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#499 11月15日



 姉貴達は10日後に帰って来た。

 そして、ルクセム君の右耳には、虹色真珠がピアスのように張り付いている。

 ちょっと、誇らしげだが、その虹色真珠の持つ重みにも戸惑っているようにも思える。


 「普段通りで良いんだ。皆が君を頼ってくるけど、出来る範囲で助けてやれば良い。」

 「はい。それでも、前とは違います。何か、孤独感もあるんです。」


 それは、周りのハンターがルクセム君から、1歩後ろに下がるからだ。ある意味孤高ではあるが、チームの2人はちゃんと傍にいてくれるだろう。

 そして、ボランティア的な仕事も増える筈だ。それは皆がルクセム君を見込んで依頼する仕事の筈だから、キチンと始末をつけてあげればそれだけ皆から慕われる。

 この村、始まって依頼の虹色真珠を持つハンターなのだから、堂々としていれば良い。


 帰ってくると、早速アルトさん達はキシルを連れて狩りに出かけた。

 王都で2人の為に、片手剣を手に入れてきたらしい。


 「我の贈り物じゃ。黒レベルでも十分使えるじゃろう。亀兵隊がグルカを装備する前に使っておった剣が武器庫にあったので貰ってきた。」


 そんな事を言っているけど、正規兵用のちゃんとした剣だ。数打ちから比べれば数段上の部類に入る。


 そんな訳で、家には日焼けして疲れた表情の姉貴とディーが残った。

 一体何をしてきたのかと聞きたい所だが、疲れ気味の姉貴を見ると、何となく聞き辛い雰囲気だよな。


 「少しでも稼ごうという事で、毎日海に潜って貝を取っていました。ですが、取れた真珠は4個です。それでも銀貨12枚にはなりましたよ。」

 「ご苦労さん。あの浜はアトレイムの浜と違って、真珠を作る貝が少ないんじゃないかな。それでも銀貨12枚は凄いね。俺の方は、銀貨1枚程度だから。」


 「今回の別の成果として、リム様が遂に泳ぎを覚えた事です。これで、泳げないのはサーシャ様とミクちゃん、ミトちゃんになります。」

 「それは凄いね。サーシャちゃんは今でも浮きをバッグに入れてる筈だ。『これがあれば安心じゃ。』なんて言ってね。」


 「ルクセム君の試練も中々だったわよ。相手は若いカラメル人だったけど、20分程続いた試合でルクセム君は一度も攻撃を受けなかったわ。そして、防御をからの反撃に2度成功したわ。両者とも倒れる事は無かったけど、カラメルの長老はルクセム君の勝ちを宣言してくれたの。」


 「他の挑戦者はどうだった?」

 「全然ダメ。5分も持たないんだもの。腕力に任せて攻撃したら相手の思うツボよ。カウンターで吹き飛んで、お終い。」

 

 やはり、試合と言うより選択なんだろうな。人格が優先されるのだろう。己の武を誇る者達には容赦しないようだ。


 「姉貴達が出掛けた後で、カラメルの長老達と話をしたよ。ルクセム君の事はそこで内諾を貰った。

 彼らの興味を引いたのは姉貴と俺が使った手刀の事だった。彼らには気を練るという事に興味を覚えたらしい。ギリアムさんが鍛錬しなければと言っていたよ。

 そして、デーモンについての情報をくれた。

 人を悪魔に変貌させる為の魔導装置にはエーテルの応用が使われていると言っていた。哲也達の攻撃でも殲滅は出来ない。将来に気を付けろってね。

 後は、大航海時代になっても、大洋には注意しろって。沿岸部の危険な生物はカラメル人達が駆除してくれてるようだけど、大洋にはもっと危険な生物が満ちているともいってたな。」


 「次の時代をカラメル人達は予測しているみたいね。そして、そのアドバイスはありがたいわ。沿岸航路を使えばきけんが少ないって事でしょう。」


 まぁ、確かにそうだけど。それだと貿易船の運航に時間が掛かるんだよな。

 

