#467 悪魔
連日トンネル探索に明け暮れている時、久しぶりに哲也からメールが届いた。
どうやら、移動手段を確保したらしい。添付されていた写真には円盤型のイオンクラフトらしい乗り物に乗った哲也が、嬉しそうにピースサインを出している姿が映っている。
『…どうにか核爆弾を運ぶ手立ては出来た。これから、南へ移動するが、南に下がるにつれてもう1つの人間達に出会ったぞ。その姿を映した写真を送るから吃驚するなよ。
彼等を、リザル族のような遺伝子変異と見るには、あまりにも異質だ。まぁ、顔が腹にあるゴリラもいたけどな。
そして、文化を持っている。鉄器は作るし、頭に羽を飾る者もいるからな。
だが、極めて好戦的だ。
俺達の篭っている洞穴にも、度々攻撃を仕掛けてくる。連中の体力はトラ族に匹敵するし、攻撃魔法はエルフ並に多彩だぞ。
俺は、彼等を魔族と呼ぶ事にした。
遠い将来においては、明人達の王国と覇権を争うかも知れないな。俺達は彼等の情報を集めておく。明人も、少しは対策を考えておけ。』
「ホントだ、更に画像データがあるわ。」
情報端末を操作して姉貴が次の画像を表示する。
そこに映し出された画像は…、数人が集まって何やら話し込んでいる所を望遠で捉えたように思える。
数人とも痩せた姿で灰色の皮膚に綿の上下を着込んでいる。
そして、頭には小さな角があった。2本が頭の両脇から伸びる者、額から1本延びる者がいる。
やや猫背で、トカゲのような尻尾を後ろに伸ばしていた。
「…悪魔!」
「そんな風に見えるね。だが悪魔って背中に翼があった?」
男たちの背中には折畳まれた、蝙蝠のような翼がある。
「確か持ってる筈よ。…でも、何故こんな魔物がいるの?」
前の世界でも悪魔、邪悪なる者の存在は伝説にしばしば登場する。魔法もそうだ。
俺の見解では、歪みは昔からあった。そして時々他の平行世界からそんな能力を持った者たちが俺達の世界に紛れ込んだと思っている。
となれば、魔物…いや悪魔か、そんな存在がこの世界にいても何ら不思議ではない。何せ、もう1つの歪みの近くなのだ。
そして、悪魔という種族であれば伝承の伝える通り、強力な魔法を使えるのだろう。
哲也達は、一切の魔法を使えないけど…、そんな者達を相手にして大丈夫なのだろうか?
俺達には仲間もいるし、協力者だって大勢いるが、哲也達はたった2人だけだ。
「ふ~ん。レールガンの低速だと、彼等の作る結界に弾かれるそうよ。確か低速は秒速千mだって聞いた事があるわ。ボルトが利かないわね。」
意外と冷静に対処方法を考えているようだ。
大陸が離れているから近々にそのような事態は生じないと思うけどね。少なくとも無寄港世界一周の船旅でもしよう何て思わない限り、悪魔達と合う事も無いだろう。
とは言え、いずれは衝突する事になるだろうな。
トラ族の身体機能で魔法はエルフ並みとは、後の連中は苦労するだろうが、知恵と団結で何とかして欲しいものだ。その為にも教育は重要だと思う。
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「邪魔をするぞ。」
そう言いながらアテーナイ様が入って来た。
ディーが案内して席を勧める。
そんな事をしなくてもアテーナイ様は、俺達の家を自分の離れの一部と勘違いしているみたいだ。自然と何時もの位置に座って、興味深そうに情報端末の画像を眺めている。
「これは、幼少の折乳母から聞いた魔族の長にそっくりじゃな。」
「この画像はユング達が送って来たものです。何でも、トラ族の身体機能にエルフの魔力とか言ってました。」
「さもあろう。伝承にある魔族達の力は我等を遥かに凌駕するものであったらしい。…だが、爆裂球を使う事で押し返したとある。そうか、このような姿であったのじゃな。」
そういえば、千年以上前に魔族との戦があって…、今の王国があるんだよな。
だが、その時の魔族は…、この哲也達が送ってきた画像の姿だったのだろうか?
