後日談 1-06
「それで、どうなってるんだ?」
リオン湖の辺に建つ小さな石造りの家の中では、3人の娘達がなにやら相談しているみたいです。
暖炉の傍にあるソファーに腰を下ろして2人はお茶のカップを持ち、もう1人はタバコを咥えているようです。
「明人様の発見で一時は急速に話題が分散しましたが、此処に来て再び活性化してきました。」
「やはり、『王女』、『娘』、『奴』会話に登場する特殊な集会が増えています。前には『アキト』の言葉がありましたが、今は出現率が低下しています。」
暖炉の反対側に設置された大型スクリーンには、数式や、分布図、相関図が沢山表示されていました。
「となると、『奴』とは『アキト』と考えられるな。たぶん『奴等』と言う言葉も出現頻度は高いと思うぞ。それは美月さんを含めて表現している筈だ。」
「散布界が集束しました。なんらかの陰謀が進行中と考えられますが…。」
「ちょっと明人の所に出掛けてくる。向うも知っているだろうけど、念のためだ。」
「なら、このプリントも持参してください。この言葉の出現頻度の高い地域のマップです。赤が本日解析分。青が先週の解析分です。」
ラミィさんからマップを受取ると、ユングさんは部屋を出て行きました。
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「ホレホレ…、我が母様じゃぞ。」
そんな事を言いながら赤ちゃんを高い高いってやってます。ですが…、その方法が問題です。ポーンって天井に放り投げると素早く縮地を使って横移動、そして、ストン!って受止めています。
そばで見ているジュリーさんはハラハラ、ドキドキの連続です。
ディーはと言うと、赤ちゃんの落下位置を常に計算してアルトさんが受止められなかった場合に緊急介入しようとしています。
でも空に浮かんだ赤ちゃんはキャッキャッて喜んでいますね。
「アルト様!そろそろ姫様はお食事の時間ですよ。」
ついに見ていられなくなったジュリーさんがそう言うと、アルトさんは腕にポンって落ちてきた赤ちゃんを抱いてジュリーさんのところに『よしよし…』なんて言いながら戻ってきました。
サッとじゅりーさんが、アルトさんから赤ちゃんを取り上げました。
「アルト様!…赤ちゃんはひ弱なんですよ。あんな事は止めてください!!」
メ!!って感じでアルトさんを睨みつけてます。
「オーロラは好きじゃとみえる。大丈夫じゃ。我がついておる!」
まるで、聞いてないみたいです。
ジュリーさんは、ディーを見て首をフルフルと振っています。
それでも意を決すると、赤ちゃんを抱いてディーと一緒に部屋を出て行きました。
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ラミア女王の抱いている赤ちゃんは、ちょっと変っています。両方の首の直ぐ近くに左右1枚ずつ鱗が着いています。
女王の小指の爪ほどの大きさですが、虹色に輝いていました。
「正しく、ドラゴンスケイルを持ってお生まれになった姫君でござりまする。その吉兆は言い伝えによれば大国を統べる印とか…。聖地での初めてお生まれの御子がドラゴンスケイルの印を持つと聞けば、族長達もすがる思いで訪れておられるのでしょう。」
「そうでしょうか?わたしも、ほら…。鱗を持っております。ザナドウの妙薬でさえ、これ以上の回復は望めなかった。鱗を持つ我が娘が不憫に思えて仕方がありませぬ。」
