後日談 3-05
罠を仕掛けた次の日。普段は起こさなくてはならないバドリネンが一番早く起きていた。既に水汲みまで終えていたのは驚きだ。
「姉様、今日は楽しみだね!」
「何匹掛かってるかな?」
弟達は、罠の確認が楽しみでしょうがないようだ。でも、ルーミィちゃんに聞いた話だと、良くて3匹ダメな日はまるで掛からないと言っていたから、あまり期待してはいけないような気もする。
サラミスさんが、獲物の報酬はキチンと分配するようにサイルト君に言っていたから、3匹掛かれば1匹は分けて貰えるかも知れない。でも、獲物をどうするかはまだ教えて貰っていない。毛皮の剥ぎ方が、今日私達が覚える事なんだろう。
準備を整え、サイルト君達がやってくるのを待つ。
やっと、扉が叩かれる音を聞くと、バドリネンが扉に飛んでいった。
一休みしている間も、弟が落ち着かない様子をルーミィちゃんが笑ってみている。
「私も最初に連れて行って貰った時は、あんな感じだったのよね。そうだ! コゼット、お鍋を用意するのよ」
「昨日も持って行ったけど?」
「そうだったわね。なら持ってるわね。上手く罠にラッピナが掛かっていれば、お肉が手に入るわ」
肉は、干し肉か宿の食堂で出される肉位だけど、ここしばらくは食堂に行ってなかったな。本当に手に入るのだろうか?
そんな期待をしながら、私達は長屋を後にする。
罠を仕掛けた場所まで、しばらく歩くのだけど、アリシアまでもが足早に歩いている。そんなに急ぐと転んだりしないか心配になるほどだ。
荒地が広がると、私までもが期待感に溢れてくる。何といっても、生まれて初めての罠猟なのだ。自分で罠を作って、自分で仕掛けた。
最初だから、1匹でも掛かっていればどんなに嬉しいことか……。
目印のロープが見えたところで、焚き火を作って一休み。
バドリネンは気が気ではなさそうだ。ついつい目が仕掛けた藪の方に向いてしまう。
「焦ることはない。それより、俺とバドリネンは周囲をしっかり見張るんだ。俺達の獲物は野犬の獲物でもある。罠に掛かった獲物は野犬の格好の獲物でもあるんだ」
横取りされることがあるって事らしい。バドリネンは槍の穂先のケースを外してベルトに挟み込んだ。その様子はサイルト君を真似してるようで、私とルーミィちゃんは顔を合わせて微笑んでしまった。
「よし、俺達が見張れば野犬は遠巻きに眺めてるだけだ。だが、近づいてきたら、躊躇せずにぶん殴るんだ!」
サイルト君の忠告を弟がうんうんと神妙に聞いているから、私達は吹き出してしまった。
「まあ、笑わずに彼に任せよう。罠猟の難しさはそこにある。罠の獲物を狙う奴がいることを忘れてしまうことが多いんだ」
常に周囲を見ていなければならないらしい。
薬草採取の時は、サラミスさんがのんびり釣りをしているように最初は思えたけど、私達の周囲を見張っていたのを知ったのは一か月も過ぎたころだった。今日はサラミスさんがいないから、2人で見張るって事なんだろう。
一休みを終えて、罠を見に出掛ける。1個ずつ確かめて、倒れている罠があれば輪を立たせなければならない。
罠を10個近く確認した時だ。
「やったー!」
思わず叫んでしまった。私の仕掛けた罠に1D(30cm)程の獣が首を絞められて死んでいた。
恐る恐る罠を外して、獲物をアリシアに渡すと、罠を元通りにしておく。
後ろを振り返ると、背負いカゴに入れた獲物をアリシアがジッと見ている。かわいそうに思ったのだろうか? でも、その獣のおかげで私達は冬を越せるかも知れないのだ。
さらに、獲物が掛かっている罠が次々と見つかる。
アリシアが一々バドリネンに状況を教えているから、彼も罠を確認したいようだが、サイルト君の言いつけを守って槍を構えて周囲に目を光らせていた。
どうにか昼前に全ての罠の確認が終わったのだが、獲物は13匹と予想を大きく上回っている。
大急ぎで昼食を取り、一休みしたところで毛皮を剥ぐことになったのだが、【私のナイフでは大きすぎるようだ。
「武器屋で専用のナイフを売ってるから1本買っておくといい。今日は俺達で皮を剥ぐ。内臓を埋める穴を掘ってくれないか?」
3人で採取ナイフを使って深い穴を2つ掘ると、慣れた手つきでサイルト君とルーミィちゃんが内臓を抜き取り手早く毛皮をはぎ取った。
最後にお鍋を出すように言われたので、バッグから取り出すと1匹のラッピナを丸ごと入れてくれた。
「遠火でじっくり炙っても良いし、細かく刻んでスープに入れても美味しいわよ」
「こんなに良いの?」
「ええ、私達も1匹貰うわ。残りを肉屋と雑貨屋に売るの」
今夜は美味しい夕食が食べられそうだ。
急いで村に帰って雑貨屋と肉屋に寄る。雑貨屋で毛皮を売り、肉屋には肉を売るのだ。
収入は肉が1匹15Lで毛皮が5Lという事だ。合わせて230Lにもなった。分けるという事だから、115Lを貰えると思っていたのだが、ルーミィちゃんが渡してくれた金額は138Lという額だった。
「半分じゃないの?」
