後日談 2-05
通りの真中をアルトさんが先導する。その後をミク達が歩いているのだが、その背中には小型のクロスボウが担がれていた。私達が使うよりも一回り小さいものだが、それでも70D(21m)の有効射程は持っているのだ。十分狩りには使用できる。
その腰のところには、私の持つグルカの小型版が差してある。ミク達はハンターでもあるが、亀兵隊でもあり、指令本部要員でもあるのだ。ミク達以上に通信機を操れるものはこの国の住人には存在しない。
本来なら、軍から支給される給料だけでも十分の筈なのだが、セリウスさん達はそれを良しとしなかった。ハンターの子供であればハンターとして一人前になれるようにと狩りをさせているようなのだが、すこし早いと思うのは私だけだろうか?
ガトルとミク達の身長を比べるとガトルの方が体長がある。私が1人でグラムンというグライザムに良く似た小型の獣と対峙するようなものだろう。
無理をしなければ倒せると兄様も言ってはくれるが、そんな狩りを無理にする事はない。容易に狩れる獲物は他にも沢山いるのだから。
北門を目指して歩いて行く私の肩を誰かがポンっとっ叩いた。
振り返った私の目に映ったのは、長身でストレートの金髪をポニーテールに束ねたラミィさんだ。今日は大人しく革の上下を着ている。
背中に背負った長剣は私が両手でどうにか持てる重さだし、レッグホルスターにはミズキ姉様と同じ銃が収まっている。弾丸をたまにミズキ姉様が渡しているから、銃は作れても弾丸を作ることが出来ないのかもしれない。
「明人様がマスターに2人の護衛を頼みました。私が介入するのは最後になりますから気にせずに狩りをしてください」
兄様の心配性は中々治らないみたいだ。少なくともアルト姉様がいるなら相手がグライザムでも何とかなるんじゃないかな。私だって、それなりに戦えるのだから……。
きっと、兄様の眼には私達がまだ小さい子供に映っているに違いない。
「ありがとう。ラミィの世話になるような事にはならないと思うけど、貴方がいてくれるだけで安心できるわ」
私の言葉に嬉しそうに笑顔を見せる。ディー姉様と同じような存在だと兄様が言っていたけど、ディー姉様とは微妙に異なるところがある。
ディー姉様は狩りに直接介入したがるけど、ラミィさんはジッとその時を待ってる事が多い。
「ラミィが来たのじゃな。まあ、ミク達のお守りは頼んだのじゃ」
アルトさんが後を振り返って呟いた。狩りを邪魔しない存在として、ラミィの事を認識しているようだ。たぶんそんな事を考えて、兄様はユングさんに頼んだに違いない。
ミクと私、ミトとラミィさんが手を繋いで通りを歩く。
「こんにちは!」
北門を守る近衛兵に挨拶する。
「こんにちは。荒地でガトルが出るそうです。お気を付け下さい」
「何の、ついでに狩るつもりじゃ。若いハンターが苦労するじゃろうからな」
そんな返事をアルトさんがしている。近衛兵もホッとしてるに違いない。見送るハンターがちゃんと帰って来るかいつも気にしてる人達だから。
そんな近衛兵2人に軽くラミィさんと頭を下げると顔を赤くしている。ラミィさんは美人だからだろう。私も美人なら良いんだけど……。
北門を出て1時間程歩けば、私達の狩場になる。
道の端にあるちょっとした広場には焚火跡があった。2、3日前にこの場所で休憩したハンターがいたんだろう。
その焚火跡を利用して私達も焚火を作る。ポットにお茶を沸かしているとルクセム君達がやってきた。
「俺達も休んで良いかな?」
「良いところに来たのじゃ。もうすぐお茶が出来る。そっちは何を狩るのじゃ?」
「フェイズ草です。今日はグラントの谷で野宿になりますね」
「依頼書には無かったという事は、王都からの緊急依頼じゃな。余分に数個取ってくるのじゃ。この村に必要になるやも知れん」
王都で流感が流行っているのだろうか? 高熱が数日続くから子供や老人にはキツイものがある。毎年何人かは亡くなる者もいるのだ。
「それ程切迫した話ではなさそうです。民生局が早めに対応したんでしょう」
「それは何よりじゃ。兆を早めに掴んでおれば大事に至る事は無い筈じゃ」
民生局とは新たに各国が設けた部局だ。庶民の暮らしを向上させるための部局だと聞いている。その活動は各国まちまちなのが現状らしいけど、『おもしろそうな事をしておるぞ』とサーシャちゃんが言っていた。確かに暮らしの向上といわれても直ぐには思いつかない。
各国の民生局が相互に連絡を取り合って互いの仕事ぶりを評価しあっているらしい。もうすぐ、その大きな集まりが狩猟期に合わせてこの村で行なわれる。兄様の意見を聞くのが目的のようだが、兄様は喜んで出掛けて行く。国作りは民衆の暮らしを良くすることだと何時も言っているから、それが形となって行なわれるのが嬉しいに違いない。