「何を仰いますか。鱗を生まれながらに持つ者は、ドラゴンの子孫として部族では高い地位を約束されるほどでございます。まして姫君のドラゴンスケイルは最上の物。カラメル族が与えると言う虹色真珠と同じでござります。勇者の中の勇者に相応しいものですぞ!」
ラミア女王の世話を一手に引き受けている老婆が、キツイ言葉で言いました。
どうやら、狩猟民族の間では鱗に関する忌避が無いようです。それどころか、それを持つ者を重要視するとは、ところ変れば…って奴なんでしょうね。
「オデット姫は眠いようですぞ。どれ、婆に貸してみなされ…。」
老婆はラミア女王から赤ちゃんを受取ると、『よしよし…』ってあやし始めました。
2匹の黒豹もノソリっと身を起こして老婆の腕に抱かれた赤ちゃんを覗き込んでいます。
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赤ちゃんを抱いて果樹園の中をピョンピョンと飛び跳ねるように散歩しているのはクローネさんです。
どうやら、シグさんからちょっと借りてるみたいですけど、元々荒地ですから足元に気を付けないとダメですよね。
そして、そんな常識的な思考を持ったエイオスさんが、オロオロしながら2人の散歩を見ていました。
「クローネ! そこは坂なんだぞ…。そっちは小石が多いんだ!!」
思わず声まで出してます。
それでも、初めて抱っこする赤ちゃんが可愛らしいのか、ジッと赤ちゃんを覗き込んでいるみたいで、周囲など全く気にしていないようです。
そして遂に!…コロリンって転倒しかけましたが…綺麗な前回転で受身を取りました。全く地面に体を付けないで受身を取ったようです。
赤ちゃんを抱えたままですから、ホントに器用ですね。まるでネコのようです。
「クローネさ~ん!」
「はいにゃ!」
シグさんの呼ぶ声に返事をすると、クローネさんは残念そうに修道院に向かってゆっくりと歩いていきます。
お行儀よくしないと、次ぎは抱っこさせてもらえないと分かっているようです。
そんな姿を見てエイオスさんは、ホッとして無意識に立ち上がった体をゆっくりとベンチに戻しました。
「アリス。お姉さんとお散歩できて良かったねぇ…。」
「また遊びに来て、一緒にお散歩するにゃ!」
「えぇ、必ず来てね。アリスもクローネさんが好きみたいだから!」
クローネさんは嬉しそうに赤ちゃんを返します。また、一緒にお散歩できるんですから、ちょっとの間は我慢できますからね。
赤ちゃんをお母さんに返したクローネさんは2人にてを振ると修道院を去っていきました。
今夜も、不埒な輩が来るかも知れません。
この頃、夜になって修道院の近くをうろつくハンターが少し多くなってきたようです。
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「全く心配したぞ!」
「そうじゃ。アキトがいなければ村の楽しみが減ってしまう。まぁ、今回ばかりはワシも想像できなかったぞ! じゃが、良くやった。それでこそ男じゃ!」
「アキトさん。尊敬します!」
長屋の一角では今日も、問題児を囲んで男達が酒を酌み交わしていました。
囲炉裏にはリオン湖で釣り上げた黒リックの串が何本も刺してあります。
男同士、たまには一緒に飲み明かそうってことで、長屋の一角を借りています。男の城ですね。ここもある意味秘密基地みたいなものです。
女性には今のところ内緒ですが、ユングは特別参加を認めています。まぁ、元が男性ですから良いんでしょう。
でも、見つかったら、また怒られるんじゃないかと思いますけど、その辺は大丈夫なんでしょうか?
