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#509 庭の隅にはタトルーン

 


 目が覚めると、革の上下を着て、リビングに下りて行く。アルトさんは布団に丸まって、まだ夢の中だ。

 朝食の仕度をしているディーにお早うと声を掛けると、客間の姉貴にも朝の挨拶だ。返事は返ってこないが、こういう事は大事だよな。

 庭に出ると、一面の積雪だ。20cmは積もってるんじゃないかな。キュ、キュ…っと雪を踏む音も気持ちが良い。

 つるべで汲んだ桶で顔を洗うと、アクトラス山脈を眺めながらタバコに火を点ける。

 今日はグライトの谷で氷雪登山の訓練だ。クッキリと白い山肌が見えるから吹雪にはならないな。


 やはり早朝の寒さは堪えるな。リビングに戻ろうとした時、ぽつんと庭にたたずむ長老の姿が見えた。

 

 「お早うございます。今朝は心象世界ではないんですね?」

 「まぁたまにはよいじゃろう。今回は唯の連絡だけじゃ。伝える事は、この家をカラメル族の戦士5人で常時守護する事にした。ミズキが戻るまでの期間、何があっても我らカラメルはミズキの肉体を守護する心算じゃ。」


 「そこまでする必要があるんでしょうか?」

 驚いて、長老に聞き返した。


 「我等が長老達は、『ある』と結論付けた。小型タトルーンを庭の端に置く。この季節じゃ。誰も気にはすまい。そして必要時以外はタトルーンより外には出ぬ。」

 「俺達が何時もいるとは限らない。その間の警備問いうことでしょうか?」

 

 「そう考えてよいじゃろう。この我等が世界を外より眺められる存在に繋がる者。万が一の事態があればその損害、いや影響は計り知れぬものがある。」


 そう言って、視界から消えて行く長老の声の末尾は余り良く聞こえなかった。

 だが、カラメル族の戦士って見た事がないけど、グプタみたいな連中かな?

 無償でボディーガードをしてくれると思えばいいか。


 リビングのテーブルに着いてお茶を飲んでいると、アルトさん達が起きて来た。2人で井戸に向かって行くと、…直に帰って来たぞ。


 「何で、タトルーンが庭の隅に居るのじゃ?」

 

 いきなり俺に向かって怒鳴り声を上げる。リムちゃんまでもが、俺を睨んでるけど俺の責任なのか?

 

 「カラメル族の戦士5人が姉貴の警備をすると長老が言ってたけど、もう到着したみたいだな。」

 「そんな話は聞いておらぬぞ!」


 「俺も今朝聞いたんだ。必要時以外は外に出ないと言ってたよ。」

 「カラメルの戦士クラスになれば、アキトには及ばぬともケイモス、ダリオンを越えるぞ。それが5人となれば…。」


 たぶん、一個小隊以上の戦力になるんだろうな。小型タトルーンも戦闘用に特化したものだろう。


 「それだけ大事にしてくれるんだからありがたい話だよ。この庭からグライトの谷を目指すから、その時にセリウスさんとアテーナイ様には話しておくよ。」

 「判断に迷うところじゃな。…とりあえず通信機で知らせておけば良いじゃろう。もう来てしまっておるのじゃ。」


 そう言って、通信機の前にアルトさん達が向かうと、直に電鍵を叩き出す。

 そんな2人を、俺とディーが顔を見合わせて首を傾げた。


 温かいスープと黒パンが並んだ食卓にアルトさん達が戻ってくると、早速朝食になる。

 

 「集合場所をここにすると言っておったぞ。参加者には近衛兵が触れて回るそうじゃ。」

 「どんな様子だった?」

 「連合王国も軍を動かす事になりそうじゃ。」

 

 カラメル族の動きを牽制するつもり何だろうか? それとも、カラメル族の危惧がそれ程大きな事なのだろうか?

 

 「カラメル族が戦士を派遣するのは、過去の魔族との大戦依頼初めてじゃ。それ程の事であれば、我等が動かざる得まいとの母様の話じゃ。」

 まさか軍隊でこの家を囲むんじゃないだろうな?