 「で、次の問題は歪の極小期が何時かと言う事だ。」

 「バビロンとユグドラシルの算出した月日は一緒よ。3ヵ月後の11月15日11時20分。次ぎは1月10日の11時22分。炸裂させるのは、3分の誤差までは許容できると言っていたわ。」


 「その時間って、何処の標準時なの?」

 「バビロンとユグドラシルの標準時間は旧グリニッジを使っているわ。ディーがその時間を抑えているから、大丈夫よ。」


 「標準時で現在、9時32分です。」

 

 ディーがすかさず時間を教えてくれた。約2時間の遅れか。


 「メールで哲也に伝えておいて、あっちは殆ど地球の反対側だ。その辺も加味して時期を教えてあげてくれ。」


 俺の言葉に姉貴が頷いて情報端末を取り出した。早速メールを送るみたいだな。

 さて、哲也はどちらを選ぶんだ?


 「ところで、イオンクラフトの改造は何とかなったの?」

 「終了しました。最大50kmまで遠隔操縦が可能です。ただし、操縦は私が行なう事になりますが…。」


 それは、問題ない。俺達が行なうよりも安心出来る。

 

 「なら、俺達の準備を整えなくちゃならないな。」

 「行く時にはイオンクラフトが使えますが、帰りは歩いて帰らねばなりません。アクトラス山脈とダリル山脈の切れ目の峠道を真冬に越えり事になります。」


 冬山を越える事になるのか。厳冬期の山越えは危険ではあるが、何とかしなくちゃならないな。

 前にエルフの里を目指した時と同じ装備で、尚且つ低温対策をすれば何とかなるだろう。

 

 「アルトさんとリムちゃんも連れて行くの?」

 「家族だし、兄弟でしょ。一緒に行きましょう。」


 確かに、万が一があるかもしれない。アテーナイ様にはアルトさんを託されたしな。リムちゃんにしても1人残るのはイヤだろう。

 ここは一蓮托生で行くか。それに皆で行けばそれだけ心強いし、何かあってもチャンスがそれだけ多くなる筈だ。

 

 「アキトは装備をお願い。私とリムちゃんで食料を何とかするわ。」

 「特大の魔法の袋があるからね。色々と持って行けそうだ。防寒服は姉貴の方で調達して欲しいな。」


 簡単に役割分担を決めて、リビングに昔の装備を広げてみる。

 すっかり錆び付いているな。新しく作り直したほうが良さそうだ。使えそうなのは、ハーケンとカラビナ位か…。ロープやアイゼンそれにスノーシューも欲しい所だ。

 そして、雪原や氷の上で使える炉台も新調するしか無さそうだ。

 トマホークモドキの斧は研げば何とかなりそうだな。


 「風呂桶と背負い籠は前の物が使えますね。」

 「ソリも小さな物を持っていこうか。アルトさんやリムちゃんには乗って貰った方が良いかもしれない。途中で廃棄してもかまわないしね。」


 リムちゃんは大きくなったけど、アルトさんは昔のままだ。体力的に持たないかも知れないからな。今から作れば十分に間に合う筈だ。

               ・

               ・


 姉貴達が防寒服を手に入れるために王都へと出掛けて行った。

 残った俺は、情報端末を開いて哲也と通信を始める。

 向うは夜のはずだが、あいつ等は寝る事がないと言っていたから、大丈夫だろう。


 「こんばんは。どうした? 1人なのか。」

 「あぁ、皆は王都に防寒服を仕入れに行っている。こっちは厳冬期の山越えがあるからね。」


 「こちらは何時でも25℃以上だ。逆だったら良かったな。」

 「まぁ、文句を言っても始まらん。それで、11月15日で良いんだな。」


 「それでないと、再度装備を集めなくちゃならない。敵の数がかなり増えている。向うも俺達を脅威と認識したようだな。」

 「それで決行の日を守れるのか?」


 「それは大丈夫だ。増えた敵の移動経路をバビロンの科学衛星で調べてみた。南米の各地から集めている。という事は、歪の周辺にある砦の敵は殲滅出来ているという事だ。敵の移動経路に沿って無人攻撃機を飛ばしている。現在集めた兵器の数と弾薬では年を越せない。11月15日なら十分に対応出来る。」


