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#489 動き出した製鉄所

 


 夏も終わりに近付くと、作業員達も自分達の仕事が何なのかを理解し始めたようだ。

 作業を分割していったから、作業員一人一人の役割は以外に単純だからかもしれない。それでも鉄鉱石の運搬に使う小船の操作は難しいようで、到着予定時刻が大幅に遅れている。慣れるまでには荷車を使った運搬も行わなければなるまい。

 

 「どうじゃ。そろそろ準備を始めても良い様な気がするがのう?」

 製鉄所の事務所に集まった面々を前に、ヘンケンさんが俺に提案してきた。

 

 「そうですね。高炉に薪を入れますか。反射炉も入れておきましょう。」

 「薪を積んでコークスじゃったな。薪の高さは8D(2.4m)もあれば良かろう。コークスは?」

 「握り拳程のものを3D(90cm)程で…。真ん中に穴を開けておいてください。」

 「了解じゃ。」


 高炉の煙突から薪を入れて内部で井形に組み上げるみたいだ。薪の最上部は一列に並べてその上にコークスを投入していく。

 真ん中に太い柱を入れておき、最後に柱を引き出せば真ん中に穴が空く。

 コークスは石炭よりも火の付きが悪い。上手く火が点かなければ最初からやり直しだ。


 そんな作業をする事で、改めて作業員達は高炉の大きさに気付いたようだ。

 それでも10日程すると高炉と反射炉の稼動準備が終了した。高炉の投入口近くにある鉄鉱石とコークスの一時置き場にはバケツ10杯程の材料が積上げられているし、その下には荷馬車3台分の材料が置かれている。


 そして、体育館程の広さを持つ高炉を納めた建屋に関係者一同が集まって、いよいよ火入れが始まる。

 4つの神殿の神官達に無事稼動出来る事を祈ってもらった後に、アトレイム国王によって銑鉄の取出し口から火種を入れてもらう。


 畏まった顔つきで国王が長い棒の先に付いた火種を高炉の中に入れるのを、シグさんがおかしそうに見ている。

 それでも、集まった2千人を越す人々は、無言でその作業を見守っていた。

 

 どうやら無事に、薪の中に入れておいた油を浸み込ませたボロ布に日がついたようだ。

 アトレイム国王がホッとしたような顔で、点火棒をヘンケンさんに渡している。


 火は煙突効果の助けで薪に燃え広がり、銑鉄の取出し口からはヒューっと音を立てて風が高炉に流れ込む。


 「風の神の祝福ですかな。」

 その音を聞いて神官が呟いた。

 「火の神の祝福も炉の中から聞こえてきますよ。」

 そう返事を返したのは火の神殿に仕える神官だろう。そして、これから送風を開始するためには水の加護が必要だし、これからの20年の稼動には耐火レンガという土の加護も必要だ。


 「だいぶ風を吸い込んどる。送風を開始するぞ。まだ薪の段階じゃ。規定の3割で行くぞ!」

 ヘンケンさんの指示で、作業員が5つ並んだ身長程のレバーの一つをゆっくりと倒す。

 一人の作業員が銑鉄の取出し口を閉じると、その上部に空いた小さな炉内の覗き穴を開く。

 

 「炉内温度600を越えました。更に上昇中です。」

 放射温度計で炉内温度を計測した結果を俺達に大声で伝える。


 「800を越えても上昇するなら、送風量を減らそう。先ずは火床を作る。そして幾ら耐火レンガでもそれを囲うレンガは普通のものだ。急激な温度上昇で破損するのは不味い。」

 「そうじゃのう。前もって、送風量を少し減らすか。」

 

 ヘンケンさんが作業員に指示を出して送風量を制御するレバーを1つ元に戻した。

 「これで、約2割じゃ。」


 「炉内温度700。温度上昇速度はゆっくりです。」

 のぞき穴から炉内温度を測っている作業員が、再度大声で俺達に伝えてきた。


 俺は作業を見守る者達に振り返る。

 「今の所、順調です。これから2日程かけて炉内の温度を少しずつ上げていきます。」

 「何時頃、鉄を取出せるのだ?」


 「そうですね。3日目から鉄鉱石を投入していきます。早ければ10日後には流れ出る鉄が見られますよ。」


 俺の言葉に王族と御用商人達は満足そうな顔になるが、その目は絶対見にくると言っているように思えるぞ。


 製鉄所のセレモニーが終ると、製鉄所内の広場に造った天幕の下で宴席が始まる。

 アトレイム国王の主催だから、ご馳走が山のようだ。

 

