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#497 姉貴との試合

 


 明日はラザドム村へ出発するという早朝に、ルクセム君の仕上がりを姉貴がチェックしている。

 体の捻り方、足捌き、重心位置を型毎に一つずつ見ているようだ。

 意外とまともに教えてるぞ。俺にはこうだよ、って自分の動きを見せてくれただけだからな。

 まぁ、時間がないという事を姉貴なりに考えての事なんだろうが。


 「これくらいで、何とかなるかなぁ…。アキト、ちょっと一緒に動いてみて。」

 「相手をすれば良いのか?」


 姉貴が頷くのを見て、ルクセム君の前に立った。

 ルクセム君は俺を見ると、一気に緊張する。あぁ、これを姉貴は直したいんだな。


 「さっき、型を見ていた。良い動きだよ。流石はハンターを続けていただけの事はある。これから、この距離で俺と向かい合って型の復習だ。最初に一通り全部やってみる。途中で間違えても止まらない事。

 そして、2回目は俺は1動作ずらして型を演舞する。大事な事は絶対に姉貴の教えてくれた型をそのまま続ける事。…じゃぁ、始めるよ。」


 2mの距離を置いて、俺達の演舞が始まる。

 姉貴は俺達をジッと見ているようだ。ロムニーちゃんとレイミルちゃんもはらはらしながら見ているのが気の流れで分るぞ。


 最初の演舞が終ると、俺は1歩ルクセム君に踏み出した。その動作で俺の演舞が1動作遅くなる。

 そして、ロムニーちゃん達が驚いて俺達の演舞を見ているようだ。姉貴に走り寄って何かを問い詰めている。


 対するルクセム君は、俺の動きにちょっと驚いたが直ぐに冷静さを取り戻している。

 演舞の動作を一つ遅らせると、攻撃と防御が互いに入れ替わる動きになるんだ。


 俺の掌底を片足を下げながら体を捻る事で回避する。

 ルクセム君の蹴りを片足を前に投出すようにして姿勢を低くして交わすと、その足を軸に回し蹴りをルクセム君に放つ。

 ルクセム君は仰け反るようにして体を回転させると、俺の足を捕らえに腕を伸ばす。


 「はい、そこまで!」

 「中々良かったぞ。」

 

 姉貴の合図に、俺達は演舞を止めて互いに礼をする。

 

 「攻撃を避ける練習だと思っていました。」

 「防御は攻撃の布石なんだよ。攻撃はどうしても隙が出来易い。相手の攻撃をかわしながら攻撃の準備を整えるんだ。口で説明しても納得できないだろうけど、今の動作で少しは理解できたと思う。演舞と試合の違いは演舞のように順番が決まっていない事だけだ。基本の受け方は一緒だから、相手の動きを見て対応すれば自然に攻撃へ体が移行する。」


 そんな俺の話を姉貴がうんうんと頷いている。本来、これは姉貴がルクセム君に話す言葉だぞ。


 「こちらから先に攻撃しないんですか?」

 「それも出来るけど、それを教えるのはちょっとね。でも、基本動作だけでも相手の攻撃を防ぐ事は出来るし、反撃も可能だ。大型獣と対峙しても応用できるだろう。」


 先ずは基本を身に付けて、それからだな。

 ハンターならこれで十分だと思う。相手の初撃をかわせれば意外と冷静になるもんだ。後は、日頃の鍛錬の成果をぶつければ良い。


 「どんなカラメル人と対峙するかは分らないけど、カラメル人を相手にする時には2つの事を覚えておいて。1つは、相手の目の動きに惑わされない事。もう1つは、常識で考えない事。」

 「姉さん。ちょっと、遠まわしに言いすぎだよ。最初の言葉は、カラメル人は目で相手を見ないって事だ。後ろから攻撃してもかわされるぞ。そして最後のは、彼らの体の構造にある。片方の腕を縮めてもう片方を延ばす事だって出来るぞ。」


 「それって、殆ど勝ち目が無いじゃないですか。」

 ルクセム君が慌てて大声を上げる。


 「いや、そうでもない。姉貴の教えてくれた基本動作を忠実に守れば少なくとも攻撃を回避出来る。その時に生まれる僅かな隙を突いて一撃を浴びせれば良い。

 そして、目で相手を見るんじゃなくて、心で見るんだ。それが可能になればカラメル人を倒す事も出来る。

 だが、そこまでは短期間に教える事が出来ないから、負けない事を教えたんだ。最初に言っただろう。試合ではなく試練だと。耐えれば良いんだ。勝つ必要は無いんじゃないかと俺は思っている。」