もし、そうだとすると、こちらの大陸にもある程度の魔族が残っているような気がするぞ。そして、あれだけの長旅を2回も行なったのに悪魔の姿は無かった。哲也達の画像ライブラリにも無かったな。
となると…、大陸を渡って来たのか?
大勢の魔族を従えてベーリング海峡を越えて来たという事か。その時、魔族を率いていたのが、哲也が送ってきた画像の奴だとすれば、悪魔の数は少ない筈だ。
そして、大戦に負けて率いてきた魔族だけが残ったのではないか?
ちょっと興味があるな。後でカラメルの長老に聞いてみよう。
「まぁ、この付近には居らぬじゃろう。ご先祖に感謝せねばなるまい。
それで、今日訪ねた訳は婿殿に頼まれた協力者の件じゃ。御用商人達が乗り気じゃ。確かに、大きな利益が出るじゃろう。アトレイム国王も賛成しておる。まぁ、資金調達は問題ないのじゃが、関係箇所に利益を上手く分配出来るような仕組みにせぬと、後々恨みを買いそうじゃな。」
「それって、参加したいと言う者達が大勢いるという事ですか?」
「そうじゃ。何せ、大量の鉄を婿殿が作ろうとしている。それを聞いただけで王都の製鉄の値段が変わる程じゃ。皆が成功すると確信しておる。」
それって、期待し過ぎじゃないのか?しかも鉄の値が変わる程って、とんでもないぞ。
「確かにアキトは製鉄を何とかするでしょう。でも、それは1年2年では無理な話ですよ。」
姉貴も、アテーナイ様に注意している。
「それでもじゃよ。婿殿は長期で物事を計画しておる。たぶん、製鉄を通して他の産業も発展するに違いない。例の土地は名義上はモスレムの土地じゃ。トリスタンはこれを連合王国の土地と宣言しおった。誰に気兼ねなく、必要な土地を使うが良い。
そして、セルシンの息子デリムとシグルーンが協力してくれるそうじゃ。シグは商会の一員。御用商人と商会が後ろ盾なら、手配は自由に行なえよう。」
「では、シグさんに連絡を入れておきます。」
「うむ。頑張るのじゃぞ。」
そう言ってアテーナイ様は帰って行った。
たぶん、御用商人達は新たな貿易品としてみているのだろう。商会は投資でその利益を得る心算のようだ。
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それから、一月程過ぎて、どうやら調査範囲のトンネル探しを終えることが出来た。次は、カナトールから西に広がる森林地帯だ。
その為には、俺達がカナトールに移動する必要がある。
フェルミに連絡を入れると、拠点にするならと教えてくれたのが、カルナバルの北の村だ。あれから3年近くの時が流れている。
誰もいない村だったが、今はどうなっているのだろう。
俺達はガルパスをイオンクラフトに乗せて、北の村を目指した。
北の村が遠くに見えると、家の煙突から煙が出ている。どうやら、少しずつ人が住み始めたようだな。
村の北門の広場の隅にイオンクラフトを着地させると、村人が物珍しそうに俺達を見ている。
そこに、数人の兵隊が走って来た。
「アキト様のご一行ですね。隊長が待っております。」
俺達が荷台からガルパスを下ろすと、兵隊の1人が牛小屋を案内してくれる。
「ガルパスは我等に任せるのじゃ。アキトは隊長とやらに挨拶をしておくのじゃぞ。」
そう言って、リムちゃんとガルパスを引き連れ兵隊の後を付いて行く。
姉貴とディーが操縦席にシートを被せるのを2人兵隊が手伝っていた。
「あの2人を乗り物の見張りに残しておきます。さぁ、私に付いて来てください。」
姉貴達が俺の所にやって来るのを見計らって、最初に言葉を掛けてきた兵隊が言った。
「それでは、案内をお願いします。」
俺の言葉に右腕で胸を叩く。敬礼みたいなものかな?
