#061 王都から届いた物は?
セリウスさんの家の扉を叩くと、扉を開けてくれたのは何故かキャサリンさんだった。
どうやら、謹呈した木箱の上でジュリーさんとチェスをしていたらしい。嬢ちゃんずはというと、やはりというかミケランさんを交えてスゴロクの最中だ。こっちをチラって見て、「ご苦労様」って言うと、また盤面に見入っている。そんなに熱中できるものなのか、ちょっと不思議な気もするけど、あきてきたら板の裏を使って別のバージョンを作ってあげようと思う。
俺達を木箱のちゃぶ台に座らせると、チェス盤をどかして早速キャサリンさんがお茶を入れてくれた。
「怪我は酷いんですか?」
俺の左手にグルグル巻きされた血染めの布をみてジュリーさんが聞いてきた。
「もう直ってます。自己治療できる体質なんで大丈夫ですよ。」
「サフロ体質ですか…。でも油断しないで下さいね。」
嬢ちゃんずとミケランさんの戦いも何とかケリが着いたようだ。「次は必ず…」なんてアルトさんが言ってるところを見ると、負けたのはアルトさんだな。
「帰る準備をしてね。」って姉貴が言うと、嬢ちゃんずが持物をまとめ始める。
アルトさんはちゃぶ台に来て俺達の首尾を尋ねた。
「灰色ガトルが7匹。何とか退冶したけど、アキトが左腕を噛まれてね。ちょっと大変だった。セリウスさんは剥がした皮を持って寄道してるわ。大丈夫、怪我は無いわ。」
最後はミケランさんの視線を感じて言ったみたいだけど、随分簡略な説明だ。
「待て、アキトは腕を噛まれたと言っていたな。灰色ガトルに腕を噛まれればサフロでは対応出来ぬぞ。牙は容易に革服を貫通して肉、いや骨まで達しているはずじゃ。」
意外と知っているというか、こんな時にこの質問は困ってしまう。
「カードを出してみよ。」
しぶしぶと首に革紐で吊ってあるカードを取り出す。
「黒3つ…ギルドで更新をしておらぬな。明日にでも、やっておけ。それよりもじゃ…サフロナ体質…」
アルトさんは直ぐにカードを返してくれた。
「よいか、明日ギルドに行ってカードを更新する時に、サフロナ体質だけは消しておけ。…稀にサフロ体質はおる。だが、サフロナ体質等聞いたことも無い。変に相手に敵愾心を持たせるだけじゃ。」
そう言うと、自分の荷物を持って外に出る。ソリに摘みこんでいるみたいだ。
ふと、ミケランさんをみると少しお腹が膨らんできたみたいだ。生まれるのは春先みたいだから、これからもっと大きくなるに違いない。
そんなところにセリウスさんが帰ってきた。扉の所で靴底の雪を払うと家に入ってくる。
「灰色ガトルの皮をなめす依頼をしてきた。帽子になるまでに1月程掛かるようだ。楽しみに待っていろ。」
「これで、しばらくは灰色ガトルの心配はないだろう。だが、冬は長い後1回位は村人が襲われることがあるやも知れぬが、犠牲者だけは出したくないな。」
村に住むハンターって、やはり村人の安全を第一に考えるんだなって感じた。
最初の村での出来事は、どちらかと言うと自分の暮らしを成立させるために狩りをしていたようなところがあるけど、村に定住する以上は自分の暮らしと村人の安全を同列に考えなくてはならないみたいだ。
皆が揃ったところで、早めの夕食を取り俺達は家路についた。
嬢ちゃんずがソリを曳き俺達はその後を着いていく。俺達が村を出るときに降っていた雪が通りに積もり、今日は硬く締まっているので歩きにくいことはない。
家に着くと早速暖炉に火をたく。薪の追加は暖炉前に陣取った嬢ちゃんずに任せて、俺は風呂を準備した。俺しか温水を出せないので、まぁこうなってしまう。
暖炉が勢いよく燃えだしたのを見て、嬢ちゃんずがソリから自分達の寝具を運んできた。暖めてベッドに運ぶつもりのようだ。
順番に風呂に入り、寝る前に暖炉に太い薪を追加する。十分に温まったところで、寝る事にした。
次の日、朝食を終えると、姉貴とギルドに向かう。
風が冷たく、どんよりと曇った空は直ぐにも雪が降りそうだ。
ギルドの扉を開けると、早速カウンターのシャロンさんのところに向かう。
「おはよう」と挨拶を交わし、ギルドレベルの確認をして貰うことにした。
ギルドカードをシャロンさんに渡し、例の水晶球を両手で握ると、シャロンさんの脇にある小箱に入れたカードが更新される。続いて姉貴も同じように更新する。
俺は黒の5になった。姉貴も同じだ。
カードの星を確認すると、姉貴と俺のカードをもう一度シャロンさんに渡す。
「このカードの最後を消して欲しいんですが…」
「え~と…『サフロナ体質』をですか?」
