後日談 2-02
皆がテーブルで周辺の王国を含めた状況を話し合っている。たぶん重要なことなんだろうけど私には良く分からない。士官学校時代には兵の運用と兵站について習ったけど、兵站については私が一番理解してるとミズキ姉様が笑顔で言ってくれた。
と言うことは、私が誇れるものって兵站って事?それもちょっと違う気がする。
「ちょっと出掛けて来ます」
「ついでにギルドでハンターの状況を聞いて来てくれないか?そろそろ集まりだすころなんだけど……」
私は、兄様に頷くと家を出た。
散歩は私の毎日の日課だ。夕暮れ前の一時は村が一番賑やかになる。農家の人も畑から帰って来るし、ギルドもハンターで賑わう。村に出来た酒場兼食堂も賑やかになる。夜はもっと賑わうと兄様が言っていたけど、私はまだ入った事が無い。
湖沿いの通りを東に歩くと宿やギルド、それに村役場等が建っている。私は依頼を片付けるためにギルドに入った。
「あら、リムじゃない。どうかしたの?」
「兄様の用なの。ハンターの様子を知りたいらしいわ」
直ぐにルーミーが分厚い帳簿を取り出して確認を始めた。
「黒1つが多いわね。赤6つもいるわよ。だいたい30人程だわ。薬草採取の依頼を出すように王都から依頼があったから彼らには都合が良さそうね。でも一月ほど先でしょう。後10日もすれば2倍になると思うわ。リムにも期待してるわよ」
「私のところにはサーシャちゃんとミーアちゃんがいるからね。それにミケランさんが着いてくれるから上位には行けると思うんだけど……」
バッグからメモを取り出してルーミーの言葉を書き写す。
そういえば、作戦会議用の情報を集めるように言われてたんだっけ。「作戦が全てじゃ!」とサーシャちゃんがいつも言ってたもの。
サーシャちゃんとしては何とかリザル族のハンター達に追従したいらしいんだけど、彼らはアクトラス山脈を熟知してるし、常に山脈の監視をしているから、どこにどんなえものがいるかを熟知している。
それでも狩猟期には、近場の獲物は獲らずにあれだけの狩りをするんだからと感心してしまう。
ルーミーに片手を上げてカウンターを離れると、依頼掲示板に向かう。
期限切れ寸前の依頼書は率先して片付けなければならないし、早めに対処した方が良い物や低レベルでは対処できない依頼書もたまに出てくるのだ。
そんな中にスラバの名前があった。黒でなくとも対応出来そうだが、毒を持っているから早めに倒す必要がありそうだ。メモにスラバと出現場所を書き写しておく。
ギルドを出るとそのまま、通りを東に歩く。
東の広場の真中には、八角形の石が置かれている。その上には線が引かれて東西南北を示しているのだが、その内の東西線には特別の意味がある。
この村にある天文台の子午機の軸がこの線に合致しているのだ。全ての地図の原点とも言うべき経度ゼロの線がこの線なのだ。
地図は私達の作戦には欠かせないものだが、その基線となるべきものが私達の村にあることが村人の誇りでもある。
その広場から北に伸びる通りがある。
ゆっくりと北に向かって歩くと、各国の別荘が並んでいる。今は誰も住んでいないが、狩猟期には集まってくるに違いない。そんな並びが終えるとポツンと湖に張り出した形でユングさん達の住居があった。
石造りなのだが、全体が深皿を伏せたような形で五角形を組み合わせたように見える。そんな家の一角から煙りが上がっているから、今日は家にいるのかな?
60D四方の四角い庭の奥に、その家があるのだが……。この庭に意味があるのだろうか?前に聞いたら、「お約束には必要だ!」と力説してたけどね。
金属製の扉の横にある小さなボタンを押してその場に待つと、ラミィさんが扉を開けて私を招き入れてくれた。
3m四方の小さな部屋が玄関になるのだろう。入口の扉が開くと反対側の扉が開く。何か、バビロンのような雰囲気だが、その扉を入ると更に驚かされる。
直径50D(15m)ほどの半球状の部屋は大型のスクリーンが全周を埋め尽くしている。5つほどに分割されたスクリーンの4つには5つの王国の外周部位が映し出され、1つのスクリーンには魔道文字が高速で表示されていた。
ユングさん達はと見ると、中心部にある3つの机にいて、魔道文字を目で追っていた。あの速度で読めるのだろうか?でも、3人ともディー姉様と同じで私達とは全く異質な存在なのだそうだ。私には普通に思えるのだけれど……。
「おっ! リムじゃないか? もうちょっと待っててくれ」
私の存在に気が付いたユングさんが振り向きもせずに片手を上げる。振り向きもせずに私を確認できることに感心していると、ラミィさんが奥の暖炉に案内してくれた。
この家には、この部屋以外に部屋は無いそうだ。いったいどうやって寝るのか不思議な気がするけど、まさかこの長椅子で寝るわけじゃないよね。
ラミィさんの入れてくれるお茶は格別だ。紅茶と言うらしいが、一般にはまだ出回らない。テーバイ王国で試験栽培を始めているとこの前教えてくれたけど、普段飲んでいるお茶と違って深みがある味だ。
兄様はコーヒーが良いと言って、テーバイ王国に頼んで作ってもらっているが、これもまだ一般的にはなっていないようだ。ミズキ姉様は王都で喫茶店を開きたいらしいけど、あんな苦いのを飲みたい人っているのかしら?
