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#500 北の大地へ

 


 「そうか。今年は皆で参加出来ると思っていたのだが、残念だな。」

 「申し訳ありません。これで俺達の出来る事は一応終りにする心算です。来年の春からはのんびりとここで暮らしますよ。」


 ギルドのテーブルでセリウスさんとお茶を飲むのも久しぶりなような気がする。ちょっと渋さを増した良いお父さんだ。

 緻密な彫刻を施したパイプを取出すと…俺を見る。セリウスさんのパイプに火を点けた後に自分の咥えたタバコにも火を点けた。


 「昔から比べると狩猟期も賑やかになった。10年前は、冬越しの資金を得る為のハンター集めだったのだが、今では周辺の村や町からも領民が集まるようになった。祭りになったという事だな。屋台の台数も100を越える。お前の始めた事だが村人皆が喜んでいるぞ。」

 「まぁ、面白そうなんで始めただけです。俺も、屋台の流行には驚きましたよ。」


 「グルトが楽しみにしているぞ。王都で奴の店に行くと、何時も話題は狩猟期だ。狩猟期には王都の店を休んで皆で来るといっていた。

 「俺も一度お店に行きました。客が多くて驚きましたよ。でも、しっかりと味は出してましたね。」


 セリウスさんに、歪の破壊をするために狩猟期には参加出来ない事を告げた。

 ちょっと残念そうだったが、理解はしてくれたようだ。

 「連れて行け!」と言われたらどうしようかと思ったが、ギルド長の仕事をキャサリンさんに預ける事は出来ないからな。キャサリンさんは子育て中だし、ルーミーちゃんに狩猟期の采配をさせるのは、心配性のセリウスさんには出来ない事だ。


 「早く帰ってくる事だ。来春までにはミーアとサーシャ様の子供が生まれる。お前達が揃わねば祝いの席も作れんだろう。」

 「そうですね。とは言え、帰りは厳冬期の山越えになります。無理をせずに急いで帰ります。」


 俺の言葉にセリウスさんが大きく頷く。

 我が意を得たりと言うところかな。

 

 セリウスさんと別れ、家に急ぐ。

 決行日まで、後一月も無い。もうすぐ狩猟期を前にしてハンターも集まり始めているが、後の始末はセリウスさんとアテーナイ様に任せて、俺達は今夜旅立つ事にしている。


 早めに出掛けて、ネーデル王国の来たの砦と交渉せねばならない。駐屯する兵は少なくとも千人以上いるようだから、一時後退するにしてもかなりの時間が掛かるだろう。出来れば2週間ほどの余裕を与えたいものだ。


 家に着くと、俺の姿を確認したディーが家を出て行く。

 姉貴に訪ねると、通りへの林の小道を閉ざすという事だ。泥棒には入られないと思うけど、姉貴なりの用心らしい。

 直ぐに戻って来たディーが姉貴に鍵を渡している。

 

 「さて、準備完了じゃな。今夜発つとして、最初はどこに向かうのじゃ?」

 「旧カルナバル砦よ。あそこで一泊して、次の日にアクトラス山脈とダリル山脈の間の峠道まで向かうわ。3日目に峠を越えて、後はダリル山脈にアジトを作るわ。」


 コースと日程は姉貴に任せてあるからいいとして、問題はダリル山脈のアジトだな。

 最大25日はそこに滞在する事になる。そして、決行前日にイオンクラフトで歪から50km付近に前進し、歪にイオンクラフトを遠隔操縦で突入させて核爆弾を使用する。

その後は2,000kmに近い道を俺達は歩く事になるのだ。ダリル山脈を越えるのは12月になるだろう。

 

 「最後にもう一度装備の点検をしてくれ。出発してから気付いても遅いからな。」

 

 俺の言葉に、全員がバッグの中の魔法に袋を点検し始めた。

 

 「アキト。核爆弾のリモコンは持ったの?」

 「ちゃんと、ここに入れてあるよ。」


 「爆裂球は10個あるが、爆裂ボルトの数も10本じゃ。少ない気がするのじゃが…。」

 「大丈夫。私も10個持ってるから、何かあれば分けてあげるわ。」


 10個あれば十分だと思うぞ。俺は5個しか持ってない。最も手榴弾を2個持ってるから、過剰装備だと気にしてたんだけどね。

 「夕食用のサレパルは持ちました。黒パンも3日分はあります。」

 「飲料水は特注の容器3個に入っています。全員の持つ水筒を合わせれば7日は水を補給しなくても十分です。」


 そして、俺の担当分の炭は背負い籠2個分を用意してある。薪が無くとも1月は煮炊きに困る事はない筈だ。

 

