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#507 眠る姉貴と旅立つ姉貴

 


 2本目のタバコに火を点けて、焚火の炎を眺めている。

 炎の揺らめきは、人間をトランス状態に落としやすいようだ。

 何時の間にか、俺の横に姉貴が座っていた。


 「起きて来て大丈夫なの? まだ、寝ていた方が良いんじゃないか。」

 「大分楽になってきたわ。……ところで、私がいなくなっても、アキトは独りで頑張れる?」


 「姉さんと離れての単独行動は今までもあったけど、今度は何をするの?」

 「そう言うことじゃないんだけど…分ったわ。」


 焚火を見詰めながら呟いた姉貴の横顔は、少し寂しそうだった。

 そんな姉貴にカップを持たせてお茶を注いであげる。

 

 「アキトは多元宇宙について、どう思う?」

 「平行世界の事だよな。分岐が分岐を生んで広がる世界だ。途方もない世界がある事になるけど互いの世界は干渉する事がない。

 昔遊んだシャボン玉のような世界だと俺は考えてるよ。コップの石鹸水にストローで息を吹き込むとブクブクと泡ができるよね。あの泡の一つ一つが異なる世界、多元宇宙になるんじゃないかな。」


 「この世界、たぶん私達が住んでいた世界の未来なんでしょうけど、そんな多元宇宙の一つでもあるわ。たまたま泡が他の泡と一緒になろうとしてたけどどうにか食い止めた…。」

 「あの歪みだよね。とりあえずこの世界の危機は去ったと考えているけど…。違うの?」


 「アキトに質問! この世界がシャボンの泡ならば、誰がコップのストローに息を吹き込んでるの?」


 それは、至高の存在としか考えられない。

 泡の中に俺達がいるならばその姿を認識する事も出来ないのではないか?

 だが、2つの月が多元宇宙の存在を実例で俺達に示している。

 という事は、姉貴の言うシャボン玉を作る者がいてもおかしくはない。

 俺達のちょっとした動作が平行世界を作るのではなく、そのちょっとした動作を意図するものがいるということなのか?

 それは、外部から平行世界の可能性を制御している事に他ならない。

 誰が制御している? そして、その制御方法とは…。


 「姉さん。彼岸ってそう言うことなの?」

 「ようやく理解したようね。矢上流合気道、皆伝をあげるわ。」


 俺に近づくと、焚火の炭で額に何かを書き込み始めた。

 ちょっと、痛いぞ。本来は墨と筆でやるんじゃないのか?

 書き終えるとちょっと離れて俺を見ている。


 「本当は墨で書くんだけど、直ぐに消えるわ。…ほらね。」

 「何を書いたの? 文字じゃなかったようだけど。」


 「真言よ。この宇宙で唯一変化しないもの。それを描くの。何を描いたかは自分で理解する事ね。」

 

 真言というのがキーワードなのか。バビロンのライブラリで分るかな。ダメならオタクの哲也に聞くしかないか…。


 「今度は俺の番だね。姉さんは俺の姉さんだよね?」

 

 その言葉を聞くと、姉貴は俺から顔を背け、ジッと炎を見続けた。


 「アキトの姉よ。これまでも、これからも…。でもね、ちょっと時間が欲しい。」

 「どこへ行くの?」

 「もう直ぐ、迎えが来る。でも、ちゃんと戻ってくるから、あのリオン湖の畔で待っていて。」


 俺に振り向いて、そう言うと空を見上げえる。

 今日は満天の星空だ。冬の銀河まではっきりと見る事ができる。


 そんな星空の一角が急に明るくなり、段々とその明るさを増してくる。

 流星か? こっちに来るんだったら不味いぞ。


 皆に知らせるべく立ち上がろうとしたが、まるで体が動かない。

 何時の間にか1つの光球が俺の直ぐ傍に浮かんでいた。これが流星の正体らしい。


 姉貴がその光球に顔を向ける。

 会話をしているのだろうか? 俺の頭に高速の思念が漏れてくる。

 しかし、その思念は俺には理解出来ない。同時に複数の思念発しているのか? …と言うよりも階層構造を持つ思念なのか。

 

 光球は内部から様々な色合いの光を発しているが、それ自体の熱量は無いようだ。眩しく渦巻くように輝いてるけど、直ぐ傍にいる俺は光球からの輻射熱を感じる事は出来ない。

 そして、焚火の反対側にいる筈のディーの姿が見えない。

 やはり、この光景は俺の夢の中の出来事なんだろうか?


