#476 町1つ?
修道院の一室で、デュオンさん、マリアさんと一緒にお茶を飲んでいる。
新年を迎え、修道に初詣に来たのをマリアさんに知られてしまったらしい。帰り道で待ち構えていた修道女見習いの女の子に、この部屋に案内されたのだ。
「しかし、アキト様の国の風習は、見習いたいものですね。」
「ははは…、たぶん王都の姉貴達や、アテーナイ様達は神殿に出掛けていると思いますよ。もっとも、その後に頂くゼンザイ目当てだと思いますけど。」
「例え、他の目的があっても、一年の最初を神殿への祈りから初めるのは尊い事だと私には思えます。」
そう言って優しい目で俺を見るマリアさんは、かつての娼婦の元締めとは思えない。たぶん、この姿で王都を歩いても誰も気付かないし後ろ姿に手を合わせる人もいるんじゃ無いだろうか。そんな優しさに溢れた気がマリアさんから溢れている。
「そうは思いたいですが、大きな深皿で食べる姿を見ると…。」
「それは他人には判りません。市民達の見る姿は、神殿で祈る王族とアキトさんの身内だけでしょう。その祈る姿に自ら手を合わせる者もいる筈です。…なるほど、国民の模範となる、良い風習だと私は思いますよ。」
そう言ってデュオンさんが顔をほころばせている。
確かに世間から見れば、ぞろぞろと連れ立って神殿を回りながら祈るんだから、敬虔な信者に見えなくもないな。
神殿としては、それだけでも市民を神殿に向かわせる効果があるという事で風習として定着させたいと思っているのかも知れない。
そんな、朝の出来事があったけど、製鉄所の仕事は今日は臨時のお休みだ。
たった1日の臨時休業だから、皆宿舎でのんびりしているだろう。
別荘で俺の世話をしてくれているジーナさん達は昨日から実家に帰っている。夕方いは戻ると言っていたから、今日は俺ものんびりと過ごせるな。
朝食と昼食は黒パンでも焼けば良いだろう。
誰もいないリビングでスティックコーヒーをカップに入れてタバコを吸いながら、製鉄所の全体計画を再度検討する。
全体行程はコニーちゃんがチェックしているから、その進捗は任せられるが取りこぼしは彼女に判る筈も無い。
計画全体に忘れている事が無いかを探すのは俺の仕事だ。
製鉄所全体をブラックボックスと考えて、入出力を考える。入力は石炭と鉄鉱石それに石灰石だ。出力は鉄とスラグだな。
このブラックボックスの運転管理に必要なものは水と人だ。
水車を動力源としているが、かなりな部分を人力で動かさなければならない。
そして、製鉄所が24時間止まらずに動くから、交替勤務をしなければなるまい。さらには故障した部品を素早く修理する部隊も必要だ。
製鉄所が稼動するのは来年だ。それまでに作業員の目処を付けるのが今年の仕事になりそうだな。まぁデリムさんやヘンケンさんと調整すれば良いだろうが、どう考えても千人近くなりそうだ。従業員の家族を考えると町が出来るぞ。
地図を開いて、町を作る場所を探す。
出来れば計画的な町作りをしたいものだ。少しずつ人が集まって村や町が出来るのではなく、最初から町を作るのだ。町には何が必要か、どんな職種の人が必要なのか。これは、製鉄所には直接関わらないが町を永続させる為にはどうしても必要だ。
更に、高炉や反射炉の再建が俺達に出来るかについても考える必要がある。現時点では製作出来ない耐火レンガを何時までもバビロンにお願いするのも問題だ。
出来れば、耐火レンガを劣化版であっても俺達で作りたい。その目標は、開発者は…。
先が長いな。まだ、製鉄所を立ち上げるのは少し早かったかな。
「どうした?…1人じゃと覇気が無いのう。」
テーブルの向かい側に何時の間にか長老が座って俺を見ていた。
「ちょっと、重大な事を失念していたのに気が付きまして、相変わらず表面ばかり見ていたようです。」
