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#056 狂戦士の最後

 遅い昼食なのか、それとも早い夕食なのか判らないけど、それでも食べればやる気は出てくる。

 火を焚けないので水で硬くなった黒パンサンドを流し込むと、いよいよ作戦開始だ。


 姉貴達が所定の立木に登り始める。サーシャちゃんとキャサリンさんはそれぞれ、ジュリーさんとミーアちゃんが先に登って、ロープで登るのを手助けしてる。

 登った枝に腰掛て、更に高い枝にロープを通して腰に結んでいる。あれなら、足を滑らして落ちる事も無いだろう。


 俺は、襲撃点と俺の配置位置の間に小さな焚火を作る。ハンターが狩りの帰りに野宿しているように見せかけるためだ。

 アレクさんとセイムさんは5個づつ爆裂球を持って俺の後の岩によじ登った。俺が爆裂球を投げるのに合わせて、2人が投げ続ける手筈になっている。

 

 「後は俺達だな」


 セリウスさんは襲撃点の回りに、獲ってきた数匹の獣をナイフで引き裂いてばら撒く。

 大型の獣を背負うと、ミケランさんと一緒に姉貴が教えた岩穴の方向に走っていった。


 1時間ほど経ったろうか、セリウスさん達が帰ってきた。

 担いでいった獣の残骸を放り投げて戻っていく。

 2人で、今まで罠を仕掛けていない0時方向に数箇所、爆裂球を仕掛けるといそいで3時と9時の方向にある立木によじ登っていった。


 M29をホルスターから抜いてベルトの前に差し込んでおく。左手で爆裂球の紐を指に巻きつけて握る。

 タバコを取出し、火をつけるとゆっくりと煙を吐き出す。

 待つのは、あまり好きではないけど、この場合はしかたがない。


 突然、遠くで爆裂球が炸裂した。

 急いで、タバコを焚火に投げ捨てると、岩の前に立ち上がる。


 爆裂球の破裂音は更に近づいてくる。

 ガォン……と言う低く唸るようなガトルの吼える声も聞える。結構な群れのようだぞ。


 周囲の爆裂球がたてつづけに炸裂すると、突然周囲が明るくなった。ジュリーさんが3個の照明球を上げたみたいだ。

 ガトル達が照明球の明かりが届くギリギリのところで、俺を半円形に囲んでいるのが見えた。

 

 ゆっくりと奴は現れた。

 

 その姿は……神話の世界にこそ相応しい。

 身長は2mを越えている。グライザムといい勝負だ。

 筋肉質の体は100kgを越えているだろう。汚れた革鎧から伸びた銀色の毛で覆われた腕は俺の腿位の太さがある。

 その右腕には、使い古された長剣を片手剣のように持っている。

 だが、その姿をして異質に感じるのは、頭が人ではないからだろう。

 その頭にあるのは、大きな獣の頭であった。ガトルに類似した犬の頭。いや、犬というよりも、その尖った口に覗く牙から狼を連想する。……なるほど、人狼なんだ。


 ドォン!……ドドォン!!

 爆裂球の炸裂音が周囲に木霊した。

 ガトル達の包囲が狭まって地雷に触れたのだろう。

 だが、俺はそんなことは気にせずに前を見る。人狼が少しづつ近づいてきたからだ。

 小さくなった焚火の明かりで奴の眼光が黄色く光る。

 ゆっくりとだが地面を滑るように近づいてくる。

 俺まで、あと100m程に迫ってきた。


 俺の回りには僅かに人の気配はあるが、奴は気づかないようだ。皆ジッとして動かないけど、初めて見た人狼に動揺しているのは俺には判る。

 【アクセル】……。俺は小さく呟くように魔法で身体能力を向上させる。


 奴の足元で爆裂球が炸裂する。

 しかし、革鎧で衝撃が吸収されるのか、奴の表情に変化はなかった。

 だが、これも計算の内、立木の上で待ち伏せしている姉貴達を感づかせない為だ。

 更に近づいてくる。距離は50m程だ。俺は奴から目を離さずに、左手の爆裂球の紐が指に絡んでいるかをそっと確かめた。


 そして、姉貴が目印に小枝を差した場所に奴が片足を下ろした時、俺はすかさず爆裂球を投げつけた。同時に銃を取って両手で持つ。


 ドドドオォォン!!

