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#468 シグさんとデリムさん

 


 バジュラを疾走させるのは久しぶりだ。

 ガルパスの中でも、バジュラの大きさは突出している。嬢ちゃん達のガルパスより二回りは大きい。ミーアちゃんから聞いた話だと、このガルパスとは誰も友達になれなかったらしい。俺がダメなら単なる使役獣として使われる予定だったらしいが、勿体無い話だ。

 

 時速40km位だろう。だが、目線が低いから体感速度は遥かに速苦感じられる。

 3時間も掛からずに国境の橋を渡って、エントラムズの領内に入る。30程走って街道に出ると、今度は西に進路を変えてアトレイムを目指す。


 街道沿いの休憩所で一休み。

 バジュラを下りると、鞍に結わえてある袋から4つ切りのキャベツのような野菜を取り出して、バジュラに与える。

 モシャモシャと食べる姿に微笑みながら、休憩所の林の藪から薪取りをして焚火を作った。ポットに水筒の水を入れると、焚火の脇に腰を下ろしてタバコを取り出す。


 一服しながら待っていると、直ぐにお湯が沸く。

 姉貴に貰ったスティックコーヒーを、シェラカップに入れてお湯を注ぐ。

 いい香りだな。

 

 「済まない。俺達も焚火を使って構わないか?」

 「えぇ、どうぞ。お湯なら2人分はありますよ。」


 俺に声を掛けてきたのは、30前後の2人組みのハンターだった。

 早速、ポットのお湯でお茶を作っている。

 

 「ありがとう。これは返しておく。…ガルパスで街道を使うという事は、亀兵隊員なのか?」

 「いや、俺はハンターです。俺の仲間はカナトールの北の村にいるんですが、アトレイムに用があるので俺だけなんです。」

 そう言いながらポットを受取り、バッグの中に仕舞い込む。

 

 「そうか。俺達はアトレイムからエントラムズへの移動だ。アトレイムの狩場は限られている。余り西に行くと、碌な事は無い。アトレイムの先行偵察ならエントラムズの国境である南東の山脈がお薦めだ。1度行ってみると良いぞ。」

 「ありがとうございます。」


 俺は2人組に礼を言って、休憩所を立ち去った。

 どうやら、俺をチームの移動の先駆けと思ったらしい。親切にアドバイスをしてくれた。ハンター達はこうやって情報を交換しながら移動しているんだろうな。

 そしていつかは、自分にあった場所を見つけて伴侶とその町村に住む。と言うのが定番らしい。

 セリウスさんや、カンザスさんもそうしたんだろう。もっともセリウスさんの場合は、ちょっと場所が悪かったようだ。まぁ、退屈はしなだろうけどね。


 街道を西に走り、王都が遠くに見えたところで今度は南西に進路を変える。

 荒地を1時間程走るが、バジュラの速度は街道走る時と少しも変わらない。

 南に伸びる道に出会うと、今度は南だ。

 夕暮れ時に、俺は海辺の別荘に辿り着いた。


 別荘の低い塀に設けられた門を入り、小さな馬車溜りの真中でバジュラを下りた。

 直ぐに別荘を警備する近衛兵がやって来る。

 

 「シグルーン様がお待ちかねです。…ガルパスは私が責任を持ってお預かりします。」

 バジュラが大人しく近衛兵に付いて行くのを見て、俺は別荘の玄関の扉を開く。

 

 リビングに行くと、暖炉には火は入っていた。ここはそれ程寒くはないと思うんだけどね。

 リビングの端にある扉を開けてテラスに出ると、今まさに夕日が海に落ちる所だった。

 ちょっと感動の光景だな。

 沈む間際に、一瞬緑に輝いたような気がしたけど、気のせいかな…。


 「意外と、審美眼をお持ちなのですね。」

 若い女性の声に後を振り返ると、そこに立っていたのはシグルーンさんだった。

 もう20歳は越えているな。お嬢さんと言ったら怒られそうだぞ。


 「沈む夕日よりも、シグさんの方が綺麗ですよ。」

 ここは、見え透いたお世辞を言っておこう。あながち間違いではないし、そう言われて悪い気はしない思う。

 シグさんもニコニコしながら、お世辞がお上手ですね。って喜んでいるみたいだ。


 俺達はリビングに戻ると、窓際のテーブルに着く。

 直ぐに、侍女がお茶を持ってやってきた。

 近衛兵だけでなく侍女も連れて来たようだ。という事は、調理人も連れて来てるだろう。夕食は期待出来そうだ。


 「今日、ここに来られると聞いてやって来ました。製鉄を始めるそうですが、その具体案を聞かせてくださいな。」

 「確か、もう1人協力してくれると聞いています。」

 

