#058 村は雪につつまれた
何時もの通り、朝早く起きて顔を洗いに外に出ると、其処は一面の銀世界だった。
急いで顔を洗うと、家に戻り大きな声で叫んだ。
「雪が降ってるぞ。もう積もってるぞ!」
とたんに家の中がバタバタと騒がしくなる。そして、俺の横を風のように一団が通りすぎる。
「ホントだ。」、「きれいね」なんて声が聞えてくるが、この後直ぐに暖炉の前に移動してくるのは目に見えている。
その前に、暖炉に急いで薪を注ぎ足して火の勢いを上げておく。
ジュリーさんに入れてもらったお茶を飲んでいると、バタバタと外から嬢ちゃんずが帰ってきた。
「「寒い!」」って暖炉前を早速占拠する。
姉貴も、梯子を下りてきた。どうやら、嬢ちゃんずの騒ぎで寝ていられなかったらしい。
ミーアちゃんに「雪が積もってる」って言われて早速外に飛び出してった。
いったい幾つになったんだ。そういえばアルトさんだって……ふと見ると睨まれた…
少し経つと「寒い!」って姉貴が家に飛び込んできて、嬢ちゃんずの間に潜りこんだ。
そんな彼女達を、ジュリーさんがにこにこと微笑んで見ている。
「さあ、朝食ですよ。」
ジュリーさんの声に彼女達がテーブルに集まる。俺は暖炉から鍋を下ろしてジュリーさんに預けた。
「アキトの今日の予定は?」
黒パンサンドをモシャモシャと食べながら姉気が訊ねた。
「そうだねぇ…ギルドの依頼を見てみて、面白いのがあるか見てこようとおもってるけど…無ければ、ソリでも作ろうかな。」
ソリの言葉に嬢ちゃんずが反応を示したが、とりあえず無視しておく。
そして、「ご馳走様」って言うと、マントを羽織りフードを頭に深く被ると、ギルドに歩いて行く。
キュッ、キュッって雪を踏みしめ村の通りを歩いて行く、誰も通らない雪道に自分の足跡が付くのは気持ちがいい。
ギルドの扉を開くと、「おはようございます。」って挨拶する。
でも、ギルドにはカウンターにシャロンさんがいるだけだった。
それでも、俺の挨拶に「おはようございます。」って返してくれる。
依頼掲示板のところに歩いていくと、掲示板には依頼書が何もない。
冬にはまともな依頼が無いって聞いてたけど、ホントに何も無いんだな。感心を通り越して呆れてしまう。
「依頼が、全然ないんですけど…」
カウンターに行ってシャロンさんに聞いてみた。
シャロンさんは編み物をカウンターに置くと、奥の暖炉に薪を投入した。そして、暖炉に掛かったポットでお茶を入れる。
「そうですね。今朝は雪も降りましたし、この季節の依頼は3日に1件程度です。それも、多くは毛皮商人からの雪レイム狩りですから、出来れば村人に廻して頂きたいのですが。」
そう言って俺にお茶を出してくれた。
「そうですか。では、また来ます。…ご馳走様でした。」
シャロンさんにお茶の礼を言って、とぼとぼと帰宅する。
確かに、雪山では依頼は無いだろう。来春までの長い日々をどうしようというのが俺の悩みとなった。どう考えても嬢ちゃんずが大人しく家で過ごせるとは思えない。
家の扉を開けると皆が一斉に俺を見る。
「どうだった?」
俺がテーブルの席に座るなり、姉貴が訊ねた。
「全くない。掲示板に依頼書は1枚も無いよ。それと、たまに雪レイムを狩る依頼があるみたいだけど、出来れば村人に廻してくれって言われた。」
姉貴はロフトに上がっていくと図鑑を持ってきた。
テーブルに図鑑を広げてレイムを探してる。
「あぁ、これだね。狐みたいだけど、レイムって言うんだ。…冬には白い冬毛に覆われるって書いてある。需要は冬に限定されるみたいだから、アキトが聞いてきたとおりだわ。」
註書きを見ると、罠で狩る。とあった。だとすれば、雪レイム狩りは娯楽の少ない村人の現金収入を兼ねた楽しみなのだろう。それならば俺達は邪魔をしないほうがいいだろう。
ここは大人しくソリでも作ろう。薪用の丸太も運べるし、嬢ちゃんずの遊びにも使えそうだ。
簡単に昼食を済ませると、材料を貰いに約束した木箱を持ってセリウスさんの家にお邪魔する。
相変わらず床用の板を製材していたが、その甲斐があってか暖炉周辺にはもう床板が張られている。
「アキトか。相変わらず板を切っているが、まだまだ足りん。春までこの作業が続きそうだ。」
そう言いながらも、ギコギコとノコギリを挽いている。
「まぁ、座るにゃ。床板があるから少しは楽にゃ。」
「それは、何よりですね。…あのう、これを持ってきたんですが。」
俺は、家の外においてあった木箱を見せた。
セリウスさんは受け取ると直ぐに暖炉の前に持っていくとカーペットの上にドカっと下す。そして、暖炉の脇にあった袋から布を取出すと箱の上に乗せた。
「丁度いいテーブルになるな。椅子等俺達には無用だから、これで板に食器を並べずに済む。ありがたく頂くよ。」
早速、ミケランさんがお茶のカップを並べて、暖炉のポットをおろすとカップにお茶を注いだ。
「セリウスも一息入れるにゃ。ほら、アキトも暖かいほうに来るにゃ。」