 俺の投げた爆裂球と背後から2人が投げる爆裂球、更にジュリーさんとキャサリンさんが放つ魔法が一斉に、、そして連続して奴の回りで炸裂する。


 M29を奴に向けてぶっ放す。それを合図に、奴にボルトが突き刺った。此方で見えるのは2本。何れも腹に深く刺さっている。俺の弾丸は外れたみたいだな。

 2発目の弾丸を発射する。44マグナムの着弾衝撃で奴がのけぞる。しかし、倒れることはないが頭を左右に振っている。かなりの衝撃を与えたようだ。

 

 「ウオォー(ニャアァー)!!」


 ふらついた奴の両側から、セリウスさんとミケランさんが交差するように走りこむ。

 到達がやや早いセリウスさんの一撃を長剣で防御する隙にミケランさんが片手剣で奴の腕を斬りつけた。そして斬り結ぶことなく素早く距離を取る。


 シュタ!っと、また奴にボルトが刺さり、今度は前に仰け反った。

 姉貴のボルトが、いいところに当たったんだろう。

 俺も、三発目を発射する。

 腹に受けた銃弾の衝撃で奴の動きが一瞬止まった。


 すかさず、爆裂球と魔法が奴に向かって炸裂する。

 キャサリンさんの【シュトロー】で凍りついた右腕を、左から走りこんできたセリウスさんが片手剣で叩き折る。

 それでも、奴は俺に向かって歩みを止めない。

 更にボルトが刺さる。今度は足にボルトの1本が貫通している。引き摺るように歩いてくるぞ。


 焚火の前まで来た時に奴の腹から刃が飛び出した。

 全身を痙攣けいれんさせながら「ガオォォーン!」と雄叫びを上げると、体中の傷口から血潮が飛び散った。

 

 そして、その場からジャンプすると俺の目の前に着地する。奴の長剣を持った左手が俺の顔目掛けて振り降ろされる直前、奴の大きく開いた口目掛けて、トリガーを引いた。

 ドゴォン!

 奴の後頭部が吹飛ぶ。

 そして、ゆっくりと俺に抱きつくように倒れた。その背中にはグルカナイフが深く突き刺してある。焚火の奥から成人した剣姫の姿が現れた。

 

 セリウスさん達が走ってくる。

 後頭部の大穴を見て吃驚びっくりしているようだ。

 

 「やったな。確かに人狼だ。しかもバルダルク……よく我等で倒せたものだ」

 「やはり、バルダルクか。あれだけのボルトを受け、尚且つ片腕を失っても、目的を遂げようとは……。話には聞いていたが、これ程とはな」


 セリウスさんとアルトさんが何やら話し合ってる。

 姉貴やミーアちゃんも木から下りてきた。

 アレクさん達も岩から下りて、人狼を見てる。

 俺は、サーシャちゃんと歩いてきたジュリーさんに聞いてみた。


 「アルトさん達が言ってる、バルダルクってなんですか?」

 「やはり、そうでしたか。バルダルクとは狂戦士を指す言葉です。自分の敵を見つけたならば、たとえ自分がどんな傷を受けようともそれに向かって進んでいきます……」


 遠い昔は薬物でそのような戦士を作ることができたそうだ。今ではどの国も邪法として禁じられているらしい。だが、人狼が高レベルになると、狂戦士となる麻薬を自らの体で生成できると教えてくれた。

 要するに退く事を知らない戦士になれるわけだ。

 でも、最初の襲撃は退いたんだよな……。


 「前の事を考えてたんでしょう。でも、あの時と今では決定的な違いが1つあります。前の時は、姿を見せなかった。けれども今回は姿を見せた。この違いが人狼の生死を分けたのかも知れませんね」