「はい。あまり持っている人がいないようなので、妙な軋轢を起こすのもマズイのではと考えまして…」
「確かに、見かけませんよね。分りました。その部分を白紙にします。」
シャロンさんはそう言うと、カードを箱に入れて何やら操作をしている。
しばらくして、「はい!」っと、俺達にカードを返してくれた。
カードを見ると最後の記述が削除されている。これで問題ないはずだ。
「では、また来ます。」と挨拶して返ろうとしたら、呼び止められた。
「ジュリーさん宛てに荷物が届いてるんですけど、持っていけますか?」
そう言って、ホールの隅にある木箱を指差した。
近づいて持ってみると、そんなに重いものではない。
「分りました。持って行きます。」
俺は木箱を肩に担ぐと家路を急いだ。
家の扉を開けると、皆がテーブルに着いている。どうやら、遊びの休憩時間らしい。
「どうじゃった。」
お茶のカップをテーブルに置いて、アルトさんが聞いてきた。
「2人とも黒の5つになったよ。あと、カードの最後の言葉は消して貰った。」
部屋の片隅に木箱を置きながら答える。
「だいぶ上がるのが早いが、まあいい。…それより、あれは何だ?」
俺が運んできた木箱が気になったようだ。
「シャロンさんからの頼まれもの。ジュリーさんにだって。」
「私にですか。…何でしょう、アキトさん、開けて貰えませんか?」
木箱を縛ってある紐をサバイバルナイフで切る。そして蓋を開けると…
綺麗に色分けされたチェス盤と箱が入っている。テーブルに取出してよく見ると、色は染められたものではなく、木自体の色で分けられている。そして駒は、鋳物のようである。鉄と銅で2色に分けられている。不思議なのはビショップが4個づつあることだ。
「王国の神殿は4つありますから、気を使ったのかも知れませんね。」
駒をつまみながらジュリーさんが呟いた。
それだけではない。さらに大きな板が入っている。大きすぎて2つ折になっている。
取出して、テーブルに広げると…スゴロク盤だった。
遊び方は俺が作ったものとさほど変わらないが、よく見ると、盤の目に書いてある内容に変化があった。
駒のとまる場所に金額が書いてあるのだ。しかもプラスだけでなくマイナスもある。
プラスは…薬草依頼で50L確保、ラッピナ狩りで200L確保なんて書いてあるし、マイナスは…宿に泊って20L支払い、怪我で治療費100L支払いなんて書いてある。
さらに、小さな袋にはオモチャのコインがたくさん入っているし、5個ある駒はチェスのポーンを加工して駒の上に小さな色のついた小石を埋め込んである。
そして最後に出てきたのは、2個のサイコロと1通の手紙であった。サイコロは金属製で、小さいながらも重量感がある。
早速、嬢ちゃんずがスゴロク盤を暖炉の前に運んでゲームを開始した。
「ジュリーさん。これって…」
「前にゲームの内容を聞いて王都に製作を依頼したものです。さすが、王宮の職人だけあって簡単な説明を見事に形にしましたね。」
ジュリーさんは、そう言いながらも手紙を読んでいる。
「良いのでしょうか? 色々と王都に便宜を図って貰っていますが。」
「問題はないようです。それに、こちらにはサーシャ様やアルト様もおられる事ですし。」
「それと、王宮の職人の良い訓練にもなるとかで、少し量産するみたいですね。販売価格は…銀貨10枚だそうです。他国への土産や貴族の楽しみに使うと言っていますが、利益の一部は還元してくれるそうですよ。」
それって、特許みたいなものかな。こんなんで儲けていいのだろうか。少し疑問が残る。
そうは言っても、デラックスなチェス盤で優雅にお茶を飲みながら重量感溢れる駒を動かすのは気持ちがいい。
問題は、ビショップが4個になったことで、とても複雑なゲームになってしまったことだ。
嬢ちゃんずのスゴロクも意外と奥が深い。単に早上がりを競うのではなく、サイコロをふる回数を制限することで、稼いだ金額で勝負するといった遊びにもなる。
だけど、娯楽の少ないこの世界で、これが上流階級の遊びになるのも問題なような気がする。出来れば廉価版を広げて貰いたいものだ。
そんな話をジュリーさんにしてみた。
「トリスタン様もそこは考えておられるようです。廉価版の販売をギルドに依頼してその収入は孤児院の運営費に廻したいと書いておいでです。」
それなら問題ないと思う。どちらかというと、いい具合に資金の当てができたのではないだろうか。そして、それはトリスタンさんの評価にも繋がるのだろう。
とりあえず雪で閉ざされた空間で、皆が笑いながら生活できるのであれば問題はない。