#062 穴釣りと意外な依頼
灰色ガトルの騒ぎから1月も過ぎると、村は1m以上の積雪に覆われている。
朝起きると直ぐに嬢ちゃんずと一緒になって通りまでの雪かきをする。通りの雪かきは村人が数人づつ交代で行っているが、2人がすれ違える程の横幅までするのがやっとのようだ。おかげで、白い溝の中を歩いているようだ。
こんなに雪に埋もれていても、町との連絡手段がなくなったわけではない。
3日毎に若いハンター数人がシュラという大型のソリでふもとの町から物資を移送してくる。運ばれる量は100kg前後だが、村人はハンターが残していく町の噂のほうが楽しみのようだ。到着した夜は、宿の1階にある酒場が賑わうってセリウスさんが言っていた。
今日は、のんびり釣りを楽しむ予定だ。
そのための準備を10日程前から行って、やっと昨日ソリとソリの上に建てる簡易テントが完成した。
嬢ちゃんずが真剣な顔でサイコロを振っているところにお邪魔して、暖炉の傍にある手斧を取る。
「じゃぁ、行ってくるね。昼過ぎには戻るから。」
「沢山釣って来てね。」
姉貴がチェスの駒を動かしながらそう言うと、皆が一斉に俺を見た。
「この季節に釣りじゃと…」
アルトさんが驚いてる。姉貴が皆に説明してるみたいだけど、俺には関係ないことだ。さっさとソリに手斧を放り込んでソリを湖に曳きだした。
家から50m程沖に出たところで、湖面の雪を払い斧とスコップナイフで氷に穴を開ける。
湖面の氷の厚さは30cm程度だ。そこに直径30cm程度の穴を開け、丸い穴に整形する。そしてソリを穴の上に移動する。
ソリは2m程の井型だが、10cm程の高さに床を張ってある。その床に40cm位の穴を開けており、氷に開けた穴と床の穴が一致するようにソリを移動する。
そして、ソリの上に作った真四角なテントに俺は入った。
村の雑貨屋で購入した素焼きのコンロに火をつける。炭は暖炉の消炭だ。燃料ジェルを炭に塗り100円ライターで火を点ける。少し煙が出るが、隙間の多いこのテントで中毒になることはない。
木を薄く削った穂先に公魚釣りの仕掛けを着けて、穴に投入して上下に誘う。
すると早速あたりがきた。急いで糸を手繰ると、公魚に似た10cm程の魚が4匹仕掛けに付いていた。
小脇の籠の上で仕掛けを振ると直ぐに魚が籠に落ちる。
そんな事を繰り返して、1時間程で100匹近く釣り上げる事が出来た。そして、突然にあたりが止まる。
すかさず、仕掛けを引き上げて小さなルアーの付いた別の仕掛けを穴に投入する。
振り出しの1m近い竿だが、これにはリールが付いている。ある程度の大きさなら魚とのやりとりができる。
底近くで上下を繰り返していると、いきなり竿先が引き込まれる。リールで糸を出し入れしながら魚の弱るのを待って引き上げると、40cm程のマスに似た魚だ。
バタバタと暴れる魚をテントから外に放り投げて2匹目を狙う。
2匹目を取り込んでいる最中にテントがめくられた。
ヒョイっとミーアちゃんが俺を覗く。
「釣れてるの?」
「大漁だぞ! 今夜は久しぶりに魚が食える。」
そう言いながらも取り込みの手は緩めない。ようやく釣り上げた魚をテントの外に投げると、また仕掛けを投入する。
ミーアちゃんは、俺が投げた魚の大きさに吃驚しているようだ。
「テントに入りなよ。中はそんなに寒くないよ。」
そう言うと、ヨイショってもぐりこんできた。俺の対面に小さくなって座り込んでいる。
俺の傍に置いてあるコンロをミーアちゃんの方に移動させると、針金で作った網と公魚に似た魚を入れた籠をミーアちゃんに渡した。
「味見してみて。焼くと美味しいかも。」
ミーアちゃんは魚をあぶり出し、俺はあたりが無くなったので公魚仕掛けに竿を戻す。
しばらく上下していると、また釣れだした。どんどん籠に入れていく。
ミーアちゃんを見ると、熱々の魚を齧って満足そうな顔をしている。調味料は持ってこなかったけど、釣れたて、焼きたてはやはり美味しいみたいだ。
「おーい…」
外で声がする。テントから覗くとアルトさん達が氷の上を歩いてくる。
この世界では、氷上の穴釣りなどする者がいないみたいだ。気になって見に来たんだろう。
テントに近づいたところで、テントをめくって中をお披露目してあげた。ミーアちゃんがチョコンと座って小さな魚を食べているのをジッと見ている。
「はい。」って焼き上げた魚を網ごとアルトさん達に渡す。
アルトさんとサーシャちゃんは直ぐに手を伸ばして摘みあげて…丸齧りだ。
「これは…なかなかだな。こんなふうにして釣るのか。」
感心して俺の仕草を見ている。
ミーアちゃんも一緒に帰るみたいなので、獲物を先に持って行ってもらうことにする。
テントの外に出て大きく手足を伸ばす。そして、先ほど放り投げた魚を回収すると籠に入れてミーアちゃんに渡した。
「もう今日は終わりにするから先に持って行ってくれないかな。」
「うん、いいよ。」
嬢ちゃんずは俺の獲物を持って、家に走っていったけど…転ばないかが心配だ。