「その若さで、物事の全体を一人で見よう等とは思わん事じゃ。ワシでさえ出来ぬ事、それに気付いて自責の念に捕らわれるとは、指導者の器には程遠いぞ。」
と言われても、俺は指導者になろうなんて考えていない。のんびりと田舎で暮らしたいと思ってるだけだけど。
「まぁ、今回は気付きはしましたが、中々難しい事になりそうです。」
「この世界であれば、アキト達が作る製鉄所は国家事業じゃ。アキトの知る製鉄所とは比べ物にならぬが、一国の作る鉄を一月掛からずに生産してしまう。その為に必要な人員を確保するならば、各国の余剰となった者達がいるじゃろう。最初はその者達を使い、彼らの生活、収入を確保してやれば良いのじゃ。国王に相談するが良い。」
余剰って、軍縮で余った兵隊達の事か?屯田兵にするような話を聞いていたが、耕す土地が足りないって事かな。
「連合王国とすることで各国の軍隊を統合。そして不要となった部隊は屯田兵として辺境の守りに付くと思っていましたが?」
「その考えで行くと、叛旗が広がる事も考えねばなるまい。開墾する土地が必ずしも農耕に適した土地とは限らぬ。国王達も問題視している筈じゃ。アキトの申し出は彼らにとっても渡りに船じゃと思うぞ。」
しかし、町を作りたいんで住人が欲しい、何て言い出したら気が違ったかと思われそうだな。
少し、資料を準備して頼んだ方が良さそうだ。
長老に礼を言おうとテーブルの向うを見たら、既に長老の姿はなくなっていた。
何時もの事だ。
「ありがとうございます。」
俺は、テーブルの向かいの席に、そう言って頭を下げる。
製鉄所で働く作業員の総数考えるには、作業員の職種を考えれば良いだろう。
高炉に原料を投入する者、炉の銑鉄の状態を監視する者、そして銑鉄やスラグを取り出す者。送風や塔頂の炎を監視する者も必要だ。
反射炉は…高炉よりは少なくて済む。そして、原材料のトロッコを動かす者、銑鉄を入れたトロッコを運ぶ者、倉庫番もいるな。…港への運搬だって必要だろう。
それに、ケーブルカーモドキを動かす者も必要だ。修理を担当する者もいるぞ。用水路の維持も人手がいるし、輸送船の運航にも人がいる。
次々と作業員の種類をメモ用紙に書き込んでいく。チーム編成とその人員をその隣に書き込んだ。
これを基に、事務所で考えて貰おう。
そして、町だが…、丘の上の貯水池に隣接するのが一番だと思う。
ケーブルカーモドキをもう1つ作って通勤用にすれば良い。
距離は1km位離れるけど、それ位は歩いても良いと思う。平らな土地だし、用水路に隣接した道を辿れば王都にも行く事が出来る。
水は豊富だから、野菜も作る事が出来るだろう。
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「町ですか?」
「確かに、この設備が動き出すとそれなりの作業員が必要になるのう。」
休み明け早々に事務所を訪ねて、俺のメモを見せながら従業員用の町を作る事を告げた。メモはコニーちゃんが机に持って行き、キャラちゃん達と相談しながら算盤を弾いている。
その後ろでシグさんが3人の様子を見ながらメモやチーム編成の修正をしているようだ。
俺達3人は、何時も通りのテーブルでどうなる事やら成り行きを見守っている。
後2年で町を作ると聞いた時の5人の反応は、驚きを通り越して呆れ果てていたが、俺の説明で、なるほどと最後には頷いた。
「確かに、丘の上の貯水池周辺は平らな土地じゃ。暮らすにはよい所じゃろう。」
「ですが、軽く見積もって千人ですか…。家族を含めると5千人規模の町ですよ。簡単に出来るのでしょうか?」
「一応案を持ってきました。貯水地の東に広場を設けてその東に通りを作ります。その通りから北に何本か通りを作れば町は北東に伸びていきます。貯水池の西には畑を作って製鉄所と町に野菜を供給します。」