 「夢では無いわ。これはアキトと私の心象世界が融合した場所。」

 

 突然、姉貴が俺を振り返ると呟いた。

 光球との思念による会話はそれでも継続しているみたいだ。マルチタスクが可能なのだろうか?


 「やはり、少し出掛ける必要があるみたい。」

 「1人でか? …この世界に残った俺はどうなんるんだ!」

 「だから、少しって言ってるでしょ。」


 このまま、この光球床の世界を去って二度と帰ってこないんじゃないかと思ったけど、姉貴はそれを否定した。

 なら、待てば良い。

 幸いにも、俺はこの世界で歳を取らず、寿命も意味を成さない。

 何時までも待ってやるぞ。


 「分ったよ。姉貴が出掛ける理由は分からないけど、帰ってくることが分ればそれで良い。3人でリオン湖の辺にいるから…。」

 「ありがとう。私の体をよろしくね。」


 姉貴の言葉が終ると同時に姉貴の体が一瞬に、光球に変化した。

 

 「行ってくるわ。」

 

 姉貴の思念が届くと同時に、2つの光球が絡まりあうように上空に上っていく。

 俺はジッと、その光景を眺めるしかなかった。


 「行ったか…。」

 「行ってしまいました。姉貴は一体何だったんでしょうね。」


 「お前の姉じゃ。それはどんな事があっても変わる事は無い。その姿は人族のものだが、心眼で見れば直ぐに違いが分る。最初はワシも惑って否定していたのじゃが、ようやく納得する事が出来た。」


 「彼岸…ですか?」

 「概念的にその言葉を使ったという事は、正に慧眼であったとワシは思うぞ。我等を遥かに超越した存在じゃ。お前の観念で言うならば、神に近いものかも知れぬ。

 しかし、神ではない。この世界のほころびを繕うために、お前という存在を必要としている。積極的に世界に介在しているようにも見えるが、実はその役目はお前が行なっていたのだ。」


 「俺が…ですか?」

 「2人は兄弟。姉の意を良く理解する弟じゃ。」


 「では、俺って利用されていたという事ですか?」

 「それは違うな。あくまで2人で行なったのじゃ。」


 そう言って、パイプを取り出した。

 これは心象世界だよな。タバコも吸えるとは思わなかったぞ。

 俺も、タバコを取り出すと、長老のパイプに火を点けて自分のタバコにも火を点ける。


 「俺達がこの世界にやってきた目的は、歪の破壊だったのでしょうか?」

 「たぶんそれもあるじゃろう。だが、ワシは本当に歪を破壊する目的でやってきたのは、もう一組の方だと思っておる。」


 「哲也達ですか…。理由を聞いても良いですか?」

 「簡単な話じゃ。彼ら…彼女かな、まぁ、彼らとするかのう。彼らの潜在的なエナジー総量を開放すると歪は破壊されるじゃろう。ミズキが幾ら高位の存在であろうとも2つ同時には無理じゃ。そして、お主では少し足りぬ。となればミズキの役目は…。」


 「観測者?」

 「それに近い者じゃろうとワシは思う。」


 一つの世界を創り、観測して状況を見る。そして不具合を修正する。これって、親父が言ってた、PDCAの事だよな。

 PDCAって世界に通じるって親父が力説してたけど、まさか本当だったとは…。

 

 「世界は、調和でありシステムじゃよ。世界に影響が出始めると色々な世界が干渉を始めるのではないか。観る者、他の世界にその事を告げる者、そして行する者。全て同じ世界から来た訳では無いじゃろう。」

 「世界は広いという事ですか?」


 「確かに世界は広い。それこそ星の数より多い筈じゃ。こうして心象世界の焚火で、ワシとお主で語り合う世界も多いはずじゃ。そして端と端では、ホンの少し話し合う内容が違っておる。それが平行世界、多元宇宙の姿じゃろう。」

 「俺にとっては、この世界だけで十分です。そして姉貴と気の合う仲間がいれば十分です。」


 「意外と覇気がないのう。まぁ、気の合う仲間の安全装置としては役立ちそうじゃ。」

 「アルトさん達なら、俺の言う事なんか余り聞かないと思いますけど…。」


 「ちゃんと聞いておるぞ。それなりに突っ走るのは親に似ておるようじゃが、ちゃんと聞くべき時は聞いておる。」


 そうなのかな? ちょっと疑問だが、第三者がそういうならそうなのかもしれない。少し行動を見てみよう。


 「だが、お主の安全装置はミズキであり、その逆も然り。早く戻ると良いのう…。」

 そんな思念を残して長老は去って行った。

               ・

               ・


 「落ちますよ!」

 

