後日談 3-04
木の皮を剥いで薄く延ばして輪を作る。その輪に小動物が首を突っ込むと締め上げる仕組みは、なんだか子供のおもちゃのようにも思える。
「革紐や針金で作るハンターもいるけど、木の皮なら匂いがしないから一番なんだ。材料は小川の近くの灌木からとれるだろう」
サラミスさんが、焚き火の傍で何個も同じものを作って教えてくれた。見よう見まねで作ったものはお世辞にもこんなので捕れるかと思うような無様な出来だった。それでも、薬草採取の合間や、長屋の囲炉裏の傍で何度も作る内にそれらしいものが出来るようになった。
この罠を30個以上仕掛けるらしい。これからは、毎日その罠を見回るのが日課になるらしい。簡単な仕掛けだから、罠を壊して逃げる獣もいるらしく、新しい罠を何時も準備するように言われた。
「だが、それ以上に注意しなくちゃならないのは野犬だ。数匹ならお前達でも倒せるかも知れないけど……。そうだな、5匹以上見掛けたら、逃げることを考えるんだ。一応、これを渡しておく。この紐を引くと5つ数えた後に爆発する。それで逃げられるだろう。一応、念のためだ」
そう言って、握り拳ほどの黒い球を渡してくれた。球からは確かに紐が伸びて輪になっている。大事に上着のポケットに入れておく。
「ギルド長がくれたんだ。使いどころを間違えるなよ」
「逃げられないと思った時に使います」
私の答えに、満足そうな顔をしてサラミスさんが頷いた。
「罠猟はサイルト達が教える。俺は、森で他のハンター達と猟をするんだ。跳ね橋を渡らない限り危険はあまりない。サイルトも十分その辺は注意してくれよ」
「分かってるさ。だけど、跳ね橋の北側はいいだろう? 去年も北の方がたくさん取れたんだ」
そんなサイルト君の話を頼もしそうにサラミスさんが聞いていた。
ギルドの掲示板に薬草採取の依頼がついに無くなった。いよいよ罠猟の季節になったようだ。
この村にやってきたころは夏の盛りで暑かったのだが、この頃は涼しさを通り越して寒さが気になるようになってきた。木綿の上下を革の上下の下に着込んでいるが、冬に備えて雑貨屋で冬物を購入しておいた。
毛糸の靴下にセーター、それに手袋だ。3人分で180Lは高額だが、冬は三か月ほど続くのだ。それでも、手元には銀貨が16枚ほど残っている。
「それじゃあ、明日からは罠猟になる。武器は必携だぞ。罠は30個は用意しておけよ」
サラミスさんの言葉にしっかりと頷いて早々と長屋に戻った。
囲炉裏の傍で明日の準備を始める。明日の準備、それはライ麦粉をこねて薄く延ばしたパンを鍋の裏で焼くことだ。
このパンがこの村の主食らしい。柔らかく焼いたパンは昼食用のお弁当や宿に泊まるお客さんのために焼いているようなものらしい。
「こうやって作るの。最後は囲炉裏上に鍋を被せて焼くんだけど、なるべく炭火で焼いた方が、火加減が出来るわよ」
長屋に遊びに来たルーミィちゃんが教えてくれたんだけど……。遊びに来たんじゃなくて、村での暮らし方を教えに来てくれたんだと思う。彼女の勧めでろうそくの燭台と底の浅い鉄の鍋を購入した。
その鉄鍋で、薄いパンを焼いているのだけれど、私の仕事を見てる弟と妹が最初に焼けたパンを早速頂いている。
アリシアが半分千切ってくれたパンは、薄い塩味がついているけどちょっとパサついた感じだ。でも、スープと一緒に食べれば美味しく頂けるに違いない。
「たくさん焼くの?」
「そうよ。今夜、明日の朝、お弁当に夕食ぐらいは作りたいわ」
「私、1枚は食べられるよ」
弟達の声援に微笑みながら、手を粉だらけにして、次々とパンを焼く。
10枚以上焼いたところで、握り拳ほどのライ麦粉は皿に濡れた布で生地を包んで取っておいた。今夜はこれを使ってスープを作るのだ。
その夜、パン生地を小さく千切って野菜スープに入れたものを頂いた。冬の夜にはこれが一番とルーミィちゃんが力説してたのを思い出す。確かに体があったまる。アリシアも残さず食べたし、バドリネンはお代わりをするぐらいに気に入ったようだ。
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いよいよ罠猟が始まる。背負いカゴにはたくさん作った罠が入っているし、夕べ作った薄いパンは4枚を紙に包んでアリシアのバッグに入っている。
お茶を沸かして待っていると、長屋の扉が叩かれた。バドリネンがカギを使って扉を開けると、ルーミィちゃん達が立っていた。
直ぐに中に入れて、お茶をご馳走する。
「一息入れたら、出掛けるぞ。橋の北側の荒地は良い猟場なんだけど、たまに野犬が出るんだ。コゼット達だけなら兄貴が許可しないだろうけど、俺は赤6つでルーミは赤5つだからな。野犬ぐらいは何とかできる。でも、武器は持ってくれ。俺達で倒せない時だってあるからな」
そんな事を言うもんだから、バドリネンの目が輝いている。アリシアはちょっと私に身を寄せてるけど、まだ小さいから仕方ないかも……。
