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#496 チェルシーさんの旦那さん


 哲也と久しぶりに話をして、前の世界のちょっとした出来事を振り返って盛り上がる。

 ある意味、似たような境遇だ。これから長い付き合いになりそうだから、互いに笑い合えるのは良い事だと思う。


 そんな事で、哲也との通信を終えた時には空が明るくなっていた。

 慌てて、ベッドに潜り込むと、直ぐに眠りに着く。


 起きた時には誰もいない。まぁ、仕方がないかな。

 テーブルの上にある、木皿に被せてある布を取るとサレパルが乗っている。

 暖炉の傍で温めてあるお茶をカップに入れると食事を始めた。


 姉貴の教えは上手くいってるのかな。俺の知る限りでは、姉貴が最初から教える事はなかったぞ。初心者や袴を着けられない者達は俺が面倒を見ていたんだよな。

 スパルタになっていないことを祈るばかりだ。


 時計を見ると、午後2時過ぎだ。ちょっと会社を訪問してユリシーさんに挨拶してこよう。

 簡単に装備を整えて、家を出ると村の通りを南門の方に向かって歩き出す。


 南門の広場に面した東側に俺達の作った会社がある。

 薬草採取の時にチラッとは会社をみたんだが、改めて見ると少し大きくなったぞ。

 事務所のログハウスも一回り大きくなってるし、裏手の工場も何時の間にか5棟に増えている。

 余り大きくすると、小回りが利かなくなるんだよな。


 トントンと扉を叩き、事務所に入ると、机から顔を上げたチェルシーさんが吃驚したような表情で俺を見た。


 「お久しぶりです。お元気でしたか?」

 「えぇ、ホントに久しぶりですね。さぁ、こちらに掛けて下さい。」

 

 そう言って、ちょっと豪華になった暖炉際のソファに案内してくれた。

 

 「社長は裏の工場にいますので、呼んで来ます。レミー、お茶をお願いね。」


 そう言って、パタパタと足音を立てて部屋を出て行った。

 何時の間にか事務員を増やしたみたいだな。ルーミーちゃんより年下の女の子が、暖炉のポットを使うと、慣れた手付きで俺にお茶を入れてくれた。


 熱いお茶をちびちび飲んでいると、ユリシーさんとチェルシーさんがやって来る。俺の対面のソファに腰を下すと、ユリシーさん達が改めて俺を見る。


 「久しいのう。何年振りじゃ?」

 「3年ですね。」


 ユリシーさんが頷きながらパイプに火を点ける。

 チェルシーさんはユリシーさんと自分のお茶を入れていた。


 「もう少し、他の場所で用事がありますが、それが終ればしばらくは村にいられます。」

 「お主がおらんと、変わった依頼も来ぬ。まぁ、ミズキのくれたカラクリ時計は面白かったが、ちゃんと見てくれたか?」


 「新しい町での名所になる事は確実です。ある意味、広告となるでしょう。」

 「じゃが、その後がさっぱりじゃ。とは言え、村の工場は大きくなったぞ。やはり綿の流通経路と販売経路がきちんと定まっているから出来ると思うが、今では織機の数も12台じゃ。」

 

 「そればかりではありません。望遠鏡とコンパスは今でも製作中です。レンズというガラスはサーミストから運ばれてきますが、真鍮加工と組立てはここで行っています。」

 「天文台に行ってみましたか? あそこには大きな望遠鏡がありますよ。」


 「行って、覗いて、驚いた。…ワシも倍率を上げる工夫をしたのじゃが、2つ問題があるのが分った。レンズの組み合わせを変えると見たものが逆さになる場合がある。そして、見た物の左右に赤と青が現れる。最初の図面通りでは起こらぬが、その訳が分らぬ。」

 

 それは望遠鏡の方式が違うのと、色収差が原因なんだが、どうやって教えようかな。

 

 「ちょっと、難しい話になりますが、お答えしましょう。

 まず、光というものを考えてください。光は何で出来ているか、そしてどんな性質があるかです。

 ここでは簡単にその性質を波のようなものだと考えてください。」

 

 そう言って、テーブルの横にあるメモ用紙を使って簡単な絵を描く。


 「こんな形で光が物に当たり、その反射した波が俺達の目に入ると、その色、形が見えてくるんです。ここで問題になるのは形ではなく、色なんです。色の変化はこの波の波長に関係してきます。

