後日談 2-04
「リムお姉ちゃん。俺達も狩りに連れてって!」
ミトが私に懇願する。ミクもうんうんと頷いている。2人を連れて行くとなると、アルトさんに相談せねばなるまい。
「う~ん、どうしようかな?お父さん達の言う事はちゃんと聞いてるの?」
「聞いてるよ。それにお母さんの手伝いだってちゃんとやってるもの!」
『良い子でいないと、一緒に連れて行ってやるわけには行かぬ』とアルト姉様がいつも言ってるから躾はキチンといっているようだ。
セリウスさんが苦笑いをしているところを見ると、悪戯もそれなりにしてるんに違いない。
「分ったわ。それじゃぁ、明日ギルドで待ち合わせよ。朝食を終えたらアルト姉様とギルドに向かうわ」
「うん!」と2人が元気に返事を返してくれた。
何を狙うかはアルト姉様に任せておけばいい。
「済まんな。本当は俺達が鍛えねばならんのだが……」
「大丈夫ですよ。それに狩猟期前ですから連携の訓練にもなりますし」
そう言ってセリウスさんに微笑んだ。
元気な双子だから、セリウスさんにはちょっと手に負えないみたい。でも、不思議と私達のいう事はキチンと聞いてくれる。
お暇を告げて、セリウスさんの家を出た。後一月もすればこの通りの両側が屋台で埋まるのだ。兄様が始めたらしいけど、今ではこの村の風物詩にもなっている。狩猟期よりも屋台での買い物を目的とした旅人もいると、お婆ちゃんが言っていた。
「ただいま!」と声を掛けて扉を開ける。
どうやら、お客様らしい。と言っても、この家を自分の家と思っているお婆ちゃんとお爺ちゃん達だ。
直ぐにテーブルに向かうとお婆ちゃんの隣に腰を降ろす。
「ミケランの参加は大丈夫じゃったか?」
「参加してくれるそうです。ミクとミトも含めてですけど」
私の言葉にアルト姉様がうんうんと頷いている。
「ミケランのところの2番目の娘はどうするのだ?」
「セリウスさんもいますし、私達もいますから大丈夫です」
ミズキ姉様がそう言ってるけど、たぶん世話をするのはセリウスさんだろう。兄様もそんな姉様を見て苦笑いをしている。
「お爺ちゃんも屋台に出品するの?」
「ああ、出すぞ。この日のために沢山作ったからな。セリウスとユリシーも一緒だ。去年はセリウスに1つ負けたが、今年はワシのほうが売れるじゃろう!」
お爺ちゃんとセリウスさん、それにユリシーさんはちょっとした事に張り合っている。いつもなら黒リックの釣果なんだけど、狩猟期にはバードケービングの作品になるのだ。私の部屋にも飾ってあるけど、まるで本物と見紛うばかりだ。最初は酷かったとお婆ちゃんが言ってたけど、そんな作品はどうなったのだろう?