テントに戻ると仕掛けを回収して糸を巻き取っておく。コンロの炭を氷の上に投げ出すと中の始末は終わりだ。少しソリを動かし、穴をテントの下から出すと、周りの雪を投げ入れて穴を塞いでおく。
そして、ゆっくりとソリを家のほうに曳いていく。
家に帰ってみると、暖炉の前のふかふかカーペットを移動して皆で獲ってきた魚を串刺しにして炙っていた。
「だいぶ獲れたからセリウスさんにお裾分けしたほうがいいんじゃないかな。2人とも魚好きだし。」
俺はそう言って大きな魚を2匹と両手に一杯の公魚モドキを別の籠に移した。
「そうだね。きっと喜ぶと思うわ。…ミーアちゃん持っていってもらえる?」
姉貴の言葉に3人が暖炉の前から立ち上がった。3人で行くようだ。
ミーアちゃんは籠を持つと一旦外に出てまた戻ってきた。今度は帽子とマントを身につけて3人でソリを曳いて出かけて行った。
その日の夕食は、何時もより1品多い。数匹の公魚モドキ(こちらではチラと言うようだ)を2本の串に刺して醤油に漬けて2度焼きしたものが追加された。
単純な味付けではあるが、単調になりがちな冬の食事に変化を与えてくれた。
俺的にはご飯が欲しかったが、この人数では無理みたいだ。それでも、久しぶりの魚料理は嬢ちゃんずには好評みたいで、各自が3串も食べていた。
その夜。皆が寝静まり、俺は一人で暖炉の前に座って船の骨組みを削っていた。
だんだんと船というよりもカヌーに近いものになってきているが、軽いことが条件となる以上仕方が無い。
そして、今夜はこれで終わりにしようと思いながら、寝る前の一服をしようとしていた時だ。
小さく、トントンと扉を叩く音がする。
こんな真夜中に訪れる者は、女の人の姿をした鶴かお地蔵さんぐらいしか思い浮かばなかったが、扉に近寄りそっと開くと、そこには2匹のカメ…いや2人のカラメルが立っていた。
外は吹雪いている。急いで2人を暖炉に傍に招いて、暖をとらせる。
「誰?」姉貴がロフトから顔を出してこっちを見てる。亀の姿を見て慌てて下りてきた。
「長老が高熱で臥せている。フェイズ草があれば、分けて欲しいのだが。」
「生憎と、この家にはありません。…でも、晩秋にギルドの依頼で20個程採取しましたから、まだ残っているかも知れません。待っていて下さい。確認してきます。」
俺はすぐさまマントを羽織ると、ギルドに駆け出した。
ギルドは基本的に24時間営業だ。何度か滑って転びそうになりながらもギルドに辿りついた。
扉を開けると、眠そうなお姉さんが1人、カウンターに座っていた。
「すみません…フェイズ草を冬前に届けたものです。知り合いが熱を出して至急1個欲しいんですけど、何処で手に入りますか?」
「え~と、確かハンターの方ですよね。あの後は、確か雑貨屋に卸した筈です。でも、雑貨屋にも無いと思いますよ。10日程前に風邪が流行って皆売り切れたって聞きましたから。」
「残念ですね。」なんてお姉さんが言ってるけど、無いとなれば大変だ。
とりあえず、急いで家に戻るとギルドでの顛末を皆に話した。
「そうなんだ。困ったわね。」
「何とかならぬものか…」
カラメルと姉貴はそう言って下を向く。
ちょっと待て。…確かフェイズ草って球根だったはず。なら、キャサリンさんに連れてってもらったあの場所にはネギは枯れても球根は残ってるはずだ。
「あのう…何とかなるかも知れませんよ。フェイズ草のある場所は覚えてますから、其処を掘れば球根が見つかるかも知れません。」
「知ってるの?」
「あぁ、グライトの谷の斜面の南側に群生していた。場所は行けば分かるから其処を掘れば見つかるかも知れない。」
「湖の北側にある谷ですな。しかし、今の季節ではあの斜面は氷で覆われておる。そこで採取するのは命が幾つあっても足りませんぞ。足を滑らせたら谷底にまっさかさまです。」
俺と、カラメルの話を聞いていた姉貴は、しばらく考えていた。
「では明日の夜、グライトの谷の湖側に焚火を焚きます。それを目印にフェイズ草を取りに来てください。明日の夜に焚火が無かった時は、失敗したと…」
「我等の依頼を聞いて下さるのか?」
「はい。昨年海辺の村でカラメルの試練を受けました。それも何かの縁でしょう。」
「虹色真珠の所持者にこのような依頼をするなど、本来あってはならぬ事ではありますが、よろしくお願いします。」
カラメルはそう言うと、帰っていった。あのカメの格好でどうやって此処まで来たのか、そんなことより、あれで寒くないのか不思議に思ったけど、今はフェイズ草の球根の採取が課題だ。早速、姉貴と準備を始める。
持って行くのは、灰色ガトル退冶と同じだが、船の櫂に似た道具は持っていないので採取鎌を杖代わりに持っていく。姉貴はクロスボーを置いて槍を持つ。そして、ロープをまるめて肩に担いでいく。
準備を終えると、姉貴はジュリーさんの部屋の扉を軽く叩く。
「…やはり行かれるのですね。話しは申し訳ありませんが聞いていました。アルトさん達には私から話しておきましょう。」
後をジュリーさんに託して、俺と姉貴は吹雪の中をグライトの谷目指して出発した。