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#506 倒れた姉貴

 


 夕食を終えて姉貴達は天幕の中で通信機でサーシャちゃん達とお喋りしているようだ。

 俺はディーと一緒に焚火の傍に座るとのんびりタバコを楽しんでいる。

 だいぶ東へと進むことが出来た。もう少しでアクトラス山脈とダリル山脈の隘路に到達出来るだろう。

 

 予定ではそのまま東に進みネウサナトラムの村へと歩くのだが場合によっては街道を進むのも良いかもしれない。

 人里に出れば少しは変化のある食事と暖かいベッドで休む事が出来るだろう。


 「西から敵意を持つ獣が来ます。距離1200、数は数十匹程。」

 「この場所で、敵性と言えば灰色ガトルだろうな。追い払うしかないか。姉貴達に知らせてくる。」


 ディーが立ち上がると素早く周辺の立木に残ったロープを張り巡らしていく。

 俺は天幕の入口を開けて中を覗く。


 「どうしたの? そんなに慌てて。」

 「灰色ガトルのようだ。まだ距離があるが、どうやら避けられそうにない。」

 

 俺の言葉に3人が防寒服を着始めたのを見て、焚火の所に戻っていく。

 用意した薪を追加して焚火の勢いを増した。


 「数はどれぐらいじゃ?」

 「数十はいるらしい。」

 

 「あれしかないわね。ちょっと寒いけど。」

 

 姉貴がリムちゃんとアルトさんに話しをすると直ぐに2人は天幕に走って毛布を抱えてきた。

 

 「少し焚火から全員はなれて!」

 

 そう言って、その場で【カチート】を唱える。

 ディーが【カチート】の障壁の天井部分に毛布を抱えて飛び乗ると、そこに毛布を広げる。

 後は、俺達を順番にその毛布の上に持ち上げてくれた。

 

 「障壁の際は見えないから、この毛布の端で見当を付けるのよ。アキトはポンチョを広げて!」


 俺がポンチョを広げると、ディーも隣にマントを広げる。

 姉貴達がクロスボーをバッグから取り出して準備を始めるのを見て、俺もショットガンを準備する。ディーは剛弓を取り出した。矢は数本しか持っていないようだけど、威力はあるからな。


 「距離500、ゆっくり近付いてきます。」

 「準備は良いぞ。」

 

 アルトさん達はクロスボーにボルトを乗せている。後はトリガーを引くだけだな。

 姉気の方も準備は終ってるみたいだ。俺もポンプアクションで初弾を装填した。


 「距離300……200…。」


 焚火に照らされた闇の中に、灰色ガトルの目は光って見える。なるほど大群だな。

 姉貴の右手が上がると、上空に光球が2個現れた。

 姉貴が作るだけあって大きいな。普通は野球ボールか大きくてもバレーボール位なのだが直径1mはありそうだ。

 おかげで森の中が良く見える。近寄ってきた灰色が取るの姿もはっきりと捉えることが出来た。


 「距離100m…。」

 

 いきなり灰色ガトル達が俺達の場所に向かって走ってきた。

 数匹がロープに足を取られて転倒する。


 「今よ!」

 

 姉貴の声に俺達は一斉に武器を発射する。

 ドォン、ドォン…と5連射すると素早くポケットから弾をチューブマガジンに入れて再度連射する。

 姉貴達は1匹ずつ確実に灰色ガトルを倒していく。

 3回目の弾丸補給をする間に、勝負は決まったようだ。

 

 ショットガンに銃剣を付けて【カチート】の障壁を飛び下りて、灰色ガトルの絶命を確認していく。

 

 「マスター、周辺の生体反応は皆無です。」

 「そうか、ありがとう。」

 

 障壁のうえから教えてくれたディーに片手を上げて応える。

 とは言っても、心配だな。次の奴等が来ないとも限らない。


 「急いで皮を剥いでこの場を立ち去りましょう。アキト、雪に穴を掘って頂戴!」

 

 姉貴の指示で折畳みスコップを取り出すと急いで雪原に穴を掘る。

 穴を掘り終えると、リムちゃんとアルトさんが丸裸の灰色ガトルを曳きづってきて次々と穴に放り込み始めた。


 ディーが天幕を畳み始めたのを手伝い、ディーの特大魔法の袋に詰め込むと、姉貴達の作業も終わったようだ。

 焚火の傍に行くと姉貴がお茶のカップを渡してくれた。


 「少し休んだら、東へ向かうわよ。まだ近くには来てないようだけど、これだけ血を流したんだから、他の肉食獣が現れてもおかしくないわ。」

 「そうだな。少なくとも10kmは離れたほうが良さそうだ。」

 「ソリの準備が出来ました。少し熾きを頂きます。」

 