「狩りは参加者全員が均等割りなの。これはどのハンターも同じよ。私が黒のチームに混ざって狩りをしても、一番レベルの高い人と同じだけ貰えるわ」
ハンターに上下関係が無いという事なのだろうか? サイルト君とアリシアの報酬が同じと言うのにはちょっと戸惑いを感じてしまう。
「今回は大漁だったけど、明日はどうなるか分からないぞ。それじゃあ、明日も頑張ろうな!」
雑貨屋でサイルト君達と別れたところで、食料を買い込み、武器屋に寄ってみた。
皮剥ぎ用のナイフの値段を確認するためだったが、80Lの値段を聞いて直ぐに買ってしまった。私達だって同じように内臓を取り、皮を剥ぐのを早く覚えなければならない。いつまでも一緒に狩りが出来るとは限らないのだ。
それでも、30Lほど残金がある。今日買い込んだ食料で10日は持つだろうから、何とか冬は越せそうな気がしてきた。
弟達の希望でラッピナは囲炉裏でじっくりと焼き上げた。
塩味だけの焼肉だけど、焼肉なんていったい何か月ぶりだろう……。小さな焼肉だけど、たまに食べさせてやることが出来そうだ。
罠猟が続くと、確かに獲物がそれほど捕れないのが分かってきた。多くて数匹なのは、いつもの倍近く罠を仕掛けたせいだろうと久しぶりにギルドで出会ったサラミスさんの感想だ。
まったく捕れない日もあったけど、そんな日は数えるぐらいだ。弟と日替わりで罠の確認と見張りを交代する。
初めてこの村に雪が降った時、アリシアはルーミィちゃんのマントを頂いた。
「昔着てたんだけど、小さくなって着られなくなったの。何かに使えると思って取っておいたんだけど、良かったらアリシアちゃんに来て貰おうと思って……」
「ありがとう。そろそろ買ってあげなくちゃ、とは思ってたんだけどね」
マントはポンチョと違って薄い毛布のような裏地がある。アリシアには少し大きかったけど、これなら暖かくしていられるだろう。私と弟は来年を待とう。今年は何とかポンチョで過ごそうと思う。
そんな罠猟をしていたある日。
「姉様、あそこに何かがこっちを見てる!」
私と一緒に周囲を見張っていたアリシアが私のポンチョの裾を引きながら教えてくれた。
アリシアも指さした藪はかなり離れているが、確かに何か動くものがいた。
「サイルト君。あそこに何かいるんだけど!」
私の声に、振り返ってアリシアが指さした藪を見た。
「野犬だ。ルーミィ準備しろ!」
大声でサイルト君が周りに告げると、ルーミィちゃんが背中の弓を下ろして矢を2本矢筒から取り出した。バドリネンも槍の穂先をケースから出して教えられたとおりに構えを取る。
「アリシアちゃんが真ん中だ。後ろはバドリネンに任せるぞ。ルーミィとコゼットは俺の後ろで左右を固めろ」
ひし形の陣形を取って、中にアリシアを入れる。そんなアリシアもルーミィちゃんに貰った弓をいつの間にか取り出して手に持っていた。
「向こうから襲って来た時に剣を使え。こっちから飛び出すなよ」
後ろも振り向かずにサイルト君が教えてくれる。
私も片手剣を持って、野犬が近づいてくるのをジッと待った。
どうやら、数匹の群れらしい。
後ろ脚で立ち上がったら、アリシアよりも大きそうだ。藪を出てゆっくりとこちらに近づいてくる。
「6匹か……。コゼット、後ろにも行くぞ、野犬は斬るんじゃなくて、剣で叩け。その方が効果的だ」
叩け! ってどういう事なんだろう?
そんな事を考えながらも、剣をひっくり返して構える。モスレム王都で頂いた片手剣は片刃なのはこんな事を想定していたんだろうか?
50D(15m)程に野犬が近づいた時、ヒュン! と弦のなる音がして、先頭の野犬に矢が突き立った。直ぐに次の矢が放たれ、後ろの野犬の背中に当たる。
一声大きく野犬が吠えると、一斉に私達めがけて走ってきた。
サイルト君が2歩前に踏み出して、槍を風車のように回したかと思うと、野犬に叩き付けた。
矢が短い間隔で放たれる。
私に向かって飛び掛かってきた野犬に思い切り片手剣を叩き付けた。「ヤア!」という声をバドリネンが出しているから、後ろにも回り込んだに違いない。
「最後だ!」
自分に言い聞かせるような大声でサイルト君が野犬に槍を突き刺した。
周囲に動く野犬はもういない。
「コゼット、あの辺りに穴を掘ってくれ。バドリネンよくやったな。アリシア、弓の腕はルーミィを直ぐに超えられるぞ」
私には褒める言葉が無いようだ。弟達は嬉しそうに私の仕事を手伝ってくれる。
穴が出来たところで、野犬の皮を剥ぐらしい。サイルト君に野犬の皮剥ぎを任せて、私とルーミィちゃんは残りの罠を確認する。バドリネン達は周囲の見張りだ。次の野犬がいつ現れるとも限らない。
野犬を倒して、右の牙をギルドに納めると、報奨金を貰えるらしい。
「1個10Lになるのよ。それに野犬の毛皮は雑貨屋で1匹5Lで引き取ってくれるわ。6匹だから90Lになるわね」
罠猟の獲物が4匹だから80L。合わせて170Lにもなるようだ。野犬は専門に狩るハンターもいると聞いたが、この報酬なら分かるような気がする。