 

 「来るとしても1小隊程度じゃろう。サーシャやミーアが来ればおもしろいのじゃが、生憎と、もう直ぐ出産じゃ。」


 そうだ。それもあるんだよな。

 出産祝いを贈る風習は無いみたいだが、やはり何かを送らねばなるまい。

 その辺は後で、アテーナイ様に相談してみよう。


 扉を叩く音に、リムちゃんが席を立った。

 アテーナイ様とセリウスさん一家が到着したみたいだな。

 

 「小型のタトルーンは始めて見るぞ。」

 「あれは戦闘用じゃ。古い記録にそのような記述があったぞ。」

 テーブルに着くなり、セリウスさんとアテーナイ様が呟く。


 「早朝、カラメルの長老がみえられ俺にカラメル族の戦士5人を姉貴の守護に置くと言って…。」

 「カラメルの思索は我等を越える。それなりの理由があるのじゃろう。現在の連合王国の中で最重要人物となった訳じゃな。」


 「となれば、我等もこのような訓練なぞせずに、この場で待機すべきなのでしょか?」

 「それには及ぶまい。万が一の場合はカラメルの戦士達が居る。一緒に来た次女達もそれなりの訓練を受けておる。まして今は厳冬期。村を襲うような賊も獣もおらぬ。」


 確かに、この季節の村は陸の孤島だ。

 数日おきにサナトラムの町からソリで物資を運ぶハンター達の噂を聞きたくて酒場が賑わう位だからな。


 扉を叩く音がする。ディーが扉を開けると、防寒服に身を包んだルクセム君達が現れた。


 「遅くなりました。」

 「何、皆来たばかりじゃ。…さて、これで全員じゃな。」

 「そうですね。では、ミケランさん宜しくお願いします。」

 「大丈夫にゃ。隣のベッドで寝ているにゃ。」


 そう言って大きなお腹を撫でている。ミク達ももうすぐお兄ちゃんとお姉ちゃんだな。

 俺達が防寒服を着てぞろぞろと外に向かう時、アテーナイ様が侍女達に2、3言葉を掛けていた。

 そんな侍女さんに頭を下げて俺も外に出る。


 「リオン湖を越えて行くと聞きましたが?」

 「あぁ、この季節のリオン湖の氷は厚い。十分渡れるよ。」


 ルクセム君たちは驚いているようだ。あまり氷すべり等の遊びはしなかったのかな。

 ディーが2台のソリを準備する。姉貴を運んで来たソリと、昔嬢ちゃん達が遊んでたソリの2つだ。

 数mの竿2本でソリを連結する。万が一、薄い氷を踏んでしまった場合は、このソリが役に立つだろう。 

 氷上で滑らぬ工夫だとアルトさんが言いながら、俺達以外の人達のブーツに革紐を巻き付けている。俺達のブーツにはエルフの里に旅した時に使用した簡易アイゼンを取り付けてある。

 全員の荷物をソリに乗せると、俺とディーそれにセリウスさんでソリを曳きながら氷上を進む。

 ミクとミトはアルトさんと一緒にソリの上だ。

 ディーがロープを曳いて俺達の10m程先を進んでいる。杖で氷を叩きながら反響音で厚さを計測している。

 20cm以上あるらしいから、このまま進んでも大丈夫だ。

 

 1時間程の間隔で休憩しながら進んでいく。

 対岸まで10km程だから、昼頃になってグライトの谷が見えてきた。


 「うわ~! まるで氷の滝ですね。」

 「「綺麗!」」

 

 グライトの谷の両側の斜面は全面分厚い氷で覆われていた。その氷に冬の日差しが当り宝石のように輝いている。

 まぁ、此処にこなければ見られない光景だよな。


 そんな中、アルトさんがクロスボーを持って谷に向かっていく。

 

 「何をするんですか?」

 「此処で見ていれば分るよ。この谷は綺麗だけど、危険でもあるんだ。」


 俺とリムちゃんで皆を氷上で止めておく。

 ディーはアルトさんに付いて行った。万が一の時は抱えて飛んでこれるだろう。


 そしてしばらくすると、ドォンっという炸裂音と共に、何かが崩れ落ちる音が谷から聞こえ、やがて氷上まで雪崩が到達してきた。

 