 製鉄所をディーに頼んで、俺とヘンケンさんは作業員の半数を引き連れて宴席に出る。一旦、火を入れたら止められないから、宴席への出席も交代だ。余り酒は飲まないようにと、あらかじめクギも差しておいた。


 アトレイム国王の挨拶と乾杯があり、料理を食べる人達を前に、俺が製鉄所の概要を説明する。

 それが終れば、後は宴会だ。今回は高炉の運転があるから、俺達は適当に食べ物を摘んで早々に宴席を抜け出した。


 高炉の建屋に入ると、ディーが高炉を睨むように腕を組んで立っている。

 「どんな具合だ?」

 「炉の下部温度は約600。中心の火床は820で安定してます。炉頂で500。煙突出口は150前後です。」

 

 「コークスに火が点いたようじゃな。」

 「下の薪が崩れたらコークスを投入しましょう。」

 

 マニュアルは書いてもらったが、その通りにすれば良いというようなものではない。マニュアルの行間にも、作業が潜んでいるのだ。それは俺達が状況を見ながら判断しなければならない。

 そして、一度動き出した炉は止められない制約を受けるから、俺も含めて関係者の内心はかなり緊張している。


 結局、俺とヘンケンさんは高炉の隅で一夜を明かす事になった。

 俺達が休憩している間も、ディーは高炉の前に陣取りジッと炉壁を見詰めている。たぶん、サーマルモードに視野を変えて、炉壁に異常な熱が伝わっていないかを確認しているんだろう。

 

 「どうやら、薪は燃えきったぞ。現在はコークスだけが燃えておる。」

 「バケツ30杯程投入しますか。」

 

 バケツと言っても、ちょっとした箱だ。45×30×30cmだから、1杯で40ℓ程の要領になる。炉の内径が2.4mだから、炉内のコークス高さが30cm程上がる筈だ。


 「左右でバケツ15じゃ。」

 ヘンケンさんが上部の投入口で待機している作業員に大声を上げる。

 メガホンを作ってやるべきかな。

 

 「ディー、炉壁にホットスポットは無いな?」

 「現在、炉の表面温度は80です。自然空冷で温度の上昇は90前にプラトーを迎えると推定します。」

 

 耐火レンガを支えるレンガには円周上の8箇所に10cm程の空洞が開いている。熱の放散を促がすものだが、自然対流と煙突効果で、きちんとその役目を果たしているようだ。

 問題は、炉内温度を1,500程度に上昇させた時だ。場合によっては強制空冷にしなければならないだろう。

 そして、高炉に吹き込む圧縮空気も、この空洞内を鉄管で通って、炉の湯溜りの少し上から噴出している。吹き込む空気温度を上げる工夫だが、炉壁の温度上昇を押さえる働きもしているのだ。


 中々順調のようだ。

 建屋の外に出て高炉の煙突を見上げると、白い煙が真直ぐに上がっている。

 確か、あの煙は一酸化炭素だよな。

 【メル】出作った炎弾を集束させて、煙りに向かって放つ。

 煙の中を通過した途端に煙が無色になった。どうやら火が点いたらしい。ガスの炎は初秋の太陽の下では殆ど見えないが、夜になれば薄い炎が見えるだろう。

 これで鉱石の還元作用は設計通りに行きそうだな。

 

 昼近くなって、ヘンケンさんが仮眠所から帰って来た。

 「どうじゃ?」

 「問題なし! 順調ですよ。先程、バケツ30杯を追加した所です。」

 「うむ、…どうじゃ、温度を上げるか?」


 「そうですね。送風量を4割に上げましょうか。」

 俺の言葉にヘンケンさんが頷くと、作業員に送風量を制御するレバーの操作を指示する。

 「良いか! レバー2つじゃ。4割じゃぞ。」

 送風量が増したのが炉内に吹き込む空気の音で分る。

 

 「炉内温度上昇中。現在900…さらに上昇中です。」

 刻々と上昇する炉内温度をディーが機械的に告げる。

 そして、炉内温度は1200で安定した。


 「これで、様子を見ましょう。」

 俺の言葉にヘンケンさんが頷く。

 しかし、この場に指揮所を作った方が良いかも知れないな。

 