 「終ったら、真直ぐ帰って来いよ。」

 「あぁ、太平洋を横断して帰ろうと思っている。小さなソーラーボートを見付けたんだ。春には帰れるぞ。」


 「海は止めたほうが良い。カラメル族は海底に宇宙船を下ろしているのは、前に話したよな。彼らが言うには大洋の生物はかなり危険だと言っていたぞ。沿岸部の海を守っている彼らの言う事だ。とんでもない奴がいないとも限らない。」

 「そうか…。そっちに持って行っても面白そうだったんだが、別の方法を考えてみるよ。北極海の氷原を歩いたが、確かにとんでもない奴がいたからな。」


 「あれから、お前の消息を尋ねる人にたまにめぐり合うぞ。哲也が旅に出ていると聞くと皆残念そうだった。」

 「お前と会う前に、色々とあったからな。皆、良いハンターだったよ。」


 「俺達の準備は進んでいる。イオンクラフトがあるから、数日前には対応出来る位置に陣取る心算だ。そしたらまた連絡を入れる。」

 「俺の方は、それまでにもう少し前進しなければならないな。今、歪から300km程北に位置している。遠隔操縦出来る距離は100km位だから、このまま前進していくよ。」


 そう言って、哲也が体をずらす。後ろには装甲車両がずらりと並んでいる。よくも掻き集めたものだ。

 そういえば、あの体に密着したコンバットスーツではなくて、迷彩の上下を着ていたな。こっちに来る時はその方が良いぞ。


 「こんな感じだ。心配するな。…では連絡を待ってるぞ。」


 最後にそう言って通信を切った。

 機甲師団で対応しているみたいだが、どんな感じなんだ?

 そう思って、情報端末に哲也達の場所を映し出してみた。


 なるほど、歪の場所から300km程離れているな。そして敵の数も増えているようだ。幾重にも哲也達の部隊を取り囲んでいる。

 そして陽動部隊は…、いるいる。1部隊ではなく、左右に展開している。かなり距離が開いているが、自律制御を持っていると言っていたから、あらかじめ与えられた指示を忠実に守っているのだろう。

 なるほど、この部隊が途中で左右から敵軍を挟み込めば、哲也達を取り囲んでいる部隊の殲滅ぐらいは出来るだろう。


 大部隊に取り囲まれても、全く動じないのはこの陽動部隊があるからなんだろう。

 そして、攻撃機を飛ばしているとも言ってたな。それは、この衛星画像からでは分らないな。


 まぁ、向うは何とかなりそうだ。問題はこっちだよな。

 西の王国は2つあるとアテーナイ様が言っていた。互いに仲が悪いようだが、歪に対して監視所を作っている。そして近くに砦もあるのだ。

 歪に20ktの核を使った場合に巻き込まれる可能性は極めて高い。どうにかして砦を一時放棄して南に下がるように伝えねばならない。

 ある意味外交交渉になるかも知れないな。これはアテーナイ様に任せておこう。

 

 情報端末を閉じると、家を後にして会社に出かける。頼んでおいたアイゼン等が出来たかも知れない。

 通りに出ようとしたところで、アテーナイ様に出会った。


 「婿殿の所に参ろうとした所じゃ。どこに向かうのじゃ?」

 「会社の方に行こうと思っていましたが、それは明日でも良いでしょう。どうぞ。」

 

 そう言って、アテーナイ様を家に案内する。

 暖炉の火を掻き立てて細い枝を足せば直ぐに勢い良く燃え出した。ポットを鉤に掛けて火の傍に置いておく。

 