 ジュリーさんはそう言って、サーシャちゃんと人狼を見に行ってしまった。


 「アキト、凄かったね。このクロスボー2本でも倒れないのよ。ミーアちゃんのだって三分の一位ボルトが食込んでいるのにまるで変化ないんだもの。驚きの生物だよね」


 俺には姉貴のほうが驚きの生物だと思ったけど、口にはしない。

 さて、後は後始末をどうするかだよな。

 セリウスさんに聞いてみると、討伐証明部位を確保しろって言われた。

 それって何?って聞いたらガトルと同じだそうだ。

 幸いにもマグナム弾で吹っ飛んだのは後頭部だから、奴の口を開けて牙を取り出す。

 その後は、スコップナイフで大きな穴を掘り其処に埋葬した。


 焚火の火を大きくして、お茶を沸かす。簡単なスープを作って皆で飲むと体も温まるし、今までの緊張がほぐれる。

 今夜は此処で野宿だ。交替で焚火の番をしながらゆっくりとマントに包まって寝ることにした。

 幸いにもその夜、ガトル等に襲われることは無かった。


「ガトルは本来大きな群れを作ることはない。人狼が倒されたので散り散りに森の中深く退散したのだろう。これでギルドの依頼は全て達成だ」


 セリウスさんのそんな話を聞きながら簡単に朝食を済ませると、さっさと引き上げの準備をする。

 まず、昨晩仕掛けた爆裂球の罠を回収する。誰かが引っ掛かったら大変だしね。それが終ると、爆発した場所の周辺に散らばるガトルの死骸から牙を回収して、村に戻る小道の方に皆で歩き始めた。

 

 村への小道に出ると、後は村を目指して歩くだけだ。途中でちょっと休憩しながらも、昼過ぎには村の東門を通ることができた。

 その足でギルドに向かう。

 ギルドの扉を開けてホールのテーブルに皆で座り、お茶を頼む。

 シャロンさんとの交渉はセリウスさんにお任せだ。


 俺達がお茶を飲んでいるとセリウスさんが戻ってきた。

 俺達の前に銀貨を5枚づつ配る。


 「今回の報酬だ。残念ながら人狼の報酬は規定がないので出せないそうだ」

 「俺達は爆裂球を投げただけです。人狼を見て、一緒に戦っただけでも仲間に自慢ができますよ」


 アレクさんはそう言って銀貨を袋に仕舞いこんだ。


 「少し気の毒じゃな。お前達はこのまま村で冬を過ごすのか?」

 「いいえ。南に移動します。冬にはさほど依頼は無いでしょうし……」

  

 セイムさんの話を聞くと、アルトさんがカウンターに歩いていった。シャロンさんに筆記用具を借りてなにやら書き込んでいる。

 戻ってくると、1通の手紙をアレクさん達に渡した。


「記念品ぐらいは王国から出してやろう。少しは仲間内で自慢出来ようぞ。その手紙を王都の近衛に渡すがよい。剣姫からじゃとな」

「ありがとうございます」


 アレクさんは押し頂くように手紙を服の中に仕舞いこんだ。

 俺達も目の前の銀貨を手に取る。


 「これが、我のした仕事に対する評価なのじゃな」

 「そうですよ。王国の誰もが仕事をして、その収入得るのです。それは、王族とて例外ではありません。仕事には種類があり、見えないものも多いのです。サーシャ様は今回初めて目に見える仕事をしたので、目に見える銀貨を頂いたのです」


 こういうのを教育って言うんだろうな。でも、お転婆姫にはこういう人が着いていないと、どんな人になるか心配だけど、ジュリーさんがいれば安心なような気がする。


 そんなことを話している内に夕暮れ時が近づく。

 俺達は、アレクさん達に別れを告げると急いで帰宅した。

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