 ご存知のようにガラスは光を透過します。ですが、このようにレンズを作ると、光を曲げる事ができます。砲物面状にガラスを磨けば、透過した光は1点に交わる事になります。

 ところが、色によって波長が異なると、曲げられる角度が変化します。赤は波長が長く、青は波長が短いので、こんな感じに3つの焦点が出来てしまいます。これが原因です。

 それを防ぐには、反対の性質を持ったレンズを使う事で防止出来ますが完全ではありません。

 こんな、感じに凸レンズと凹レンズを組合わせます。

 見たものが逆立ちして見える現象は、凸レンズに凸レンズを組合わせた場合に起こります。これは防止出来ません。どうしてもというなら、鏡で反射させれば良い筈です。」


 「なるほど、確かに今作っている望遠鏡は凸レンズと凹レンズで作られている。それで誤差が吸収し合えるのだな。凸レンズだけでは発散する事になる訳だ。」

 「そんな感じです。レンズと鏡の組み合わせが高い倍率と正立像を得る鍵になります。」

 「要は、異なる種類のレンズを組合わせるという事だな。少し色々やってみるか。」


 「ところで、事務員が増えたんですね。」

 「えぇ、私も結婚したし、何時までも事務あ出来ないわ。村の若いを雇い入れたの。」


 思わず、驚いてしまったが「おめでとうございます。」と慌てて言いつくろった。


 「今更、おめでとうの歳でもないが、ワシもついに身を固めてしまったぞい。」

 

 ん? ひょっとして??


 「チェルシーさんの旦那さんって、ユリシーさんですか?」

 「そうよ。ドワーフ族の人って長生きするから私の年齢に丁度良いわ。気心も知れてるしね。」


 ちょっと次の言葉が出なかった。

 これは、姉貴達に伝えおくべき事に違いない。

 だが、俺としては、やはりおめでとうだな。仲も好かったし、会社の立ちあげからのコンビだ。ずっと良い夫婦でいられるに違いない。

                ・

                ・


 変わった依頼をドンドン持って来いと事務所を送り出された俺は、ギルドに向かって歩き出す。まだ、姉貴達は帰ってこないだろうし、ギルドにいれば依頼完了の報告に来る筈だからね。


 ギルドのホールに入ると、テーブル席ににルクセム君達が体を投げ出している。

 今日の依頼を終えたようだけど、若いのにちょっとだらしないぞ。

 

 「どうした? 若いハンターが3人揃って、そんなかっこうしてるなんて。」

 「アキトさんですか…。今朝の稽古の反動が今頃になって襲ってきました。」

 

 悩ましげな眼差しでレイミルちゃんが俺を見上げて言った。

 かなりばてているな。いったいどんな稽古を付けたんだか。


 「姉貴はある程度、基礎が出来た者達を専門に指導してたんだ。やはりちょっときつかったかな?」

 「それ程ではないんです。少なくとも稽古に無理があったようにも思えません。そして近場で薬草採取もしてきました。ところが、ここで座った途端に…。」


 「体さばきは、体を捻るからね。普段余り使わない筋肉を酷使するのかも知れない。明日に残るようなら、ちゃんと姉貴に言えば良い。」

 「分りました。もう少し休んでから帰ります。」


 ルクセム君だけでなく、ロムニーちゃん達にも稽古を付けたみたいだな。

 まぁ、護身術として習いに来る女の子も多かったから、何かの役には立つだろう。意外とこの種の道場って、この世界には無いのかもしれないな。村に道場を作ったら門下生が大勢来るかもしれないぞ。


 そんな事を考えながら掲示板の依頼書を眺める。

 緊急も、期限切れも大型獣の依頼書も無い事を確認して家路に着く。

 少しギルドで油を売って帰ろうとしたが、そんな雰囲気じゃなかったな。


 家に着いても、誰もいない。

 まぁ、お腹をすかせて帰ってくるはずだから、暖炉に薪を投入してお湯を沸かしておく。

 後は、特にやる事もないから、皆が帰るまで庭の擁壁から釣竿を出す。

 しばらく、この場所では釣りをしていないから、数匹が入れ食いで釣れる。


 「どうじゃ? 釣れておるか。」

 

 後を振り返るとアルトさんとリムちゃんが若いハンターと共に立っていた。

 俺が頷くのを見て、庭のテーブルにハンター達を連れて行く。

 リムちゃんが家の中に走っていったのは、お茶を取りに行ったのかな?


