表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
513/541

#510 赤ちゃんが生まれるわけ

 


 グライトの谷に来て2日目。

 どうやら、全員が氷壁を登る事が出来るようになった。

 もっとも、単純に登る事が出来ても途中で作業をする事は別物だ。

 ロムニーちゃん達はロープを頼りにアイゼンを履いて氷壁を登れるだけで、先行して登る事は出来ないみたいだし、先行するルクセム君の補助も難しそうだ。

 結局フェイズ草は、ルクセム君とアテーナイ様の2人で氷壁から採取してきた。この2人だと、アイガーの北壁もいけるんじゃないか? そんな感じに見える程、連携が上手くいっている。

 

 「とりあえず、道具の使い方は理解したつもりだ。冬場に何かあっても、これで助けに行けぬという事はないだろう。」

 「とはいえ、こんな変わった道具を個人で持つというのも考え物ですよ。」

 「それは、俺達が持っている道具一式をギルドに預ける事で何とかなるだろう。錆びやすいから定期的に油を引いたり砥いだりしなくちゃならないけどね。」


 「それ位は南都でも出来る。ようは、冬山で困らないような登山用具一式をギルドが保管している事が大事だろう。後は、今回のように年に1、2度練習すればいい。」

 「次に行う際は、他の村にも声を掛けるべきじゃな。氷に行く手を阻まれて救難を躊躇う時もあるじゃろう。この道具があれば、助かる命もある筈じゃ。」


 どうやらアテーナイ様は、山岳救助隊の組織化を考えているようだ。

 冬季を除いてはリザル族の山岳猟兵がその任を引き受けているが、連合諸国に大きな危機が無い以上、山岳猟兵の削減も視野に入る。その削減された猟兵を使って山岳救助隊を立ち上げるつもりなのだろう。

 そんな部隊が山村に1つ駐屯していれば、村人やハンター達も安心出来るに違いない。


 「ひょっとして、救助隊組織をお考えですか?」

 「ほう…。さすが婿殿。分るようじゃな。」


 俺の隣でお茶を飲んでいたアテーナイ様が、俺に顔を向けて呟いた。

 焚火の周りにいるのは、セリウスさんにアテーナイ様、後は俺とルクセム君にディーだ。

 

 アルトさん達は夕食を終えると直に天幕に入ってスゴロクを始めた。ミク達もお姉さん達が沢山いるから楽しいだろう。ミク達にとっては、ちょっとした冬の冒険に違いない。


 「救助隊というと、例の新鮮組みたいなものか?」

 「その認識で良いと思います。あれは狩猟期限定のようなものですが、アテーナイ様の考えているのは一年を通して活動する救助隊です。」


 「だが、一年を通して組織を維持するのは莫大な資金が必要だ。」

 「それを工夫するのが、ギルド長の仕事じゃろう。ハンターの多くが狩りで命を落とす。全てを助けるのは無理じゃろうが、救助隊によって助かる者もあるじゃろう。」


 セリウスさんの言葉をアテーナイ様がたしなめる。

 確かに全員を救おうなんて無理な話だ。だが、組織する事によって助かる命もあるはずだ。作らないよりは遥かに良い。そんな感じかな。


 「少し、ギルド内で議論してみましょう。」

 

 セリウスさんの言葉に、アテーナイ様も満足そうだ。

 そんな話をしながらタバコを楽しみ、お茶を飲む。

 キンキンに冷えている中で、焚火を囲み熱いお茶と言うのも中々良いけど、やはり寒さは身に凍みる。

 俺達はそれぞれの天幕に帰って毛布に包まる。

 ディーが俺の隣に横になるが、眠る事は無い。周囲の獣達を見張ってくれているのだ。


 そして次の日、朝食を終えた俺達はリオン湖の氷上を歩いて帰路につく。

 昼過ぎに家に着いた時、俺達を待っていたのはスロットとネビアそれにローリィちゃんだった。

 

 「ミケランはどうした?」

 「早く、自宅に戻って下さい! もう直ぐ生まれそうですよ。」

 「なんだと!!」


 セリウスさんはミクとミトを両脇に抱えて走って行った。

 俺達は唖然として、その姿を見送る。


 「まぁ、確かに大きなお腹をしていたのう。」

 「それなら、そうと言ってくれれば良いのに…。」


 まぁ、のんびりした人だからな。ミク達の時も大騒ぎだったけど、今度も似たようになるのかな?


 「リム。我等も出掛けるぞ。不足するものがあれば至急揃えねばならん。」

 アルトさんは、その言葉に頷いたリムちゃんを連れて林の小道を駆けていく。


 「さて、では此処で解散じゃ。婿殿はのんびり家で待つが良い。」

 

 そう言って、ルクセム君達と小道へと歩いて行く。

 ディーにソリの後始末を任せて、俺はスロット達とリビングに入る事にした。


 扉近くのフックに防寒服を掛けて、暖炉近くで防寒靴を履きかえると、姉貴の寝ている客間に向かう。


 扉を開けると、姉貴が静かに寝ている。

 極端に生体機能を低下しているから、まるで人形のように見える。


 『姉さん、帰ったよ。…姉さんも早く帰ってこないと困る事になるぞ。』


 そう小さな声で呟くと、布団をトントンと叩く。これ位で熾きてくれる訳は無いか

…。

 リビングに戻ると、スロット達がテーブルに着いている。

 俺も自分の席に着くと、ネビアが暖炉のポットを使ってお茶を入れてくれた。


 「たぶん昼食は未だですよね。サレパルを温めますから少し待ってくださいね。」

 「ありがとう。そのままで良いよ。昼に焼いたんだろう。お茶と一緒に頂くよ。」


 ネビアからサレパルを受取り、お茶を飲みながら食べ始める。

 サレパルは家庭料理なんだな。アテーナイ様の作るサレパルとちょっと違う味だ。これがお袋の味の違いなんだろう。


 「氷壁はどうでした?」

 「あぁ、全員が登れたが、アテーナイ様とルクセム君が一番だな。」


 「俺にも出来るでしょうか?」

 「道具の使い方が分れば大丈夫だ。だが、無理は禁物だぞ。」


 たぶん、スロットも覚える事になりそうだ。セリウスさんもその方が安心だろう。

 