「それで、……アキトに叱られたのか?」
「散歩のついでです。ここに来れば美味しいお茶を頂けますし」
そんな私の言葉にラミィさんは微笑んでいる。
「ラミィもだいぶ上手くなったからな。紅茶はまだ市販は少し先になるだろう。商会の連中には先行投資で融通してるけど……。そういえば明人もコーヒーを栽培してたな!」
「向うも、まだ流通させるには収穫が足りないようですね。同じく商会に渡していますよ」
私にとっては勝負にならないと思うな。同じ苦さでも紅茶には甘味まで感じられるけど、コーヒーにはそれが無い。紅茶には優雅さがあるがコーヒーには野性味が感じられる。
「あの黒くて苦い飲み物を欲しがる人っているんでしょうか?」
「いるさ。俺だってそうだ。たまに明人にご馳走になってる。夜の森で焚火を囲むならコーヒーだな。商会にサロンのような場所で飲むなら紅茶が良いだろう。時と場所で飲み物や飲み方を変えるのもおもしろいな。もっとも、ここではフラウとラミィが紅茶党だから紅茶になってしまうんだ」
ユングさんはコーヒー党ってことなのかな? セリウスさんやシュタイン様は大きな陶器のマグカップで美味しそうにコーヒーを飲んでいたから、男の人ってそうなんだろうか?
サーシャちゃんやミーアちゃんが来たら聞いてみよう!
「ところで、狩猟期がそろそろだ。あの子達も帰って来るのか?」
「後10日もすれば来ると思います。ユングさん達のお薦め場所はありますか?」
私の言葉にラミィさんが沢山のスイッチが付いた板のようなものを取りだした。テーブルの上に2D(60cm)四方の半透明なスクリーンが現れる。
その板の上をラミィさんの指が踊る。本当に踊るという表現が相応しい。スクリーンの上に魔道文字とは違った種類の文字が並んでいく。
「まあ、狩りの場所はラミィに任せておけ。だが、俺達を訪ねてきたのはそれだけじゃないんじゃないか?」
ユングさんも不思議な人だ。ちょっと兄様に似たところがある。人の内面、心の動きを気にする時が多々ある。ディー姉様やフラウさん達ならスルーしそうなことでも、兄様やユングさんはいつまでも気にする事がある。
そんな様子をお祖母ちゃんに聞くと、「リムもそんな事に気が付くようになったのじゃな……」と言って笑っていた。
なんか、答えをはぐらかされた感じがするんだけど、お祖母ちゃんはその後でミズキ姉様と顔を会わせて頷いていた。
「実はご相談があって……」
そう前置きをして、私の良いところを知っていたら教えて欲しいとお願いしてみた。
すると、ユングさんはフラウさんと顔を見合わせて……、うふふと笑い出した。
思わず頬を膨らませる。
「まあ、そう脹れるな。……フラウ、もう一杯お茶だ。話はそれからでいいよな」
私に念を押すように言って、フラウさんの入れたお茶をユングさんはゆっくりと飲みだした。タバコを取り出して指先に火花を飛ばして火を点ける。ユングさんは魔法が使えないのだけれど、たまに私達が驚くような事を平然とやってのけるのだ。
「そうだな。リムが人より優れているところ、と言う意味でアルトさんが言ったわけではないと思うぞ。その人の良いところと悪いところ。それを長所と短所という場合もあるんだが、短所を克服するのは大変な努力がいる。その上克服したとしてもそれが人並みということになる。それよりは自分の長所となることを自覚してそれを伸ばせと言ったんだろうな……」
そう言って長い話をしてくれた。
そんな言葉の中で私の心に残ったのは、「友を鏡として自分を見てみろ」と言う言葉だった。ユングさんと兄様は友人と言う事だ。しかも両者とも互いに悪友を自負している。ミズキ姉様はそんな2人を「親友と言っても良いよ」と言っているのだが、いったい真相はどうなのか私には分らない。でも、いつでも仲がいいし、互いの境遇を心配そうな顔で見ている事も確かなのだ。
「まあ、俺には明人がいるから問題ない。向うも同じだろうな。俺達の長所と短所は真逆なんじゃないかと思うときもある。互いに、相手を見る事で自分の短所と長所が分るんだ。だから、リムも友人を沢山作ることだ。その友人を通して自分を見詰める事を勧めるよ」
そう言って、温くなった紅茶を飲んでいる。
フラウさんが熱いお茶を私達に注ぎ足してくれた。
「自分で探すってことですか?」
「そうだ。自分で自分の長所を探すのが一番だと思う。俺達が教える事も出来るが、はたしてそれが本当にそうなのか? もし違ってたら困るだろう?」
確信が持てないという事だろうか? それなら仕方が無いけど、それでもそう思えるものがあるという事なのだろう。ちょっと希望が湧いてきたように思える。
「よろしいですか? 先程の今年の狩猟期の作戦ですが、作戦はサーシャ様が立案すると推定します。その立案にあたって必要な情報を纏めておきました。サーシャ様のことですからこの情報で十分と思われます」
「ラミィはどこを選ぶ?」
ユングさんの言葉に壁のスクリーンが1つになって村周辺の地図に変わる。
ラミィさんは、赤い光を線のように放つ棒を持ってアクトラス山脈の1点を示した。
「私であれば、ここでグライザムを狩ります!」
ひらめきのサーシャちゃんなら、ラミィさんは計算ずくだ。たぶん群れで狩る事が出来るのだろう。だけどグライザムを群れで狩るなんて……、兄様は許可してくれないだろうな。
数枚の紙をバッグに詰め込んで、ユングさんの家を後にした。
不思議な家だけど、住んでる人が住んでる人だからな。今日はハンターと同じような革の上下だけど、この前行った時には体に張付いたような体形が浮き出る黒い上下を着ていた。めったに村で顔をあわせないけど、あの格好で歩いていたら直ぐにセリウスさんが厳重注意をしに出掛けただろう。
そんな事を考えながら家に戻ると、直ぐに夕食が始まる。
夕食の話題はギルドの話になる。
明日はスラバ狩りに行くことになりそうだ。