後日談 1-03
森の中の焚火を10人程の男が囲んでいます。
革の上下に長剣を背負っていますが、ハンターにしてはメタボが過ぎるようです。太ったお腹が邪魔をしてとても狩りどころではありません。
自分の足元をちゃんと見る事ができるかどうかも怪しいものです。
「まさか、こんな形で会合を持つとは思わなんだ…。」
「わしだって、そう思う。じゃが、町や村の出入りは厳しく見張られているらしい。…あのアキトを探し出す為にな!」
そう言い捨てると、銀杯を傾けて葡萄酒を飲んでいます。
それぞれが手に持つカップは銀や金でした。やはりハンターではなさそうです。
「それで、見つかったのか?」
「3人の中で、どうにか我等も知る場所にいたのは、アトレイムのシグ姫じゃ。ラミア女王は早々に国を出て行ったらしい。夜の闇に消えた後を知るものは誰もおらぬ。ひょっとして、スマトル王国に戻ったやも知れぬ。スマトル国王の最後は誰も知らぬ。そして王の妹ならばスマトル王国が保護することもありえるじゃろう。」
「剣姫の行き先は教えて貰ったぞ。大森林地帯の遥か南だそうじゃ。幾ら兵がおっても、大森林地帯を南に行くなど、命令した途端に兵達が反乱を起こしかねない。」
「で、シグ姫は?」
「アトレイムの南にある修道院らしい。」
「だが、あそこはスマトル軍を跳ね返した要塞だぞ。」
「そこでじゃ……。」
男は酒を飲みながらぼそぼそと話を始めました。
そんな光景を森の木立にとまったカブトムシが見ています。
ちょっと大きなカブトムシで20cmはあるようです。
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「この頃このような会合があちこちで開かれてますね。一応、記録は残してくださいね。」
「分りました。明人様の探索の合間に分析しても宜しいでしょうか? 場所はまちまちですが、話の内容に共通点があるように思えます。」
ユングさんは、ジッと大型スクリーンを見詰めながら葉巻を咥えています。
その邪魔をしないように2人のオートマタが、偵察ロボットのもたらした情報を整理していました。
「マスターは、明人様を第1優先に熟慮中です。これはラミィが分析してください。でも、明人様の情報が会話に含まれている場合は、整理して私に報告してください。」
「了解しました」
どうやら、連合王国中の会話を盗聴するまでに事態は進展しているようです。アキトと言う単語が会話に含まれたなら、そこから会話が自動的に記録されラミィ達によって分析されるみたいですね。
「どうも、おかしい。…まるで痕跡が見当たらない。ひょっとして、俺達は重大な見落としをしているんじゃないか?」
お茶を持って来てくれたフラウさんに向かって、独り言のようにユングさんが呟きました。
「それって?」
「あぁ、考えにくいことだが…。ひょっとしてだ。明人は死んでいるのかも知れない。」
ガチャンっと床にお茶のカップが落ちました。
陶器ではなくて金属製のシェラカップですから割れることはありません。
「確か、明人様の体は『サフロナ体質』で『毒無効体質』の筈です。体を半分にされてもくっ付きますよ!」
「それはそうなんだが…。ならば何で痕跡さえ掴めん!」
だんだんとアキト君に怒りを覚えてきたみたいです。
そろそろ真相を話さないと不味いかも知れませんね。キレたりしたら連合王国に別な危機が訪れそうです。
秘密基地風の家では3人の娘達がワイワイ騒いでます。
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「あのちっこいのが、我の娘じゃと?」
「そうです。直ぐに人工子宮に戻しますから、次の御対面は半年後ですよ。」
ガラスケースの中にある桃色の人工臓器に中にスプーンみたいなもので胎児が挿入されていきました。
それをアルトさんとジュリーさんがジッと感慨深く見ています。
「後は、生まれる前から英才教育とやらが行なわれるのじゃな?」
「はい。ですがそれは秀才を生む事は可能ですが天才になるかは御子様の天性に左右されます。」
「そこまでは期待しておらぬ。アキトの話に相槌を打ち、意見を述べられるようになれば十分じゃ。我や父を越えるのは本人の努力次第。努力せずに才能を持つなどもってのほかじゃと我は思うておる。」
「さすが姫様。何時の間にか大きくなりましたね」
でも、アルトさんの実年齢はアラフォーですよね。見掛けは13歳時々20歳ですけど…。それでもジュリーさんには、何時までも腕白姫君って感じに見えてるのかも知れません。
「では、我々はこれで引き上げじゃ。世話になったのう。」
「そうは行きません。せっかく来たのですから半年はここにいてもらいます。そのようにミズキ様より言われております。」
ミズキさんの名前が出た途端、ビクって感じでアルトさんの体が硬直します。ちょっと反省してるんでしょうか?