 ディーの言葉で我に帰る。ディーの指差す先には今にも落ちそうなタバコの灰が俺の指に挟んだタバコから伸びていた。

 慌てて、掌に落として焚火に投げ入れる。

 

 どうやら現実世界に帰って来れたようだ。

 ディーにお茶を入れてもらい、今までの出来事を反芻してみる。


 姉貴は旅立った。しかし直ぐに戻ってくる筈だ。そういえば、体をよろしくと言っていたな。旅立ったのは姉貴の魂と呼ぶべき存在なのかも知れないな。

 それは、長老が言っていた至高の存在。

 哲也達を送り込んだのもそんな存在の一つなんだろう。

 迷いながらも、歪の存在を探し当て、それを破壊できるだけの力を彼らは持っているらしい。


 そんな危険が回避されたこの世界にとって、俺達の存在はどうなるんだろう?

 世界の安寧の為にはいらない存在かも知れないな。

 やはり、のんびりとネウサナトラムの村で、ハンターをしながら暮らすのが良いのかもしれない。

 

 後をディーに頼んで雪洞の中に入る。

 姉貴はリムちゃん達に挟まれて眠っているようだ。額に手を当てると熱は収まっている。問題は何時目が覚めるかだよな。

               ・

               ・


 「アキト! 大変じゃ。ミズキが目を覚まさぬ。」

 朝のお茶をディーと一緒に飲んでいる所にアルトさんとリムちゃんが血相を変えて雪洞から飛び出してきた。


 「あぁ、ちょっと訳があるんだ。そこに座ってくれ。話してあげるから…。」


 焚火の傍に座り込んだ2人とディーに昨夜の出来事を話してあげる。

 光球と一緒に旅立った姉貴。だけど直ぐに帰ってくると約束してくれた。


 「それは、アキトの夢では無いのか? 早く【サフロナ】そしてザナドウの肝臓を手に入れるべきではないのか?」

 「ありがとう。…でもね。昨夜寝る時に姉貴を見てみたよ。深い眠りだ。そして脈と呼吸はかなりゆっくりだ。ある意味、無駄な体力の低下を防いでいるように思える。」


 「それでは、私達はリオン湖で姉さんが起きるのを待っていれば良いんですか?」

 「うん。それしか手が無い。何時までも待っているとは言ったけど。それほど長くはないと思うよ。」


 「いま、ミズキが消えたとなると、連合王国に一波乱が起きそうじゃが、長くなければ問題は無いじゃろう。だが、連合王国に隠しおおせるのは精々、冬の間じゃ。それまでに戻ってくれば良いのじゃが…。」


 まだまだ俺達がいないと世界は安定しないのだろうか?

 だが、俺達がいない時も、連合王国の面々は諍いを起こしながらも、大きな戦にはならなかった。

 ある意味、自制が利いていたんだろうな。

 そんな世界に戻る事になるならば、困るのは民衆だぞ。

 

 「何時は確定し無いが、姉貴の肉体の限界もある。長期的に寝込んでいると筋肉や関節に問題がある事は姉貴も知っている筈だ。俺は体力の低下が始まる前に帰ってくると思っているけどね。」

 

 姉貴の『すぐ』は俺の『すぐ』とどれだけ開きがあるか分らないが、余り時間を気にしない姉貴の事を考えると、早くて3日、長ければ一月と言うところだろう。

 リオン湖の辺で待っているという俺の言葉に賛同したところをみると村について数日といった所じゃないかな。


 「とりあえず、先に進もう。この南は遊牧民の土地だ。まだまだリオン湖までには二数が掛かるぞ。」

 

 簡単な朝食を終えると、ソリに寝ている姉貴をそっと寝かす。姉貴の後ろにはアルトさんが念のために乗っている。

 俺とディーがソリを曳き、リムちゃんはソリの傍を離れない。


 そして俺達はひたすら東に向かってソリを曳く。

 何故か分らないけど、リオン湖に帰れば、それだけ早く眠りから覚めた姉貴に会えるような気がしてきた。

 

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