天井の梁に大きなカブトムシがジッと男達を見ているようですが、誰も気が着かないみたいです。
「ところで、全員が姫君だったのか? そこがまぁ、アキトらしいといえばそれまでじゃが…。」
「俺も1人位は、と思ったんですけどね。オーロラ、オデット、そしてアリスと姉貴が名付けました。」
「ミズキも気にしていたのだな。だが、名前を送るという事はミズキも姫達に嫉妬はしていないようだ。アルト様の姫がオーロラ姫だったな?」
「そうです。ラミア女王のところがオデット、シグ王女のところがアリスになりますね」
「一度に3人娘が出来たんだ。まぁ、ちゃんと養育はするんだぞ」
そう言ってアキト君に注意してるのは、串焼きを齧りながら蜂蜜酒を飲んでいるセリウスさんです。
「頑張って狩りをしますよ。後は、新たな製品を考えて、その企画料をユリシーさんと相談してみます。」
「何か、案があるのじゃな? ワシの方は何時でも良いぞ。変ったもの、面白いものなら大歓迎じゃ。」
そうです。ちゃんと自立出来るまでは養育費を稼がないといけません。それに、娘3人を嫁に出すとなれば色々と大変です。
それなりの地位を持った人達が母親ですからね。世間体って奴も大事なんです。
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「やはり、見つかってたか…。」
「まぁ、黙認しても問題はあるまい。我が君も楽しそうじゃ。我等に知られずに内緒の話もそれなりにあるのじゃろう。それに我等も似たようなことをしておるしのう。人に迷惑を掛けぬ限りそっとしておいても良いじゃろう。」
端末の仮想ディスプレイには、この村にある長屋の1室が映し出され、その部屋の会話が端末のスピーカーから聞こえてます。
「少しは、好きにやらせてあげないとアキト達もストレスが溜まってしまうわ。それに、みんな良い顔をしてるでしょ。あれって絶対仲間意識よね。」
「我が君も、屈託なく話せる相手は限られていたのう。じゃが、あそこでは身分や出身の違いを気にせず男同士の会話ができるというものじゃ。少し羨ましいのう…。」
アテーナイ様は少し理解出来るのかも知れません。少し男勝りなところがありますからね。
「明人達には内緒にしといてくれよ。あれでも、一生懸命考えてるんだ。方向性に問題があれば、それを修正するだけの知恵は持っている。今のところは暴走する恐れもないからな。」
「大丈夫よ。秘密にしといてあげるわ。…それで、今日は?」
ミズキさんはアテーナイ様とユングに新しいお茶を注ぐと、自分のカップを取って言いました。
「あぁ、そうだった。…これだ。噂の散布界と言ったところだな。人の会話の分析なんかまるで思いつかなかったが、ラミィがその出現率に気がついて分析していた。」
そう言いながら、テーブルに数枚の紙を広げました。
「これが一月前の連合王国中の噂に特定のフィルターを掛けた会話の分散状態だ。」
「なんだか、点々が紙1枚にひろがっておるのう…。」
アテーナイ様が呟くとミズキさんも同意したのか頷いてます。
「確かに、これを見て関連があると思うのはラミィ位だろうな。バビロンやユグドラの神官辺りなら見抜くんじゃないかと思うけど…。
そして、これを出現率と集会の人数を加味するとこのように変化する。」
「これって!」
「あぁ、特定の集会にこの会話が集中していると考えられる。その場所はこの位置だ。」
ユングが少し大きな紙を広げます。
「青が、1週間前の24時間。そして赤が今朝までの24時間だ。」
「位置が変化しておるな。それと…集まっているようにも見えるぞ。」
「これを、連合王国の地図に重ねるとこうなるんだ。」
ユングが最後に取り出したのは白地図に重ねられた青と赤の分布図です。
「これは!」
「動いたという事かしら?」
「配置に着いた。という事じゃないかな? 確か、シグ王女は修道院だろ。この森に隠れた連中が襲撃するには半日は移動しなければならない。
そして、王都に集まったハンター連中の中にも宿ではなく、何箇所かの家に集合している者がいるようだ。」
「エントラムズとモスレムのこの位置は貴族街じゃ。この情報を大きく表示させることは出来ないのか?」
「此処では無理だ。俺の家に来てくれればラミィがいるから色々と編集ができるんだが…。」
「行きましょう! それにユング達の家ってアキトしか言ってなかったものね。どんな暮らしをしてるのかも興味あるわ!」
ユングさんがゲ!ってなってます。
失敗したかな?なんて考えてますけど、もう言ってしまった以上断わることも出来ません。
3人は家を出ると、林の道を抜けて通りを東に向かいました。