後日談 2-03
スラバ狩りはルクセム君達のチームが受けたようだ。
ちょっとアルト姉様が悔しがってたけど、兄様達は嬉しそうに私の話を聞いていた。
「ルクセム君も一人前ね。もう黒の6つだなんて、これもアルトさん達のおかげね」
「確かに喜ばしいに違いない話じゃが、我等の楽しみをを横取りされるようになるとはのう……」
残念そうに、まだそんな事を言っている。
それでも誇らしげな顔をしているのは、ルクセム君を村のハンターとして恥ずかしくないまでに育て上げたという思いがあるに違いない。
ギルドのテーブルで、ルクセム君達にスラバ狩りの注意点を細かく説明したことは兄様達には一言も話していないけど、きっと兄様はそんなことは話さずとも分るのだろう。
「今期はルクセム君達も、王都からロムニーちゃんの知り合いのハンターと組むそうよ。黒の中位で揃えると言うから楽しみね」
「王都といえば元祖うどん店の連中も3日前には到着すると言ってたよ。鯛焼きの屋台を増やすそうだ」
段々と狩猟期の屋台が増えてくる。今では100台以上屋台が北の広場から南の広場の通りの両脇に並ぶようになった。
屋台の人達が利用しやすいように長屋も2つ増えている。そんな長屋の住人を当てにした季節限定の居酒屋まで作られるようになってきた。
昔は50戸ほどの村だったが、今のネウサナトラム村は150戸1000人近い村人が暮らしている。町と言っても過言ではない。その人口が狩猟期には3倍以上に膨らむのだ。
そんな人の流れの恩恵をふもとの町までが享受している。他の山村もこの狩猟期を真似したいようだが、現実には中々難しそうだと兄様が教えてくれた。
人の流れと獲物の売買、大量の物資が狩猟期には流通する。それを御用商人達の後継者が一手に引き受けている。彼らにとっては滞りなく物資の流通を図る為の良い訓練になるだろうし、子買いの商人は使わない事を暗黙の了解事項にしている。小規模商人を上手く使う事は、自分達だけで企画運営するという自信にも繋がるし、大商人との繋がりを持てる事から小規模商人達も率先して協力しているようだ。
狩猟期に1度は親達が訪れ、子供達の仕事ぶりに目を光らせているけど、私達の家を訪れる時には、子供達の仕事振りを誇っているようだった。
「デリムさんはいつ来るのかしら?」
「たぶん月の半ばにはやってくるだろう。俺達の屋台についてはその時に話しておくよ。後は商会の連中だな。2台をユリシーさんに頼んでいたぞ」
商会は今期が初めての参加になる。エントラムズのサロンが発祥なのだそうだが、その実態はかなり奥深いと兄様が言っていた。各国の義務教育の資金集めに奮闘して、色々な商売を始めている。とは言え、御用商人達との確執はあまり聞かない。互いに相手に一目おいている感じに見える。
「それで何を商うのじゃ?バリアントゼリーなら、我等にも収入が入るぞ」
「残念ながらアクセサリーって聞いたわ。王都の下級貴族の副業って感じね。王都にはそれぞれ小さなお店を開いたらしいけど、町や村には無いでしょう。ちょっとしたアクセサリーって女の子には憧れなのよ」
そうなんだろうか?私やアルトさん、それにサーシャちゃんやミーアちゃんもそんなものは欲しいと思わないけど……。どちらかと言うと、爆裂球を下げていたいような気もするけど。
屋台をしたがる人達が以外に多いのもおもしろいと思う。王族達がそれぞれ屋台を持っているのだ。売り上げで最終日にモスレム王族の別荘で酒盛りをするのだが、売り上げの大半は神殿に寄付されて、孤児達の冬越しの服になる。
慈善事業の鑑のような話だが、各国の屋台の売り上げを誇りながら飲んでる姿はちょっと問題がありそうだ。大神官様は「結果が残れば十分です」と言っていたけど、あの騒ぎを肯定してるのだろうか?
