後日談 1-04
小さな部屋には2つのベッド。
そこには1人の少年が深い眠りについていました。
部屋に入ってきた娘はジッと寝入った少年を見詰めています。
「全く、直ぐに流されちゃうんだから…。まぁ、そこがアキトらしいところではあるんだけどね。
でも、遺伝子変異があっても子供は作れるんだね。
だけど、あの1発で済まされると思ったら大間違いよ」
部屋には誰も娘の言葉を聞いている人はいません。
小さな聞き取れないような言葉を、その唇が紡いで行きます。
「これも連合王国成就のため…。そして私の怒りを晴らすため…アキト、死になさい!」
一瞬にしてベッドに近付くと布団を跳ね除け、右手を少年の右胸にまるでナイフのようにブスリ!っと差し込みました。
何かを握ったように腕の筋肉が動きます。そして一瞬筋肉がぎゅっと引き締まります。
「これで、許してあげるわ。早く帰ってきなさい…」
娘が血だらけの腕に【クリーネ】の魔法を使うと、綺麗に元に戻ります。
娘が部屋を出た後には胸に大穴を開けられて、唇から一筋の血の糸を引いたしょうねんだけが残りました。
一旦、部屋を出た娘が再び戻ってきました。
血だらけの少年をシーツでグルグル巻きにすると、ヒョイっと肩に乗せます。
「やったのじゃな?」
血の滲んだシーツに包まれたものを見てアテーナイ様が呟きました。
小さく頷くとそのまま離れを出て庭の湖面にシーツの中身を投げ捨てます。
まるで錘でも入っているかのように、少年の体は湖の底に沈んでいきました。
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指令本部の執務室には2人の夫人と1人の娘が作戦地図を眺めています。
「これが確認できた奴等のアジトじゃな。やはり、サーミストが中心と見るべきじゃろう。」
「他国にもアジトはあるようです。サーミストという根拠は?」
サーシャちゃんの言葉にミーアちゃんが確認しているようです。
結論だけいう事が多いですから、ミーアちゃんも色々と苦労してるようですね。
「これじゃよ。この村はかつてのクローネの故郷じゃ。今は誰も近付かぬ。」
「そこに集まるハンターはいないという事ですか。でも、他の王国の森にも不審なハンターは集まってますよ。」
「たぶんダミーじゃろう。森には他のハンターもおる。万が一にも聞かれると不味い筈じゃ。だが、この廃村には近付くハンターすらおらん。それがこれだけ集まっておるし、このハンターも怪しい限りじゃ」
地図に描かれた大森林地帯の一角の経つ駒とその駒から近くの広場に立つ駒をクロスボーのボルトでツンツンしながらサーシャちゃんが話しています。
「バビロンからの連絡です。大森林地帯の廃村に集まった人物をマーキング済み。継続的な調査が可能とのことです」
部屋に入ってきたのはパンダでした。
爪で紙片を摘んで、近くにいたリムちゃんに渡して帰っていきます。
「たぶん、各国の貴族じゃろうが、行動に移すのはもう少し先になるじゃろうな。」
「やはり、行動してから出ないと拘束できませんか?」
ミーアちゃんは心配そうに聞いてます。
何と言っても、3人ともお兄ちゃんの子供なんですから、他人事ではありません。
「今捕まえても、ハンターの真似事をしていただけと突っぱねるじゃろう。真実裁判を行なっても、神官を含めてグルじゃと言い張るに違いない。やはり行動を起こしてからではないと我等も苦しいのう」
連合王国の大軍団を預かっているのです。無闇と動くのは危険です。それにミズキさんは常々『兵は凶事』と言っていました。
できれば、自分達が動かずに事を運びたいようです。
「ところで、例の計画は?」
「順調です。これを預かってきました。このキューブを常に首から下げて置くようにとのことです。そして、蓋に付いた窪みにこれを組み込めばプログラムのシーケンスが開始されると言っておりました。」
そう言ってミーアちゃんがサーシャちゃんとリムちゃんに水晶のような1cm程の立方体が付いたペンダントをサーシャちゃんとリムちゃんに渡しました。
「楽しみじゃのう。さぞや驚くに違いない。」
「それはもう、飛び上がるほどに驚くでしょうね」
そんな話をしながら、従兵を呼んでお茶を楽しんでいました。
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「回収は出来たのじゃな?」
「計画通りです。ですが…心臓が潰されてます。」
「そこがこの人間の不思議なところじゃ。前にも一度心臓を手刀で潰されておる。それでも復活しておる。
じゃが、今回は少し時間が掛かりそうじゃ。防御反応が全く無い状態で潰されておる。
それでも、お主は感じぬか? この少年に気が集まりつつあるのを…」
広い部屋の中心に青ざめた風貌の少年が横たわっていました。
「それにしても、驚きました。試合途中でいきなり消えましたから…。」
「母体となる体の中枢が刈り取られたのじゃ。意識体とてただでは済むまい。それにしても容赦が無いのう…。まぁ、これもこの少年がまいた種じゃ。完全消滅せぬだけでも良かったかも知れん。それだけあの娘も自制できたのじゃろうな。」
「それで、このままにしておくのですか?」
「1両日で再生が始まるじゃろう。最初の鼓動を確認して天文台の傍の家に住む娘達に渡してやれば良いじゃろう。なにやら、ずっとアキトを探しておるようじゃ。」
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「それにしても、明人の奴どこに消えたんだ?」
「まさか、マスターの言う通り?」
「まぁ、あれは冗談だ。明人を殺せるのは美月さん位だろう。そして、美月さんはそこまで明人を責めることはない筈だ。心穏やかでは無いにしてもな。」