お茶を終えると、囲炉裏の火に灰を被せておく。ブーツを履いて、外に出たところで部屋のカギをバドリネンが掛けた。落とさないように、鍵には革紐がついているから、それを首に掛けている。
「それじゃあ、出掛けるぞ」
サイルト君がサラミスさんのような口調で私達に告げると、東の門に向かって歩き出した。
まだ、本格的な冬にはなっていないそうだ。それでも、時より吹く北風に身を切る様な寒さを感じる。もう1枚、下着を着た方が良かったかも知れない。
「後一か月もすれば本当の冬よ。たまに雪も降るけど、それほど積もらないからブーツで十分よ」
「だが、マントは必要かも知れないな。ポンチョを着ても良いだろう。風で体温が下がるから、それを防げればいいんだ」
ポンチョでダメなら、マントになるってことなんだろう。私達の蓄えで3人分購入出来るんだろうか? ちょっと先行きが不安になる。
門番さんの、頑張れよ! の声援に片手を上げてこたえる。ちょっとした事だけど、私達の狩りの成功を祈ってくれているようでうれしくなってきた。
森に進む小道を歩いて、橋の手前で北に方向を変える。こっちには初めてきたから、弟達が興味深く辺りを眺めている。おかげでアリシアがつまずく回数が多くなったように思えるけど、杖を突きながら歩いているから転倒することはない。
「アリシア、ちゃんと足元を見るのよ!」
「うん。でも、こっちは森が近いし、あっちこっちに小さいのが私達を見てるんだよ」
「それが私達の得物なの。たぶんラッピナだと思うわ。草むらの奥に巣を作ってるんだけど、畑の害獣なのよ」
ルーミィちゃんがアリシアに身を少し屈めて話しかけてる。私には気が付かなかったけど、アリシアにはそれが分かったんだろうか?
隣を歩くバドリネンと思わず顔を合わせたが、彼も首を振っているところをみると、小さな獣を見ることが出来なかったらしい。
長屋を出て2時間ほど歩いたろうか、サイルト君が立ち止まった。
いよいよ罠を仕掛けるのだろうか?
そんな期待をしていたが、サイルト君は近くの雑木から枯れ枝を素早く集めると、慣れた手つきで小さな焚き火を作った。ルーミィちゃんがポットを乗せる。
その焚き火の周りに腰を下ろすと、サイルト君がパイプを取り出して焚き火で火を点ける。
サラミスさんがいた時は使っていなかったから、今日は兄様がいないので安心できるってことなのかな? ちょっとサイルト君に親近感が沸いてきた。
「先ずは一休みだ。この東に小川が流れている。そこに藪が茂っているから、流れにそって上流に罠を仕掛けていく。後で分るようにしておくんだぞ。たとえ害獣でも生き物を殺すんだ。罠に掛かってそれが分からないというのでは単なる殺戮だ。俺達はハンターだから狩りをするが、決して獲物を無駄にするってことはやらないんだ」
ハンターの心掛けなんだろう。無駄に殺さない……。それは命を奪う側にいるハンターが忘れてはならないことに違いない。
ルーミィちゃんが罠には毛糸で目印を付けるって言ってたのは、そういう事だった。言われるままに赤と緑の毛糸を買い込んで罠の紐に結んでおいたのだが、仕掛けた罠を後で探しやすくするためのものだったんだ。
お茶を飲み終えると、小川の方に歩いて行き、少し背の高い雑木にサイルト君が古いロープを巻いた。ロープは古くとも、そのところどころに色とりどりの毛糸が結んであるから結構目立っている。
「ここから仕掛けるぞ。先ずは奴らの通り道を探すんだ。それが見つかれば掛かる可能性が高くなるからな。無い場合は、茂みの奥と手前に仕掛けて罠の紐をしっかりと茂みに巻き付けておく。罠は輪を地面から必ず立てるんだ。横だと首が入らないからな」
サイルト君が罠を仕掛けるのを見て、私も罠を仕掛けてみた。数個仕掛けたところで、サイルト君が様子を見に来る。
「上手く仕掛けてある。これならだいじょうぶだ。このまま、上流に仕掛けていくぞ」
褒められたけど、ほんとにこんな仕掛けで掛かるのだろうか? 使用人が屋敷で使っていたネズミ捕りの仕掛けの方がはるかに立派に思えてきた。
サイルト君達と私達の罠を全て仕掛け終えた時には昼を過ぎていたようだ。小川に沿って5M(750m)程の距離に数十個の罠が仕掛けられた。
最後の罠を仕掛け終わると、サイルト君が近くの雑木に再びロープを巻き付ける。今度は2本だ。ここから、ここまでというハンターの暗黙の了解なのだろうか?
焚き火を作って遅い昼食を頂く。
薄いパンはスープと一緒なら美味しく食べられる。
「作ったのね。あれも試してみた?」
「ええ、美味しかったわ。体も暖まるし」
「今度作るときは、これを入れると良いわ。1匹をナイフでぶつ切りにして入れるの」
バッグから紙包みを取り出して渡してくれた。そっと、覗いてみると魚の干物らしい。「ありがとう」と礼を言ってバッグに入れる。
「ここまで来たんだから、焚き木も取っておくといいぞ。夜は寒くなるからな。焚き木はいくらあっても足りないくらいだ」
サイルト君の忠告をありがたく思いながら、担いできた背負いカゴに入るだけの焚き木を取って私達は村に帰る事にした。
これから毎日、罠の確認をすることになるらしい。