 「ヘンケンさん。ここに櫓を作りましょう。ここで指示するよりも高い場所で全体の作業を見ながら指示した方が見落としが無さそうです。」

 「確かにそうじゃな。まだ、本格運転している訳ではないから、作るなら今の内じゃな。待っとれ、ちょっと出掛けて頼んでくる。」


 そう言って建屋を出ると、直ぐに大工の親方を引き連れてきた。

 「櫓を作るんだって?」

 「えぇ、そうです。この辺りに高さ10D位で上部の広さが10D四方の櫓が欲しいんです。出来れば周囲に手摺を付けてください。」 

 「分った2日程待ってくれ。」

 そう言って、大工の親方は建屋を出て行った。


 「後は、怒鳴らなくても良ければな。」

 「それは、ちょっと俺に考えがあります。少し、この場を離れますが大丈夫ですか?」

 「あぁ、しばらくは大丈夫だ。」


 俺はディーを呼ぶと建屋の外に出る。

 「ディー、急いでバビロンを往復してくれ。メガホンと笛を20個程欲しい。」

 「了解です。メガホンの拡声機能は要求しますか?」

 「いや、単純に円錐2つの構造で良い。両方とも紐で首から下げられると良いな。」

 時間があれば作れるが、今は時間が惜しい。

 バビロンに協力してもらおう。

 直ぐにディーが事務所近くに停めてあるイオンクラフトで東南東に飛んでいった。

               ・

               ・


 2日後、俺とヘンケンさんは櫓の上に設置したベンチに座っている。

 ベンチの前にあるテーブルにはカップとお茶の入った水筒がおいてあった。

 テーブルには時間経過と炉内温度のグラフがある。1時間ごとに測定した値を記録しているのだ。

 

 「うむ。1500で安定しておる。次ぎに風量を上げて6割りにすれば、温度は1700近くになる筈じゃな。」

 「鉄は1500を過ぎた辺りで溶け始めます。いよいよ、始める事になりますよ。」

 「よかろう。だいぶ待ったのう。…で、どれだけ投入するのじゃ。」


 「鉄10にコークス30…。先ずは、これで行きましょう。」

 「様子を見ながら比率を決めるのじゃな。」


 俺に向かって笑いを浮かべながら席を立つ。首から下げた笛をピィーーっと吹く。

 そして、手摺にぶら下げたメガホンを掴むと炉の投入口にいる作業員にメガホンで指示を出しながら、赤い小旗を振る。


 「初めるぞ! 赤が10じゃ!」

 その声で作業員達が一斉に動き出した。

 赤は鉄鉱石の符丁だ。コークスは白になる

 投入口には簡単なカウンターがあるから、それで投入分量を計測する。カウンターと言っても鉄棒に5cm程の孔の開いた木製のボールを10個横に並べた物を縦に3段並べた物だ。これでもバケツ1個分を投入するたびにボールを横に動かせば立派なカウンターとして使える。

  

 左側の櫓の上で、黄色の旗が振られる。あれは終了の合図だな。

 そして、右側でも旗が振られた。これで、バケツ10杯分の鉄鉱石が高炉にとうにゅうされた事になる。


 再びヘンケンさんが笛を吹く。

 「白が30じゃ。繰り返す、白が30じゃ。」

 

 再び作業員が動き出す。

 コークスの投入が終わった時、送風量を6割に上昇させた。


 監視用の孔で内部の温度を計測した作業員が、メガホンで俺達に温度を伝えてくれた。

 「1550…少しずつ温度が上昇しています。」

  

 俺は片手を上げて了解を伝えた。

 グラフに経過時間と投入量と温度を記録しておく。

 「さて、どこまで温度があがるでしょうね。」

 「少し、炉内が詰まってきたからのう。風量を上げても今度はそれ程上がらんじゃろう。」


 「1時間程様子を見て更に鉄鉱石とコークスを投入します。」

 「了解じゃ。その間に作業員を少しやすませようかの。」

 

 そう言って櫓を下りて、下にいた作業員と話し始めた。

 たぶん、半分ずつ後退で休ませるのだろう。

 次の交代時間まで後3時間ほどあるから、今の直をこなす作業員にはもう一度鉄鉱石とコークスを投入して貰わねばならない。メリハリの利いた仕事は作業ミスを減らすのをヘンケンさんは経験で知っているようだ。

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