 「彼ならもう直ぐ来るでしょう。…では彼が来る迄に、もう1つ教えてください。姉達の計画と、この製鉄は関係がありますか?」

 「直接的にはありません。しかし何れ繋がりが出来るでしょう。ブリューさん達の最初の運河はサーミストとモスレムの間になりますが、それが完成すれば運河は西に向かいます。エントラムズそしてアトレイム。」


 「鉄の生産が軌道に乗ればその運河を利用出来るという事ですか?」

 「国内はね。国外についてはこの西に出来た港が使えます。」


 どれだけリンク出来るかはちょっと俺には想像出来ないけど、鉄鉱石の輸送には役立つだろう。本当はカナトールにも運河を伸ばしたいが、それはかなり先になるな。


 「失礼します。デリム様がお見えになりました。」

 「ここに、通してください。それと、会談が長くなりそうです。夕食は7時に運んでくださいな。」


 シグさんの言葉に侍女が頷いてリビングを去ると、直ぐに1人の青年がやってきた。一応、村で算盤を教えたから俺達は顔見知りだ。


 「お二方ともお久しぶりです。父の名代でやって参りました。」

 丁寧に俺達に頭を下げるデリムさんに椅子を勧めて座ってもらう。

 

 「さて、私達は揃いましたよ。私はアトレイム国王の名代であると共に、商会の代理でもあります。デリムさんも御用商人達の集まりを代表出来る立場でいらしたと思います。そろそろ計画をお話下さい。」

 「確かにシグルーン王女の言われると通り、この件については全権を任されました。私の初めての大役ですから、是非とも成功させたいと思っております。」


 次の世代の育成を兼ねているという事だな。

 あまり、常識に捕らわれない世代である事を先ずは良しとしよう。


 「製鉄と言っても、簡単ではありません。確かに今でも鉄は作られています。ですが、今後の連合王国の発展には鉄は欠かす事が出来ません。

 それで、王都の工房が1年で作る鉄を1日で作れる程の製鉄所を作ろうと計画しています。」

 

 俺の言葉に2人が目を丸くする。

 「そんな大規模な製鉄炉を作ると、森林が無くなります。アトレイムはタダでさえ森林資源が少なく、カナトールから薪を取り寄せているのですよ。」

 「俺の計画している製鉄炉には木炭を使用しません。石炭を使うのです。しかし、石炭をそのまま使用する訳ではありません。石炭を蒸し焼きにしてコークスという材料に変えて使います。」


 「それに、それ程大きな炉では送風に人手が沢山必要です。結果的に高価になってしまうのではないでしょうか?」

 「送風には水車を動力源とした送風機を使います。この為に、カナトール国境から、製鉄所まで水路を作ります。」

 

 段々2人とも、身を乗り出してきた。

 疑問を投げ掛ければ、即答が返ってくる。これは、説得力を上げる為に必要な事だ。

 2人も、自分達がそれぞれの属する集団の代表である事を自覚しているから、質問の切り口は鋭い。


 「少し、我々が協力する理由が判ってきました。資金、組織力そして製品の運用ですね。」

 デリムさんが俺に告げた。

 「確かにその通りです。陶器作りにもそんな村人が協力してくれました。今回は貴方達2人に期待しています。」


 「引退した工兵隊長を仲間に引き入れたいと思います。彼を通して数名のドワーフに手伝って貰えば、用水路と炉の建設は何とかなるでしょう。」

 「ですね。では、私は作業員を集めましょう。1週間後に再度、この場所という事で宜しいですか?…それと私の妹に、デグリ殿の長女を参加させて頂きたいのですが。」


 ん?…女性2人をどうするんだ?