 ディーがトングで真っ赤な熾きを金属製の容器に詰め込んだ。

 これを素焼きの容器に入れてソリの分厚い覆いの中に入れておけば即席のコタツになる。

 アルトさんとリムちゃんを乗せて俺とディーで曳けば行軍は楽だろう。姉貴が羨ましそうに見ているが、疲れたた2人の間に潜り込めば良い。


 焚火を散らして、始末する。冬場は周囲が雪だから燃え広がる事は無いだろう。


 「ちゃんと乗った?」

 「大丈夫じゃ。少しぐらい振られようとも落ちる事はないぞ。」


 アルトさんの返事で俺とディーがソリを曳き始める。

 先行は姉貴がしている。まるで雪の下が何であるか分るかのように、スノーシューを滑らせるようにして歩き始めた。

 その後を俺とディーがソリを引く。

 最後尾がソリになるが、ディーの生態探知範囲は広いから、いきなりソリが襲われる事は無いだろう。そして、ソリ中ではアルトさんが、しっかりとM46を握り締めている筈だ。


 数km程歩いた所で一息入れる。

 姉貴も相当疲れてるようだ。月夜に照らされた姉貴の顔が何時もより白く見える。


 「姉さん。ソリに乗りなよ。リムちゃんの後ろにもう1人は乗れる筈だ。」

 「でも、私が乗ったらスピードは余り出ないわよ。」

 「此処まで来れば一安心さ。追って来るようだったら知らせるから寝てても良いよ。」


 俺の言葉に姉貴はソリに乗り込んだ。リムちゃんが、寝ているアルトさんを抱き上げて少し前に詰めている。


 姉貴が乗り込んだのを確かめて、ディーと再度ソリを曳き始めた。

 それ程重いと言う訳ではない。硬い雪原はソリを滑らかに滑らせる事が出来る。

 先ほどとさほど変わらぬ速さで俺達は東へとソリを曳いて行った。


 2時間程ソリを曳いて休憩を取る。ソリの3人は何時の間にか眠ったようだ。

 足元にはアンカのような熾き火があるから暖かく眠る事が出来るだろう。

 日の出にはだいぶ間があるな。雪が硬く締まっている間に出来る限り距離を稼ごう。


 一晩中、ソリを引いて朝日が出る頃には、森を出て次の森へもう少しと言うところだ。

 森に入ったところで、天幕を張らずに今度は雪洞を掘る事にした。雪洞なら、獣の襲撃があっても急いで逃げる事が出来る。

 雪洞を掘り終えて、ディーが焚火を始めた頃、姉貴達がソリから下りてきた。

 

 「今度は雪洞ね。荷物と朝食の準備をしておくからアキトは少し休んでて良いわよ。」

 

 そう言って、スープを作り始めた。アルトさん達も残り少ない平べったいパンを焼き始めたぞ。

 そんな姉貴達の様子を、ディーが入れてくれたお茶を飲みながら見ていた。


 やはり、姉貴の顔色が優れないな。風邪でも引いたような感じだが、俺達は病気には縁がない筈だ。

 少し注意してみていよう。


 朝食が出来上がると、早速頂く事にする。

 ちょっと塩味が利き過ぎてるが、パンには良く合うな。

 今日は、此処でゆっくりと休むようだ。皆でパンを作るとリムちゃんが教えてくれた。

 

 そして、食後のお茶を飲み終えると、俺は雪洞に入って一眠りする事にした。

 雪洞の中は風が入ってこないので何となく暖かく感じる。毛皮を引いた上に毛布を2枚乗せて潜り込むと、疲れたのか直ぐに眠ってしまったようだ。


 ユサユサと体を振られたので目が覚める。

 もう、夕方なのかな。そんな事を考えながら体を起こすと隣に姉貴が寝ている。

 

 「先ほど倒れてしまったのじゃ。焚火に当りながらフラフラしておったのじゃが、突然バタリと後ろにな。」

 「そうだったのか。大変だったね。」


 姉貴の額に手をやるとかなりの高熱だ。

 なんだろう?そう考えながらもバッグの薬草入れを調べてみる。確かフェイズ草があった筈だ。1つ持っていればどうとかという事を聞いて何時も持っていたんだが…。

 

 あったぞ。これを薄く切ってお茶のようにして飲むと聞いたな。

 直ぐに、アルトさんにフェイズ草のお茶を作ってもらう。


 「姉さん…姉さん。」

 