大型スクリーンに映る情報を見ながら、パイプを咥えたユングさんとフラウさんが話しています。
そこへ、何かを担いだラミィが部屋へと入ってきました。
「マスターのお探し物を見つけました!」
驚いて振り向いた2人の前に、ドサリと担いだ荷物を床に下ろしました。
なんと、それは半年以上にわたって探していた明人君その人です。
2人は直ぐに駆け寄ると、明人君の体をペタペタと触っているようです。
「何処で見つけたんだ?」
「湖から水を汲もうと裏に行ったら、岸辺に浮かんでいたんです。」
灯台元暗しの例えですかねぇ…。
そういえば、リオン湖はノーマークでした。
「マスター!…バイタルエネルギーは極めて低いですが、生存しています。」
「うむ。だが、この胸の傷は…、それに頬の痣も…。」
「殴られたところに追い討ちで胸をえぐられたとしか思えません。それでも明人さんは死なないんですね。」
「ある意味、俺達と同じような存在だ。俺達は無機生命体。そして明人達は有機生命体の不死者なんだろうな。それでも、心臓が潰された形跡があるぞ。やはり相当美月さんは怒ったんだろうな。」
「それで、どうします?」
「このまま引き渡しても良いが、この状態で引き渡して再度攻撃でもされたら、ちょっと気の毒なことになるだろうな。このまま探すふりをして体が回復するまで匿ってやろう。」
この家にはベッドはありません。
ユング達は暖炉近くに置いてあるソファーにアキト君を運んで体を温めてあげます。
ユングさん達は寝る事も無いので毛布もありません。
それでも、暖炉の傍のソファーなら床に転がってるよりマシですからね。
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「どうやら、ユング達に拾われたみたいです。これで、ユング達も納得してくれるでしょう。そして、直ぐに私達の所に来ないのも計画通り…。あれだけの傷を見たら、ある程度回復するまで介抱してくれるでしょ私に内緒でね。」
「あの娘達もアキトを好いているのか?」
ミズキさんの言葉にアテーナイ様はちょっと嫌な顔をして聞いてみました。
「あの3人なら大丈夫です。私達と体の構造自体が違いますから変なことにはなりません。それに、アキトとユングは昔からの友達なんです。
前にユングは男だと話しましたよね。あの2人は悪友同士なんです。」
「なるほどのう。男同士の友情で我等に知らせないという事か…。そして、さも探しているような素振りをするのじゃな。中々に良い友じゃ。」
うんうんと男同士の友情を想像してアテーナイ様は頷いています。
そんな妻の姿を呆れたような顔でシュタイン様が見ていました。
「だが、何れは報告せねばなるまい。どう言い訳をするつもりじゃろうな。」
「きっと、俺に免じて…なんて言って来ますよ。2人で連れ立って来るでしょう
それ位の仲なんです。」
「友の罪を一緒に被ろうと言うのか! これは道徳の時間に話しても良いのではないか?」
アテーナイ様は驚いてそんなことを言ってます。
そんな友達関係がアキトとユングの間にあったことは知らなかったようですね。
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そんな事があってから10日程過ぎた頃に、離れの扉を叩く音がしました。
アテーナイ様がゆっくりと扉を開けると、そこにはユングさんに付き添われたアキト君が立っていました。
ジロリと2人を眺めたミズキさんにユングが口を開きます。
「美月さんが怒るのも分る。だが、此処は俺に免じて許してやってくれないか。明人も反省してるようだし、また美月さんに攻撃されたら如何に明人でも無事にすむとも思えない。これだけのことを仕出かしたんだから、ムシが良い話で申し訳ない。この通りだ。」
そう言って深々とユングさんはミズキさんに頭を下げました。そうしながら片手でアキトさんの頭を無理やり下げています。
そんな2人を見て思わずアテーナイ様が噴出しそうになり、慌てて口元を隠しています。
「ユングのような友人がいることをありがたく思いなさい。これが最初で最後なら、ユングに免じて許してあげます。その代わり、2人とも私の手伝いをして頂戴。
あの3人を狙う輩がいるのよ。そいつ等だけは許せないわ。仮にも私にとっての義理の子供になるかもしれないのに。」
最初は穏やかな言葉でしたが、最後の方はかなりテンションが上がってます。
「あぁ、コイツの不始末のの面倒を見る位の事はなんでもないさ。アキトだって、依存はない筈だ。」
無言のアキト君の脇腹を突付いてアキト君を頷かせています。
「ちょっと、こっちに来て。サーシャちゃん達が掴んだ情報を見ると、こんな感じなの…。」
美月さんはそう言うと連合王国の全体図にチェスの駒を置きながら状況の説明を始めました。
「ちょっと待ってくれ。確かフラウ達が何か知っているかも知れないな。偵察ロボットからの会話を分析するようなことを言っていたぞ。
家に帰って、確認してくる。
明人も、ちゃんと美月さんの言う事を聞くんだぞ。美月さんにあいそをつかされたら、それがお前の最後だからな!」
そう言って、もう一度ミズキさんとアテーナイ様に頭を下げて離れを去っていきました。
湖の上を平地と同じように走って帰るユングを窓からアテーナイ様が眺めていましたが、その顔を2人に向けると微笑みを浮かべます。
「なるほどのう。ミズキの言う通りじゃ。友のために頭を下げるのは中々できることではない。婿殿。良い友人を持っておるのう。」
「確かに、中々いるものではない。教育が此処まで人間を成長させるのだろう。大神官に会った時にでも聞かせてやろう。ますます教育に力を入れるだろうよ。」
「さて、アキトもこれで以前通りに外を歩いても良いわよ。でも、セリウスさんには謝っておくのよ。だいぶ心配していたんだからね。」