「西の通りは1つなんだね。農家だけをこちらに移すという事か…。」
「運搬船の荷役は東側を使うのじゃな。この3つの建物は?」
「喫茶店と食堂です。貯水池を眺めながら、たまにはお茶や食事も、と思いまして。」
「商人も必要ですね。御用商人と小商いの住み分けも必要でしょう。」
「工房もじゃ。木工と鍛冶は無くてはならぬ。今の工房は製鉄所専任じゃから、他から来て貰わねばならぬな。」
「出来ましたわ。…製鉄所には1,250人。国境の用水路から運搬船を運ぶ要員が30人。それに、荷役の要員が50人必要になります。都合、1,330人を集めないと製鉄所が動かない事になりそうです。」
「場合によっては、町の規模が1万人になりそうじゃな。さてどうする?」
「国王に頼んでみようと思います。軍縮の余剰人員を全て屯田兵にするには少し無理がありそうです。説明して屯田兵をこちらに回して貰おうと思っています。」
「それが一番だと私も思います。宜しければ私も同行いたします。この人員を積算したのが私であれば父王も納得してくれると思いますから。」
「でしたら、直ぐに出掛けましょう。何しろ後2年しかありません。」
シグさんは、少し準備があるようだ。キャラちゃん達に指示しながら、簡単なメモを作り始めた。
その準備が出来るまで、俺達はお茶を飲んでタバコを楽しむ。
「酒場がいるぞ。これは3つ程必要じゃ。」
自分の楽しみをこの機会に提案しているな。
「宿も必要でしょう。これは2つ作って、経過を見て増やす事になりそうです。」
「分神殿と学校も作らないと不味いですよ。」
俺の言葉に、2人とも同意して頷く。
「確か土の修道院が東にありましたね。」
「そうじゃ。となると残りの3つの神殿が色々と言って来る可能性があるのう。」
そう言って俺を2人が見詰める。
ひょっとして根回しをして来い。と言っているのか?
「モスレムの大神官を訪ねて来ます。分神殿について聞いてくれば宜しいですね。」
「頼みます。」
そう言ってデリムさんが頭を下げる。
これも仕方がないか。
「出来たわよ。ちょっと待ってね。用意してくるから。」
そう言ってシグさんが事務所を出て行った。
着替えでもしてくるのかな?でも、バジュラで行くからさっきのままでも良いような気がするけど…。
しばらくすると、シグさんがお待たせ!って言いながら事務室に入って来た。
何も変わったところが無いように思えるけど、準備が出来たのならば、と俺も席を立つ。
「では行ってきます。モスレムを回りますから、3日程掛かるかも知れません。」
「あぁ、頼みましたよ。王宮には無線機で連絡を入れておきます。」
俺達は事務所の外に出ると笛を吹いてガルパスを呼ぶ。
やってきたガルパスに乗ると、一気に丘を駆け上る。シグさんも十分亀兵隊に慣れるだけの技量はあるようだ。
出来れば、ミーアちゃん達を手助けしてもらいたいものだが、本人はあまり軍隊が好きでは無いらしい。
用水路の計画地には1M(150m)程の距離をおいて杭が打ってある。その杭に沿って北上すると、向うから土煙が上がってくる。
段々と近付く姿を見て納得した。ロイ君達だな。たぶんヘンケンさんに用を言い使って工事現場に行って来たんだろう。
すれ違う際に片手を上げるのがガルパスを駆る者達の挨拶だ。
そんな挨拶を俺達にすると真直ぐに南へと走って行った。デリムさんの末弟という事だが、中々俺達の役に立ってくれる。
キャラちゃんにお小遣いを上げてね。って言ったところ、ちゃんと給与を与えていると返事が返って来た。
役割に応じた給与をきちんと支払っているらしい。
当然、私達も頂いています。と言っていたが、俺は貰っていないぞ!
