後日談 3-01
人の良さそうな商人の引く荷馬車は、ガタゴトと音を立てながら東に進んでいる。私達3姉弟は揺れる荷台から西に小さく見えるモスレムの王都を眺めていた。
あれは、幼い私達が暮らした思い出の地……。でも、今となっては遠い思い出に過ぎない。
私にぴったりと張り付いているアリシアは7歳だから、王都で暮らしたことさえほとんど覚えていないかもしれない。
右手で私と同じように王都を見つめるバドリネンは10歳だから少しは覚えているのだろう。無表情で見ているけど、王都の城壁のくぼみで暮らしていた数か月から比べれば暗い表情が無くなっただけでも良いことだと思わなければなるまい。
私だって、まだ14歳になったばかりだ。王都のコソ泥でその日暮らしをしていたけれど、なぜか救われた感じで、思い出の王都を眺めている自分に気が付いた。
あの日、虹色真珠を持つハンターが、私達姉弟をどん底から救ってくれたのだ。
それまで、モスレム王国を恨みながら暮らしていたけど……。でも、そうすることで私は自分の平静を保っていたんだと思う。でなければ、幼い弟や妹を抱えて生きることに絶望していたかもしれない。
モスレム王国の中流貴族ではあるけど、それは3年ほど前に見知らぬ父様の任地に向かった時に、既に無くした肩書きなのかもしれない。父様がどのような経緯であの地を賜ったのかは知らないけど、着任した荒地の小さな家で両手にこぼれるほどの粒金を手にして母様と喜んでいたことは覚えている。
でも、その後は……。次々と恐ろしい怪物に私兵が倒され、最後には家を襲われてしまった。母様は傷ついた体で私達をハンターに託したけど、私が持っていたのは僅かなお金だけだった。
思い出をたどって、屋敷に戻れば既に別の人間が住んでいた。追い払われるように屋敷を後にした私達のたどる道はそれ程多く残っていない。お金を使い果たせば、コソ泥で弟達を養うことしか私には出来なかったのだ。
「姉様……。僕達に、ハンターが務まるのでしょうか?」
「さあ……。でも、これが最後のチャンスかも知れない。私達を王都から追い出す事が目的なら、こんな凝った事はしないでしょうしね」
王都には思い出がありすぎる。私は早く忘れたい気持ちだ。私達のハンター装備を1式揃えるのにどれだけあの連中は使ったのだろう? この片手剣だって、数打ちを避けて選んでくれた。当座の路銀に貰った銀貨3枚さえ、王都の宿で10泊は出来る金額だ。
「裕福なハンターの気まぐれかも知れないけど、これで私達が助かる事も事実よ。先ずはマケトマム村に行ってみましょう。どんな場所でも3人いれば何とかなるかもしれないからね」
「そうだね。ハンターから聞いたことがあるよ。最初は皆、薬草採取から始めるんだって、その時見せてもらった採取ナイフがあるんだから、今度は僕だって手伝えるさ」
少なくとも、コソ泥よりはマシな暮らしが出来るかも知れない。
段々小さくなっていく王都を見ながら、これが王都を見る最後になるかもしれないと自分に言い聞かせる。
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馬車に揺られて街道の町に着いた。サナトラムという町は周辺の村の中継点になるらしい。商人にここからは歩くように言われたけれど、私達の目的地は更に東にあるとの事だ。
「街道を真っ直ぐ東に歩けば2日で到着する。荷車なら1日で行けるんだが、あいにく私達はここから北に進むんだ」
「真っ直ぐ東ですね。ありがとうございます!」
そう言って、商人達と別れたけど、教えられた場所はだいぶ遠いんだな。
ギルドに出掛けて、安い宿を紹介して貰うと、次の朝早く街道を東に歩き出す。
石畳の街道がうねりながら東に続いている。この街道はかなり古い歴史があると母様に聞いたことがある。敷石にワダチが出来ているぐらいだから古いのは分かるけど、結構歩き辛い。アリシアが何度も足を取られてつまずきそうになっていた。
2時間ほど歩くと休憩所が見えてきた。ちょっと休んで行こう、弟はまだしもアリシアが辛そうだ。
荷馬車が数台置けるぐらいの広場の端には焚き火の跡もある。ここでお茶を沸かして休むのだろう。親切なハンターが用意してくれた中にはポットやカップも入っていた。水筒の水があるからお茶を作れそうだが、それは昼食時で良いだろう。雑木の枝を片手剣で切り取って杖を3本作った。杖があればつまづいて転ぶことも無いだろう。