「じゃが、退屈じゃ!」
「大丈夫です。我等が剣術のお相手を致します。」
「そうか!」
嬉しそうに、アルトさんが声を上げました。
毎日が剣術の試合になりそうな感じです。ジュリーさんは、部屋の片隅のディーを見ると、小さく手を広げて溜息をついてます。
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「だいぶ、大きゅうなられました。」
寝台で休んでいるお腹を撫でていた、遊牧民の老婆がそう言って女王の顔を見て微笑みました。
歯があまり残っていませんから、かなりの高齢の筈です。でも、老婆の言葉は優しく慈愛に満ちたものでした。
遥か昔に亡くなったお母さんが生きていたら、きっと同じようにお腹を撫でて同じ言葉を言ってくれたかも知れません。
それを思うとラミア女王の目から涙がこぼれます。
「悲しむのは、貴方様よりも早く御子が亡くなったときにしなされ。今はひたすらに喜びを保てばよろしい。貴方様の御子がもうすぐ御生まれなさる。我等の部族を統べる御子と長老達が待ち望んでおりまする。」
「我も、この子の父親も貴方達の部族を余り知らぬ。それでも、この子を部族の頭領とするのは、我には合点が行かぬのじゃが…。」
「簡単な話でござります。この地の西に1代で王国を築き上げた女王を母に持ち、その父は5千の敵兵を前に一歩も引かぬ勇者そのもの。その御子であれば我等が一族を幸せの地、約束の地に導いてくれるはず。
部族の古い言い伝えにあるとおりでございます。」
救世主ってことでしょうか?
言い伝えって当てにはなりませんけど、似たような話になっていたようです。
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「もう過ぐね。シグが母親になるなんて想像出来なかったわ。」
「まだ、3ヶ月も先ですよ。だいぶ大きくなってきたけど近頃は少し楽になってきたんです。」
修道院の1室ではアトレイム王妃とシグ王女が親子で話をしています。
少し離れた場所ではマリアさんが、シグ王女の動きをハラハラしながら見守っていました。
「王都は、もう大変な騒ぎよ。ブリューも吃驚してたけど、今では相手がいますからね。これで婚礼が早まります。…でも、貴方には…。」
「私は、王族から追い出したことにしてくださいな。アトレイム王族が後ろ指を刺されるようなことがあってはなりません。」
「でもねぇ…。お父様に、何か考えがあるそうよ。サーシャ様に相談したようなの。そしたら、嬉しそうな顔をして帰ってきたわ。」
御后様はそう言って、微笑んでます。
サーシャちゃんが絡んだ以上、斜め向うの解決策を授けたに違い無さそうですけどね。
「それで、お父様は毎日名前で悩んでるわ。執務机は名前の紙で一杯よ。まぁ、3ヶ月もあれば数点に絞れるでしょうけど、どっちなんでしょうね?」
魔道師を連れてくれば直ぐに分かるんでしょうけど、どうやらそれは止めているようです。
生まれたときの楽しみが1つ減りますからね。
「此処に貴方がいる事はどうやら知られてしまったわ。亀兵隊が駐屯して貴方を守ってくれるでしょう。でも、最後は貴方が自らと御子を守りなさい。」
御后様はそう言うと小さな箱を取出しました。
中には短剣が入っています。
「ダラシッドの毒がケースに入っているわ。相手に触れるだけで致命傷よ。生まれるまで、そして成長するまで貴方が守るのよ。」
御后様はそう言うと、部屋を出て行きました。