 「そうね。私達はそれが判らなかったから全力で相手をしたけど、あれって試練なのよね。」

 「それでも、相手を見ないで攻撃なんて、出来るものなんでしょうか?」


 「見せてあげようか? 俺と姉貴の試合だ。今だかつて、姉貴には勝った事が無いけど、良い師匠にめぐり合えたからそこそこ行けるんじゃないかな?」

 「もう10年近く、アキトとはやってないよね。どれ位腕を上げたか見てあげるわ。」


 互いに頷くと、皆の所を離れて庭の中ほどで対峙する。

 そして、バッグからバンダナを取り出すと、長く畳んで目隠しをする。


 それでも、俺には姉貴の立つ位置が分るし、それを吃驚してみているルクセム君達の場所と心の動きさえも分る。

 気は生命の輝きでありその発した輝きは風のように舞いながら村を通り過ぎていく。

 姉貴の気の輝きは異質だな、まるで姉貴自体が気の塊だ。その塊が人の形を取って俺にははっきりと見えるぞ。


 「いくわよ!」

 その言葉よりも先に俺の喉笛を手刀が襲う。何だ! …前よりもはっきりと攻撃が見えるぞ。

 俺は、自分の感覚に驚いた。

 まるで周囲全体を同時に見ているような感覚だ。

 

 姉貴の回し蹴りが俺の横顔を襲う。反転しながら身を屈めると、片手で体重を支え両足で姉貴の軸足を狙う。

 姉貴が跳躍しながら俺の右手に密着して左掌底を放つ。振り切った足を空中で躍らせながら体制を整えようとした俺の胸にもろに衝撃が走り後ろに吹き飛ぶ。


 「あれ? 今ので倒れないの。」

 「あぁ、この間言ったろ。気で防壁が張れるって。」


 瞬間的に気を使ったアクティブディフェンスだ。気を爆発させて衝撃を逸らせる。

 問題は、これをやると俺も後ろに吹き飛ぶんだよな。


 「ならば、次の手段ね。」


 ホントに、口より手が先なんだから、俺の立つ位置に姉貴の手刀が伸びる。

 避ける動作が少し遅れたようで、綿のシャツが斬り裂かれた。

 ちょっと、あれは反則だと思うぞ。

 次の瞬間、腹に激痛が走り、俺の前に姉貴が密着していた。

 

 「相打ちかな…。【サフロナ】!」

 

 姉貴の魔法の言葉が遠くに聞こえる。

 激痛が去り、自分の腹を見てみると真っ赤に血で染まっていた。


 「中々腕を上げたわ。次ぎは私が負けるかもね。」

 

 そう言いながら俺を立たせてくれる。俺は目隠しを取って立ち上がると、姉貴の首には薄らと血が滲んでいた。その首に手を当てて、小さく【サフロ】を唱えながら、いったい何時の間に手刀を覚えたのかしらと言って首を傾げている。


 「こりゃ! 全くとんでもない試合をしおって…。ルクセム達が呆けているぞ。」

 

 アルトさんの言葉に、ルクセム君達を見ると、3人ともアングリと口を開けて、目を大きく見開いていた。


 姉貴と皆の所に戻ると、そんな彼らに声を掛けた。


 「すまない。姉貴が相手だと全力を出さないとダメなんだ。それ位実力に開きがある。」

 「…でも、二人とも目隠し状態なんですよね。どうしてお互いの位置や攻撃が分るんですか? それと最後にミズキさんの手がアキトさんの背中から出てましたよ。手であんな攻撃が出来るんですか?」


 「まぁ、出来るという事になるな。ネコ族の人は勘が良いよね。あれを更に訓練すると、その位置まで判るようになる。更に訓練すればその動きまで分るんだ。これが最初の答えかな。

 次の答えはちょっと難しい。技の一種と理解してくれれば良いかな。前の答えの延長線上にこの技が使える理由があるんだけど、言葉でどういったら良いか…。」


 「この世界にはね。不思議な力が溢れているの。魔法もその一つなんだけど、それ以外に余り知られていない力があるの。私達はそれを気と言ってるけど、カラメルの人達はエーテルって呼んでるわ。その力を使えると、さっきのような事も出来るのよ。でもね。この力は教えられるものでは無いのよ。自分で気付いて、その力を利用する。そんな感じかな。」