帰ったら1度聞いてみよう。
1時間程走ると用水路になる溝が見えてきた。用水路のレンガ張りは更に上流側で行われている筈だ。ここからでは見ることが出来ない。
先行しているシグさんが右に逸れていく。ショートパスするのかな。俺も遅れないように後を追い掛けた。
遠くに王都が見えてきた。
シグさんは今度は東に進路を取る。このまま走れば直ぐに街道に出るだろう。
どうやら、畑を踏み荒らすのを避けたようだ。街道に出て北上を始めたら直ぐに畑が街道の両側に広がっている。
王都の大きな門を通過して広場に到着すると近衛兵が慌てて俺達の所にやってきた。
どうやら、門で止まらなかったのが原因らしい。不審者と思われたのかな。
「これは、シグ様にアキト様ではありませんか。どうぞお通り下さい。」
俺達の顔を見た兵隊はそう言って兵隊達を下がらせた。
「申し訳ありません。至急の用事が王宮にありましたので。」
「そうでしょう。でも、大通りはゆっくりお願いしますよ。」
したり顔でそう言ってくれた隊長格の近衛兵に頭を下げると、今度はゆっくりと大通りを歩いて行く。
それでも、大通りのど真ん中をガルパスに乗って歩く俺達を、大勢の人達が見ている。ちょっと恥ずかしくなってきたな。
南北に伸びる大通りを南門から入った突き当たりが王宮だ。
通りが尽きた場所は大きな広場になっていて、王宮側には低い鉄柵が続いている。
その柵にある門に近付くと、直ぐに近衛兵が扉を開けてくれた。
その場でガルパスを下りると、シグさんと一緒に広い庭を王宮の玄関に向かって歩いて行った。
「お待ちしておりました。さぁ、国王夫妻がお待ちかねです。」
初老の執事がそう言って俺達を玄関先で迎えてくれる。
執事に従って王宮の中を歩いて行くと、2階の通路に近衛兵が2人立っている。
その前で立止まると、短かい会話を近衛兵と交わす。
トントンと扉を近衛兵が叩き、扉越しに俺達の来訪を告げた。
内側から扉が開かれ、中の近衛兵が俺達に一礼する。
「どうぞ中へ。」
俺とシグさんは近衛兵の案内で部屋の中に入る。
5人位が掛けられるテーブルセットに国王夫妻がお茶を飲んでいた。
「しばらくだな。シグも頑張っているようじゃないか。」
そう言って、俺達に椅子を示す。
シグさんと一緒に勧められた椅子の傍に行くと、座る前に一言礼を言う。
「この度は、急な会見を求めて申し訳ありません。俺達で何とかしたかったのですが、国王にすがった方が良いかと思い連絡した次第です。」
「まぁ、座ったらどうじゃ。じゃが、王宮は浮ついておる。困った事になったので2人で王宮に向かったと知らせが届いた時には、王宮に衝撃が走ったぞ。アルト様をさておいてシグが…、となればモスレムとの一戦は覚悟せねばならぬとな。それで、本当の所は?」
どんな連絡をしたんだ!
シグさんなんか顔を赤くしているぞ。それを御后様がにこにこして見ているって事は…。
「とりあえず誤解は解いておきます。国王に相談したい話は個人的なものではありません。俺達の大計画に関したものです。」
俺の言葉にガッカリしたような御后様は…、一体何を期待していたんだ?
「公的なものか、少しは期待していたのじゃが…。まぁ、そう気を落とすな。まだ先がある。」
そう言って御后様を慰めている。
「実は…。」
俺は、製鉄所の運営に必要な作業員の数を説明した。
途中から、シグさんが説明を引継ぐ。具体的な話はシグさんの方が適任だ。
「それはまことか?」
「それ程の人数を必要とするのですか。」
「俺の国では自動化と言って高度なカラクリを使っています。施設は巨大ですが作業員を見掛けない程少ない人員で鉄を生産します。ですがそんなカラクリ技術を連合王国は持ちません。俺も失念していました。人に代わるカラクリならば、カラクリの作業を人が受け持つ他に手はありません。」
「それはそうじゃが、町1つを作る事になるのか…。確かに我に相談する件ではあるな。だが、村なら何とか出来ようが町の規模では我が国一国では無理じゃ。
他の王族達とも相談せねばならぬじゃろう。そして、各国の屯田兵計画とも関わる事になるじゃろうな。まぁ、一月程待つが良い。」
という事で、この件は国王に預けたぞ。
課題を預ければ後は状況の説明だ。全体の構想を聞きながら国王夫妻が相槌を打ってくれる。
「季節毎に皆で浜で焼肉を食べるのじゃな。それは是非とも参加するのが国王としての務めのような気がしてきたぞ。」
そんな事を言い出して、御后様に諌められている。
この国の国王は庶民的なんだか、面白い事が好きなんだか…。たぶん後者だな。
「次のパーティには、お誘いします。ですが…。」
「判っている。酒はたっぷりと持って行くぞ。」
果たして、ちゃんと来てくれるかどうか。それでも伝えておけば、酒位は送ってくれるだろう。
その時は、そう思っていたのだが、後で考えたらずいぶんと甘い考えだったようだ。