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「フーム、あまり大きくはないような気がするのう。」
「そんなことはありません。分神殿の土台よりも大きいですよ。」
「これが旗竿の基部じゃな。両側に3本ずつ立つということか。我等の旗は4本。後2本はどうするのじゃ?」
「作戦本部の旗は外せないでしょう。後はお兄ちゃんの家紋を使います。我等ヨイマチのチーム員ですから」
ミーアちゃんはそんな光景を目に浮かべて悦にいっているようです。
サーシャちゃんもうんうんと頷いています。
「そうじゃのう。それで良いじゃろう我等の旗は左で良い。右に2本の旗を立て、もう1本は台座に書き込んでおけば大丈夫じゃろう。」
そう言って、巨大な台座を見て回ります。
亀兵隊の駐屯地から歩いて20分ほどの場所に巨大な像を建てるみたいです。
「この両側にも何か欲しいところじゃ。」
「何も思いつきませんが?」
「レグナス辺りなら丁度良いような気がするぞ。」
「それは、さすがに止めといた方が良いですよ。精々グライザム位にしておく方が無難です。」
う~ん…。サーシャちゃんが悩んでるみたいですね。
しばらくして、巨大な台座を2人で見回っていますから何らかの結論が出たみたいですね。
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「「ハァ!!」」
気合とともに繰り出された拳が互いにぶつかり、2人の体が両側に吹き飛びました。
「完全に気の防壁を我が物としたようじゃな。」
「そちらもタンデム攻撃を…。」
両者は見合って、互いに微笑んでいます。
どうやら、試合をしていたみたいですね。
「なら、これはどうじゃ?」
そう言うと、左右の開いた腕を上下に動かしました。段々と速度が速くなり、何時しか左右に2本ずつの腕が出来ました。
「何の!」
もう1人の男が同じように腕を動かすと、やはり4本の腕が姿を現します。
「ほう!…既にそこまでに至っておるのか。これは楽しみじゃ。」
何処かの空間で2人の男の闘いがまた始まりました。
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「婿殿は、まだ眠っておるのか?」
「はい。だいぶ深い眠りについているようです。」
奥の部屋から姿を現したミズキさんにアテーナイ様が聞いています。
確か、心象世界でカラメル族の長老に指導を受けてるんでしたよね。
「そろそろあの娘達も限界だぞ。早く話してあげたらどうだ?」
「そうですね。アキトがキレ易いって言ってましたから、そろそろ良いでしょう。ですが、アキトがずっと此処にいたことは決して話さないでくださいね。でないと、連合王国最大の危機が訪れます。あの2人は、現状ではアキトを越えていますから。」
「それ程の者達か? だがミズキならば…。」
アテーナイ様が驚いてミズキさんに聞いていますが、にこにこと笑って誤魔化してます。
「ハァ…。まぁ、黙っていれば良い訳じゃな。我が君も良いな! それで、どのように事を運ぶつもりじゃ?」
「簡単です。アキトには死んでもらいます!」
「なんじゃと!!」
今度こそ驚いてアテーナイ様とシュタイン様は椅子から思わず立ち上がりました。
本気じゃろうか? そんな顔でミズキさんをジッと見ていますけど、ミズキさんは動じません。
厳しい顔付でテーブルの1点を見ていたミズキさんでしたが、おもむろに席を立つと能面のような表情の無い顔をして奥の部屋に向かいました。