 姉貴の言葉を皆が真摯に聞いている。

 そして、アルトさんは燃えてる。覚える気でいるようだ。まぁ、確かに時間は幾らでもあるし、元々剣の使い手だ。すんなり覚えられるんじゃないかな。


 「分りました。負けない試合をする。それに徹して頑張ります。」


 うんうんと頷きながら姉貴が微笑んでいる。

 アルトさん達も満足そうだ。

 たぶん、上手くいくんじゃないかな。何と言ってもルクセム君をここまで育てたのはアルトさん達だ。並みのハンターよりは腕が立つ。そして、何よりも優しい性格だ。父親が亡くなった家族を養ってここまで来たんだ。そんな彼に見合った称号だと俺は思う。

               ・

               ・


 次の日、朝食を終えてお茶を飲んでいると、皆が集まってくる。

 どこから聞いたのかシュタイン様やアテーナイ様もやってきた。


 「我が君がたまには海釣をしたいと言ってな。王都にも寄ると聞いて我等も行く事にしたのじゃ。」


 そう言って嬉しそうにリムちゃんと荷台に乗り込んでいる。

 まぁ、お土産話を期待するか。

 シュタイン様は荷台から俺に新しいルアーを見せてくれた。手作り品の効果をみたいらしい。次ぎの海釣大会の備えなのかも知れないな。片手を上げて応援するとしっかりと頷いていた。


 「では、行って来ます。胸を借りる心算で頑張ります。」

 「あぁ、頑張れよ。」


 最後にルクセム君が荷台に乗り込むとディーの操縦するイオンクラフトは静かに村を飛び去って行った。

 見えなくなるまで手をふると、ギルドへと歩き出す。


 ギルドの扉を開けて、ルーミーちゃんに片手を上げてご挨拶。そしてテーブル席に向かうと、俺に気付いた2人が慌てて席を立った。


 「良いよ、座ったままで。…ところで今日は何を狩るんだい?」

 「まだ決まっていないんです。アキトさんが来たら相談しようと。」


 「なら、これをやってくれ。赤5つでは少し不安だが、アキトがいるなら問題はない。【サフロ】は使えるな?」


 シガニーちゃんが小さく頷く。


 「なら、安心だ。念のために薬草をセットで持って行くが良い。」

 「それは2人とも持っています。」


 うんうんと頷いてセリウスさんが帰っていく。

 セリウスさんが持ってきた依頼書を覗くと、ガトル狩りだ。場所は北門の北東斜面か。そして群れの規模は20前後とある。報酬額が50Lで狩った牙の数で更に報酬が増える。


 「アルトさんとガトル狩りはしたのかな?」

 「いえ、ガトルはまだ早いと言われまして。」


 「ガトルは野犬の一種だ。群れで行動する。ただし、群れが100匹を越えるようなら黒5つ以上は必要だ。ガドラーというガトルの3倍ほどの魔物が群れを率いている時ががある。20匹ならそんな事はない。後は、以外と素早い。出来れば【アクセル】が欲しいところだ。俺が使えるから大丈夫だろう。」

 「得物は、槍と片手剣で大丈夫でしょうか?」


 改めて2人の装備を見る。

 キシルは短い槍とベルトに短剣を挟んでいる。シガニーは腰に片手剣を装備していた。魔法も使える剣使いになるようだな。


 「大丈夫だ。おれはこれだからな。」

 そう言って、バッグの袋から鎌を取り出す。1.5mの杖の先に鳶口のような小さな鎌が付いている。


 俺の武器を驚いて見ている2人を後に、テーブルからカウンターに歩いてルーミーちゃんに依頼の確認印を押して貰う。


 「昨日、村人が襲われています。気を付けて下さい。」

 「ありがとう。じゃぁ、行ってくるよ。」


 片手を上げてテーブルの2人を呼ぶと、俺達はギルドを後にした。

 通りを西に歩いて北門に向かう。


 北門の広場で狩猟期はセリが開かれる事を教えてあげると、門番さんに挨拶して俺達は北門から伸びる森への道を歩く。


 「さて、この辺りからリオン湖への緩い斜面が依頼の場所だ。こっちへ来てくれ。今、【アクセル】を掛ける。」

 

 傍に寄ってきた2人に素早く【アクセル】を掛けると、自分にも掛けておく。

 

 「効果は半日程度らしいが、狩が終れば解除する。効果は身体機能の2割り増しだ。少しは動きが良くなるだろう。

 ガトルの群れに最初は魔法で攻撃する。【メル】は出来るな。それを放てば怒って襲ってくるから、そこを叩くんだ。俺が左前に出る。少し下がってキシル、その右横にシガニーだ。最初から【メル】でいけ。キシルの援護にもなる。」