兵隊の後に付いて通りを歩いて行く。そして、辿りついたのは、ギルドの跡だった。
ちょっと懐かしいな。
扉を開けてギルドのホールを歩くと、奥にテーブルが3個ある。
そのテーブルの1つで、中年の兵隊が2人の兵隊と話をしていた。
「隊長殿。お連れしました。」
「ご苦労!…ようこそ、北の村へ。」
その場で兵を労うと、席を立って俺にい右腕を差し出す。俺はその手を握り返し、軽く頭を下げた。
「まぁ、お座り下さい。」
そう言って指差した椅子に俺達は腰を下ろした。
「話は、フェルミ殿より伺っております。我等、カナトール防衛部隊の者です。この村には、周辺監視を目的に2小隊が駐屯しております。」
「この村の北東まで、探索を終えました。今度はこの村を拠点に西に500M(75km)程を探索する心算です。一月以上厄介になりますが、大丈夫でしょうか?」
俺の話が終えるのを待って、副官らしい兵隊がお茶を運んで来た。
そして、アルトさん達も兵隊の案内でギルドにやってきた。俺達のテーブルにやってきて適当に席に座ってる。
「問題ありません。我等は無線機を持っておりますから、もし必要な物があれば何なりと申し付け下さい。居住は、まだ戻って来た村人が100人もおりません。我等が宿舎の1つを提供いたします。」
「本当に、申し訳ありません。任務の方も忙しいでしょうに…。」
「いやいや、そんな事はありません。テーバイ戦とスマトル戦の英雄を真近で見て、話も出来るのです。部下もフェルミ殿よりその話を聞いて心待ちにしていたのです。」
そう言って、ハハハと笑い声を上げる。
そんなに有名になってるのかな?…ちょっと困った問題だな。
世間話をしている内に、この隊長の名がカリナムそして副官がレミエルという事が分かった。
俺達は自己紹介をするまでも無いらしい。リムちゃんの事まで知っていたぞ。
「…と言うわけで、俺は明日にはここを発ってアトレイムに行きます。申し訳ありませんが、姉貴達をよろしくお願いします。」
「確かにフェルミ殿に聞いた通りですな。本業はハンターだが、民の為に働いていると言っていましたよ。大丈夫です。どんな事があってもお嬢さん方をお守りします。」
そう言って俺達を安心させてくれる。
この村の周辺の探査はディーが行なって特に問題がない事は分かっているが、そう言ってくれるのはありがたい限りだ。
その後は簡単に村を案内して貰って、宿舎となる民家に案内して貰った。
「食事は、先程のギルドの建物に用意します。常に兵が滞在していますから、なにかあればその兵に用を頼んでください。」
俺達を案内してくれたレミエルさんは、クォークさんより少し年上に見えるな。
宿舎から立ち去るレミエルさんに頭を下げて、俺達は宿舎に入る。
「さて、明日から西側最後の区域の探索じゃな。最初はミズキじゃが、我とリムはガルパスで周辺の調査じゃ。歩兵では調査の範囲をそれ程広くは出来まい。少し広範囲に我等で調査するのじゃ。」
要するに、ガルパスで野原を走り回りたいという事だな。
そんな言い訳を姉貴が面白そうに聞いている。
「一応、カナトールは平定しているけど、どんな者達が潜んでいるか分からないから十分注意してくれ。」
「大丈夫じゃ。我等に敵うものなど早々いるものではない。それに、我等が調査するのは南の地。耕作地帯じゃ。」
アルトさんなりに、戻った村人の為思っているようだ。
「そうね。アルトさんの調査は盲点だわ。確かに、生産の場がきちんとしていなければ、村に戻っても途方に暮れてしまうものね。」
姉貴の言葉に、うんうんと大きく頷いている所がちょっと怪しく思うぞ。
次の日の朝食後、姉貴はディーとトンネル探索に出掛け、アルトさん達はガルパスで近くの畑の様子を見に行く。
「では、カリナムさん。姉貴達をよろしくお願いします。」
「あぁ、任せて貰いましょう。」
カリナムさんの言葉に頷くと、外で待っているバジュラに亀乗する。
村の通りをゆっくりと歩いて、村の南門を出ると一気に加速する。