「今年は、クオークが参加するそうじゃ。土産用の陶器らしいが人気が出るかをここで確認したいと言っておった」
「屋台1台で大丈夫でしょうか?」
兄様は相変わらず心配性だ。でも、兄様以外は皆楽天家だから兄様がいないと何を始めるか分らないと思う。
「その辺りは、我等で考える。今年も全部売れると確信しておるぞ」
クオークさんも運河を作るのに資金が足りなくなったのかな?兄様は青の神殿を造る為に新しいお菓子まで作ったことがある。今では王都のお菓子屋さんに並んでいる人気のバリアントゼリーだ。本当の名前は別なんだけど、誰もがそう呼んでいる。
「モスレムも中々おもしろくなってきたのう。来春には人間チェス大会が王都で開催されるし、夏はサーミストの釣り大会。秋にはサマルカンドの広場で仮装大会が行なわれるそうじゃ。エントラムズも来年の冬を目指して動いておるそうな。兄様、何を考えておるのやら……」
エントラムズはお婆ちゃんの故郷だ。かなり気になっているんだろうけど、教えてもらえないのが悔しいように見える。
「来年は忙しいわね。当然釣り大会には出るんでしょう?」
「当然! シュタイン様も良いですね」
兄様の言葉にお爺ちゃんが大きく頷いた。そういえば前の大会では海老で賞を貰ったけど、今度も釣れると良いな。
たぶん全員参加になりそうだけど、上位入賞はライバルが沢山いるから大変だと思う。それに、サマルカンドの仮装大会もおもしろそう。何とか連れて行ってもらわなくちゃ。
「じゃが、20日間の狩猟期のために都合二月は人と物が動く。経済効果は計り知れぬものがあるのう。かつては王都への肉を供給するだけのものであったが、今では全く違う祭りじゃ」
「今ではこの村だけでなく近隣の町や村にも影響を与えておる。まさかこれほどの祭りになるとは想像だにしなかった」
お爺ちゃんが王子だったころ、先代の国王に許しを得て始めたらしい。寒村の冬越しの資金を得させるための工夫だそうだが、今では裕福な村になっている。以前は、王都や町に若い人達が働きに出ていたようだが、今では昔話のようになっている。
夕食はお婆ちゃん達も一緒だ。ディー姉様に手伝いをしながら、料理をテーブルに運ぶんだけど、贅沢な食事と言うわけではない。
野菜中心のスープに、薄いハムを挟んだ黒パンが我が家の定番。もうちょっとお肉が欲しいけど、お肉が出るのは狩りをした夜だけだ。たまに黒リックのステーキが出る時があるけど、これは誰かがトローリングをしなければね。
食事前に『頂きます』と声を合わせて食材を提供してくれた沢山の人達に感謝を捧げる。
「この食事前の挨拶を大神官が感心していたな。『この国で一番信心深いのはアキト達ではないか』とも言っておった」
「単なる習慣ですよ。俺達の国の習慣ですから、この国で広げるのはどうかと思いますよ」
そんな兄様の話を微笑みながらお婆ちゃんが聞いている。
でも、私は食材を作ってくれた人達に感謝を捧げるのは当然のような気がするんだけどなぁ。
「アルト姉様。明日はミクちゃん達が一緒に狩りをしたいと言ってました」
「ハンターを育てるのもハンターの勤めじゃ。ましてセリウス達の子ならば尚更じゃ。ルクセム達も気にしているようじゃが、我等で育てるのがスジというものじゃ!」
力説してるぐらいだから、一緒に狩りをしてくれるんだろうな。
食事が終ると、ディー姉様がお茶のカップを渡してくれた。ラミィさんと並ぶお茶の名人だ。兄様はお婆ちゃん達とタバコを楽しみながら屋台の相談を始めた。
あくる日、朝食を済ませてアルト姉様とギルドに出掛ける。ルーミーに片手を上げて「pはよう!」と挨拶すると笑みを浮かべてテーブルを指差した。テーブルに視線を移すとミクとミトがハンター装備でチョコンと座って私達を見ている。
直ぐに席を立って私達の方に駆けてくるのを他のハンター達が吃驚して見ている。
「お姉ちゃんずっと待ってたんだよ!」
「待つのもハンターの仕事じゃ。どれ、今日の獲物を選ぶかのう」
アルト姉様が先に立って依頼掲示板に歩いて行く。
20枚ほど張ってある依頼書を眺めながら選んでいるようだが、ミク達が一緒となると中々難しいものがある。出来ればミク達に狩りをさせたいという気持ちで選んでるんだろうな。
そんな私達を強引に押しのけて3人の男達が依頼書を眺め始めた。
「何をするのじゃ。それ程急ぐ事もあるまいに、少しは待てぬか!」
「俺達はハンターなんだよ。子供の遊びに付き合ってはいられないんだ!」
その言葉を聞いてアルト姉様の顔付が変わった。笑みを浮かべたのだ。私は急いでミクちゃん達を抱えてホールの端に避難する。
「なんだと! 良いか、俺達は遥々アトレイムから来てやったんだ。黒7つの「神殿の守護者」とは俺達の事だ!!」
「たいそうな名前じゃな。じゃが、蒼の神殿の事を指すなら、我等も少し言いたい事があるぞ。あの神殿を作ったのじゃからな。二度とその名を使わぬ事じゃ。使うならそれなりの品を持て!!」
兄様が、アルト姉様を「喧嘩はチップを弾んで買うんだよ……」と言っていた事を思い出した。だけど、ギルド内での抜刀はご法度、それを知らぬ姉様ではないと信じたい!