 俺の言葉に2人は頷いて武器を抜く。

 シガニーの片手剣は数打ちだな。まぁ、魔法が主力だから使う機会はあまり無いだろう。


 緩やかな斜面を下りていく。深い緑の森に囲まれたリオン湖が夏の青空を移して輝いている。


 先頭を歩く俺は片手を横にして、2人の歩みを止めた。

 ガトルが数匹藪の影から顔を出している。

 素早く周囲の気を確認すると、なるほど、大きな藪の茂みに気の塊があった。今の俺にはそれを更に分解できる。数えると全部で22匹のようだ。


 「全部で22匹だ。1人7匹を相手にする事になるぞ。そして、キシル。槍をガトルに使う時は刺すのではなく殴れ。深く刺すと動きが封じられるぞ。」

 「アルトさんに教えて貰いました。大丈夫です。」


 少しずつガトルに近付く。

 100m程に近づいた時、ガトルが俺達に気付いたようだ。こちらを睨んで唸り声を上げ始めた。


 「シガニー、100Dで【メル】だ。当てる必要はない。脅かしてやれ。」


 俺達の距離はおよそ60m程、シガニーが俺の言葉に右手に炎弾を構成していく。

 そして、炎弾が放たれたのは40m程の距離だった。

 ガトルが次々と姿を現したので恐れを抱いたんだろう。


 着弾と同時に俺も素早く【メル】を放つ。

 驚いて藪から飛び出したガトル達が俺達向かって襲い掛かってきた。


 数歩前に出ると鎌を構えて前を見た。 

 俺の後ろで2人が急いで態勢を整えるのが分る。


 【メル】を集束させてガトルの群れに低い位置で放つと数匹が輝く炎弾に貫かれた。

 最初の1匹の鎌を叩き付けて、その反動を利用して次のガトルを打ち据える。一箇所に止まらずに位置を少しずつ変えながら次々とガトルを打ち据える。


 そして、シガニーに後ろから飛び掛ろうとしたガトルに鎌を投げつけると、今度は鎧通しを抜いてガトルを打ち据える。

 中々使いでがいいな。バランスも良いし、ガトルの骨を破壊しても手に伝わる反動が少ない。ガトル相手には十分な武器だ。


 そして、俺に向かってくるガトルがいないことを確認して後ろを振り返ると、キシルが最後のガトルを打ち据えた所だった。


 「終ったな。怪我は無いか?」

 「ありません。そして、ありがとうございました。」

 

 そう言って、、シガニーが俺に鎌を渡してくれた。

 

 「なに、構わないさ。リーダーは常に全体を見ていなきゃならない。普通は少し下がって戦うんだけどね。」

 「ありがとうございます。ガトル相手に槍は少し長いですね。」

 

 「そうでも無いよ。それ位の槍なら色々と使い道がある。俺の鎌も柄が長いだろ。そして、柄の両端は鉄を被せている。鎌として使うのは採取依頼の時で、殆どは杖として使うんだ。さっきみたいに相手を打ち据えるには適してるよ。

 まぁ、そんな話はお茶でも飲みながら話そう。先ずは狩りの後片付けだ。」


 シガニーが牙を回収し、俺とキシルでガトルの毛皮を剥ぎ取る。これでも1匹5Lになるから貴重な収入だ。丸裸になったガトルは穴を掘って放り込む。


 森への小道に戻ると、近くの藪から薪を取って焚火を作りお茶を飲む。

 結構動いたから喉がカラカラだ。ちょっと苦いお茶はそんな体に心地よく染み渡る。


 「ガトルの群れを相手にするには2つの方法がある。さっきみたいに狩る方法と、岩等に乗って狩る方法だ。群れが大きい時には絶対後者を使うんだ。足場になるような場所が無い時は狩らない事だ。どうしても、という時には障害を作る。焚火でも良いし、簡単な柵でも良い。杭を打ってロープで柵の代用にする時もある。」


 タバコを吸いながら簡単な狩りのレクチャーをしてあげる。

 2人とも真剣に聞いているけど、意外とこんな会話を覚えているんだよな。

 俺も、ハンターなりたての頃は、焚火の番をしながらグレイさんやミケランさんに色々な話を聞かされたものだ。

 獣の生態や狩りの仕方。そしてハンターとしての心構え。

 ハンターはハンターが育てるってこんな事なのかも知れないな。


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