日が沈む前に、休息所で小さな焚き火を作って夕食を作る。
焚き火の作り方はあの荒地からハンターと一緒に脱出した時に散々見てきたけど、実際にやってみると勝手が違うからかなり難しい。
片手に入るほどの小さな木箱には火の魔石が2つ入っているそうだ。それを振り上げて、薄く剥いだ木に打ちつけるように振ると、木箱の先端から炎が出る。一瞬だから、それで火を点けるには試行錯誤の繰り返しだけど、どうにか火を点けることが出来た。これだけでも練習する必要があるみたいだから、バドリネンに任せよう。
小さな鍋に携帯食料を入れて煮込めばスープが出来上がる。スープに固いパンを入れて柔らかくなったところをスプーンで食べるのが定番らしい。
食事が終われば、焚き火の傍のポットからお茶をカップに注ぐ。何となくハンターになった気分に浸れるな。
バッグの上に丸めたポンチョを広げて横になる。2人が直ぐに寝入ったのは歩き疲れたためだろう。私はしばらく火の番をすることにした。
次の朝。目を覚ましたバドリネンに朝食を任せて、私は横になる。まだ朝日は出ていない。今日も1日歩くから、少しは眠らないと……。
私が目を覚ました時は既に高くお日様が上っている。朝食を終えると直ぐに歩き出した。私が寝ている間に、水筒の水は補給していたらしい。休憩所は水場でもあるようだ。
歩くのにだいぶ慣れたのか、アリシアが元気よく先を歩いている。
今日は、昼食を抜いて歩くつもりだ。出来ればマケトマムにたどり着きたいからね。
「姉様、あれって?」
街道傍にある石で出来た道しるべがある。そこから南に小道が続いていた。
『この先マケトマム』と読めるから、マケトマム村にはこの小道を行くのだろう。
「もうすぐみたい。この先にあるのが私達の目的地よ!」
私の言葉に弟達が元気よく頷いた。
街道をそれて、小道を進む。小道と言っても、荷馬車のワダチがあるから交易が盛んに行われているのだろう。街道と異なるのは道が敷石で覆われていないぐらいなものだし。
後ろからガタガタと音を立てて荷馬車が近づいてきた。
道を開けて荷馬車を先に行かせようとすると、私達のところで荷馬車が止まる。
「マケトマムに行くなら乗せていくぞ!」
「良いんですか?」
「ああ、良いとも。一番後ろが空荷だから、それに乗ればいい。夕暮れ前にはマケトマムに着くはずだ!」
急いで後ろの荷馬車に乗り込むと、身を乗り出して手を振った。それを合図に荷馬車が動き出す。
ちょっとした親切に嬉しくなる自分に気が付いた。
コソ泥で日を送っていた時分に比べて、笑う時が多くなってきたように思える。
ふと、私にしがみ付いているアリシアに目を向けると、私を見て微笑んでいた。
「姉様、畑が見えてきた!」
バドリネンの言葉に周囲を見渡すと、確かに畑が広がっている。立ち上がって馬車の前方を見ると、遠くに村を取り巻く柵が見える。
「もうすぐ、着くわ。私達の新しい暮らしが始まるのよ」
「そうだね。あのハンターのように立派なハンターになりたいね」
果たして立派なハンターだったのだろうか? 私を簡単に捕まえたんだからそれなりに腕は立つんだろうけど……。虹色真珠を真似るハンターもいるらしい。私にはお人好しのハンターに今でも思えるんだけど。
村の門をくぐると、広場に荷馬車が止まる。商人に礼を言って、荷馬車を降りたところで門番に止められた。
「ハンターなのか? 一応、ギルドカードを見せてもらいたい」
言いつけられたままに、首からギルドカードを外して門番に渡す。
「赤1つで、旅をするのは感心せんな。だが、この村なら十分にレベルを上げられるぞ。ギルドは、この通りを真っ直ぐ行った先にある石作りの2階建てだ。じゃあ、頑張れよ!」
そう言って、私達のギルドカードを返してくれた。
まだ、日が高い。確かギルド長に手紙を渡せと言われたな。あの手紙で果たして会ってくれるのだろうか? 少し不安になってきたが、あのハンター達を信じてここまでやってきたのだ。最後まで信じてみよう。
アリシアと手を繋いで、通りを歩いていく。
それ程大きな村ではないから、直ぐにギルドの建物が見えてきた。周囲が木造だから、ちょっと浮いて見えるのがおもしろい。
ギルドの扉を開けると、数人のハンターが私達に目を向けるが、直ぐに興味を無くして視線を変えた。
「あら、だいぶ若いハンターね。カードを見せて貰えないかしら?」
カウンターのお姉さんが私に声を掛けてきた。
