しながら笑い始めた。いったいどんな人物を想像していたんだろうか。


 後の会話はとりとめも無い話だったけれども、ひさしぶりに姉貴とゆっくり語り合えたような気がする。何時も一緒に寝るんだけど、姉貴は布団に入って3分で寝られる人だから、会話にならない。

 ちょっと寒いけど、カラメルの依頼がありがたく感じられた。


 さて、2本目のタバコを始めようとした時だった。

ゴゴゴゴオオオォォォ~ン!!と大きな音がしてリオン湖の湖面に厚く張った氷が割れる。

そして、そこに島が現れた。


 「リッシーだわ! アキト準備して。」

 姉貴は素早く立ち上がると物陰に隠れる。俺も立ち上がろうとした時、島の上部がパカっと開き、見慣れた姿が現れた。

 そして、氷の上を歩いて焚火に近づいてくる。

 

 俺は片手を上げて挨拶する。 姉貴も唖然とした顔つきで物陰から出てきた。


 やってきたのは、カラメルの2人だ。

 「焚火を確認して、急いで来たのですが、驚かせてしまったようです。」

 「これって、…リッシーは貴方達の乗り物なの?」

 「リッシーではなく、タトルーンと言いますが、古来より我等の乗り物として使っております。ところで、入手できたのでしょうか?」

 「はい。これです。」

 俺は、腰のバッグから2個のフェイズ草を彼らに差し出した。

 「これです。ありがとうございます。…このお礼は何れ致します。」

 彼らは先を争うようにタトルーンに乗り込むと水中に姿を消した。


 「リッシーだよね。カラメルの人達だけだよねタトルーンって言うのは…」

 姉貴はまだこだわっているようだけど、俺には敵対するものではないという事が分かっただけで十分だ。


 「さて、帰りますか。…嬢ちゃんずがうるさいと思うけど、我が家だもんな。」

 「そうね。皆で楽しく暮してる我が家だものね。」


 タトルーンが空けた穴を避けて、リオン湖の氷の上を俺達は歩いて帰った。

 真直ぐに帰ったつもりなんだけど、やはり湖は広い…我が家が見え出したのは明け方だった。

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