 俺の呼び掛けに薄らと目を開く。


 「あら、私は…、そうか、焚火の所で倒れちゃったのね。アルトさん驚いたでしょうね。」

 「俺も驚いたよ。無理しないでくれよ。熱が高いようだから、とりあえずフェイズ草を試してみて。今日はゆっくり休むと良い。」

 「ゴメンね。心配掛けて、でも、直ぐに良くなると思うわ。」


 そう言って姉貴は目を閉じた。

 やはり疲れなんだろうか? そんな事は今までなかった筈だ。

 

 雪洞を出て、焚火の所に行くと皆が俺を見る。


 「疲れたんだと思うよ。今日はゆっくり此処で過ごそう。」

 「それなら良いのじゃが、…ほれ、出来たぞ。リム持って行って飲ませてくるのじゃ。」


 アルトさんから木製のカップを受取ると、リムちゃんがゆっくりとした足取りで雪洞の中に入っていった。

 

 「援軍を呼ぶ事はせぬのか?」

 「敵に囲まれた訳じゃないしね。明日になって熱が下がらなければソリで運べば良い。ネウサナトラムまでは距離がありすぎるから、カナトール領内の村へ出れば、そこからエントラムズ王都のミーアちゃんの家に向かう事が出来るだろう。」

 「後、20日は掛からない筈です。」


 ディーが教えてくれた。距離にして500kmはないという事だな。

 それまでに姉貴の様態が良くなればそのまま村に向かっても良い。

 俺達の命は永続する筈だ。そしてサフロナ体質と毒無効の体を持っている。その姉貴が一体何の病に倒れたんだろう。一番考えられるのは過労だが、今回の計画はそれ程きつくない筈だ。


 「飲み終えて、眠りにつきました。熱はありますが、呼吸に乱れはありません。」

 「ありがとう。こんな事は俺も初めてだよ。俺が風邪をひいても枕元に何時もいてくれたのは姉貴だったからね。その反対は全くなかったんだ。」


 「余り思いつめると、物事を悪く考えるものじゃ。単なる疲れと見るのが適当じゃろう。サーシャ達には2、3日様子を見てから連絡を送れば良い。でないと、全軍を率いてやって来るやも知れぬ。」

 

 ちょっと気落ちしたような2人だが、ちゃんと今日の目的は理解しているようだ。溜息を付きながらも、薄くて平べったいパンを焼きだした。

 1日の休憩なんてしばらく取っていなかったから、沢山焼いて置くようだ。


 そんな2人の番をディーに頼んで、俺は森に入って薪を探す。

 今夜も冷えるだろうから沢山集めておく方が良い。それに余れば袋に入れて運ぶ事も出来る。

 

 夕食になっても姉貴は雪洞を出て来なかった。まだ熱があるんだろう。

 リムちゃんが出来立てのパンをスープに添えて姉貴に持って行く。

 戻って来たリムちゃんが、食欲はあるみたいと言っていたから、俺達は少し胸を撫で下ろす。

 そして夕食が終ると、2人は後片付けを俺達に頼んで雪洞に入って行った。


 ディーと2人で焚火を囲む。

 お茶を飲んでいると、何時の間にか俺はネウサナトラムの家の庭にあるテーブルセットに座っていた。

 これは俺の心象世界だな。そして俺の前に段々と長老の姿が浮かんできた。


 「成功したようじゃのう。我等の観測でも歪の破壊が確認できた。じゃが、完全とは行かなかったようじゃ。小さな歪が数箇所に吹き飛ばされておる。

 しかし、脈動は観測されぬからその内、独りでに消え去るじゃろう。」

 「ありがとうございます。残った歪に危険性は無いと考えて良いのでしょうか?」


 「それで良い。村に戻る頃にはバビロンとユグドラシルの観測結果もまとまるじゃろう。」

 「実は一つ問題が…。」


 「お前の姉の事じゃな。それ程心配するに及ばず。だが別の問題がある。」

 「俺と姉貴の違いという事ですか?」


 「聡いの。そうじゃ。前から気にはなっていたのじゃが、此処に来てようやく悟ったぞ。お主とミズキの性別以外の相違にな。」

 「ですが姉貴は俺の隣の道場の娘ですよ。同じ人間です。」


 「お前がそう言うなら、あえて事を構える事も無かろう。今後とも姉弟仲良く暮すがよい。」


 そう言って俺の前から姿を消す。

 そして俺の前には焚火ガ現れ、その向うから心配そうな顔をして俺を見てるディーの姿が現れた。


 「何でも無いよ。ちょっと深く考え事をしていたんだ。」


 ディーにそう告げると、ディーはチビチビとお茶を飲み始めた。

 俺も、手に持っていたカップのお茶を一息に飲むと、タバコを取り出して火を点ける。


 長老は俺と姉貴の違いを俺に教えようとしていた。

 性別以外の違いとは何だろう。ちょっと気にはなるが俺の姉貴には違いない。

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