2人を連れてカウンターに向かうと、ギルドカードを集めて、バッグから例の手紙を添えてお姉さんに手渡した。
カードを見ながら分厚い帳簿に記録をすると、カードを返してくれたのだが、手紙の差出人の名前を見ると、その場にお姉さんが固まってしまった。
「あの扉から、こっちに入ってきて!」
言われた通りに、カウンターの中に入ると、お姉さんが奥の事務所に案内してくれた。小さな部屋に案内されたところで、しばらく待っているように言いつかる。
「あの手紙に驚いてましたけど……」
「そうね。渡さなかった方が良かったかしら?」
あの驚きようはただ事じゃないって感じに思える。それ程有名なハンターにも思えない。だいたい、虹色真珠の持ち主が王都で行商をやってるとはとても思えない。でも、住んでるところは貴族街の一角で使用人も置いていた。
バタンっと扉が開き、筋肉質の壮年の男性が女性を1人連れて入ってきた。
「これを持ってきたのはお前達か?」
「はい。マケトマムのギルド長を訪ねればハンターとして生活できると……」
私達の前のベンチに腰を下ろした2人が、真っ先に聞いてきたのはそれだった。
私の言葉を聞いて、おもしろそうに女性が笑顔を見せる。
「頼られたものね。でも、私達を思い出してくれて嬉しいわ」
「あいつの頼みは俺だって聞いてやりたいが、今ではギルド長だぞ。俺が育てるわけにもいかんだろう?」
「それは、ミズキだって期待いていないわ。私達はこの子達の身の回りを支援してあげることで良いのよ。そうね……、適任が1人いるでしょう?」
そう言って、女性が出て行った。
残ったのはギルド長なのだが、どう見ても現役じゃないのか? かなり高レベルのハンターに見える。
「まあ、アキト達に巡り合ったのは幸いだったな。モスレム王国の周辺王国でさえアキト達には1目置く存在だ。ハンターの頂点に立つ存在ではあるのだが、おごるところがまるでない。ハンターの腕試しともいえる狩猟期で2年連続トップを取ってからは屋台を出していると聞いたが、王都でもやっていたらしいな」
あの人達がハンターの頂点! 仲良く屋台を引いていたけど……。
「お前達の境遇は、俺も少しは理解できるつもりだ。だが、コソ泥は良くないな。マケトマムでお前達の素性を知っているのは、俺と妻だけだ。あの手紙は、直ぐに燃やしたから他のハンターには知られん。
お前達の指導を行う者は俺が責任を持って用意する。当座の暮らしもだ。だが、そこからどれだけ上に上がれるかはお前達次第だぞ。最初の援助はするが、その後は自分達で暮らしを立てるんだ。
アキト達もこの村でハンターになったんだ。それこそ何も知らない状態でだ。小さな妹を連れて薬草を摘んでいたのを今でも覚えているし、そんな彼らに狩りを教えてやったことは俺達の誇りでもあるんだ。だから、お前達がハンターを目指すならと、この地を選んだのかも知れないけどな」
扉が開いて、先ほどの女性が青年を青年を連れてきた。
「サラミスか! 確かに丁度いい。まあ、ここに座れ」
無理やりに座らされたようにも見えるけど、神妙な顔をして青年がギルド長の隣に腰を下ろした。
「この3人に、ハンターの指導をしてほしい。当座は薬草採取だ。だが、野犬狩りが出来るようになるまでは責任を持ってくれ」
「アキトからの依頼なの。この3人を一人前にして欲しいそうよ」
青年が私達をジッと見る。
「あいつの頼みでは断れませんね。良いでしょう。弟達もいますから、交代で教えます!」
「そういう事だ。サニー、宿はだいじょうぶなのか?」
「長屋の1つを提供するわ。春の薬草採取が始まるまではタダで良いけど、それ以降は毎月銀貨3枚になるわ。サラミス、それ位は稼げるでしょう?」
「まあ、とりあえずは無理と言うしかないな。だけど、来春までに銀貨5枚の蓄えを目標にすれば良いんだろう。それぐらいなら何とかなりそうだ」
「お前も、まがりなりにも黒なのだ。在のハンターとして、若手の指導もしなければならん。これが最初の仕事になる」
「アキトみたいに最初からアリットはやらないよ!」
彼の言葉に3人が笑い声を上げる。昔食べたことのある美味しいキノコには、とんでもない秘密があるのだろうか?
それから、しばらくアキト様のここでの暮らしが3人によって語られる。無茶を通り越した話は少し大げさになっているんだろうけど、この村で育ったハンターが周辺諸国を含めたハンターの頂点に立ったことは間違いなさそうだ。