 「生憎、皆は王都に出掛けています。11月15日の準備を始めました。」

 「その事じゃ。我が王国、いや、連合王国と取引している西の大国はスパリアム王国じゃ。その北方にネーデル王国があるが生憎と国交は無い。

 例の爆弾を用いた場合に歪の南に展開している部隊が全滅する可能性がある事をスパリアム王国には伝えたぞ。

 かの王国は書状をネーデルに送ったそうじゃ。

 その返事が、そのような事は信じられぬ。西の海を軍船で渡り北方から攻め入る為の布石かと使者を一括したそうじゃ。」

 「となると、犠牲者が出ますね。」


 「ネーデル王国の指示として軍を下がらせる事は出来ぬ。じゃが、交渉する事はかのうじゃろう。婿殿の虹色真珠を見せれば少なくとも砦の門を開けて話を聞く位はすると思うのじゃ。」

 「一度軍を下げて欲しい。出来れば数年はこの地に立ち入らぬように。という事ですね。…素直に軍を下げるでしょうか?」


 「分らぬ。じゃが、最後の交渉じゃ。下げても、下げなくとも歪を破壊するのじゃ。たとえ何人砦にいようとも、それは譲れん事じゃ。」

 

 ポットのお湯が沸いたようだ。俺はテーブルを離れて、2つのカップにお茶を入れる。

 アテーナイ様にカップを差し出し、俺もテーブルに着くとカップを傾ける。


 「良いか。ミズキなら我が言わんでも核を躊躇い無く使うじゃろう。だが、婿殿は躊躇う筈じゃ。それが悪い事だとは思わぬ。しかし、時には心を鬼にせよ。

 昔、ミズキは言っておったぞ。目的の前に立ち塞がる者は、鬼であろうと恐れる事無く叩き斬るとな。そして、その後に神であっても同じ事だと言っておった。

 そこまで達観出来れば何の問題も無いが、我等は生憎とそこまで心が鍛えられておらぬ。それは婿殿とて同じ事。一度交渉すれば、それで自分が納得できる筈じゃ。」


 「分りました。交渉する事は賛成です。たぶん姉貴は反対するでしょうが、みすみす大勢の人達を死に追いやる事は無いでしょう。退けば良し、例え退か無くとも砦に穴を掘って爆発の衝撃を和らげる事は可能でしょう。少しでも生存の確率が上がります。」


 俺が後悔する事を心配しているんだな。

 俺の心情を心配してくれるアテーナイ様を心からありがたく思う。


 「…目隠しをしてミズキと戦ったそうじゃな。我も見てみたかったぞ。ルクセムとアルトから仔細を聞いたが、まこと信じられぬ話であった。最後は相打ちという事じゃったが、やはりと我は思うたぞ。

 ミズキの手刀を背中に突き抜ける程に受けても、婿殿はミズキの首を刎ねなかった。寸止めを目隠しで行なうとは、たいした物じゃ。」

 「姉貴を相手に相打ちは初めてです。何時もは負けていましたから」


 「ハンターを通して技に磨きが掛かったのじゃろう。じゃが、我にはどうしても理解出来ぬ。手刀で相手を斬る事は可能なのじゃろうか?」

 「可能です。ですが、これは姉貴の家に伝わる武道を学ばねばなりません。そして、学んだとしても全ての者が出来ることではありません。」

 「残念じゃのう。婿殿に教え乞おうと思っていたのじゃが。」


 それ以上強くなってどうするんですか! と心の中で叫んでしまった。

 まぁ、高齢だからな。今更って、気がするぞ。


 「俺と姉貴は気と呼んでいます。カラメル族はエーテルと呼んでいますが、そんなものがこの世界には満ちているんです。

 その気を感じ取り、利用する。それが手刀で物を斬る事が出来る理由なんです。」

 「ほほう。そのような物があるのか。魔気とは違うのじゃな。確かジュリーは魔気を見る事が出来ると言っておったが、気も同じように見る事が出来るのか?」


 「見ると言うより感じる事が最初ですね。アクトラス山脈から噴出した気が緩やかに斜面を降り、リオン湖で戯れて裾野に流れていきます。最初は風のような物だと認識していましたが今ではそうではない事を知りました。それが分った俺に姉貴は師範の称号を与えてくれました。」

 

 俺の言葉をにこにこと聞いていたアテーナイ様だけど、納得してくれたのかな。

 まぁ、諦めてくれればそれで良い。

 と、その時は思ったんだ。


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