 「別荘とその北に出来た会議場の管理がありますから、使う機会は無いと思いますが、使う事が出来ればイザという時に困る事はありません。」

 「そうだな。自分の為でなく、他人の為に腕を磨くというのは、中々真似が出来ないぞ。」


 見上げたものだ。スロットは下級貴族の出だと聞いたけど、ちゃんと貴族の務めは理解しているようだ。スロットみたいな連中が多ければ、各国も苦労は無かったんだろうけどね。


 ネビアが席に着くと、早速膝にローリィちゃんが乗ってくる。未だ小さいから微笑ましい光景だな。

 

 「俺の所にはちっとも来てくれないんですよ。」

 

 そう言って頭を掻くスロットは苦笑いだ。ちょっと可哀相だな。

 そこにディーがリビングに入ってきた。防寒服を脱いで、マイカップにお茶を注ぐと俺の隣に座る。


 「片付けは終了です。道具は背負い籠に入れておきました。明日にでもギルドに寄贈します。」

 「あぁ、それで良い。俺達が何時も使うとは限らないからな。」


 しばらくして、スロット達は帰っていった。

 たぶんセリウスさんの家に寄って行くんだろうな。

 席を暖炉の前に移動して毛皮の上に横になる。結構疲れたな…。

               ・

               ・


 真っ白い空間が広がっている。

 此処は心象世界なのか?

 そんな白い空間の中から人影が浮かび出る。

 ミケランさんじゃないか?

 俺にまるで気が付かないようだ。真直ぐ俺の横まで来るとそこで立止まる。

 すると、反対側から何かを抱えて歩いてくる者がいた。

 だんだんと近付いた人の横顔は姉貴だ!

 俺の前で、ミケランさんに抱えていたものを渡す。

 抱えていたもの…。それは白い布に包まれた赤ちゃんだった。

 渡されたミケランさんは嬉しそうな顔で姉貴に笑い掛ける。姉貴も嬉しそうに微笑むと二人の姿が段々と薄れていく。


 次に現れたのはサーシャちゃんだった。

 やはり同じように姉貴に赤ちゃんを託されて姿を消していった。

 

 その次はミーアちゃんだ。横顔が少しやつれて見える。

 姉貴から受取ったのは2人の赤ちゃんだ。やつれて見えた横顔が途端に笑顔に変わる。

 笑顔の2人が消え去ろうとする時に、


 「姉さん。早く帰らないと赤ちゃんを抱っこ出来ないぞ!」


 ガタン!と言う物音で目が覚める。

 ディーが席を立って、姉貴が寝ている客間へと向かっている。

 まさか賊じゃ無いだろうな?


 急いで立ち上がると、客間へと向かった。

 そこには腕を布団から出した姉貴が寝ていた。

 

 ディーが腕を掴んで布団へと戻す。そして何故かその場に立止まった。

 

 「バイタル反応が増大しています。身体機能が正常に戻りつつあります。」

 「覚醒するってこと?」

 「少なくとも、擬似冬眠状態からは脱却します。覚醒するかは不明です。」


 姉貴が戻ってくる前兆か?

 さっき俺が見た光景と何らかの係わりがあるんだろうか。

 3人とも今日、子供を授かったのかな。

 しかも、ミーアちゃんなんか双子だぞ。

 

 ひょっとして…。

 俺は暖炉の脇の通信機を使ってエントラムズの王宮に連絡してみた。

 『アキトヨリ。ミーアチャンノフタゴノナマエハ?』

 もし双子なら、そして今生まれたのなら、姉貴は直ぐそこまで来ている筈だ。


 ポットのお茶をカップに注ぎ、タバコに火を点ける。

 30分ほど経っただろうか、通信機が返信を告げてきた。


 「通信の30分ほど前に生まれたそうです。ミキネムそしてアトリスと名を付けられたようです。何故生まれた事、そして双子であった事を知ったのかと聞いていますが?」


 ディーが聞き取ってくれた。


 「ミーアが神から子供を受取る瞬間に立ち会ったと伝えてくれ。サーシャちゃんもいたぞ。って付け加えてくれれば良い。」

 

 直ぐに、ディーが電鍵を叩きはじめる。

 向うは驚いたろうな。だが、きっとそうやって母親は神から子供を受取るに違いない。

 その神は? 

 と聞かれたら困るけど、良く分らなかったと答えれば良いか。きっと勝手に想像してくれるだろう。


 そして、姉貴の帰ってくるのも近そうだ。

 何となく、自分の顔がにやけているのが分かる。


 バタン! と扉が開き、アルトさん達が帰って来た。


 「生まれたぞ! 元気な男の子じゃ。」

 「そうなんだ。そしてサーシャちゃんとミーアちゃんの所も生まれたぞ。連絡があった。」

 「なんじゃと!」

 

 俺の言葉を聞くと直ぐに通信機の電鍵を叩き始める。

 サーシャちゃん達ベッドの脇に通信機なんか置いて無いよな。ちょっと心配になって来たぞ。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