 「食料は私が2か月分確保しました。後は、非常食3日分は皆持ってるよね。」

 

 姉貴の声に俺達が頷いた。

 そんな俺達を他所に、ディーが台所で何かを袋に入れている。調味料や鍋を入れてるのかな? 意外と一番旅なれてるのがディーじゃないかな。

               ・

               ・


 日が暮れた事を確認して、ディーが倉庫からイオンクラフトを庭へと運び出した。

 荷台には3つの水樽がしっかりと固定されている。そして荷台の真ん中に、核爆弾がロープで幾重にも固縛されていた。

 

 姉貴とディーが操縦席に乗り、アルトさんそしてリムちゃんが荷台に乗り込み、腰のカラビナを核爆弾の固縛用のロープに通したのを確認して、2人を毛布に包みこんだ。 

 そして俺も、固縛用ロープにカラビナを通した。


 「荷台は準備OKだ!」

 「出すわよ!」

 

 イオンクラフトがゆっくりと庭先を上昇し、リオン湖を滑るように西に移動する。

 

 「おばあちゃん達だ!」

 

 リムちゃんが荷台から身を乗り出すようにして山荘に手を振る。

 アテーナイ様やセリウスさんまでいるぞ。

 俺も手を振って別れを告げる。


 アクトラス山脈の山裾伝いにイオンクラフトは西を目指す。

 真っ暗な中を30m程の高さを滑るように青白いイオン噴流を曳いて飛ぶイオンクラフトを見た者は何を見たと言うんだろうな。そして、その姿を2度と見る事は無いのだ。

 

 「もうすぐカナトールの王都よ。」

 

 姉貴が教えてくれた。少し高度を上げたイオンクラフトの右手に夜の闇の中に浮かび上がる町明かりが見える。

 それを見ているリムちゃんはどんな思いで見ているのだろうか。かつてはかの国の王女なんだが、今は俺達の妹になっている。今でも夢に昔の思い出を見るのだろうか。

 たぶん落城のおり父王は、庶民の中で暮らす事を望んだ筈だ。俺は典型的な庶民だけど、ある意味特殊だからな。

 望み通りの幸せを与える事が出来るか…、それは俺の課題でもある。

 

 「もうすぐ、カルナバルよ。」


 姉貴の声と共に、イオンクラフトの速度が落ちる。

 そして、イオンクラフトはかつてのカナトール開放戦の要の砦跡にゆっくりと着地した。


 「アキトは薪を取って来て、ディーはイオンクラフトのカバーをお願い。私達は天幕を張るわ。」


 姉貴の指示で俺達が四方に散る。

 

 俺は薪の調達だが、カルナバルの北に広がる林には枯れ枝が多い。

 星明りの中で目の慣れた俺は直ぐに薪を背負い籠に一杯集める事が出来た。


 イオンクラフトの傍に張った天幕の前で、焚火を作る。

 ディーがポットでお湯を沸かし、お茶を配り始めると、リムちゃんがサレパルを俺達に配ってくれた。

 この味はアテーナイ様かな。ちょっとした味付けの妙なのだろうが、これが美味いんだな。


 「イオンクラフトの燃料補給は10時間ほどで終了します。」

 「だとすると、明日は朝食後に出発出来るわね。」


 行程管理は姉貴に任せて、俺は皆の安全を担当する。ディーも一緒だから、俺達に気付かれずに近寄る事は困難だろう。

 ディーが何も言わずにお茶を飲んでいる所を見ると現在の所、周囲に獣はいないという事だな。


 姉貴達が天幕に入ると、俺とディーが焚火の番をする。

 のんびりと、タバコを楽しみながら姉貴から出してもらった情報端末で、ダリル山脈の様子を探る。

 山並みはアクトラス山脈よりもなだらかに見える。

 標高も2,000mを越える位に見える。11月の半ばを過ぎた季節では頂上付近が白いだけだ。これがどの程度雪深くなるのか…。

 昨年の12月の映像を映し出す。そこはダリル山脈の南半分、北側の全てが真っ白く映し出されていた。


 かなり、山越えは難しいぞ。至る所に雪崩の跡も見える。

 比較的安全な場所を探してみると、…何箇所かあるな。傾斜がなだらかなのかも知れない。森が深い場所だ。

 なるほど、雪崩が多い場所は森が麓に広がって山の上まで行かないようだ。

 という事は、森の中にアジトを作って、山越えも森から森を目指せば良いわけだ。


 朝の寒さで目が覚めた。

 体には毛布が掛けられている。ディーが掛けてくれたのかな。

 