何か親戚の家に来たみたいで、何時も俺を快く迎えてくれる。
この世界に頼れる人がいないから、セリウスさん達の心使いは嬉しかった。
お茶を飲みながら、2人にギルドでの出来事を話してみた。
「確かに今日は初雪だ。この雪はしばらく続くから、ギルドの依頼もそんなものだろう。そして、雪レイムについてはお前の考えでいいだろう。村人の冬の貴重な収入源だ。ハンターでなくてもこなせるなら俺達がすることもない。……だが、準備はしておけ。雪レイムは他の肉食獣の獲物でもある。そいつらは俺達の獲物だ。」
要するに、村人の狩りの邪魔になるものは俺達が出ないといけないって事なんだろうな。
「だいぶ、ミケランの腹も大きくなってきた。もし、そのような事態が生じたならば、お前達で対処して欲しい。」
「そんな事が無いように願いたいですが…判りました。でも助言はお願いしますよ。」
「それと、少し木材を分けて貰えませんか。ソリを作りたいんで。」
「たっぷりあるから幾らでもやるが、『ソリ』とは何だ?」
俺は、2人に『ソリ』を説明した。滑走面を持ち、雪や氷の上を滑らすものだ。とは言ってみたけどはたして理解できたのか…。
「『シュラ』みたいなものだな。冬の薪取りに使えそうだ。出来れば2台作って欲しい。」
セリウスさんに追加注文を出されてしまった。
まあ、それ程複雑でもないし、材料提供もあることだからセリウスさんの傍らで早速製作を開始する。
材料の加工は面倒だけど、基本は井型に木材を組み合わせるだけだから、夕方には2台のソリを作ることができた。
「これが、『ソリ』か。『シュラ』の小型版だな。だが丸太運びには十分だ。」
出来上がったソリは長さ1.2m横幅が60cm程の小さいものだ。でも、基本は嬢ちゃんずのオモチャだし、これだって十分に荷物運びは可能だ。
最後に、ソリの前にある横木に5m程のロープを輪にして通せば出来上がり。
早速1台をセリウスさんに渡して、もう1台をロープを引いて雪の上を滑らせながら家に帰えることにした。
ソリには船を作る木材も積んである。
全て木造で作ることは困難だと思うけど、枠を作って革を張ればそこそこ使えるんじゃないかと考えている。 耐水塗料があれば更に問題がなくなる。
帰り際に「ありがとうございました。」と挨拶すると「また、来いよ。」って言ってくれた。
帰宅すると、暖かいリビングで嬢ちゃんずはスゴロク、姉貴とジュリーさんはチェスで対戦中だ。
「ただいま。」って言ったら、「お帰り!」って言ってくれたけど誰も俺を見てないぞ。安全上問題なような気もするけど、このメンバーがいたら例え盗賊でも無事には済むまい。そう考えれば問題ないのだが、ちょっと寂しい気もする。
「チェック・メイト!」
姉貴の宣言で、どうやら対戦は終了したようだ。はぁ…ってジュリーさんがタメ息を付いてる。
「どうだったの?」
実に曖昧な質問だが姉貴の場合は何時もこうだ。
「暖炉の前は床板が出来ていたよ。持っていった木箱は丁度いい具合にテーブルになった。昔のちゃぶ台って感じに使うみたいだ。…あぁ、それと、ミケランさんのお腹が大きくなってきたって言ってた。」
そう言って、テーブルの上の駄菓子を摘む。硬いクッキーみたいな奴なんだけど、お菓子がこれしか売ってない。
「そうなんだ。後で皆でお邪魔しようっと。」
「それと、獣討伐の依頼があるかもしれないから準備をしとけ。って言ってたよ。雪レイムを狙う獣がいるらしいね。それと、ソリを作ったよ。」
「灰色ガトルやグライザムがそれにあたります。狩猟期に出会ったグライザムはまれに見る大きさでしたが、通常でもセリウス様より大きいですよ。灰色ガトルは通常の2倍程ですが極めて獰猛です。」
ジュリーさんがシチューの下ごしらえをしながら教えてくれた。
となると、雪山装備を本格的にしておく必要があるな。
それと、嬢ちゃんずには雪山は無理だと思う。これも何とかしておく必要があるな。
そんな事を話した数日後、夜中にドンドンと扉を叩く音で眼が覚めた。
急いで服を着て、扉を開くとセリウスさんが立っている。
「灰色ガトルに村人が襲われた。急いでギルドに集合してくれ。」
俺にそう伝えると雪の中を去っていった。
暖炉に薪を数本投げ入れると、鍋を薪でガンガンと叩くと、音に驚いて皆がリビングに集まってきた。
「なんじゃ。まだ夜は明けんぞ。」
アルトさんが口を尖らせて抗議してるけど、それってちょっと子供っぽいぞ。
「セリウスさんから、連絡だ。灰色ガトルに村人が襲われたらしい。俺と姉さんでギルドに出かけてくる。皆も準備だけはしておいてくれ。」
皆驚いた顔をしているが、直ぐに頷くと部屋に戻っていく。
そして俺は着替えを急ぐと、家を出しな体にマントを巻きつけ、姉貴と一緒にギルドへ向かった。
外は暗く吹雪いており、どうにか通りがわかる。
この状態で、山狩りなんかしたら何人遭難者が出るか分からない。と考えながら2人で通りを歩いて行く。