「このガキが!」
男の1人がいきなり姉様に殴りかかった。ちょっと体を捻っただけでその拳をかわして、互いの体がすれ違う際に脇腹に鋭い突きを入れる。
周囲のハンターには殴りかかった男が突然倒れたように見えただろう。
そんな姉様を見て男達が距離を置く。
「何をしてるんだ! ここはギルドだぞ。喧嘩なら他所でやれ。だが、銀4つを相手にすれば王国の警備兵も動く事になるぞ!!」
若い男の声がホールに響く。ルクセム君がやってきたみたい。
黒の8つだけどその耳には虹色真珠が光っている。
「何だと? こんな小娘が銀を持つ訳が無いだろう。親が持っていてもハンターは親の威光で狩りをする訳ではねぇ。あんたも虹色真珠を持つならそれ位は判るはずだが?」
「ルクセムよ。折角じゃが、こやつ等は自分の実力を鼻に掛けているようじゃ。「ハンターは互いに相手を尊重するべし」との暗黙の了解も分らぬ奴等よ。我がしっかりと教育してやるぞ!」
そう言ってギルドをとび出した。直ぐに男達が後を追う。
そんなアルトさん達を首を振って見ている。いつも通りのアルトさんなんだけど、ルクセム君の忠告は相手に伝わらなかったらしい。
「リムさん。俺、少し自信が無くなってきました……」
「大丈夫よ。アルト姉様はあの通りだし、直ぐに帰ってくるわ。ところで、お薦めの狩りはない?ミク達と狩りをしたいんだけど」
「それなら、ラッピナがいいわ。依頼書には無くても北門を出た広場の先の荒地で沢山見掛けたわよ」
そう言ってくれたのは、ロムニーさんだ。ルクセム君のお姉さん的な存在なんだけど、今ではルクセム君の方がレベルが上になっている。
「そうだね。でも、ガトルを見掛けたという人もいるから狩る時には気を付けてください」
そう言ってカウンターのルーミーと話を始めた。
という事なら、私達はアルト姉様の決着が付き次第出掛けて見よう。
外では何か言い争いの声が聞こえるけど、あのレベルならアルト姉様の良いストレス解消になるだろう。
ギルド内にも10人程のハンターがいるけど誰も外を見ようとはしない。結果が見えているから興味すらないのかもしれないな。
ルーミーと話を終えたルクセム君達と6人でお茶を飲んでいると、アルト姉様がギルドに入ってきた。
私の隣の席に着くと、レイミルさんがアルト姉様にお茶を運んでくれた。
「済まぬな。全く礼儀知らずのハンターであったな。警備兵に預けておいたから、1日頭を冷やせば少しはマシになるやも知れん。だめなら、その内狩りで命を落とすじゃろうな」
「アルトさん相手に喧嘩を売る人は久しぶりですね」
ルクセム君はおもしろそうにな表情で言った。隣の2人も困ったハンターだという表情で私達を見ている。
「あやつらのレベルは黒4つじゃった。まぁ、言葉の綾というなら判らぬわけでは無いが、相手のレベルを確認してから喧嘩はするものじゃ」
そんな事を言ってるけど、ある意味この村の大事な狩猟期を荒らされても困る。今の内にしっかり釘を打っておけば少しはマシになるかもしれないな。
「姉様。ルクセム君が北の荒地でラッピナが良いのではと……。でも、ガトルの目撃例があるそうです」
「何の、それ位で丁度良い。そろそろガトルの帽子を被っても良い年頃じゃ」
兄様なら反対するだろうけど、ここにはいない。通信機で連絡だけは入れておこう。たぶん私達に見付からないように見守ってくれに違いない。
私達はアルト姉様を先頭にギルドを出て行った。ミク達がルクセム君に手を振ると3人とも手を振ってくれる。やさしい性格は兄様にそっくりだ。
兄様が言うようにきっとこの村を大事にするハンターに育ってくれるだろう。