 「マイムとカネリーですね。私は良いですよ。村の屋台を一緒にした仲ですから。」

 シグさんの言葉に、あの2人だ。と頭に姿が浮かんできた。


 「2人とも、商才よりは事務処理の腕が高いのです。たぶん大掛かりな事業になるでしょう。1年程度で終わる物でもありません。全体の進行状況を帳簿上で把握する者がどうしても必要です。」

 「良いですよ。むしろ彼女達が使えそうだと思う者も呼んで貰うと助かります。」

 

 「とは言え、資金が必要ですね。父王はアトレイムの産業振興に寄与出来る。という事で、金貨200枚を私に託しています。」

 「私も、各国の御用商人から、各々金貨100枚。都合400枚を託されました。」


 俺の持ってきた軍資金と合わせると、金貨700枚か。出来れば中規模の商人達や庶民達から少しずつ資金を集めたかったのだが…。

 

 「当初の資金は必要でしょう。ですが全てを王国と御用商人達から供出して貰うと、その利益の分配は一部の者達に偏ります。

 そこで、俺達の村でしているような会社組織を作りたいのですが。」

 「あぁ、クォークさんから聞きました。確か株式会社と言う組織ですね。」

 「それは、どんな組織なんですか?」


 デリムさんが興味深そうに聞いて来た。

 「村人が銀貨1枚で会社の株という証券を買うのです。その資金で会社を運営し、利益は購入した株の合計数で割り、1株毎に分配します。今では1株、銀貨1枚以上の利益を分配していますよ。」


 「証券の発行額が問題ですね。それと、初期には利益が出ません。ある程度の手持ち金を持つ者に限定されますが、面白い資金集めですね。」

 「富みの格差は不平の元です。俺は少なくとも機会だけは均等にあるべきだと思っています。」


 「父王は利益を手中にしようとは思っていません。御用商人達も同じだと思います。」

 シグさんの言葉にデリムさんが頷いている。

 「ですから、この資金をこのまま使っても問題はありません。ですが、アキト様の考えが更に深い事も判りました。私達が託された半分を使いましょう。その資金が尽き掛けた時、株を募りましょう。上手く集まらなければ、残りの半分を使えば良いのです。」


 「そうですね。私も賛成です。」

 「俺も、それで良い。だけど、最初の拠出金も株の購入として扱って欲しい。それと、少なくとも、全員に給与を払って欲しい。中隊長の給与が我々という事で、後は仕事に見合った給与で良い筈だ。もっとも、俺は何時もここにいられるわけではないから給与は無しだ。」


 「そうも行きません。これは妹達に任せます。彼女達なら仕事量を的確に評価してくれますよ。」

 能力給になるのかな?どう評価するんだろう。ちょっと怖い感じがするぞ。

 

 気が付くと、何時の間にか8時を回っていた。

 そんな時間に気が付いたシグさんが慌てて侍女達の所に走っていく。

 そして、俺達の遅い夕食が始まった。


 久しぶりの魚介のスープが懐かしいな。ハムを挟んだ白パンは柔らかすぎるぞ。

 最後に、ピザが出て来た。

 これは、あの時手に入れたチーズで俺が作ってから広まってるらしい。

 チーズの購入は今の所は商会の独占だ。あの青銅の板がある限りそれは続くのだろう。


 「これは美味しいですね。王都で1度頂きましたが、これはそれよりも遥かに味が濃いです。商会より入手した8割を買い込んでいますが、中々このようにして頂く機会が無いのが残念です。」

 「でしたら、作ってはどうですか?…作った事はありませんがどうしたら出来るかは教える事が出来ますよ。」

 

 「ちょっと待ってください。それは、出来れば商会に任せて頂けませんか?…商会としても供給量に問題があるのは自覚しているのです。」

 「これは、ちょっと引く訳には行きませんね。アキト殿が教えてくれるといっているのです。」


 そう言って俺の顔を見る。シグさんも俺を睨んでいるぞ。これは困った事になってしまった。

 だが、チーズ作りは酪農だ。商人には、その流通を任せれば良いんじゃないかな。酪農は…、屯田兵に行なって貰えば良いだろう生産が軌道に乗るまでの援助で引き受けてくれるだろう。そして流通を制御すれば大幅な値崩れは防げる筈だ。

 

 「どうでしょう。これも会社を作っては。商会と商人達で資金を出し合ってチーズ作りを屯田兵にお願いすれば、彼等も収入を得る新たな手段となるのですから協力してくれるでしょう。」

 

 俺の提案に2人が頷く。この話も互いに持ち帰って相談するみたいだ。

 鉄と比べるとスケールが小さい話だけど、食べるものだけに相談が纏り易い。そして、計画に必要な屯田兵の隊長辺りを紹介して欲しいな。

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