「でも、去年は驚いたわね。ラミアさん達が屋台をするって言い出した時には空いた口が塞がらなかったわ」
「まさか五平餅が食べられるとは思わなかったな。結構売れてたみたいだよ。ハンターもお弁当代わりに買って行く人人達がいたくらいだ」
「あの平べったいモチっとした菓子じゃな。おかげで、焼き団子の売り上げが減ったのじゃ。今年もやって来るのじゃろうか?」
「でも、アズキ団子は飛ぶように売れてたでしょう。今年はあれを中心にすれば良いわ」
兄様達が始めた屋台も、屋台の台数が多くなるにつれて競合するものも出て来たようだ。
黒リックの串焼きは昨年から止めて、団子だけにしている。
エルフ族の住まうカレイル村の養魚場から運ばれた魚の串焼きにはリリックまであるのだ。黒リックも美味しい魚だがさすがにリリックには及ばない。兄様は潔く魚の串焼きを諦めたようだ。
「じゃが、さすがにこれ以上は増えまい。既存枠以外は抽選になったらしいからのう」
出店の上限を決めたみたい。でも、そうなると出店できない人達がかわいそうな気がする。でも、そんな人達はふもとの町で店を開くらしい。
遠く離れた王国からも馬車で狩猟期の見物に来るらしいから、そんな人達でかなり賑わっていると兄様が教えてくれた。
「それで、今期のミルガルドは何を狩るの?」
「ラミィさんに頂いた情報をサーシャちゃんに送りました。来る時には作戦が出来ている筈です」
「ユング達の情報か……。かなり詳しそうね。一応新鮮組のバックアップをお願いしてるけど、それで調査を事前にしていたのかしら?」
「それで、ユング達なら何を狩ると言ってた?」
「グライトの谷を更に20M(3km)ほど登ったところで、グライザムの群れを狩ると言っていました」
私の言葉を聞いて3人が顔を見合わせる。全員の顔が先程までとはうって変わって真剣な眼差しだ。
「一応、セリウスには伝えておく。10M(1.5km)ほど奥までを範囲とすれば問題も無かろう」
「そうね。でも……、それほど心配は無いと思うわよ」
私を見てミズキ姉様が笑みを浮かべる。どういうことだろう?
入山規制を行なうのだろうか?
「ちょっと出掛けてきます」
そう言って、家を出る。サーシャちゃんからミケランさんの参加をお願いされたのだ。たぶん大丈夫だとは思うけど、ミク達はまだ10歳になったばかりだしね。まだ何を狩るかは教えてもらえなかったけど、ミケランさんが必要な狩りって事は間違い無いらしい。
ミケランさんの家は北門の広場に程近い場所にある。その隣はギルド長見習いのシャロンさん夫婦がお祖母ちゃんと一緒に暮らしている。
名目はセリウスさんがギルド長だけれど、実際の運営はシャロンさんが仕切っている。セリウスさんの村長就任と同時にシャロンさんもギルド長になるに違いない。
夫婦共働きだから、シャロンさんの赤ちゃんはお祖母ちゃんが世話をしている。
「おや? リムちゃんじゃないかい。今日は」
「今日は。……レントちゃんも、ご機嫌ですね」
お祖母ちゃんの腕の中の赤ちゃんのほっぺをツンツンしてあげる。
嬉しそうに私を見て微笑んでる。赤ちゃんは皆可愛いな。もうすぐサーシャちゃん達も赤ちゃんを連れてくるから楽しみだ。
2人にバイバイをして隣の家に扉を叩く。
「はいにゃ!」
そう言って扉を開けてくれたのは、ミクちゃんのほうだ。小さい頃は良く似てたけど、この頃は少し違いが出て来た。
ミトちゃんのほうはセリウスさんに似て何事も慎重だし、ミクちゃんはのんびり屋に育ってる。ちょっと大人びた言動をする事もあるけどね。
「リムじゃないか?」
低いテーブルの暖炉際に胡坐をかいてセリウスさんが座っている。テーブル越しにいたミケランさんは立ち上がって暖炉からポットを下ろしている。
ミクの案内で私もテーブルの一角に座った。直ぐにミケランさんがお茶のカップを渡してくれる。
「ありがとうございます」
そう言って取っ手のついた木製のカップを手に取ると、優しそうな目でミケランさん達が私を見ているのに気が付いた。
「どうしたのかにゃ?」
「そろそろ狩猟期です。サーシャちゃんがミケランさんの参加を確認して欲しいと連絡がありました」
「いつものことにゃ。セリウスはダメだけど、私と子供達は参加するにゃ」
ミケランさんは即答してくれた。毎年参加してくれるし、今年も当然参加してくれるはずなのに……。
「だが、不思議な話だ。確認せずともそれは暗黙の了解事項でもある。それをあえて確認するという事は……。獲物を考えてのこととなるが、一体何を狩るつもりなのだ?」
「分りません。フラウさんのところでアクトラス山脈の獣の分布図を頂きました。その内容を知らせたら、確認して欲しいと……」
セリウスさんは訝しげに私を見ている。でも、私だって良く分からない。
サーシャちゃんの考えを私達が思い浮かべるのは中々に難しい。たぶんこうだろうと思っていても、斜め上を考えている事が多々ある。
ある意味、ミーアちゃんがその解説をしてくれるのだが、ミーアちゃんからの連絡は無かった。
「イネガル辺りを狙うのかもしれんな。リスティンを狙うハンターは多いがイネガルを狙うものは少ない。ミケラン!槍を研いでおいたほうが良さそうだぞ」
「ザナドウ用を研いでおくにゃ」
2人で勝手に解釈してる。でも私は違うと思うな。
そんな2人に聞いてみた。わたしの良いところってあるのかと……。
でも2人とも笑みを浮かべて私を見ている。
「難しい質問だな。たぶんアキトも答えてはくれまい。それを伸ばせという姫の言葉には俺も同意するぞ」
「誰もが知ってるにゃ。でも、自分では気が付かないにゃ」
そんな言葉が返ってきた。
と言うことは、確実に長所があるってこと?
何だろう?ますます自分が分らなくなってきたような気がする。