 「すまないね。」という俺の感謝の言葉に、ディーが熱いお茶を出してくれた。

 苦いお茶を飲むと少し頭がすっきりする。


 「昨夜は何もありませんでした。ガトルの遠吠えさえ聞こえません。」

 「ありがとう。ちょっと顔を洗ってくるよ。」


 そう言って、かつて釣りをした事のある西に流れる河に向かう。

 バシャバシャと顔を洗ったついでに、釣竿を出してみた。

 殆ど入れ食い状態で5匹を釣ると、焚火の所に戻る。


 途中で折り取った枝に魚を差して焚火で炙る。姉貴達が起き出して朝食を取る頃には食べられるだろう。

 あの河を下った所に製鉄所への取水口があるんだと思うとちょっと複雑な気分だな。

 今は、短時間で自由に連合王国を行き来出来るが、イオンクラフトが無くなれば、ガルパスが頼りだ。連合王国の横断には数日掛かるんじゃないかな。


 焚火で一服していると、姉貴達が起きて来た。早速、河に向かって歩いていくが、ちょっとふらふらしてるな。途中で転ばなきゃ良いけど。

 

 黒パンにスープの朝食に、予想外の魚の串焼きは皆が喜んでくれた。

 

 「ミーア達がカルナバルで食べたと言っていた魚がこれじゃな。黒リックより味は落ちるが中々じゃ。」

 

 そんな事を言いながらアルトさんが食べているけど、残ったのは頭と骨だけだ。

 リムちゃんも美味しそうに食べてたぞ。


 食べながら姉貴に昨夜の話をする。


 「そうなんだ。良く気が付いたわね。」

 

 そう言って、早速情報端末を開く。

 ダリル山脈を調べながら、数箇所の候補地を探したようだ。次にサーマルモードで候補地を再度確認している。

 

 「2箇所に狭められたわ。雪崩の危険性の無い場所に赤外線反応がある場所はネーデルの砦があると考えられるわ。その中で一番離れている場所のここにしましょう。」

 

 山脈の隘路から西に200km程の所か。

 そして、そこから歪へは北北西に300km位だな。場所としては悪く無さそうだ。

 ネーデル王国の駐屯地はユグドラシルよりは距離があるが歪からはそれ程離れていない。精々20km程だ。

 そして、近くに集落までがあるのだ。

 

 交渉して、少なくとも一時的に南に皆が下がってくれれば問題ないが、監視所や集落の人間を駐屯地にまで下げてくれるだけでも被害は少なく出来るだろう。

 あと一週間ほどでその交渉を始めなければなるまい。


 朝食を終えると天幕を畳み、イオンクラフトで西を目指す。

 アクトラス山脈が終わり、ダリム山脈が始まる場所。山脈の隘路を目指すのだ。

 2時間程の道程だが、早く着けばそれだけ野宿の準備が楽になる。


 そしてその翌日に隘路を越える。

 ユグドラシルから戻る時には苦労したが、イオンクラフトをバビロンで少し改造してある。今度は30m以上の高さに昇れるから前のように上下に揺れる場所は少なくなった。

 

 3時間ほど掛けて隘路を抜ける。

 ようやく俺達の前に北の大地が広がった。

 

 「明日は、ダリル山脈のアジトを作るのじゃな。」

 「あぁ、アジトを作ってしばらく待機して欲しい。俺がその間に交渉に行って来る。」

 

 「交渉が決裂した場合はどうするのじゃ?」

 「一応、釘は差しておく心算だ。11月15日は昼まで北を見るな。そして石作りの建屋の中にいろ…とね。それが出来なければ場合によっては怪我ではすまなくなる可能性があることを伝えておく。」


 果たして信じてくれるかどうか怪しい限りだが、教えておけば助かる者もいる筈だ。

 偽善かも知れないが、爆発の規模を考えれば教えておく方が良いに決まってる。

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