 「爆裂球付きのボルトを谷の上手に撃ったのじゃな。」

 「はい。一度雪崩を起こしておくとしばらくは安全です。」


 俺の説明に皆は感心している。まぁ、今日はこの谷の入口に天幕を張って簡単な装備の取り扱いを教えるだけだ。

 雪崩を誘発しなくても安全だとは思うが、小さい子供もいるんだ。可能性があるなら排除しておくべきだろう。


 雪崩の跡を平にならして天幕を2つ張る。そして焚火にお茶のポットを掛けた。

 下は雪だが、焚火台があるから雪原の上でも焚火が出来る。


 お茶が出来たところで焚火を皆で囲み、ちょっと遅めの昼食を食べながら、今日の予定を説明する。


 「本格的な氷壁へ挑むのは明日にします。今日は、夕方まで、装備の使い方を学んで貰いましょう。先ずは、これです。」 


 そう言ってアイゼンを取り出した。

 アイゼンの装着方法と使い方をリムちゃんとアルトさんが崩れた雪の塊を相手に実演する。

 それが終ると、アイスハーケンの打ち方、カラビナの使い方を教える。


 「最後が、これです。アイスハンマーと言う道具です。アイゼンを履いて、両手に1本ずつアイスハンマーを持てば、斜度の緩い場所なら十分に氷壁を登れます。ちょっとやってみますね。」


 近場の氷壁に行くと、早速実演してみせる。ガツンと撃ち込んだアイスハンマーとアイゼンの爪先を常に3箇所確保しておく事が大事だ。

 数m上がった所で、今度はゆっくりと下りていく。


 「なるほど、氷に爪を立てるという事だな。それなら氷壁も登れる訳だ。」

 「基本はその通りです。ですが相手は簡単に割れてしまいます。ですから、俺のように上るのは感心しません。低ければ怪我ですみますがこの崖を上まで登ろうとすれば、また別の方法を組み合わる事が必要です。」


 アイスハーケンとカラビナを数本腰のカラビナに取付ける。ロープを腰のベルトに通したリングに取り付け、ゆっくりと氷壁を登り、2m程上った所にアイスハーケンを打ち付けてカラビナを通し、そのカラビナにロープを通す。

 それが終わった時、足のアイゼンを態と滑らせると、俺の体が下に落ちる。しかし、ロープを確保しているディーが俺の滑落を途中で止めた。


 「このように、7D(2.1m)程の間隔でアイスハーケンを打っておけば、万が一足を滑らせても下まで落ちる事はありません。」

 「それが安全に氷壁を上る技じゃな。」


 アテーナイ様の言葉に頷いた。

 早速、セリウスさんがやってみると言い出した。


 「最初は2mほどにしてください。高くても低くてもやり方は同じです。」

 「分っている。油断はせぬ心算だ。」


 そう言って30cm程上の氷の表面をアイゼンの先端でガシガシと削っている。

 それを足場に背を伸ばしたところで、アイスハンマーを氷壁に打ち付ける。

 注意する点が無いほど慣れた手つきで2m程上った所で下りてきた。


 「腕の力がいるな。…ルクセム。やってみろ!」

 「はい!」


 ジッと俺達の様子を見ていたルクセム君がセリウスさんからアイスハンマーを受け取って氷壁に挑む。


 中々様になってるじゃないか。

 何時の間にか少年から青年になってしまった。ロープを捩ったような筋肉が防寒服の下で活躍してるに違いない。

 

 「ルクセムも立派になったものよ。モスレムの王都のギルドに行けば、どのパーティも欲しがるじゃろう。」

 「はい。立派なハンターです。」


 俺の言葉に、セリウスさんがパイプを咥えて近付いてきた。

 

 「この村程安全な村は無いだろう。北は山岳猟兵が監視し、東はエルフ族の村。西にはリザル族の集落がある。そして村には3人の虹色真珠を持つハンターがいるのだ。」

 「確かにのう。どうじゃ? ハンターの養成所でも始めるか。」


 「いや、それはどうかと思います。同じような技能、判断をするのであれば、状況が異なる狩りに何処まで追従出来るか判りません。ある程度、ばらつきがあるほうが、狩りに奥行きが出ます。これでダメなら、この手が…。それが、パーティの強みであるべきです。養成所はハンターの均一化が起きてしまいます。」


 確かに、その心配は理解出来るな。軍隊なら仕官達が作戦を立案するから、兵隊はどちらかと言えば均一化した方が運用し易い。だがハンターは別だ。数人のパーティで依頼を受けて狩りをする。その狩りをするときに同じような考えしか出来ぬ者では、狩りの仕方が偏ってしまう。それは対処出来ない獲物を作り出す事になりかねない。

 

 ルクセム君に代わって、今度はアテーナイ様が挑戦するみたいだ。

 怖くて歳を聞く事は出来ないが、元気なお婆ちゃんだよな。

 まだ姉貴は帰ってこないけど、何時帰って来ても良いように俺達が出来る事はやっておこう。

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