ルクセム君達が森に続く道を歩って行くのを見送って、私達もラッピナ狩りを始める。
バッグから3方向に板の延びたブーメランを取り出すと、私を見ているアルト姉様に頷いた。
「ラッピナの上にブーメランを投げると奴等は蹲る。そこをクロスボウで仕留めるのじゃ。ミクとリム。ミトはラミィと組んで2匹狩るごとに、あの岩に集まるのじゃ。我は、周辺を監視する。ガトルを確認したら笛を吹く。ここに集まるのじゃぞ」
私はブーメランを1つラミィさんに渡した。
「使い方は知ってますか?」
「ディーさんの大型とは違いますね。一度使い方を見せてくれませんか?」
そんな事を言って受け取ったブーメランをしげしげと見ている。
私が、革手袋を着けて軽く投げると、戻ってきたブーメランを【アクセル】で身体機能を向上させて受け取る。
「やってみます!」
そう言って、ラミィさんがブーメランを投げる。私よりも遠くに飛んで、戻ってきたブーメランを素手でパシ!っと音を立てて受け取っている。痛くは無いんだろうかと心配してしまう。
「大丈夫です。それでは狩りを始めましょう!」
最後の言葉は、私ではなく傍にいたミトに向けられた。
嬉しそうな顔をしてラミィさんについて荒地を進んでいく。私もミクに笑顔を向けると、獲物を探しに荒地を進む。
草を食んでいるラッピナを見つけた。直ぐにミクに腕を伸ばして場所を教える。
獲物を確認したミクは背中のクロスボウを下ろして早速弦を引き絞った。準備を終えると私を見上げて頷いた。
私が頷き返したところで、ミクは少し前に出るとクロスボウを構えた。すかさずブーメランを投げるとラッピナが蹲る。その背中にボルトが突き立った。戻ってきたブーメランを受けると、ラッピナを下げたミクが私を見て微笑んでいる。先ずは1匹ってところね。上手く仕留めたようだ。
2匹のラッピナを下げてアルト姉様に指定した岩に戻ると、既にラミィさん達が戻っている。私達を見るミトは自慢げな顔をしてるのが可愛らしい。
「戻ったか? これからガトル狩りをせねばなるまい。見よ。あそこじゃ!」
アルトさんが指し示した場所を双眼鏡で確かめる。数匹のガトルがこちらを見ているのが分った。
「群れは13匹です。その外にガトルはおりません」
「ミク達には丁度良い。我が前で、その後ろがリムとラミィじゃ。ミク達はその後ろに左右に展開せよ。クロスボウではなくグルカで行くぞ。ミク達も良いな!」
たちまちミク達は腰のグルカを引き抜いた。私達よりも小振りだが形はグルカナイフそのものだ。亀兵隊ならば誰もが自分の手のように自由に使いこなせる。ミク達はちゃんと使えるのだろうか? ちょっと心配になってきた。
ラミィさんはフラウさんから譲られた長剣を引き抜いた。少し長めの長剣だが片方しか刃がない。それを片手で使うのがラミィさん達の戦い方なのだ。
小さな岩を背後にして、私達はガトルに対峙した。
ゆっくりと近付くガトルを前にアルトさんは自然体だ。それでいてどこにも隙がない。兄様が早朝に体術を教えてくれるのだが、その時の兄様と同じように見える。どこにも力が入っていないからまるで隙だらけに見えるが、打ちかかると最小の動きでかわされてしまう。まだ、そんな域には程遠いけど、相手の隙を見ることが少しは出来るようになってきた。
突然にガトルが走り出した。アルトさん目掛けて殺到するが、いつの間にか両手で持っていたグルカで血祭りに上げられてしまう。
アルトさんから離れて駆け込んできたガトルを私とラミィさんが斬り付ける。
時間にして1分にも満たない戦闘であったが、振り向いた私の目に入ったのは誇らしげに討取ったガトルの横で微笑んでいるミク達だった。
「ちゃんと仕留めたようじゃな。感心じゃ。さすがはセリウスとミケランの子供だけのことはある」
そんな事を言いながらアルトさんがミク達の頭を撫でているけど、ミク達はくすぐったそうに目を細めている。
ガトルの毛皮を剥ぎ取り牙を折って亡骸を穴に埋める。
今日はこのぐらいかな。一仕事を終えたところで焚火を作ってお弁当を食べる。
ラミィさんには私のお弁当を分けてあげた。少食だとい言って何時もお弁当無しはかわいそうだ。
昼食が終ったところで更にラッピナを4匹仕留めたところで今日の狩りは終了だ。
村に戻りギルドで狩の報告を行い報酬を皆で分ける。
1人58L。ラミィさんはいらないって言ってるけど、アルトさんが無理やり渡している。
「2匹とも深手を負わせてくれた礼じゃ。本来ならば更に報酬を積まねばなるまいが、それはアキトとユングの付き合いに免じて貰いたい」
それって、ミク達に始末出来るようにしてくれたってこと?
2人の技量の高さに改めて吃驚した。
つくづく自分の能力の低さを考えてしまう。こんな私に、本当に他の人達よりも優れているものってあるんだろうか?