 竿を仕舞うと、テーブルの近くにあるバーベキューの炉で焚火を始めた。

 早速、釣れた魚を振舞おうと思う。

 塩は持っているし、魚の腸を抜きながら林から小枝を取って魚を刺す。それに塩を振って焼けば良い。


 炉の回りに魚を刺せばしばらくは放って置ける。

 俺もテーブルのベンチに座ると、リムちゃんがお茶を出してくれた。

 

 「今日は何をかったんだい?」

 「ラッピナを狙ったのじゃ。全部で8匹じゃが、その内、3匹はキシルとシガニーが倒したぞ。そろそろ赤の6つになる。後は経験じゃな。」


 「いつぞやはありがとうございました。次の日にアルト様を見たときは吃驚しました。まさか、この人達が…、とね。」

 「アルトさんは、ちょっと訳ありでね。でも、銀4つのハンターだし、リムちゃんも銀持ちだ。そして、リムちゃんをここまで育ててくれたのもアルトさんだから、十分指導が出来ると思ったんだ。」


 「まぁ、もう少しじゃな。今年の狩猟期を見て、マケトマムに向かうが良い。村の東に広がる森は中堅ノハンターには良い狩場じゃ。」

 「狩猟期の話は王都でも聞きましたが、面白いものなのですか?」


 「人によるね。黒の高レベルのハンターが集まるから、ギルドでその人達の自慢話を聞くのも面白いし、獲物のセリも中々だよ。そして一番の押しは、屋台だな。」

 「まぁ、それは後3ヶ月も先じゃ。無理せずにレベルを上げる事じゃな。」


 取りとめもない話を、お茶を飲みながら話すのも良いものだ。

 黒リックの串焼きが出来たところで、皆に振舞った。後3本残っているから、これは今夜のおかずにしても良いし、ミケランさんにあげても喜ばれるだろう。


 日が傾き始めた時に、姉貴がミク達を連れて帰って来た。


 「あら、お客様?」

 「あぁ、アルトさんの指導を受けてるハンターだ。」

 「今日はにゃ。ミケランにミクとミトにゃ。」

 

 ミクとミトはお辞儀をすると同時に焚火の所にダッシュしているぞ。

 早速、片手に串焼きを持って俺の顔とミケランさんの顔を交互に見ている。


 「あぁ、それはミク達に残しといたんだ。もう1本はお母さんに渡して。」

 「ありがとにゃ。しばらくぶりにゃ。」


 そう言って早速親子で齧り付いている。

 セリウスさんに竿を残しておいた筈なんだが、釣る暇も無いのかな?


 「じゃぁ、明日はトローリングをするか? たまには大物を食べたいだろう。」

 

 俺の言葉に双子の顔が輝いてる。

 「う~ん。私はルクセム君の指導があるからちょっと無理だな。」

 「私もたまには掃除しないとセリウスが煩いにゃ。ナイフを研いで待ってるにゃ。」


 ディーは行けそうだな。俺と目が合うと頷いてる。


 「そうだ。姉さん、ルクセム君達の指導だけど、あまり厳しくすると彼らの狩りに支障が出るよ。ギルドに行ったら3人してテーブルに伸びてたぞ。」

 「そうかな? 教えたのは体さばきだけだよ。攻撃は教えてないから大丈夫だと思ってたんだけど。」


 「確かに良いハンターに育ってるけど、使う筋肉が別物だ。慣れない筋肉を酷使したからじゃないかな。」

 「う~ん。じゃぁ、明日は少し軽めに指導するわ。」


 姉貴の軽めはどれぐらいだ? 更に俺は心配になってきたぞ。

 

               ・

               ・


 「哲也は早ければ年内にはと言っていたな。例の振動周期の極小期を新年の前後で教えてくれとも言っていた。」

 「いよいよか。それは私が確認するわ。それと、この夏に試練を受けに行くでしょ。その時帰りに王都によって、リンリン達にイオンクラフトを改造して貰う事にする。」


 バビロンとユグドラシルでまた見解が分かれなきゃ良いけどね。全く誤差の数値が0.01%違うだけで激論するんだからな。

 イオンクラフトとも今年でお別れか…。色々と役立ってくれたが、この世界には過ぎた物だ。少しずつ便利にしていったほうが皆も喜ぶ筈だ。


 色んな種を蒔いたけど、これが実を結ぶのは遥か先だ。

 そして、一旦蒔いた種を枯らすことは避けねばなるまい。歪の無くなった世界で俺達がするべき事は、1歩後ろに下がった観察とその結果を伝える事だろう。

 観察者としてはカラメル族がいるが、彼らはこの世界への干渉を極力減らしている。

 ある意味、この世界の自主性に任せているが、俺達はこの世界の住人だ。一緒に暮す以上、簡単なアドバイスはしていくべきだろうな。 

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